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すべては聖女様を守るために

 敷地の坂を登って本館の外壁が見えてくると、その門の前に立っている人物がいることにゼノとモニカは気付く。


 ポーラだ、と。

 その人物が誰か、2人にはすぐに分かった。


 途端に緊張感が走り抜けるが、相手はゼノとモニカが再びやって来たことに、まるで気付いていなかった。


 ポーラは何かを待つように、遠くの方をずっと眺めている。

 やがて、ゼノたちが彼女の視界に入るような距離まで近付くと……。


「!」


 大きく目を見開き、ポーラは驚きの声を上げる。

 

「……あ、貴女たちッ……。ど、どうして……!?」


 その声には、現れるはずのない者の姿を目撃して戸惑っているような、心慌意乱の感情が含まれていた。


 ポーラの様子がどこかおかしいことに気付いたのか、モニカは一瞬眉をひそめる。

 ゼノだけが、彼女が何に対して驚いているのかが分かっていた。


 だからこそ、何でもなさそうに声をかける。


「こんにちは、院長さん。また、お邪魔させていただきました」


「な……なんで、貴女たちがここに……」


 ポーラは相変わらず、混乱したように声を漏らしていた。


「ひょっとして、誰かが来るのを待っていたりします? たとえば……修道院護衛隊の方たちとか」


「!?」


「修道院護衛隊……?」

 

 頭にハテナマークを浮かべるモニカとは対照的に、ポーラはすべてを悟ったような、怒りに打ち震える表情を覗かせる。


「くっ……」


 そして、すぐさま踵を返すと、早足で本館の中へと入っていく。


「モニカ! 後を追いかけよう!」


「え? あ、はいっ……!」




 ◆




 館内へ足を踏み入れると、モニカは果敢にも後ろからポーラに向かって声を張り上げた。


「ま……待ってください、ポーラ院長っ! お話があるんです!」


「二度とここへは近付かないでと言ったはずです……!」


「でも、もう一度話を聞いてほしいんですっ!」


「貴女から聞く話など何もない!!」


 怒鳴りつけながら、ポーラは急いで礼拝堂の中へと入る。

 モニカもその後に続き、諦めずに訴え続けた。


「わたしは、マリア様の像を壊したりなどしていないんですっ! もう一度、きちんと最初から調べていただけませんか……?」


「1年も前の話を今さら! 早くここから出ていきなさいッ! さもなければ……」


 そこで、ポーラの動きがぴたりと止まる。

 彼女は祭壇の中に手を伸ばしていた。


 そして、そこから何かを取り出す。

 

「! それはっ……」

 

 ポーラが手にしていたのは、黄金の大きな弓矢であった。


「これを知らないわけじゃないですよね? ワルキューレの聖弓です。これ以上、ここに留まるようなら……躊躇なくこれを撃ちます!」


「ッ」


 後から追いかけてきたゼノが、モニカの横に立ち並びながら訊ねる。


「なんだ、あの武器は?」


「……この修道院に代々伝わる聖弓です。マリア様が悪党を追い払うのに使った武器と言われていて、ヒーラーでも扱える特殊な物なんです」


 そうモニカが答えたタイミングで――。

 

 ガチャッ。


 正面入口の扉が開く。

 すると、午前の日課を少し早めに終えたシスターたちが一斉に礼拝堂の中に現れる。


 おそらく、昼食を取るために、隣接する本館へ向かおうとしていたのだろう。


 そんな彼女らの姿を見てポーラはフッと笑みをこぼすと、すぐに大声を上げた。 


「皆さん、見てくださいッ! 以前追放したモニカさんが汚らわしい男を連れて、我々の神聖な修道院に足を踏み入れてきました! そして、たった今、あろうことか……自分を修道院へ戻さないのなら、ここで私を殺すと迫って来たのですッ!!」


「えっ?」


 モニカが驚きの声を上げるも、それはシスターたちの騒ぎ声によってかき消されてしまう。


「またアイツよ! 昨日、私たちの声に変な細工した下衆な男……」

「殺すって……きっと、悪霊に取り付かれているんだわ! この異常女っ!」

「貴女、恥を知りなさいよ! 追放された分際で、院長を脅迫しようなどと……」

「永久にここから立ち去ってください。やり方が卑怯ですわ……!」


「ち、違いますっ……! わたしはッ……話を聞いてください……!」


 何か言おうとするも、周りから一斉に罵声を浴びせられ、モニカの声は届かない。


 そんな光景を目の当たりにして、ポーラが礼拝堂へと駆け込んだ目的はこれだったんだ、とゼノは悟った。


 そうこうしているうちに、ポーラは矢を弓柄(ゆづか)にセットして、(つる)をゆっくりと引いていく。

 そして、照準をモニカに合わせてしまうと、そこでようやく勝ち誇ったような顔を浮かべた。


「モニカさぁーん? 貴女がマリア様の像を壊したんでしょう? あの時は認めなかったのですから、今、皆さんのいる前で……きちんとそれを認めなさい!」


「ぅっ……」


「そしたら、これを撃つのだけは見逃してあげますから。ね? さぁさぁ、今ここでちゃんと罪を告白しなさい! 〝私がマリア様の像を故意に破壊しました〟って……そう言いなさいよッ!!」


 ポーラの目は本気だ。

 この場でモニカに、罪を無理矢理認めさせようとしている。


 もちろん、そんなことをさせるわけにはいかなかった。

 ゼノはスッとモニカの前に立つ。


「ゼノさんっ……!?」


「ここは俺に任せてくれ」


 そう呟くと、ゼノはポーラに向き直った。


「ちょっと、そこを退きなさい! 私は今、モニカさんと真剣な話を……」


「1つだけ確認してもいいですか? 院長さん。あなたは、モニカが聖マリアの像を壊すところを直接その目で見たんですか?」


「は……はぁ……?」


「だって、普通は現場を目撃していないと、そこまで強く迫れないですよね? ましてや、相手の術式にスキルで制限をかけるなんて、そんなことはできないはずです」


「……ッ、何度も言ってます! その者が、マリア様の像を壊したんです!」


「なるほど……。そこまで確信があるってことは、現場を目撃したってことでいいですか?」


「え、ええ……っ! そうですッ! 私はこの目ではっきりと見ました! モニカさんがマリア様の像を壊す瞬間を!」


 ポーラがそう口にすると、シスターたちの間で黄色い歓声が上がる。

 よくぞ言ってくれたと、そんなモニカを一方的に責める空気が、そこにはすでに出来上がってしまっていた。


「っ……」


 それを見て、モニカは薄く下唇を噛む。


 本当にやっていないのに、どうして誰も信じてくれないのか。

 どうしようもない歯痒さで、モニカはぐるぐるに縛り付けられてしまっていた。


 すると、ちょうどそんなタイミングで。


 カラン、カラン……カラン、カラン。


 正午を告げる鐘がグリューゲル修道院に鳴り響く。

 

(……よし)


 ゼノはそれを確認すると、モニカの肩にそっと手を置く。

 そして、サッと縄を解くように、モニカの葛藤に終止符を打ってしまう。


 それは、ある一言から始まった。

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