表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/90

グリューゲル修道院へ

 翌朝。

 言われた通り、ゼノは朝一番で冒険者ギルドを訪れる。

 

(あっ)


 館の前には、すでにモニカの姿があった。

 ゼノが手を挙げて駆け寄ると、彼女も気付いたようだ。


「遅れてすまん。随分と早いな」


「いえ……。わたしは、手続きがあってちょっと早く来ただけですから」


「手続き?」


 ゼノが疑問の声を上げるも、モニカはそれを無視するようにして歩き始める。

 

「え? おい、ギルドに用があるんじゃないのか?」


「もう用件は済みました。とりあえず、このままついて来てください」


 よく分からなかったが、モニカの目的は別にあるようだ。

 ゼノは追いかけるようにして、彼女の後について行く。




 モニカが向かった先は、中央広場の通り沿いにある貸馬車屋だった。

 彼女は慣れた感じで、馬の手入れをしている御者に声をかける。


「馬車を1台、お願いできますか?」


「大丈夫ですよ。どこまで行かれますか?」


「ソワソン領にあるグリューゲル修道院ってご存じでしょうか?」


「ええ、存じております。あそこまでですと、馬車で大体4時間くらいですね。片道で銅貨6枚になりますが」


「はい。それでお願いします」


 勝手にそこまで話を進めてしまうと、モニカは馬車のワゴンに乗り込む。


「ほら、貴方も乗ってください」


「え? ああ……」


 一体どういうことなのか分からないまま、ゼノはモニカの隣りに乗り込むと、馬車はマスクスの町を出発するのだった。




 ◆




 馬車は、ゴンザーガ領を越えてソワソン領へ入ると、のどかな田園地帯を進んでいく。

 この間、モニカはずっと外の景色に目を向けていた。


(何をしに行くんだろう? グリューゲル修道院とか言ってたけど……)


 そこがモニカとどういう繋がりのある場所なのか、まったく見当が付かなかった。


(さすがに、このままってわけにもいかないよなぁ)


 余計なことを話したくないのか、モニカは先程から意図的にそっぽを向いている。

 この状況で確認するのは少し勇気がいたが、ゼノは思い切って彼女に訊ねることにした。


「……あのさ、聖女様。修道院なんかに行ってどうするんだ? あ、ひょっとして入信の紹介とかそういうこと? でも俺、特定の宗教には……」


「聖女様」


「え?」


「わたし、この前自己紹介しましたよね?」


「あ、うん……。たしか……モニカ・トレイアっていうんだっけ?」


「そうです。これからは名前で呼んでください。聖女様なんて呼ばれると、この先いろいろと面倒がありそうなので」


「分かったよ。じゃあ……モニカ?」


「……っ。まぁ、なんでもいーんですけど! ……ていうか、前に言おうと思ってたんですけど、ゼノさん。なんか随分とわたしに馴れ馴れしくないですか?」


「そ、そうか? ごめん……。全然、そんなつもりはなかったんだけど」


「だから、べつにいーんですけどぉ!」


「?」


 一度顔を向けたかと思えば、モニカは再び外へ視線を逸らしてしまう。

 ゼノとしては、彼女の態度はよく分からなかったが、拒否されているわけではないということだけは理解できた。


 だから、つい無意識のうちに、また馴れ馴れしくなってしまう。


「でも、モニカは俺と同じくらいじゃないのか?」


「同じくらいって……何がです?」


「歳はいくつ?」


「そういうのって、普通、自分から名乗りません?」


「あっ……すまん。えっと、俺は成人になったばかりの15歳だ」


「えっ!? 同じ歳だったんですかっ? てっきり、年上なのかと……」


「そんな老けて見えるか?」


「ち、違いますっ! そうじゃなくて……。なんか、ゼノさんって大人っぽいっていうか……。そういうところがあったので」


「そうかなぁ?」


 ゼノとしてはまったくそんな自覚はなかったので、そんな風に言われて内心驚く。

 

(けど、お師匠様とこれまでずっと一緒だったわけだし。そういうのも影響してるのかも)


