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七十七話 仕掛けたのは

「メランヒトン先生。いらっしゃいますか」


 魔術教室準備室の戸を叩き、声をかける。返事は無い。窓から見える室内は電気が着いていたけれど、戸を開こうとしても鍵がかかっていて開かなかった。

 物音がしないか耳を凝らしてみるけれど、何も聞こえない。おそらく、誰もいない。

 踵を返し、焦った気持ちでポケットから魔信具を取り出す。

 教室にエンジェラがいないと分かった後エンジェラに通話をかけたけれど、繋がらなかった。

 その時点で、焦りは強くなる。魔信具は身につけていれば、普通絶対に気づくはずだから。出ないということは魔信具が手元にないか、あっても出られない状況か。

 すぐウィスティに一報を入れて、直接魔術教室準備室まで来たのだけど。

 イザークが言っていたから、マークス先生によってエンジェラが連れ出されているのは間違いない。ここに居なければ、どこにいると言うんだ。

 マークス先生の魔信具は登録していない。理事長先生に連絡してみるか。いや、理事長先生がエンジェラのことを知らされているのかは分からない。

 一旦ウィスティと合流するか、と思った時だった。

 魔信具から漂う、登録していない魔力。でも、私の魔信具にかけてくるということは、登録している誰かの魔信具を他人が使っているということ。誰だ。


「……はい」

『モーガンスかー?』


 耳に飛び込んできたのは、先程から探していた人の声で。


『わりぃな〜、クラインの魔信具を借りてんだよぉ』

「メランヒトン先生! 今、エンジェラと一緒ですか?」

『うぉっ、大声出してんじゃねぇ〜。クラインは今一緒にいるぞぉ』


 一旦、ほっと肩の力を抜いた。


「今、どこにいるんですか?」

『屋上だなぁ』

「……は? 教室棟のですか」

『そー』


 なんだってそんな所に。ひとまず、急いでそちらに向かいながら、通話越しに訊ねる。


「メランヒトン先生。なぜエンジェラと、そのようなところに?」

『クラインが、授業終わりに俺に頼みに来たんだよぉ。どうしても屋上に行きたいってなぁ』


 そんなことがあるのだろうか? エンジェラが、急遽屋上に行きたがる理由。少し待てば私が迎えに来るのに、それすら待てなかった訳。

 そして、一緒にいるというのに、わざわざエンジェラの魔信具からマークス先生が通話をかけてくる違和感。

 階段を駆け上がって、屋上に繋がる扉にたどり着いた。

 ドアノブに手をかける。開かない。やはり、鍵がかかっている。


『それで、クラインを今一人にする訳には行かねぇだろー? から、着いてきたっつーわけぇ』

「メランヒトン先生。屋上の扉を開けてもらえますか」


 息を整えながら言った。今すぐこの通話を切って、ウィスティにかけるべきだろうか。けど、さっきかけた時から情報の更新は無いしな。

 この扉の先に、エンジェラはきっといない。そんな予感がした。


『今、少し手が届かねぇんだなぁー』


 通話を切る。

 そもそも、この先に人はいるのか。いなければ、私が怒られるだけ。

 けれど、私が今ここに呼び出されたのには、きっと理由がある気がした。

 ふっと息を吸い込み、脚の筋肉を魔力で増強し、思いっきり扉を蹴り飛ばした。

 ガンッ!! と大きな音と共に強い衝撃が足に来る。目論見通りドアが歪んで、簡単に開いた。

 その先に、白銀の髪の男が立っていた。その他に、やはり人はいない。


「メランヒトン先生」


 マークス先生は私を見て、にへらと笑う。その笑い方は、私の知っているマークス先生のものではない気がした。


「乱暴なこったァ」

「エンジェラの覚醒のこと、先生は知らされていないはずですよね。なぜ知っているんですか?」

「覚醒だぁ? んなもの知らねぇなあ」


