15.新しい専属メイド
二日目の朝は少しだけ騒がしく。
「マスターの命令により、お嬢様の護衛を担当します。お嬢様に敵意を抱く者や、私が害になると判断した者は全て速やかに排除いたします。ご安心してお過ごしください」
反応しきれないでいるアデラインの耳元へ、物騒な言葉を伝えてからラザリーは一歩下がった。
(マスター、クラウスさんの言っていた護衛って彼女のことだったのね。でも、闇ギルドメンバーにラザリーという名のキャラはいたかしら?)
“私”の記憶を探っても、ゲーム内では闇ギルドメンバーに女性は出て来ない。
「排除、ですか。それはどういう意味で、言っているの?」
その場から遠ざけるのか。
それとも存在そのものを消すのか。
怖くなってきて、問うアデラインはラザリーの目を見て身震いした。
紺色の瞳は光の加減によって闇のように真っ黒に見えたからだ。
(彼女の言う排除とは、存在そのものを消すことね。わたくしかマスターの命令があれば、殿下達を抹殺するつもりなのね)
寒気がしてきて、アデラインは自分の二の腕を抱く。
金狼のメンバーはマスターと同じく、物騒な考えを持っているのだと理解した。
「もちろん、お嬢様の視界から消します」
「えっと、そんな過激なことはしなくても」
バンッ!
困惑したアデラインの声は、勢いよく開いた扉の音によって掻き消された。
開け放った扉から室内へ飛び込んで来たのは、昨日の朝のやり取りでアデラインが牽制しておいたパメラだった。
ベッドへ駆け寄ろうとするパメラの前に、ベッドサイドから瞬時に移動したラザリーが立ち塞がる。
「そこのお前! どきなさい! お嬢様! 何故っ私を専属から外したのですか!」
「朝から騒がしい。お嬢様に対して無礼な態度と、職務怠慢が発覚して外されただけでしょう」
「何ですって!?」
目を吊り上げたパメラは、立ち塞がるラザリーを睨み付ける。
「お嬢様! 新しいメイドを雇わなくても、お嬢様の専属は私一人で十分です! レザード様は私を専属から外すのも、新しいメイドを専属にするのも許可していないとおっしゃいました!」
「レザード? 執事が何を許可するのです。私がお嬢様の専属となることは、執事長から許可されました。使用人の雇用についての権限は執事長にあります。貴女は専属だと言いながら、お嬢様が体調を崩されていたのに就寝の支度すら手配せず、よく自分こそが専属なのだと言えますね」
感情を排除した声で淡々と言うラザリーに圧され、顔を赤くしたパメラは何も言い返せないで押し黙った。
(そういえば、昨夜はエリック達と話して部屋へ戻った後、パメラはおろか誰もわたくしの様子を見に来なかったわ。人払いしていたとしても、マスターが何かやったとしてもわたくしに声くらいかけるわね)
お茶会から帰宅したエリックは、玄関ホールに集まった使用人に出迎えられていた。
これがアデラインだったら、出迎えてくれるのはレザードとパメラの二人だけだ。
使用人達の態度だけでも、アデラインとエリックとの扱いの差は明らかに違う。
人払いを命じたパメラが断っていたのかもしれないが、昨夜は食事も飲み物も用意されておらず、入浴から就寝準備は全て自分でやった。
(ベルサリオ公爵の実子はアデラインだけなのに、ここまで軽んじられているなんて。お父様がエリックを可愛がっていても、使用人が公女を軽んじていいわけない。こんな環境では性格が歪んで、ヒロインに嫌がらせをしても仕方ないじゃない。パメラも専属を外される不満を叫ぶよりも、昨夜声すらかけなかったことへの謝罪が先でしょう!)
