奇襲作戦
ゼノは草むらに隠れながら、師団員の男たちから聞いた言葉を思い返していた。
(……まずは、西側に配置した小隊が第一陣で突撃するんだったな。それで、次に東側の小隊が第二陣として切り込んで、最後にディランさんのいる本隊が正面からバハムートを叩く、と)
たしかに、これならバハムートといえどもひとたまりもないはずだ、とゼノは思う。
一流の術使いたちによる攻撃を一斉に受けることになるからだ。
「くぅぅ~っ! 燃えてきたぁぜ! どうやってバハムートを倒すのか、見ものだ! 早起きして来た甲斐があったぜっ!」
「さっきと言ってることが180度変わってますね」
「やっぱアーシャ姉はヘン……」
「うるせ~っ! こーゆう全力戦は燃えるんだよぉ!!」
そんな彼女たちのやり取りを傍で見ながら、ゼノも少なからず興奮していた。
王国最強の宮廷近衛師団の戦いぶりを目の前で見られるのだ。
それも、相手は獄獣バハムート。
「……」
ゼノが拳にギュッと力を込めると、それが合図となるように、西側の小隊が突撃を開始する。
先発の小隊は、各々が武器を手にしたままバハムートのもとまで駆け出すと、躊躇することなく術式発動の構えに入る。
――その瞬間。
〈体術〉〈剣術〉〈斧術〉〈爪術〉〈弓術〉〈槍術〉と、あらゆる術式が一斉に繰り出された。
(……っ、すごい……!)
その息の合ったコンビネーションは、さすがとしか言いようがない。
それらの攻撃は、見事に翼竜の巨大な体躯に命中する。
「――ッッ、ギュオオオォオオオォォッ~~~!!」
突然の奇襲にバハムートは一気に目を覚ました。
凶悪な尻尾をドスンッ!と地面に叩きつけると、赤色の眼をギラつかせながら、攻撃を仕掛けてくる小隊に対して反撃を試みようとする。
が。
「ギュオオオォォォッ~~~!?」
今度は背後から新たな攻撃を浴びせられて、バハムートはそのまま体勢を崩してしまう。
東側の小隊が奇襲をかけたのだ。
「やりましたね♪」
「よっしゃ!」
「あの人たち、強い……」
その流れるような攻撃に、モニカもアーシャもベルも興奮気味だ。
「ギュオオォッ、ギュオオォッ!!」
口を大きく開け放ち、バハムートが極太の牙を覗かせて威嚇するも、それで怯むような者たちではないことは、ゼノも十分に分かっていた
最後に、ディランを中心とした本隊の騎兵部隊が正面から突撃する。
「はぁぁぁぁっ! 〈ニーベルング・ランス〉!」
白馬の手綱を上手く取りながら、ディランが片手で〈槍術〉を繰り出した。
シュロロロロローーーーーンッ!!
ねじ曲がった高速槍の閃光が、見事バハムートの頭部にぶち当たる。
「ギュオオオォォォッ~~~!?」
バハムートは再び体勢を崩して、その場に倒れ込んだ。
「立ち上がらせるなぁーー! どんどん攻撃を撃ち込めッーーー!!」
ディランの大声を合図に、師団員たちは三方から畳みかけるように術式を放っていく。
バハムートは悲鳴を上げてのたうち回り、戦況は宮廷近衛師団優勢のまま進んでいった。
(これがアスター最強の術使い集団なんだ……強すぎる)
ゼノは、彼らの卓越されたその戦いぶりを見て大きく感動していた。
これなら、本当に四獄獣を倒せるかもしれない。
けれど……。
そう思うと同時に、ゼノはある違和感も抱いていた。
◆
その後も、宮廷近衛師団による連携攻撃は休む間もなく続いた。
相手は完全に防戦一方となっている。
「……バハムート、手も足も出ない感じ?」
「んだよ。獄獣なんて、大したことねぇーじゃん」
「いえ、宮廷近衛師団の皆さんが強すぎるんだと思います」
3人の少女たちが戦況を見守る横で、ゼノは少しだけ不安になっていた。
「……」
これまで自分たちが戦ってきたボス魔獣なら、これだけの攻撃を一斉に受けたら、すでに戦闘不能になっているはずだ、とゼノは思う。
だが、バハムートは体勢を崩しつつも、戦闘不能な状態まで追い込まれるようなことはなかった。 その姿は、攻撃の切れ間を待つためにじっと耐え忍んでいるように、ゼノの目には映った。
(一瞬のうちに、これだけ広大な湿原の半分を焼き払ってしまう力を持っているんだ……。まだ、油断はできない……)
そして、そんなゼノの嫌な予感は、最悪の形で的中することになる。
「……こいつ、全然死なないぞッ……!」
「強すぎるッ……化け物かよ……」
「いつまで攻撃を続ければいいんだ!?」
次第に師団員の間にも動揺が広がっていく。
これだけ一斉に術式による攻撃を浴びせても倒れないのだから当然だ。
中には、疲労からか攻撃の手を止めてその場で休んでしまっている者もいた。
そんな仲間たちの姿を目にして、ディランは大声で全体を鼓舞する。
「休む間を与えるな! 作戦通りに実行すれば必ず討伐できる! 今こそ我ら宮廷近衛師団の腕の見せ所だぞッ! どんどん攻撃を撃ち込めーーッ!!」
だが、すでに15分以上も続けて攻撃を撃ち込んでいるというのに、バハムートが戦闘不能となることはなかった。
「……これだけ攻撃を仕掛けているのに、それでも倒れないなんて……」
「おい、どーなってんだよ!?」
さすがに異常な状況に気付いたのだろう。
モニカもアーシャも、草むらから立ち上がって、不安そうに前方の光景へ視線を向けていた。
「……お兄ちゃん……」
ベルが心配そうに手を掴んでくる。
ゼノも固唾を飲んで、宮廷近衛師団の戦いぶりを見守っていた。
(……頼むっ、勝ってくれ……!)
しかし。
ゼノの願いも虚しく、戦況は瞬く間に逆転してしまう。
ほんの一瞬、攻撃の波が途切れてしまったのだ。
(……っ、マズい……!)
ゼノがそう思った瞬間には、すべてが遅かった。
「ギュオオオオオオォォォッーーーー!!」
その隙を待っていたかのように、バハムートは大きく翼を広げて上空へと飛び上がると、首を振りながら、その場に半円状の炎を高速で吐き出す。
「「「ひやぁあぁあぁ~~~!!?」」」
突如、予期せぬ反撃を食らった師団員たちの悲鳴が辺りに響き渡った。
また、その攻撃だけに留まらず、バハムートは鋭利な爪を使って攻撃を仕掛け、獰猛な尻尾でその場にいる者たちを次々となぎ倒していく。
「ひ、怯むなッ……! 攻撃を続けろぉぉーーー!!」
槍を大きく振り払いながら、ディランが仲間を鼓舞し続けるも、一度崩れた陣形を整えることは容易ではなかった。
「……このままだと全滅だ……」
「死にたくねぇよぅ……」
「逃げないと殺されるぞッ……!」
戦意を喪失する師団員たちに、攻撃の手が緩むことはない。
バハムートは、鋭い赤眼をギラギラとさせて、容赦なく襲い続ける。
「ギュオオォッ、ギュオオォッ!!」
青空に雄叫びを大きく上げながら、再び口から高速で炎を吐き出していく。
目の前の平地もまた、一瞬のうちにして炎に飲み込まれてしまうのだった。




