冒険者ギルド
さすが領都ということもあって、マスクスの町はフォーゲラングの村よりも巨大であった。
アスター王国の中では南の方に位置し、他国との国境が近いこともあって交易が盛んなようだ。
そのため、隣国の影響を受けたような異国情緒溢れる建造物が多く建てられている。
エキゾチックな雰囲気のあるその光景を目にして、ゼノはふと故郷であるドミナリアのことを思い出した。
ゼノの故郷もまた、マスクス同様に交易が盛んな領都であり、その街並みもどことなく似ていた。
「綺麗で素敵な町だな」
入口から町を見渡しながら、ゼノはどことなく懐かしい気分となる。
それこそ、ずっと以前に一度訪れたことがあるような、そんな懐かしさを感じていた。
「!」
その時。
ゼノの頭に再び鈍い痺れが走る。
(……いや違う、懐かしいんじゃない。俺はこの景色を……知っている?)
初めて訪れる町のはずなのに、そんな身に覚えのない感覚がゼノに襲いかかる。
――だが。
それもほんの一瞬のことであった。
「まぁ……デジャヴみたいなものか」
どこか不思議な気分となりつつも、顔を叩いて気持ちを切り替える。
それからすぐに、ゼノはマスクスの町の散策を始めた。
◆
しばらく町の中をいろいろと見て回り、やがて中央広場へとやって来る。
すると、その通り沿いにある大きな建物が、ゼノの目に飛び込んできた。
その外観を見てゼノはすぐに直感する。
「あったぞ、ギルド!」
冒険者ギルドは、王国の指示のもとに運営されているため、外観の雰囲気がどこも似ていることで有名だった。
ドミナリアにある冒険者ギルドと似た雰囲気を感じながら、ゼノは館内へ足を踏み入れる。
「おぉっ、すごい人だ……」
一歩足を踏み入れて、ゼノは賑やかな館内の空気に一瞬飲まれそうになる。
中にはたくさんの冒険者がいて、彼らはそれぞれに自慢の武器を所持していた。
受付の窓口もいくつか存在し、冒険者たちはそこでクエストの受注や結果報告などを行っているようだ。
(みんな強そうだな)
筋骨隆々の男たちに混じって、女性の姿も意外と目につく。
本当にたくさんの人たちが、この冒険者ギルドを利用しているようだ。
実際の現場の空気に感動しつつ、ゼノはそのまま受付の窓口へと赴いた。
「こんにちは冒険者さん。今日はどういったご用件でしょうか?」
すぐにギルド職員の制服を着た受付嬢が迎えてくれた。
「あの、クエストの受注をしたいんですけど。ここで大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫ですよ」
ブロンド色の煌びやかなセミロングヘアを揺らしながら、受付嬢はにっこりと笑みを浮かべる。
自分よりも年上であると、ゼノにはすぐに分かった。
だが、そこまで歳は離れていない。
10代後半といったところかもしれない、とゼノは思った。
(ものすごい美人な女性だな。でも、怒るとちょっと怖そうかも……)
そんなことをゼノが考えていると、受付嬢が声をかけてくる。
「では、ギルドカードをお出しください」
「ギルドカード?」
「えっ? ひょっとして……初回の方ですか?」
「あ、はい。初めてこちらのギルドにやって来ました」
「他のギルドで登録したことはありますか?」
「いえ、まだしたことはないです」
「でしたら、まずは簡単に冒険者ギルドについての説明をさせていただきますね」
受付嬢はそう口にすると、冒険者ギルドの仕組みについて話し始めた。
まず前提として、冒険者としてクエストを受注する者は、ギルドの規則に従う必要がある、ということであった。
ギルドが冒険者のランクを選定し、依頼するクエストを選んで案内しているようだ。
クエストを受けるか受けないかは冒険者の意思で選べるが、クエスト自体を冒険者が選ぶことはできない。
つまり、ギルドのさじ加減によって、物事はすべて決まってしまうということだ。
この辺りの情報は、ゼノも昔にハワード家の家庭教師から話を聞いて知っていた。
そのため、ギルド職員からの印象を良くしようと、媚びへつらう冒険者も多い。
ギルド職員は、冒険者上がりの者が大半なので、元々の仲間の採点を甘くして、ランクを操作するなどの諸問題も起きている。
だが、完璧とは言えないまでも、これまで厄介事の多くはクエストという形で冒険者ギルドが請け負い、それをそれぞれ適切な冒険者に任せることで、問題は解決されてきた。
国も冒険者ギルドをある程度信頼しているため、今後もこの仕組みは変わることはないだろうと、以前家庭教師が話していたことをゼノは思い出す。
「冒険者の方のランクは、我々ギルドが独断で決定してます。ランクは全部で7つ。SからFまで存在しますね」
「何か基準はあるんでしょうか?」
Sランク冒険者を目指すゼノにとって、これを聞くことは何よりも意味があった。
「色々とありますが、基本となるのはギルドへの貢献度とクエストの達成率です。あと、人柄というのも重要ですね。いくらギルドへの貢献度やクエストの達成率が高くても、まともに会話できないんじゃ話になりませんから」
受付嬢は、当然のことのようにそう口にする。
その言葉の中には、美人特有の達観した冷徹さのようなものが含まれていた。
「あ、でも初回で登録された冒険者さんは、一律でFランクスタートになります」
「ありがとうございます。よく分かりました」
「冒険者さんは、これからパーティーに入ったりする予定はありますか?」
「いえ。今のところは考えてないです」
「一応、パーティーについても説明させていただきますね。パーティーでクエストの受注を希望される場合、我々はリーダーの方のランクに合わせてクエストをご紹介しています」
「ということは、Fランク冒険者でもSランク冒険者がリーダーのパーティーに入れば、それ相当のクエストが受けられるってことですか?」
「はい。そういうことになりますね。ただ、こちらがお支払いする報酬に変わりはありませんから。Sランク冒険者さんは、自分の取り分の一部をFランク冒険者さんに渡すことになります。あと、万が一、クエスト中にそのFランク冒険者さんが死んだとしても、我々に一切責任は生じません。そこのところは、自己責任でパーティーを組むようにと、冒険者さんにはお願いをしています」
「なるほど……」
つまり、クエストの達成方法には文句をつけないが、その代わり、責任はすべて冒険者側で負うように、ということだ。
ゼノが考えていたよりも、かなりドライな環境のようだ。
「ただ、たとえFランク冒険者さんであっても、パーティーがクエストを達成すれば、それは実績となります。実績があれば、こちらとしてもクエストをお願いしやすくなります。Sランク冒険者さんのパーティーにFランク冒険者さんが加入するというのは極端な例ですが、この実績を狙って低ランクの冒険者さんが、高ランクのリーダーがいるパーティーに入ろうとするというのは、実際によくあることなんです」
「そうなんですね。貴重な情報どうもありがとうございます」
今のところ、ゼノは誰かのパーティーに入ることは考えていなかったが、ひょっとしたら、今後そういったタイミングが訪れるかもしれなかった。
(この辺のシステムについてはよく覚えておこう)
ゼノは礼を述べると、受付嬢の話の続きに耳を傾けた。




