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聖剣クレイモアとスキルを授かる

 あの日から。

 ちょうど5年の月日が流れた。


 ゼノは、あれからとてもたくましく成長を遂げていた。


 当初は、父ウガンの罵り声が頭から離れず、苦しい日々を送るゼノだったが、エメラルドのサポートによって、徐々に過去のトラウマを克服していく。

 気付けば、ゼノはかつての自分と完全に決別できるようになっていた。


 エメラルドの言いつけをしっかりと守り、厳しい修行にも弱音を上げることなく、ゼノは真摯に取り組んで努力し続けた。


 貧弱だった体は、いつの間にか筋骨たくましく成長し、努力の結果、ゼノは自身の中で新たな魔法理論を構築することに成功する。


 エメラルドの教えは、ゼノがハワード家の家庭教師から学んできたものとは、全く異なった。

 魔法は13種類しか見つかっていないという常識も、あっという間に覆ってしまう。


 なぜなら、エメラルドが目の前で毎日のように、これまで見たこともなかった魔法を披露してくれたからだ。


 ――しかし。


 長い間、ゼノには疑問に思っていることがあった。

 それは、なぜエメラルドはこの迷宮にずっといるのか、ということだった。


 修行の全ても、このダンジョンの中だけ行われている。


 だからこの5年間、ゼノは迷宮の外に一度も出ていない。

 今、外がどのような状況になっているのかも、よく分かっていなかった。


 何度か「外で修行はしないんですか?」と、ゼノは訊ねたことがある。

 その度に、エメラルドは「外へ出る必要はないよ」と口にするだけ。


 その言葉の通り、衣食住の心配はなかった。

 すべてエメラルドの魔法によって、それを賄うことができていたからだ。


 この5年間、ゼノはエメラルドと一緒に、死神の大迷宮の最下層で生活を送っている。


 最下層には、エメラルドが魔法で建てた大きな家があり、周りは結界によって魔獣が侵攻できないようになっているため、突然襲われるような危険もなかった。


 もちろん、日々の食料の心配もない。

 これも、魔法によって生み出すことが可能だからだ。


 たしかに、こんな快適な暮らしができるのなら、わざわざ外へ出る必要もないか、と。

 ゼノは、ある時期から迷宮の外へ一歩も出ないエメラルドのことを不思議に思わなくなっていた。


 いわば、彼女はこのダンジョンの主なのだ。


 ゼノを助けた時のように、エメラルドは、たまに迷宮の見回りをしては、迷い込んだ者がいないかチェックをしていた。

 発見すれば、魔法で記憶を消してからダンジョンの外へ帰しているようだ。


 「存在を知られたくないからね。念のために記憶を消しておくんだ」と、エメラルドはさも当たり前のことのように口にする。


 そんな風にして魔女と生活を送っているうちに、ゼノは自在に未発見魔法を操る彼女のことを尊敬していくようになる。


 いつかは、自分もエメラルドのように魔法が扱えるようになりたい、と。

 憧れの原風景は、5年前のエメラルドの姿にあった。


 歳を重ねるに従ってゼノが強く意識するようになったのは、あの日、エメラルドに助けてもらわなければ、自分は間違いなく死んでいたということだった。


 いつしかゼノは、エメラルドのことを〝お師匠様〟と慕い、命の恩人と考えるようになる。

 

 お師匠様のためなら、自分はなんだってできる。

 そうした思いが原動力となり、ゼノを精神的にも成長させたのだった。




 ◆




「お師匠様、どうしたんですか? 今日は改まって」

 

「ゼノくん。君がここへやって来て、今日でちょうど5年だったね」


「はい。そうです」


 5年前、ゼノはエメラルドを見上げるようにして話していた。

 だが、今ではゼノの方が背も高い。


 エメラルドはこの5年間で1つも歳を取らなかったわけだが、ゼノは今日で15歳となっていた。


「つまり、君はもう大人の仲間入りというわけだ」


「言われてみれば、たしかにそうですね」


 成人を迎えた者は実家を出るのが普通だ。

 少しだけ嫌な予感をゼノは抱く。


 そして、その予感は的中することとなった。


「というわけで、君にはこの迷宮から旅立ってもらおうと思う。いわゆる、卒業ってやつだよ」


「え……? そ、卒業……!?」


「これまでよく私の修行に耐えて努力したね。君はもう立派な魔導師だ」


「いや、ちょっと待ってくださいっ……。魔導師っていっても、俺はまだ魔法なんて1つも……」


「大丈夫。今の君なら、十分に上手く魔法を扱うことができるはずだ」


 エメラルドはそう口にすると、背後からある物を取り出す。


「ゼノくん。これを君に渡そう」


「なんですか? これ……」


「聖剣クレイモアだ」


「聖剣?」


 ホルスターにおさめられた剣を受け取ると、それをまじまじと観察する。

 それは、これまでに見たことのない真っ白な剣であった。


 剣身(ブレイド)はゼノの背丈の半分ほどあり、(ガード)の中央には球状の穴が空いている。

 純白に光り輝く(ヒルト)は、見る者を魅了するような美しさがあり、聖剣の名前に恥じない武器がそこにはあった。

 

