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12.金色と赤色を纏った訪問者

 ショールを羽織り直したアデラインは、テーブルの上に置いてあるペンケースからペーパーナイフを取り出す。

 先ほど、エリックの護衛から渡された封筒の端を切り、中に入っていた紙を取り出した。


「はぁ?」


 書かれている内容を読んでいくうちに、アデラインの眉は吊り上がっていく。

 手紙を摘んでいた指に力が入り、小刻みに震える紙に皺が寄っていった。


(週末にもう一度お茶会を開くですって? リナさんがわたくしのことを心配しているから? は、もう少し信憑性のある理由にして欲しいわ)


 手紙はお茶会の最中に書いたのだろう、王太子自筆の文は走り書きに近い雑な文字で、彼がどれだけアデラインを軽んじているのかが伝わってきた。

 書き間違いは黒く塗りつぶしてあり、誰かに確認させないで書いたのだろう。

 文字を見ているだけで腹が立ってきて、千々に破り捨ててやりたくなるが後々の証拠物として使えるかもしれないと、自分に言い聞かせて堪える。


(どうしても茶番劇をやりたいのね。婚約破棄宣言なんて放課後か休み時間で済ませばいいのに。学園内で騒ぎを起こせば教師達の耳に入り、国王陛下に伝わってしまい面倒なことになるということは分かっているのね。それとも、ゲームの展開通りにお茶会でやらなければならないという、強制力が働いているのかな?)


 書かれている文を睨み過ぎて、痛み出したこめかみを人差し指で押さえた。


「公女」

「ぎゃあぁ、むぐっ」


 突然かけられた声に驚き、悲鳴を上げかけたアデラインの口を、背後から黒革の手袋をはめた手が覆う。

 気配も感じさせず背後に現れた手のひらの主から、鼻をつく鉄錆の香りがしてアデラインの全身に鳥肌が立った。


「メイドすら側に置かず、一人で居るとは不用心だな」


 背後の主の発した声は聞き覚えのあるもので、アデラインは目だけを動かして彼の姿を確認する。

 施錠したはずの室内に現れたのは、数時間前に契約を結んだ恐い男だった。


 口を覆っていた手が外れ、アデラインは背後の侵入者の方を振り返り、ギョッと目を見開いた。


「あ、貴方は……マスター? どうして、此処に? この屋敷には、結界が張られているのよ」

「こんな程度の結界など、俺には無いものと変わらない」


 不敵に笑ったクラウスは数時間前に闇ギルドで会った時とは違い、黒色のスラックスと黒色のコートを羽織った全身黒づくめで、黒革の手袋をはめた右手は抜き身の長剣を握っていた。

 さらに、抜き身の長剣の刃部分には装飾とは違った赤い色が付着し、黒色のコートをよく見ると血液らしい液体が飛び散っているのだ。

 レースのカーテン越しに射し込む月明かりに照らされたクラウスの姿は、いくら黒装束が似合っていても顔が良くても血塗れでは、人外の存在に見えて恐怖の感情しか抱けない。


「あの、怪我を、しているの? 大丈夫?」


 絶対に違うと分かっていても「誰の血?」とは問えず、アデラインの声が震える。


「ああ、これは全て返り血だ。気にするな」


 さらっと返り血だと言い、クラウスが握っていた剣を軽く振る。

 瞬く間に、長剣は空中に溶けるように消えていった。


(返り血……返り血って、危ない仕事をしてきたってこと? 気にするなって、いきなり血塗れで現れたら、気になるでしょう!)


 突っ込みたくとも怖くて突っ込めず、振り返ることも出来ないアデラインの指先に力が入り、つい摘まんでいた手紙の両端をぐしゃりとつぶしてしまった。


「公女に伝えることがあったため、依頼を片付けてそのまま此処へ来た」


 ソファーの後ろから、足音を立てずにクラウスはアデラインの前へ移動する。


「伝えること、ですか?」


 ただ前に立っているだけなのに、クラウスからの圧力が強くてアデラインは背凭れにぴったり背中を付け、見下ろしてくる赤色の瞳を見上げた。


 抜き身の剣を手にして返り血の付着したコートを着たままなのは、若い女性の部屋を訪れる格好として完全に間違っている。

 何か意図があるのかと、クラウスの頭の先から足元まで見てアデラインハッと気が付いた。

 返り血をコートにくっつけて長剣を仕舞わないでやって来たのは、アデラインを怯ませて契約を破棄しやすくするためか。

 それとも、闇ギルドにとってアデラインの存在は不利益だと判断されて存在を消しに来たのか。


(契約はそう簡単に破棄は出来ないはず。此処へ来た理由は何にしても、やっぱりこの男は普通の感覚を持っていないわ)


