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バハムートと話してみよう

「や、やったぞ……!」 


 バハムートが巨大な穴の奥深くへ落ちていってしまうのを確認すると、ゼノは縁へと静かに降り立つ。

 聖剣クレイモアを地面に突き刺すと、大きく息を吐き出した。


「……はぁ……はぁっ……なんとか、なったぁ……」


 そして、そのままその場に倒れ込んでしまう。


「……っ、はぁ……こんなに、体力を使ったのは……初めてだよ……」


 ルーファウスを捕らえた時も、ここまで苦戦することはなかった、とゼノは思う。

 

 この直前、バハムートは宮廷近衛師団の者たちと激しい戦闘を繰り広げていた。

 いかに獄獣が強敵だったかをゼノは思い知る。


「……そうだ。みんなは……」 


 いつまでもここで休んでいられないことに気付くと、ゼノはすぐに起き上がって、モニカたちのもとへ駆けつけようとする。


 だが、その時。


(!?)


 ゼノは、穴の異変に気付いた。

 その直後。


「――ッ、ギュオオオオオオオォォォ~~~~~ッッ!!!」 


 なんと、傷だらけのバハムートが最後の気力を振り絞って、奈落の底から浮上してきたのだ。


「くッ! マジかっ……!」 


 ゼノは、再び聖剣を手に取って相手の襲撃に備えようとする。


 ――しかし。


「ギュオオオオォォ……」 


 巨大な翼竜は、ふらふらと上空を旋回するも、すぐに穴の縁へと墜落してしまう。

 その場で倒れると、尻尾を丸めたまま動かなくなってしまった。


「……な、なんだっ?」 


 ギラつかせていた赤色の眼は、いつの間にか青色に変わっている。

 目の前にゼノがいるというのに、襲って来るような気配はない。

 

「おーい……大丈夫かぁ……?」 


 聖剣クレイモアを構えながら、恐る恐る声をかけるも相手の反応はなかった。

 黒い鱗で覆われた巨大な体躯を上下にさせながら、じっとうずくまって、体力を回復させているようにも見える。

 

 バハムートに戦う意識がないことが分かると、ゼノも聖剣をホルスターへと戻した。


(息をしてるようだから、死んではいないみたいだけど……)


 それからしばらく待っても、状況は変わらなかった。




(……相手に戦意がない以上、攻撃を仕掛けることはできないし)


 そもそもゼノは、手持ちの魔石をほとんど使い果たしてしまっていた。

 だから、これ以上バハムートに攻撃を与えることはできない。


「でもこれだと、きちんと討伐したとは言えないよな」


 戦意がないのを確認できたとはいえ、バハムートはまだこうして生きている。

 またいつ、先程のように襲いかかってくるか分からない状況なのだ。


(せめて、これ以上危害を加える意思がないことが、確認できればいいんだけど)


 そこでふと、ゼノはあることを思い出す。


(……あ、そうだ。たしか、さっき《言語理解》っていう魔石を手に入れたよな?)


 すぐに「ステータスオープン」と唱えると、ゼノは光のディスプレイ上で、《言語理解》の項目をタップする。


----------


☆4《言語理解》

内容:対象魔族1体と言語によって意思疎通をはかることができる/終年


----------


「……終年……?」

 

 つまり、この魔法を使ってしまえば、対象の魔族1体と一生会話することが可能になるわけだ。


 亜人族と人族は使っている言語が同じなので、簡単に話すことができるが、魔族の場合は大きく異なる。

 意思疎通ができない相手というのが魔族なのだ。


 まだ、彼らと会話するというイメージが上手く湧かないゼノであったが、この場面では一番役立つ魔石と言えた。


(物は試しだ。一度使ってみよう) 