「それはね。大賢者ゼノが列挙した魔法を再現するための発動具なんだよ」


「……は……?」


 魔法を再現するための発動具……?

 同じ言葉をそのまま頭の中で唱えるも、ゼノはやはり上手く理解することができない。


「魔法適性ゼロでも、その剣があれば魔法を使うことができるんだ」


「っ……。この剣で、そんなことが……」


「ちなみに、詠唱文を破棄しても発動することができるから。きっと、これからの君に役立ってくれるはずだよ」


 ゼノは、握り締めた聖剣クレイモアに改めて目を落とす。

 

(これが魔法を発動させることのできる剣……?)


 これまでエメラルドが披露してきた魔法の発動方法とは全く異なり、どうしても上手くこの剣と魔法を結びつけることができない。


 そんなゼノの戸惑いを察してか、エメラルドは付け加えるように続ける。


「もちろん、それ単体では何もできないよ。特に剣としての性能は皆無だから。武器としては使わないようにね」


 エメラルドはそう口にしながら、続けて金色に輝く小さな容器を取り出す。


「なんですかそれは?」


「魔法を使うには、これも必要なんだ」


 金の容器を両手で包み込むようにして持ち上げると、エメラルドは手元に魔法陣を発生させて、突然詠唱文を唱え始める。


「かの者にいにしえの力を授けたまえ――《譲渡》」


「うわぁ!?」


 その瞬間、眩い光がゼノの全身を包み込む。


 やがて、その波がおさまると、これまで感じたことのなかった力が、体内から漲ってくるのがゼノには分かった。


「お……お師匠様っ! 一体何をしたんですか!?」


「体に何か変化は感じるかい?」


「……なんかよく分からないですけど、なんとなく力が溢れてくるような……」


「うん。おそらく成功したのかな」

 

 エメラルドは、金色の容器をゼノに見せながら口にする。

 

「これはね。スキルポッドって言って、中にはスキルの源が入っていたんだ。それを今、私の魔法で君に受け渡したのさ」


「…スキルの源……? ちょ、ちょっと待ってください……! スキル!? なんで、そんなものがっ……」


 スキルとは、亜人族だけが所有している異能のことである。


 人族と亜人族の間に生まれた混血のハーフなら、スキルを所有していることもあるようだが、エメラルドには亜人族の特徴は見受けられなかった。

 

(お師匠様が、俺にスキルを受け渡した? い、いやいやっ……! そんなことできるわけが……)


 普段からでたらめな魔法を操るエメラルドだったが、今回の件はそもそもの話の次元が異なる。

 これは〝人族では扱えない異能を1つ与えた〟ということなのだから。


「……というか、どうしてそんな物持ってるんですか!?」


「スキルポッドのことかい? これはね。預かっていたんだよ」


「預かっていたって……誰からです!?」


「ゼノだよ」


「!」


 もちろん、エメラルドが自分のことを指して言っているわけではないことは、すぐにゼノには分かった。

 エメラルドが〝ゼノ〟と呼び捨てにする相手は1人しかいない。


(つまり……大賢者様から、このスキルポッドを預かっていたってことなのか?)


 これまでの5年間。

 ゼノがエメラルドと一緒に暮らして分かったことは、彼女が大賢者ゼノと親しい間柄にあったということだった。


「ちなみに、その聖剣クレイモアもゼノから預かっていた物だよ」


「……どういうことなんですか?」


「……」


 ゼノがそう訊ねると、エメラルドはとんがり帽子に触れながら、暫しの間黙り込んでしまう。


 彼女が大賢者ゼノと親しい間柄にあったことは知っているゼノであったが、2人の間に何があったのか、その詳しい内容までは聞いたことがなかった。


 やがて。

 エメラルドは一度小さく頷くと、「そうだね。いい機会だから、そろそろ話そうかな」と、なぜそれらの物を預かっていたのか、その理由を口にする。

 

 それは、彼女の知られざる過去を開ける扉となった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 剣がないと何も出来ない主人公かぁー。雑魚じゃん。
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