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夢の続き

「ありがとう、アーシャ。その気持ち、素直に嬉しいよ」


 モニカに好意を伝えられた時も似たような感情を抱いたが、昔を知っている分、アーシャの告白はゼノの心を大きく揺り動かした。


「ルイス……! アタシはっ……!!」


 居ても立ってもいられないといった様子で、アーシャが一歩ずつ近付いて来る。

 

 彼女の想いに応えるの簡単だ。

 これまでの時間を埋めるように、アーシャをギュッときつく抱きしめればいい。


 が。

 

「……でも、ごめん。その気持ちには応えられない」


「えっ……?」


 ゼノには、どうしてもそうすることができなかった。

 

 なぜなら……。

 彼女が、自分ではない何者かの姿を追っていると、はっきり分かったからだ。


 アーシャが今見ているのは、過去の自分だということに、ゼノは気付いたのである。


 だから。

 ゼノは、はっきりとこう口にする。


 それは、過去の自分との完全な決別を意味していた。


「アーシャ。俺は、もうルイスじゃないんだ。今の俺は…………ゼノなんだよ」


「!!」


「それと、俺には好きな人がいる。その人のためなら、命を賭けたいと思える相手だ。だから、申し訳ないけど……アーシャの気持ちには応えられない。本当にごめん」


 有無を言わさぬその物言いに、ショックを与えてしまったかもしれない、とゼノは思う。


(……けど、今ここで俺が懺悔の思いに駆られて、アーシャの気持ちに応えるのは嘘になる。それだけは絶対にやってはいけないから)


 ゼノの気持ちは、揺り動かせないほど強固なものであった。






 その言葉を受けて、アーシャは顔を俯かせて黙り込んでしまう。


「……」


 そのまま崩れ落ちてしまのではないかと、ゼノが不安になるほどだった。

 ――しかし。


「……ん、くくっ……」 


 次の刹那。

 アーシャは、なぜか笑みを浮かべる。


 やがて、それは大きな笑い声へと変わっていった。


「あ〜っははははっ♪」


「ア……アーシャ?」


「やっぱな!! 分かってたぜ~!」


「分かってた……?」


「その、命を賭けたいと思える相手つーのは……魔女のお師匠様のことなんだろ?」


「……ああ」


「昨日の夜、その話を聞いた時から、勝ち目はねぇーなって分かってたんだ。アタシにはムリだって……。最初から知ってたんだぜっ?」


「……」


 アーシャが強がってそう言っているのが分かったからだろうか。

 ゼノは、何も言葉を返すことができなかった。


「はぁ~、でもすっきりしたぜ。アタシのわがままな話に付き合ってくれて感謝だ、ルイス! いや……違うか。ありがとな、ゼノ!」


 アーシャは、屈託のない笑みを浮かべて、今度こそはっきりと〝ゼノ〟と口にする。


 自分の中で一つ大きな区切りをつけることができた。

 彼女の笑顔には、そんな爽やかさが含まれていた。


 今日一日、複雑な表情を浮かべていた彼女の顔は、ようやく晴れやかなものへと変わったのだった。




「……けど、まだ諦めたわけじゃねーんだぜ?」


 アーシャはそう口にしながら、地面に突き刺さった大斧を手に取る。

 そして、それをゼノに向けて構えながら、こう宣言した。


「アタシも、迷宮の魔女を救う手助けをするぜ! んで、その魔女を無事に助けた暁には、ゼノに改めて決めてほしいんだ。アタシとお師匠様、どっちを選ぶかってな!」


「え……ちょっと待ってくれ……。それって、つまり……」


「ゼノ、正式にパーティー組もうぜ! 8年前の約束だ。それで……これまでのことは、全部チャラだ!」


「……アーシャ……」


「いいよな?」


 差し出してくる彼女の手を、ゼノはしっかりと握り締める。


「ありがとう……。これからもよろしく頼むよ」


「おう、任せておけって! アタッカーとして【天空の魔導団(クランセレスティアル)】の戦力になってやる。んで、その間に……アタシの魅力をたっぷり気付かせてやるぜ! いつかぜってー振り向かせてやるからなっ? 覚悟しておけ、ゼノ!」


「うん。楽しみにしてるよ」


 アーシャと固く握手をかわしながら、一時だけ8年前のあの日に戻れた、とゼノは感じる。


 その先の景色には、消えかけていた2人の夢の続きが描かれていた。




 ◆




「アーシャさん!?」


 アーシャと一緒に宿舎の庭へ足を踏み入れると、驚きの声を上げたモニカがゼノのもとへ近付いて来る。


「これ、どーいうことなんですか、ゼノ様っ!?」


「ああ、実は……」


「また世話になるぜ、モニカ!」


「ふぇぇっ!? またって……」


「あ、ちなみにもう1人で起きられるから安心していーぜ? さすがに好きな相手の前じゃ、醜態は晒せねーからな」

 