 なにせ、相手は400年以上の時を生きている魔女なのだ。

 自然と感化されていたとしても不思議ではない。


「ってことは、やっぱりモニカも15歳?」


「はい」


「おぉっ! 嬉しいな! 初めて同年代の子と知り合えたよ!」


「ちょ、ちょっと……!?」


 ゼノはモニカの手を取ると、それをぶんぶんと回す。


「だから、こーいうのが馴れ馴れしいんですぅ~!!」


「あ、ごめん……つい」


 手を離すと、ゼノは改めて背筋を正した。


 こうしてモニカと一緒にいる理由を忘れてはいけない。

 贖罪のために、今自分は彼女と行動を共にしているのだ、とゼノは思った。


 だが、それを再確認してしまうと、どうしてモニカがグリューゲル修道院へ向かっているのか、その理由が知りたくなってしまう。


「それでさ」


「なんです?」


「いや、どうして修道院に向かってるのかなぁって思ってさ」


「……」


 モニカは昨日、はっきりとこう口にした。


 『……1つだけ、あります……』


 その言葉の中に、並々ならぬ決意が隠れていることにゼノは気付いていた。

 果たしてそれは、自分が役に立てることなのだろうか。


(たしかに、モニカの役に立ちたいって言ったけど)


 ゼノは急に不安となる。


 が。


「そんなの、決まってるじゃないですか。ゼノさんに、お願いしたいことがあるからです」


「!」


 モニカはあっけらかんとそう口にする。

 気兼ねなく、まるで世間話でもするように。


「でも……。そのお願いって、俺にできることなのかな?」


「もちろんですよ。ゼノさんには、わたしの付き添いをして欲しいんです」


「付き添い?」


「実はさっき、ゼノさんがやって来る少し前に、ティナさんにクエストの依頼を出していたんです」


「え、そうだったのか?」


「はい。その内容が、ゼノさんにグリューゲル修道院まで付き添いをしてもらうってものなんです」


「そんな……。べつにクエストなんかにしなくても、普通について来たのに」


「それは、わたしのプライド的にNGです。たしかに、ゼノさんには迷惑をかけられましたけど。でも、それとこれとは話が別ですから」


「そ、そうなのか……?」


 あまり納得のできる主張ではなかったが、ここでつっこむのも違う気がして、ゼノはそれ以上は口を噤んだ。


「それで、なんだ? 俺は、ただ修道院までついて行くだけでいいのか?」


「はい、大丈夫です。ただ一緒にいてくれるだけでいいんです。わたしが……ある方の誤解を解くのを、見守っていただけたら」


「ある方?」


 そうゼノが訊ねると、モニカは一度、前部に座る御者へと目を向ける。

 どうやら彼は、馬の操作に集中しているようだ。


 それを確認すると、彼女は一段階声のトーンを低くしてこう続けた。


「……わたしは、1年前までグリューゲル修道院にいました」


「えっ……」


「聖女見習いとして、日々を過ごしていたんです。ですが、ある事件が起きて、わたしは修道院を追い出されることになりました」


「追い出された?」


 そこでモニカは、どうして自分がグリューゲル修道院を出ることになったのか。

 1年前の出来事を口にする。


 ゼノはその話に耳を傾けながら、彼女の過去を初めて知るのだった。




 ◆




「――じゃあ、なんだ? モニカは、たまたま礼拝堂を通りかかった時に、聖マリアの像が落下するのを目撃して、それを報告に行ったら犯人扱いされたってこと?」


「そうです。ですが……全部、誤解なんです」


「ひどいな……。勝手に犯人に決めつけて、しかも即刻修道院から追い出すなんて」


 ふと、あの日の夜の出来事がゼノの脳裏にフラッシュバックする。


(俺も、父上に実家を追い出されて……それで、死神の大迷宮に廃棄されて……)


 その時のモニカの心境は、ゼノには痛いほど理解できた。

 きっと、心細くて不安で堪らなかったに違いない。


「わたしは、ポーラ院長の誤解を解きたいんです。それで、もう一度修道院に戻りたいって思って……」


「そっか……。うん、俺も応援するよ。モニカがその、院長さんの誤解を解けるように」


「ありがとうございます」


「けど、本当に一緒にいるだけでいいの? ほかに何か力になれることはない?」


「傍にいてもらえるだけで十分ですよ。そしたら、ちゃんと伝えられそうな気がするんです」


「……」


 そうはっきりと口にするモニカの姿は、これまでの彼女とは、まるで別人のようにゼノの目には映った。

 

 マイナスイオンを放ちながら、ほわほわと聖女を演じる以前の彼女ではなく。

 喜怒哀楽を全身で表現した人間味溢れる今の彼女でもなく。 


 芯が通った覚悟を持つ1人の少女が、そこには座っていた。


 やがて、田園地帯の一角に、荘厳な修道院の外観が見えてくる。

 2人を乗せた馬車は、目的地へ到着しようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