その賭け、乗った!
「タケル、私ダイゴくんにデート誘われちゃった」
聞き間違いであってほしい言葉が、子どもの頃から聞いてきたあの子の声で僕の耳に届いた。
振り向くとそこには、幼なじみのハナエちゃんが立っていた。
165cmを超える長身で黒のロングヘアーを風になびかせながら、ウキウキした表情を僕に向けていた。
「え?ダイゴくんって桜高校野球部エースの?」
違ってくれ!と心の中で叫んだものの、実際に出た声はひどく頼りない声だった。
「そう、私達と中学一緒だったダイゴくんよ!昨日駅でバッタリ会って、話してたら急に言われたの『デートしようよ』って」
最悪だ。僕らと中学が一緒だったダイゴくんは、The・人気者の超イケメンだ。
一方の僕は中学で同じ野球部だったものの、身長も小さく痩せていて、部内でも地味なグループにいた。
ダイゴくんがハナエちゃんをデートに誘ったなんて、結末が痛々しいほどはっきりわかる。
「なにボーッとしてるのタケル?相変わらず会話のキャッチボールが全然できないわねぇ。野球と同じ」
いつものように僕をイジるハナエちゃん。
いつものようにそれを幸せに感じられない僕。
なにか答えなきゃ。焦って考えがまとまらないまま口に出た言葉は、今思い出しても恥ずかしい言葉だった。
「ハナエちゃん。来週の公式試合、もし僕がダイゴくんからヒットを打ったらデートやめるって言うのはどう?」
「はい?あんた何言ってんの?弱小野球部で9番のタケルが強豪桜高校エースのダイゴくんから打てるわけないでしょ」
「いや・・・だからこそだよ!もし奇跡が起きたらって考えながら観戦してれば、ハナエちゃんも退屈しないと思うし」
理屈になっていないごたくを並べ、ダイゴくんとのデートを食い止めようとする僕。
そんなアタフタしている僕の態度をジーッと見ていたハナエちゃんは、突然表情を崩し顔をニヤけながら
「よし、その賭け乗った!あ、そうだ!もしタケルがホームラン打ったら、私とタケルがデートするって賭けもついでに入れておこうよ!うん、決定♪」
言い終わるや否や、くるりと僕に背を向けハナエちゃんは走っていった。
こうして僕の前に、人生で最初の大きな賭けが舞い込んできた。
ーーーーーー 試合当日ーーーーー
試合は既に9回裏ツーアウト。
弱小野球部である僕らが県強豪の桜高校に勝てるはずもなく、得点は0対6と大きく差が開いていた。
あきらめムードのチームメイト。監督は腕を組みながらイライラしている。
打順は9番の僕。そしてマウンドに立っているのは県トップクラスの投手、ダイゴくんだ。
ダイゴくんはやっぱりすごかった。9回まで僕らのチームに許したヒットはわずか2本。
僕に至っては3打数2三振、1サードゴロ。見事な完敗状態だ。
・・・打てるはずがなかった。ダイゴくんに勝つことは僕には無理だったんだ。
夏の暑さに熱せられた金属バットを触りながら、とぼとぼバッターボックスへ向かう僕。
「タケル!!あんた私との賭けを忘れてるんじゃないでしょうね!」
バックネット裏から、子どもの頃から聞いてきたあの子の声が僕の耳へ飛んできた。
「は、ハナエちゃん!」
振り向くとそこには、いつもの僕をバカにした感じではなく、何かに対して強く怒っている様子のハナエちゃんが仁王立ちしていた。
「・・・ホームランよ。あんたの全身の力をバットに込めてフルスイングよ」
その言葉で僕に迷いはなくなった。
できることは、フルスイング。ダイゴくんの剛速球を恐れることなく、フルスイングだ。
カキィーーーーーン
フルスイングのバットに当たったボールは、一瞬の内にグンと青空へ近づき飛んでいった。
届け、球場の向こうまで
届け、この想いハナエちゃんまで