「はいぃ~っ!? ちょっとゼノ様っ! 一体何があったんです!?」


「いろいろあってさ。また、アーシャとパーティーを組むことになったんだ」


「でええぇっ!?」


「? てっきり喜ぶものと思ってたんだけど。パーティーの戦力だったから別れは寂しいって……そう言ってなかったっけ?」


「おっ、マジかよ! 素直なところあるじゃねーか、モニカっ! ぎゅーってしてやるぜ~!」


「ちょ……く、苦しいですぅ……!」


 小ぶりの胸を押し付けながら、嬉しそうにアーシャがモニカに抱きつく。

 それを剥がしながら、モニカは息を整えた。


「……はぁっ……たしかに、そう言いましたけど……。でも、まさか一緒に戻って来るとは思ってませんでしたよぉ~!」


「そうなのか?」


 どうやらモニカにはモニカで、複雑な心境があるようだ。

 頬をぷくっと膨らませて、ゼノを指さす。 

 

「ていうか、なんで今度はゼノ様と腕組んでるんですかー!! お2人とも急に仲良くなりすぎじゃないですかぁ!?」


「だって、アタシとゼノはすっかり仲良しだからだ♪」


 そう言いながら、アーシャはさらにべったりとゼノにくっ付く。


「ちょっとぉぉっ!? 近い近い、近いですぅーーー!!」


「いや……。俺も、さっきからこんな感じで困ってるんだが……」


「んだよ、べつにいーだろぉ? モニカだって、こうやってよくゼノにくっ付いてるじゃねーか。アタシも、やってみたかったんだよなぁ~♪」


「それは、わたしの特権なんですっ!」


「いーじゃんか。減るわけじゃねぇーんだぜ? ほれ、うりぃうりぃ~♪」


「お、おい……。アーシャ、そろそろ離れてくれ……」


「ゼノも嬉しいよなぁ? アタシとこうやってイチャイチャできて」


「うわぁ、最悪ですぅ……。想像してた結末と全然違うんですけどーーっ!!」


 その時。

 モニカの悲鳴(?)が、オレンジ色に染まる木々の中に木霊した。


「というより、ワイアットさんは許可してくれたんですか!?」


「べつに、あとで報告すればへーきだぜ? あいつは、アタシの100%味方だからな。父様と母様にも、適当に言い訳してくれるだろうし」


「そ、そんなので……いいんですかぁ……? 仮にもゴンザーガ家のご令嬢ですよね、アーシャさん!?」


「んだよ。モニカは、アタシとまたパーティー組むのが嫌なのか? 寂しいって言ってくれてたんだろ?」


「べ、べつに……わたしは寂しくなんかありませんっ! その前に、さっきの言葉聞き逃してませんよ!? 何なんですかっ!? 好きな相手の前って!」


「今それをつっこむのかよ」


「好きな相手って……まさかゼノ様のことじゃないですよね!?」


「この状況で現実が見えてねーのか、アホピンクは」


「どーなんですかっ!」


「もちろん、アタシはゼノが好きだぜ! もう自分の気持ちは偽れねぇ。ちなみに、モニカと一緒でアタシも告白済みだ」


「は……はああぁぁっ!? こ、こ、こ……告白しちゃったんですかぁ!?」


「ま、秒で振られたけどな」


 いたずらっぽい笑みを浮かべて、アーシャがゼノを一瞥する。

 告白された2人と一緒にこれからパーティーを組むという事実に、ゼノは少しだけ気まずい思いとなった。


「はぁ~なんだぁ……よかったですぅ……。振られたんですね。これで、最悪の事態は回避できました……」


「けどよ、相手はけっこう手ごわいぜ? ゼノのお師匠様に対する想いは本物だ。モニカも覚悟しておけよ?」


「そんなのは知ってますぅ! というか、わたしの気がかりは、ライバルが1人増えたことですよ、もう! アーシャさんもゼノ様のこと好きだったなんて……全然気付きませんでしたよぉ……」


「んひひ♪ モテる男を取り合うのはなんか楽しいぜ!」


「わたしは楽しくなんかありませんっ~~! これじゃ、ワンチャン狙うのも大変じゃないですかーーっ!!」


 あれこれとはしゃぐ女子2人に、ゼノは完全に置いてけぼりだ。


(ひとまず、恋愛沙汰は置いておくとして……)


 彼女たちの姿を傍から見ながら、ゼノはふと思う。

 これで、ようやくパーティーらしくなってきた、と。


(あとは……筆頭冒険者に選ばれるだけだ)


 いよいよ間近に迫った目標を前に、ゼノは決意を新たにするのだった。

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