勤労!? カフェアルバイト!! ③
ピンクの目の前に立つとこちらの顏を不思議そうに見つめ返す。
先ほどの顔を見てしまうといつもの癖でなれなれしく話してしまいそうになるが、そこを抑え込みながら店員として話しかける。
「お客様、よろしければ試食のご協力をお願いできないでしょうか?」
「……試食?」
「はい、最近になってこちらで働かせていただくことになったのですが、色々と経験不足な面もあり、こうしてお客様に試食のご協力を御願いしているのです。いかがでしょうか?」
「それじゃぁ、おねがいします」
「はい、それではただいまお持ちいたしますね」
そう一言彼女に告げ、厨房に行く。
自分の勘が正しければこれでいいはずだ。
そうして準備を整え、自信と一つまみの不安とともに彼女のもとに戻る。
彼女の目の前に試食と称したものを置く。
それはティーセットだったが彼女は先ほどの仏頂面から目をランランと輝かせる。
ティーセットの内容は出来立てのブラウニーとラテアートだ。
ラテアートは、自分の腕が素人のせいでシンプルなハートだがそれでもどうやら喜んでくれたらしい。
「……あまい」
一口ブラウニーを口に運ぶと彼女の口元が緩み、口角がほんの少し上がる。
このカフェでは数回しか彼女を見たことないが笑っているところを見るのは初めてだった。
その後も笑顔のまま食事を楽しんでいる。
あの時の既視感とは首領の顏のことだった。
首領も甘いものが好きで外でケーキ屋などを横切ると同じ顔をするのだ。
首領と彼女が重なってしまいつい世話を焼いてしまったというわけだった。
そのまま笑顔のまま完食し終えるとこちらに振り向く。
こちらを見ている顔は先ほどの笑顔が嘘のように真顔になっていた。
「気を遣わせたみたいでごめんなさい」
そう一言こちらを見ながら彼女は言う。
どうやら試食の件や彼女への気遣いはすべて気付かれていたらしい。
気恥ずかしさで少し顔が赤くなってしまう。
「わたし、可愛いものや甘いものが好きなんですけど、人前で食べるのがその……気になっちゃって」
先ほどのブルーとの会話を思い出す。
そこまで気にすることではないと個人的には思うが本人からしたら深刻な問題なんだろう。
間違っても“気にしなくていい”とか“大丈夫”とか言ってはならない。
彼女のこれはたぶんコンプレックスだろう。
気になり、大丈夫ではないからコンプレックスなのだ。
「そうなのですか。それでしたらお客様、またお客様だけのときによろしければ試食を御願いしてもいいですか? つぎはもっとおいしく作れると思いますので」
「え? でも……」
「ここでなら人目を気にしなくても大丈夫です」
その一言で彼女は驚いたようにこちらをまっすぐ見つめる。
こちらも目をそらさずじっと見つめ返し、お互いにしばらく見つめ合っていた。
「……ふふっ。ありがとう、でも次は自分でお金を払って注文するわ、優しい店員さんっ」
彼女は満面の笑みでそう言って店を後にした。
今回の出来事で二つ心に残ったことがある。
一つは今回行動に移してよかったということ。
もう一つは、カフェのティーセットは意外と高いということだった。
そう思いながら今回のティーセットの支払いを自分で済ませる。
怪人以前に男にはカッコつけなければならないときがあるのである。