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大賢者ゼノ & 魔王エレシュキガル

 大賢者ゼノ。

 それは、このメルカディアン大陸で暮らす者なら、誰もが知っている英雄の名前だ。


 彼がどのようにして現れて、この世を去ったのか。

 

 それを知る前に、この世界の成り立ちについて説明しておく必要がある。




 ◆




 この世界には、大きな海を隔てるようにして、メルカディアン大陸とウルザズ大陸という巨大な2つの大陸が存在し、2つの大陸のちょうど真ん中には、スカージ諸島という島々が存在する。


 現代では、そこに3つの種族が分かれて暮らしている。

 人族と、魔族と、亜人族だ。


 人族は、メルカディアン大陸。

 魔族は、ウルザズ大陸。

 亜人族は、スカージ諸島。


 現在は、このような住み分けがなされているのだが、今から数千年前は、この世界に存在したの亜人族だけであった。


 彼らは、スキルという特殊な異能を持ち、それを駆使してメルカディアン大陸とウルザズ大陸で隆盛を誇っていた。


 だが、次第に誕生した人族によって、亜人族は徐々に追いつめられていくことになる。

 

 人族の祖であるアルタイルは、亜人族に対抗するために、魔法と術式という異能を生み出した。

 それから人族は、その2つの異能を使って瞬く間に繁栄を遂げる。


 亜人族と大きな戦争を何度も繰り返し、最終的にはアルタイルの子孫が2つの大陸から亜人族を追い出すことに成功し、人族はこの世界の覇者となった。


 多くの同胞を殺され、行き場所を失った亜人族は、そのままスカージ諸島へと散らばり、隠れるようにひっそりと暮らして生きるようになった。


 その後、しばらくの間は人族の時代が続くのだったが……。


 今から500年前。

 彗星のごとく現れた魔族の登場により、世界は再び混沌に包まれることとなる。

 

 魔族は、人族や亜人族と違い、異能は所有していない。

 しかし、基本的な身体能力がずば抜けて高く、人族が魔法や術式で対抗しても敵わないほどであった。


 魔族は人族が暮らしていたウルザズ大陸をあっという間に征服し、そこを自分たちの棲み処に変えてしまう。

 その時の、最高指導者であったのが、魔王エレシュキガルであった。


 魔王エレシュキガルは、魔獣に知恵を与えることができたと言われており、ものすごい勢いでその勢力を拡大させていった。

 万全の態勢のもと、次はメルカディアン大陸へと向けて侵攻を開始する。


 それにより、多くの人族が魔族によって殺され、メルカディアン大陸にある半分以上の国は、魔王軍の手によって陥落してしまい、世界は混乱の極地へと達した。


 そんな中で現れたのが、大賢者ゼノだ。


 彼は、あらゆる魔法を自在に操ることができた天才魔導師と言われている。

 人々を魔獣の襲撃から守り、魔王軍の手によって陥落した国を次々と奪い返していった。


 やがて、彼は人族を率いるリーダーとなり、魔王軍と全面的に衝突していくことになる。

 いわゆる人魔大戦だ。


 大賢者ゼノの功績は多岐に渡り、今ではさまざまな伝承が残されている。


 古代魔法を使って大陸間に結界を張り巡らせ、魔族をウルザズ大陸から出られないようにしたり。

 メルカディアン大陸にはびこる魔獣をダンジョンの中へと封じ込めたり。

 スカージ諸島へ侵攻してきた魔獣を倒して亜人族を救ったり。

 

 1人では到底成し遂げられないような数々の伝説を、大賢者ゼノは後世に残した。


 そんな天才魔導師は、ついに魔王エレシュキガルと対決することになる。


 ――しかし。


 彼の力をもってしても、魔王の比類なき強さには敵わず、一時的に撤退を余儀なくされた。


 持てる力をすべてぶつけない限り、相手を倒すことは不可能。

 そう悟った大賢者ゼノは、自らの命と引き換えに、禁忌魔法を発動する決意をする。


 結果的に、その禁忌魔法によって、魔王エレシュキガルを含む多くの魔族を滅ぼすことに成功するも、メルカディアン大陸で暮らす半数以上の人たちもその魔法の犠牲となってしまう。


 そのような血みどろの死闘の末に、世界には再び平和が訪れた。

 

 彼の死を境に歴史は一区切りされ、以降の時代は〝賢神暦〟という暦で区切られることになる。




 ◆




 ここまでの歴史は、これまでハワード家の家庭教師から教わってきたもので、ゼノも知っている内容であった。

 

 その裏側でどんな出来事が起こっていたのか。

 ゼノは、エメラルドの言葉によって、それを知ることとなる。


「あいつは、私の恋人なんだ」


「……こ、恋人……!?」


「私たちは、ここより遠く離れた国、ルドベキア王国の小さな村の生まれだったんだよ」


「……っ、大賢者様の故郷なら知ってましたけど……。でも、お師匠様もそこの出身だったなんて……」


 恋人という事実は、ある程度覚悟していたことだったとはいえ、実際に本人の口からそれを言われると大きなショックがあった。


 なぜなら、この5年の間に、ゼノはエメラルドのことが好きになっていたからだ。


(……やっぱり……。お師匠様と大賢者様は恋人同士だったんだ……)


