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8年前の社交界

「まず、アタシが強い相手と戦いたかったのは、自分が強くなりたかったからなんだ。きっかけは……ある男の子との約束からだった」


「男の子?」


「もう8年も前の話だぜ」


 懐かしそうに口にすると、アーシャは自らの過去について話し始める。






 8年前。

 アスター王国の王族や貴族、名家の人々が一堂に会する大規模な社交界が、マスクスで数日間に渡って開かれた。


 その頃、アーシャはまだ7歳だったため、社交界への参加は許されなかったが、10歳になって【魔力固定の儀】を終えた2人の姉は社交界の参加が許可された。

 

 そのことをアーシャは、姉妹の中で自分だけが1人仲間外れにされたように感じて、とても悲しんだ。

 幼さゆえに、当時のアーシャには、その理由が分からなかったのだ。


 1人だけ邸宅に残り、そのことを寂しく思って泣いていると、使用人がある男の子を連れてやって来る。


「そこに現れたのが……ルイス・ハワードっていう男の子だったんだぜ」


(――!?)


 思わず、ゼノは口元に手を当てる。

 だが、暗闇の中だったため、アーシャはそのことに気付かなかった。


「……ルイスもまた、アタシと一緒で7歳だったから、社交界への参加は許されなかったんだ。多分、同じ貴族のよしみで、父様がルイスを泊めさせたんだな。けど、もちろん当時のアタシは、んなこと知らなかった。だから、その男の子が……自分を救いに来た王子様のように見えたんだぜ。へへっ、笑っちまう話だろ?」


「……っ」

 

 このタイミングでゼノはすべてを理解した。


(そうか……。だから、あの時……)


 これまでゴンザーガという名前を見て、ゼノは引っかかりを覚えてきた。

 マスクスの町に運命めいたものを感じたのは、これが理由だったのだ。


(俺は、昔にマスクスに来たことがあったんだ。それでこの前、初めてアーシャを見た時に感じた引っかかりも……これが理由?)


 奥深くに閉じ込めていた記憶を突然掘り起こされたようで、ゼノは口を挟むことができなくなってしまっていた。


(……8年前に、俺はアーシャと会っていたのか……?) 


 だが、当時の記憶はなぜかおぼろげだ。

 どこか不気味なものを感じながら、ゼノはアーシャの話の続きに耳を傾ける。






 アーシャは、魔力値がとても低い状態で生まれてきたようだ。

 基本的に、魔力値は両親から遺伝するため、貴族の子供は自然と貴族となる。


 けれど、アーシャの場合は違った。

 おそらく、かなり珍しい事例だったのだろう。


 代わりに彼女の術値はものすごく高かったのだ。


 幼いアーシャは、それをいつもコンプレックスに感じていたらしい。

 姉たちからは腫れもののように扱われ、両親からは貴族に嫁がせるの諦められた。


 そんな中で、祖父だけはアーシャの理解者であった。

 その時の祖父の付き人がワイアットだった。


「……爺様だけは、アタシに優しかった。魔法適性ゼロなら、術使いになればいいって。アタシの存在を肯定してくれたんだぜ? でも、当時のアタシは、爺様のその優しさがよく分かってなかったんだ。クロノスアクスはさ。実は、爺様が将来のアタシのためにって、用意しておいてくれた物なんだよ。王都の一級鍛冶屋に造らせた特注品って話だぜ」


 どおりで強力なわけだ、とゼノは思った。


「けど、そんな爺様もアタシが術使いになる前に死んじまって……。自分を肯定してくれる爺様がいなくなって、アタシは自分が不必要な存在に思えた。生まれて来なけりゃよかったって……。んな時に、出会ったのがルイスだったんだ」




 ◆




「こんにちは。僕のなまえはルイス・ハワード。君のおなまえは?」


「……ぐすん……」


「どうして泣いてるの?」


「……アタシだけ、しゃこうかいに参加できなかった……」


「僕もおなじだよ?」


「ちがう……。アタシは、まりょくちが低いから参加できなかったんだぜ……」


「それは、かんけいないんじゃないかなぁ。君、まだ10歳じゃないよね? しゃこうかいは10歳以上じゃないと参加できないんだよ」


「……んぁっ? そーなのかぁ?」


「うん。だから泣かないで」


「……んっ、わかった。アタシのなまえは……アーシャ・ゴンザーガだ」


 瞳に浮かべた涙を拭いながら、アーシャはルイスと握手をする。

 それから、アーシャは彼と一緒にいろいろな話をした。


「へぇ、そうなんだ? でも、まりょくちが低くてもじゅつちが高いなら、君はじゅつつかいになれるよ」


「それはイヤだ……。だって、じゅつつかいは、ぼうけんしゃになるしかねーんだろ? ぼうけんしゃは、身分の低いヤツがやるもんだって。かてい教師のせんせーも言ってたぜ?」


「そんなことないよ。ぼうけんしゃは、すっごくかっこいいんだよ?」


「ふぇ? かっこいい……?」


「だったらさ。僕もぼうけんしゃになるよ」


「けどぉ、ルイスはまりょくちが高いから、まじゅつしになるんじゃねーのかぁ?」


「ううん。僕は、アーシャちゃんといっしょにぼうけんしゃになる。それで、いっぱいぼうけんしようよ。いつか、僕が強くなったら、アーシャちゃんを迎えにいくから。そのとき、いっしょのパーティーをくもう」


「ルイスは……それで、ほんとーにいいのか?」


「うん。2人だけのやくそくだよ」


 それでアーシャはパッと笑顔になった。


「アタシとルイスだけのやくそく……。わかったぜ! アタシも、ルイスにまけないくらい強いぼうけんしゃになる!」


 その時のアーシャには、ルイスの言葉がとても眩しく思えた。

 

 そして。

 それは、生まれて初めてアーシャが男の子を意識した瞬間でもあった。

 

 これまでずっと家から出ずに育ってきたため、アーシャは同年代の男の子とこんな風に、たくさんおしゃべりをした経験がなかったのだ。


 こんな風にして、ルイスはアーシャの初恋の相手となった。




 ◆




 やがて、数日が経つと、ルイスは父親と兄と一緒にハワード領へと帰って行った。

 必ず再会することを約束して、アーシャはルイスと別れた。


 次の日からアーシャは姉たちとは違う道を歩み始めることになる。


 生まれた時からすでに、〈斧術〉の適性があることは分かっていたので、将来は冒険者として戦斧使いになって活躍したいと両親に訴えた。


 この頃には、両親は末っ子のアーシャにほとんど何も期待をしていなかったため、彼女のその願いを聞き入れ、術使いとしての実績があったワイアットに本格的な指導を任せることになる。


 それからアーシャは、【術式固定の儀】で術値を固定することを目指して、ワイアットと共に日々の特訓に励んだ。

 そのすべては、ルイスと再会を果たすためだった。


 10歳になれば、【魔力固定の儀】と【術式固定の儀】で、それぞれ魔力値と術値が固定される。

 その日に、2人は再会を約束していたのだ。


 それから数年後。


 【術式固定の儀】で無事に術値を固定できたアーシャは、ゴンザーガ伯爵家邸宅の庭で、ルイスが報告にやって来るのを待っていた。


 ――だが。

 その日、いくら待ってもルイスが現れることはなかった。

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