 ゼノは聖剣クレイモアに《言語理解》の魔石をはめ込むと、詠唱文を唱える。


「種族の壁を越え、我とかの者を対話させよ――《言語理解》」 


 自身の目の前で聖剣を突き立てながらそう唱えると、柔らかな光がバハムートの全身を包み込む。


「……これで、意思疎通がはかれるようになったのか?」


 半信半疑のまま、ゼノはバハムートに声をかけた。


「……あ、あのぉ……もしもし……」


「……」


「えっと……俺の声って、聞えてるのかな……?」


「……」


「……ダメか。もしかしたら、獄獣相手には効果がないのかも」


 ゼノがそう諦めようとしたところで。


『…………ン……、ここは……』


「えっ?」


 翼竜の巨大な体躯から、何か声のようなものが聞えた気がしたのだ。


 ゼノは、恐る恐るもう一度声をかける。


「……も、もしもーし、バハムートさん……?」


『人の、声…………?』


「うわぁっ!? やっぱり、バハムートがしゃべってる!?」


『……我は、一体…………』


 獄獣の声が聞えたことに興奮し、ゼノは思わずフランクに話しかけてしまう。


「バハムート。俺は魔導師のゼノだ。さっきは、いろいろと無茶してごめんな」


『……魔導師……ゼノ……? お主は……ゼノと申すのか……?』


「? 俺の名前を知ってるの?」


『……ッ、なぜだ……? 頭に靄がかかったようで……我は、お主と戦った記憶が……』 


 バハムートはまだ混乱しているのか、その口ぶりはどこかたどたどしい。


「それならさ。さっきまで俺たちは戦っていたんだよ」


『……戦っていた? ふむ……。言われてみれば、体の節々に痛みを感じるぞ……』


「そっか。けっこう本気であれこれとやっちゃったから。申し訳ない」


 モニカが近くにいれば、〈回復術〉で治療することもできたのだけど……。

 そんなことを思いつつ、ゼノはその前に確認しなければならないことを思い出す。


「……っと、そうだ。大事なことを言おうと思ってたんだ。悪いんだけどさ、これから町を襲ったりしないでほしいんだ」


『町……? 我が人の町を襲ったというのか?』


「いや、正確にはまだ襲ってないんだけど……。後ろを見れば分かるだろう? これだけ盛大に湿原を焼き払ったのはキミなんだ。それに、宮廷近衛師団の人たちも、だいぶキミにやられちゃったから」


『……まさか、我は……この場所で暴れ回っていたというのか?』


「うん、すげぇ強かった」


『それを……お主が止めてくれたと……?』


「そうだね。全力でやらせてもらったよ。じゃないと、みんな死んじゃうって思ったから」


『……ふむ、そうか……』


 そこでバハムートは一度頷くと、このように言葉を続ける。


『……どうやら我は、また自我を失ってしまったようだ……』


「自我を失った?」


 しばしの沈黙の後、バハムートは、以前自分の身に起こった出来事を口にする。

 その話によれば、400年以上前の人魔大戦の時も、今回と同じように我を忘れて暴走してしまったことがあったようなのだ。

 

 すると。

 そこで、バハムートはハッとしたように声を上げる。


『……ッ、そうだ……思い出したぞ! なぜ、こんな大事なことを忘れていたのか……。我はあの時も……ゼノ、お主に助けられたのだ』


「えっ?」


『以前、我が自我を失って人の町を襲った際、賢者を名乗るゼノという男が我を止めてくれたのだ。お主は、あのゼノなのではないか?』


「……あっ、いや……違うんだ。俺は、その大賢者様じゃないんだよ」


『しかし……。その黒いローブには見覚えがあるぞ?』


「えっと、このローブはその人から譲り受けた物なんだ」


『?』


「俺の名前も、大賢者様から受け継いだものなんだよ。話がややこしくてごめん」


『つまり……お主は、あのゼノではないのだな? ふむ、そうか……』


 首を横に振りながら、バハムートはなぜか残念そうだ。

 ひょっとすると、大賢者ゼノに何か言いたいことがあったのかもしれない。


「俺のお師匠様がさ。ゼノっていう名前を付けてくれたんだ」


『……お主の師匠か。さぞかし強いのだろうな』


「そりゃもちろん! お師匠様は、俺なんかよりもめちゃくちゃ強いし、かっこいいし、俺の憧れで……。それに、とびっきりの美人だ!」


『ほう』


「でも、今は死神の大迷宮っていうダンジョンに囚われていて……。俺は、その迷宮からお師匠様を助け出したくって冒険者をやっている。今回も、女王陛下から依頼を受けてこの湿原までやって来たんだよ」


 獄獣に何をしゃべっているんだ、とゼノはふと思った。

 相手は、先程まで命を懸けた死闘を繰り広げていた敵なのだ。


 本来ならば、ここでトドメを刺さなければならないはず……。


 けれど、ゼノにはそれができなかった。

 話をしてみてバハムートの事情が分かってしまうと、そんな気分にはなれなかったのだ。


 だから、ゼノは最後にもう一度確認してから、この場を立ち去ることにした。

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