 だが、今はそれよりも、話の続きに耳を傾けなければならなかった。


「あいつも君と同じでね。とんでもなく、高い魔力値を持って生まれてきたんだよ。幼い頃から魔導師としての素質は抜群で天才だったんだ。ゼノなら魔王軍に対抗できるんじゃないかって、ずっとそう言われていたんだよ」


 それからすぐに、大賢者ゼノは頭角を現すようになったのだという。

 最初は小さな村を救い、続けて王国から魔獣を追い出したりしているうちに、やがて世界の命運を握る存在にまで成長する。


 エメラルドも同じように、魔導師としての素質はずば抜けていたが、天才には敵わなかった。

 やがて、大賢者ゼノは手の届かない存在となっていく。


「一度、魔王エレシュキガルに敗れたあいつと話す機会があったんだ。今のままじゃ魔王を倒すことができないって。あいつは苦しんでいたよ」


「……」


「でも、決意したようだった。ある日、私に言ったんだ。『禁忌魔法を使おうと思う』って」


 禁忌魔法。

 それは、究極の力を手にすることができる代わりに、その代償として多くの犠牲を払う必要がある絶対に使用してはいけない魔法だ。


 彼が口にしたその言葉の意味が分からないほど、エメラルドは子供ではなかった。


「私は、あいつの言葉に何も返せなかったよ。いや、ちょっと違うね。返す資格はないって、そう思ったんだ。だって、あいつが世界を救うために、悩んでいたのを私はずっと傍で見てきたから」


「それで……どうなったんですか?」


「うん。あいつは、私をこの迷宮へと封じ込めたんだ」


「えっ?」


「ゼノくん。私はこの迷宮から出ないんじゃないんだよ。出られないんだ」


「!」


 それが、この5年間、ゼノがずっと疑問に思ってきたことの答えだった。


「じゃあ、これまで外へ出なかったのは……」


「あいつが私にかけた魔法が理由だね。あいつの魔法でしかこの封印は解けないから」


「そんな……」


「君はまだ、この迷宮へやって来て5年だと思うけど、私はかれこれ400年近くここで暮らしているんだよ」


「っ……」


 400年。

 口で言うのは簡単だ、とゼノは思う。


 けれど、実際に5年間、この迷宮で暮らしてきたゼノになら分かる。

 それが精神的にどれだけきついことか、と。


(いや……。きついなんて、そんな生易しいものじゃない。気がおかしくなって当然の狂気だ)


 なぜ、大賢者様はそんなことを……と一瞬思うも、すぐにその理由にゼノは行き当たる。


「……つまり、大賢者様は分かっていたんですね。自分が放つ禁忌魔法によって、大勢の人が死んでしまうって。だから、お師匠様をこの迷宮の深くに閉じ込めた……」


「ふふっ、さすがゼノくんだ。《不老不死》の魔法を私にかけて、この迷宮に閉じ込めて、あいつは去って行った。必ず迎えに来るっていうその言葉を信じて……気付けば400年さ」


「……」


「私はもう長いこと、地上へ上がっていないからね。今、外がどんな風になっているのかは分からない。けど、一つだけ確信していることがあるよ。あいつはもう迎えにはやって来ないって。禁忌魔法を放って……あいつは死んだんだろう?」


「それは……」


「べつに隠すことじゃないさ。400年も恋人を放っておくバカがどこの世界にいるんだい?」


「……お師匠様、知っていたんですね」


「いや、このことを訊ねたのは君が初めてだよ。でも、とっくの昔に諦めはついてたんだ。この迷宮に迷い込んでくる冒険者たちから、魔王エレシュキガルはすでに滅んだって話を何度も聞かされてきたからね。魔王を倒せたのは、あいつしかいなかっただろうし」


 そこには、揺るぎない信頼のようなものがあった。

 ゼノは、少しだけ2人の関係が羨ましく感じられる。


「それと、あいつの魔法で大勢の人が死んでしまったことも聞いたよ。魔王は倒せたんだろうけど、あいつの決断が正しかったのかは、正直私には分からない。はっきりしていることは、私も同罪ってことだね」


「え?」


「君は優しいから。私が400年近くもこの迷宮から出ることができずに、可哀そうだってそう思うかもしれないけど。でも、これはあいつを止めなかった私の罰でもあるんだよ」


「罰だなんて……そんなのおかしいですよ。大賢者様は、人族の未来を守るために、自らの命と引き換えに禁忌魔法を放って魔王エレシュキガルを倒したんです! それを責めるなんて……少なくとも、俺には絶対にできません」


「さすがゼノくんだ。そう言ってくれると思ったよ。けどね。私はもう寂しくないんだよ。だって、君のような天才魔導師と出会えたわけだから」


「いや、ですから、買いかぶり過ぎですって」


 毎回、エメラルドはゼノをこのように呼んでくる。

 ゼノとしては、魔法適性ゼロの自分がそんな風に言われるのが、こそばゆくてたまらなかった。


 けれど、今日のエメラルドは、いつになく真剣だ。

 スッと表情を戻すと、「すぐに私の言葉の意味が分かるよ」と口にするのであった。

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