超レア草を簡単に集めてしまう
ゼノは、【狂悪の凱旋】一行と順調にワイド山を登っていた。
1人での登頂とは違い、他の者たちと一緒に登ると、気持ちにだいぶ余裕が生まれる。
ジェシカもコナーも話好きのようで、単調な山道もゼノは退屈することなく、登ることができていた。
その後も、所々で出現するレイバーロックを、宣言通りジェシカが〈体術〉を使って倒していった。
頼もしいその姿は、圧巻の一言だ。
寸分の狂いもないその攻撃は、術式を深くまで理解していないと成し得ない技である。
コナーやヨハンも負けていない。
話に夢中になっているようで、コナーはその最中にあっても索敵を怠らなかった。
魔獣をいち早く見つけて、それをジェシカに報告する。
ヨハンは、魔獣と遭遇した戦況を独自の視点で分析し、情報として素早くジェシカへ伝達していた。
その流れるような連携は、長年培われてきた信頼の上に成り立っているように、ゼノの目には映った。
そんな3人の熟練された動きを目の当たりにして、ゼノは大きく感動する。
「皆さん、本当にすごいですね」
「そうかぁ? オレっちたちはこれが普通だけどな!」
「こんな風に、流れるような連携が取れていて、パーティーとしてすごく羨ましいです」
「ジェシカさんにたっぷり仕込まれましたから」
「そうッス! ジェシカさん、怖い時もあるッスけど、とても優秀な格闘家なんッスよ!」
「オレっちはべつに怖くなんかねーさ。何事も真剣ってだけだ。ワッハハハ!」
それからさらに登っていくと、しばらくしたところでワイド山の景色ががらりと変わる。
これまで続いていた岩場は途中で途絶え、頭上には霧氷の付着した針葉樹林が大きく広がっていた。
(そろそろ、ベリー草の分布地点も近そうだな)
そんなことを思いながら、ゼノはさらに【狂悪の凱旋】一行の後について山道を登っていく。
そのまま登頂を続けること、30分。
心なしか気温も下がっているように感じられた。
そんな中に突如――。
「……っ、おぉ……!」
思わず声が漏れてしまうほどの幻想的な光景が目の前に現れた。
まるで、その場所だけ別世界のように、ぽっかりと空いた空間に、広大な草地が出現したのだ。
高い木々が草地を取り囲むようにして立ち並び、葉の間からは陽の光がわずかに零れ落ちていた。
「ゼノさん! 多分、この辺りにベリー草は生えてるはずッスよ!」
「んっ? そーなのかぁ?」
「たしかにそうですね。コナーさんの言う通り、ここがベリー草の生育地になります」
珍しいものでも見るように、辺りをぐるっと見渡しているジェシカに対して、ヨハンが冷静にそう付け加える。
「んじゃ、ゼノとはここでお別れか」
「ここまでお世話になりました。いろいろと助けていただき、本当にありがとうございます」
「なーに。んなことは気にすんなって! 冒険者同士は助け合ってなんぼよ!」
パンパンと、ゼノはジェシカに背中を叩かれる。
「ゼノさんと話せて楽しかったッス! ベリー草の採取、がんばってくださいッス!」
「それでは、我々はこれで失礼させていただきます。これから先もお気をつけて」
「はい。皆さんのご武運を祈ってます」
「じゃーなぁ!」
ゼノは、笑顔で手を振りながら登っていく3人に別れを告げる。
【狂悪の凱旋】一行の背中が、木々の影に隠れて完全に見えなくなってしまうと、目の前に広がった草地にゼノは視線を向けた。
「……さてと」
これまで賑やかだったせいか、急に孤独感のようなものが押し寄せてくる。
「いい人たちだったな。冒険者同士は助け合ってなんぼ、か」
今後、自分もその教えを守っていきたい、とゼノは思う。
「よし。それじゃ、ベリー草を集めるとしよう」
気持ちを切り替えると、ゼノはさっそくベリー草の採取に取りかかる。
日没までにマスクスへ戻るなら、今は感傷に浸っている時ではなかった。
「えっと……それで、ベリー草ってどういう形をしてるんだっけ?」
一応、紙にベリー草の簡易的なイラストをティナに描いてもらっていた。
それを取り出して確認するも……。
「……全然、特徴がないな。これじゃ、他の草と区別がつかないぞ」
たとえ、コナーかヨハンにベリー草の1本を見つけてもらっていたとしても、自分では他の草との違いは分からないはず、とゼノは思った。
こういう時こそ、魔法の出番である。
「たしか、《発見》とかいう魔石を手に入れてたよな? それで何とかならないかな?」
光のディスプレイをその場に出現させてステータスを開くと、ゼノは《発見》の項目をタップしてみる。
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☆1《発見》
内容:対象物を瞬時に発見することができる/1回
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「対象物を瞬時に発見する……か。うん、おそらくこれでいけそうだな」
時間の短縮にも、もってこいの魔法と言えた。
躊躇することなく、ゼノは《発見》の魔石を使ってみることに。
聖剣クレイモアの鍔部分に《発見》の魔石をはめると、ゼノは光を帯びた剣身に手を当てながら唱えた。
「対象物ベリー草――《発見》」
すると、大きく開けた草地の所々に、光の点が浮かび上がる。
「……っ? もしかして、この光ってる場所にベリー草があるのか……?」
半信半疑のまま、1つの地点へ足を向けると、たしかに1本の草が輝きをもって発光していた。
イラストに描かれた草とも似ている。
「とりあえず、この魔法を信じて光っている草は全部集めておこうかな」
ゼノは、光った草をむしり取って魔導袋の中へしまうと、続けて別の草の採取に取りかかった。
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「……ふぅ。こんなもんでいいかな」
ティナから言われていた依頼の数は10本だったが、念のために50本近く、ゼノは光った草を採取していた。
もし、これで間違っていたとしたら、それはそれで仕方がない。
その時は、別の冒険者ギルドを探して、そこでまた一からスタートするつもりでいた。
そんな潔さが幸いしたのか。
思っていたよりも早く、ゼノは採取を終えることができた。
(そろそろ下山しよう。あまり長居しても、マスクスへ着くのが遅くなるだけだからな)
陽はまだ高く、日没には余裕があったが、途中で何かイレギュラーが起きないとも限らない。
こういう時は素早く行動するのが基本だ。
何事も瞬時に選択せよ、というのがエメラルドの教えでもあった。
広大な草地を後にすると、ゼノは針葉樹林の中を足早に降っていく。
(……今頃、ジェシカさんたちは、山頂でボス魔獣と戦っているのかな)
少しだけ頂上の様子が気になるも、3人なら特に心配はないはず、とゼノは思う。
ここへ辿り着くまでに、レイバーロックを50体以上も倒してきたのだから。
今度、機会を見つけてラヴニカまで行ったら、今日のお礼をちゃんと伝えよう。
そんなことを考えながら、下山していくゼノであったが……。
ドオオオォォォォーーーンッ!!
「!?」
突如、巨大な爆音が鳴り響いてくる。
音は山の頂上付近から聞えてきたようだ。
(まさか……ボス魔獣の攻撃っ……!?)
ゼノは後ろを振り返って見上げながら、嫌な予感を抱く。
これまでジェシカが使ってきた〈体術〉には、このような爆音を炸裂させる術式はなかった。
おそらく、コナーやヨハンの術式でもないだろう。
「っ!」
気付いた時には、体が反応していた。
ゼノは、全力で針葉樹林の斜面を駆け登り始めていた。