 緊張で全身を強張らせるアデラインを見下ろし、僅かに口角を上げたクラウスは目を細めた。


「屋敷での護衛として、隠密活動が得意な者をメイドにつける。学園での護衛はディオンをつけるつもりだ。ディオンも公女のことを気にしていたしな」

「ディオンさんが護衛に?」


 何を言われるのかと、構えていたアデラインの口から間の抜けした声が出る。

 確かに、ディオンの優れた隠遁魔法と高い身体能力は護衛に向いていた。

 能力以外でも、話しやすい雰囲気を持つディオンが護衛についてくれるのはありがたいし、ギルドマスターのクラウスに忠誠を誓い契約で縛られている相手の方が信頼はできる。だが、アデラインには一つだけ気になることもあった。


「マスターさん。大変ありがたいのですが、ディオンさんは学園では目立ちませんか?」


 赤みの強い橙色という、珍しい髪色のディオンは目立つ。

 隠遁魔法を使えば目立たないだろうが、学園では魔法の使用は授業中以外では原則禁止されている。

 護衛が目立ってしまったら面白おかしい噂を立てられて面倒だ。


(それに、万が一の可能性もあるわ。もしも、リナさんがわたくしと同じくゲームの知識を持っていたら。ゲームが流通している世界からの転移者だったら……絶対にディオンのことに気が付く。彼はただの脇役じゃないから)


 ゲーム内では、中ボスとして数回ヒロインと戦う彼は戦況が不利になってくると途中で逃走するため、最後のクラウス戦まで倒せない。

 何度も登場するため、認知度はクラウス以外の他の敵キャラよりも高かった。

 面倒な敵でも快活な口調と爽やかな見た目で、ディオンは女性からの人気も高かったはず。


「気になるのなら、髪と瞳の色は変えさせる」

「いいのですか?」

「依頼によって外見を変えることもある。ギルドに所属している以上、ディオンは俺に文句を言えない。で、公女……ソレはどうした?」


 話を変えたクラウスが指差したのは、アデラインが両手で持っていた手紙だった。


「これは、王太子殿下からのお誘いの手紙です。わたくしが異世界人の彼女への嫌がらせをしたと、参加者達で責め立てるつもりでしょうね。その後、婚約破棄されるのかな?」


 力が入り過ぎて強ばっていた指を手紙から外し、半分に折って膝の上に置いて顔を上げたアデラインは苦笑いする。


「王太子殿下にとってはわたくしの非で婚約を破棄し、異世界人の彼女と婚約を結ぶという大事な場であり、参加者達にとっては娯楽になるのでしょうね」

「小僧共のくだらない御遊戯会だな」


 ハッと小馬鹿にして嗤ったクラウスの視線は、アデラインの膝の上にある手紙に固定されたまま。


「……公女、この手紙を開いてから体の異常はあるか?」

「異常、ですか? 開封した時、強い香りがして少し目の前が霞んだくらいです」


 ペーパーナイフで封筒の端を切り、手紙を取り出そうとした時に一瞬だけ、薔薇に似た香りがして軽い目眩がしていた。


「その程度か。お前は少々鈍いのか。否、違うな。変わった魔力を持っているからか、耐性があるのか……それにしても……俺が、……とは、妙だな」


 口元に手を当てたクラウスは自問自答するように呟き、数秒思案して答えを導き出したのか口元から手を外した。


「今後、外部から届いた手紙や贈り物は全て、金狼から来るメイドに渡せ」

「まさか、この手紙に有害な物が入っていたのですか? どうして、どうして殿下はそんなことをしたの……」


 開封したときに香った薔薇の香りは、最近若い女性に人気のある文具専門店の香りを染み込ませてある便箋を使ったのかと、大して気に留めなかった。

 

深夜の訪問者クラウスとの会話が続きます。

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