沸々と湧き上がってくる怒りで、アデラインは手元のシーツを握り締めた。
甲高い声に目の奥が痛み出し、右手で目元を押さえたアデラインは息を吐いた。
「……パメラ、寝起きに貴女の甲高い声を聞いて頭が痛くなってきたわ。今日はもういいから下がっていなさい。エリックの身支度を手伝ってあげて」
「お嬢様!?」
「昨日、貴女のことは信用できないと言ったでしょう。化粧水に紛れ込ませてあった例の毒は、成分調査を屋敷外の者に依頼したわ。信用できない者は近くに置けない。調査結果が出るまでわたくしに近付くのを禁じます」
強い口調でアデラインが冷たく言い放てば、パメラの顔色が赤から青へと変化しブルブルと震え出す。
「ラザリー」
「はい」
目元に当てていた右手を離し、アデラインは顔色を蒼白にして立ち尽くすパメラを指差す。
「今すぐに部屋から追い出して」
「分かりました」
頷いたラザリーは、素早い動きでパメラの左手を掴み捻り上げた。
「痛いぃ! 放しなさい!」
腕を捻り上げられたパメラは、苦悶の表情を浮かべて掴まれている手を外そうと藻掻くも、腕を捻り上げるラザリーの力は強くなっていく。
「お、お嬢様お許しください! 毒は命じられただけで、お嬢様を害そうとしたわけではありません」
自由になる方の手を伸ばし、必死の形相でパメラはアデラインへ許しを請う。
「命じられたから、お嬢様の触れる場所に毒を紛れ込ませた? 十分、害そうとしているでしょう。少し黙りなさい」
ガッとパメラの顎を掴み、視線を合わせたラザリーの瞳に魔力が集中する。
「ひっ……あ」
目玉が零れんばかりに、大きく目を見開いたパメラの瞳から生気が消え、彼女の全身から力が抜けていく。
視線を外したラザリーが掴んでいた手首を離しても、項垂れて目を見開いたままのパメラは動かない。
「メイドに暗示をかけました。私の支配下に置いたので今後、このメイドがお嬢様に近付くことは無いでしょう。ではお嬢様、支度をしますので起きてくださいませ」
「は、わかったわ」
虚ろな瞳で立っているパメラの姿を見ていたアデラインは、表情を変えずに淡々と言うラザリーの声でハッと背筋を伸ばした。
(暗示って何をしたの? 支配下って……精神干渉をしたの?)
魔力の揺らぎで何らかの魔法を使ったのは分かっても、何の魔法をパメラにかけたのかは分からない。
ゲームヒロインは光属性でもちろん使えなかったし、精神に干渉するのは闇属性の魔法が多く攻略対象キャラで使えたのは二人だけ、戦闘中のみだった。
他人の意思を意のままに操る魔法を、無詠唱で使えるラザリーはかなりの実力者。
契約で護衛をしてくれているとはいえ、機嫌を損ねるのは危険だ。
パメラに部屋の外へ出るよう指示したラザリーは、ベッドから下りたアデラインの洗顔と着替えを手際よく手伝う。
身だしなみを整えたアデラインが椅子に座り、テーブルの上に次々と朝食の載った皿が並べられた。
並べられた朝食は、作られてから時間が経っているのに保温効果のある皿のおかげで、出来立てのように温かい。まともな食事が食べられてアデラインの頬がほころんだ。
「食事には全て解毒魔法をかけてあります。ご安心してお召し上がりください」
「え?」
スプーンを持つ手が止まり、アデラインは口に運んだスープを凝視した。
「調理場にギルドの者を入れるよう伝達しました。夕食からは、お嬢様のお好きな食事を用意させます」
「……ありがとう」
食事の中に毒が入れられていたのだと思うと、ただでさえ無い食欲がさらに減退する。
(もしかして、今までも毒を入れられていた? 発覚しなかったのは、少量だったから? 公爵令嬢であるアデラインの食事に毒を入れるのは、とんでもないことじゃない! 昨日のことあるから、きっと犯人は屋敷内の……最悪だわ)
食欲が減退しても、ほとんど手を付けず残したら不自然だ。今はまだ、彼等に警戒されるわけにはいかない。
小さく息を吐いたアデラインは、止まっていた手を動かしてスープを口へ運んだ。
ラザリーは諜報と精神干渉に長けています。