 気怠げに、肩を竦めて見せるマークス先生。けれど、そうならば先程のあの言葉は出てくるはずがない。

 私の判断が、間違っていたのだろうか。マークス先生は、ムスタウアだったのだろうか。だとすれば、いつ、どこから。この人は、大きく原作を外れていたのだろうか。


「エンジェラはどこですか?」

「お前が見つけられねぇ所だろうなぁ〜」

「私をここに呼び出した理由は?」

「呼び出しちゃいねーなぁ。お前が自分から来たんだろうがよ〜」


 マークス先生は冷たい目で私を見下ろしてきた。先程の軽薄な笑みはもうなりを潜めている。


「メランヒトン先生は、ムスタウアだったんですか」


 私の言葉を聞いた瞬間、マークス先生は思い切り顔を顰めた。


「この期に及んでシラを切るのかぁー? そっちだろーがよ、騙したのはなぁ」

「騙したというのは……?」

「そんぐれー自分の心に聞けよ」


 ……なにか、おかしくないか。本当にマークス先生がムスタウアだったら、こんなことを言うだろうか?

 何か、見逃している気がする。

 落ち着け、私。

 他に、可能性があるとすれば、──例えば。

 マークス先生が、洗脳されているとすれば?


 冷たい光を宿す、マークス先生の柿色の瞳をじっと見る。

 精神操作をかけられ、何か暗示を受けたりしていたならば。


「私が騙したというのは、誰から聞きましたか?」


 視線が、一瞬彷徨ったのが見えた。


「それをお前に言う必要があるかぁー?」


 今の一瞬の迷い。おそらく、分かっていない。それを吹き込んだのが、今回エンジェラを連れ去った人だ。

 おそらく──いや、ほぼ確実に、マークス先生は操られている。


「さっきから質問ばっかしてくるが……俺の方こそ聞きてぇもんだがね〜」


 どうしようか。精神操作は普通、かけた人以外が解く方法は解除の薬を飲む方法しかない。

 今ここで解くのが理想だけど、医務室にも解除の薬なんて置いてないだろうし、マークス先生を一旦放置してエンジェラを探しに行くか。

 しかしマークス先生が今、私を敵として認識している以上、簡単に行かせてくれるだろうか。ここでマークス先生と本気で戦うことになったらかなり厄介だ。


「クラインを狙って、一体なんだっつーんだよ」


 どうにかして、今、解けないだろうか。

 前に、精神操作の論文を読んだことがある。その内容が、頭をよぎった。

 ──精神操作魔術の重ねがけによる乗っ取り解除の可能性について。

 かかった精神操作の上から更に精神操作をかけることで、操作権を乗っ取った後、その精神操作を解除すれば、元々かかっていた精神操作まで解くことができた、という事例についてだった。

 頭はもとより繊細なもの、一歩間違えたらマークス先生は廃人になりかねない。でも今は何より情報が必要で、マークス先生が先程までエンジェラといたのは間違いないから。

 試す価値はある。人よりは精神操作に自信があるし、やってみるか。万が一のことがあれば、それはムスタウアのせいにしよう。


「聞いてんのかぁ~? 都合が悪くなったらだんまりかよぉ」


 目に剣呑な光を目に浮かべてこちらを睨みつけるマークス先生に向かって、魔力を伸ばす。

 不可視状態にしても、さすがに気づかれた。


「っ、なっ!?」


 一瞬抵抗はしようとしたみたいだったけれど、抵抗が間に合う前に私の魔力がマークス先生に届く。

 バチン! その瞬間、大きな音とともにオレンジと紫の火花が走った。頭を殴られたかのように、マークス先生が後ろに倒れる。

 その体を魔力で受け止めて、そっと地面に横たえた。


「先生。メランヒトン先生、聞こえますか」


 駆け寄って、声をかけながら、揺さぶる。呻き声を上げながら、マークス先生が目を開いた。


「……モーガンス? なんだぁ、ここは……?」

「先生、精神操作をかけられていたんです。今、意識ははっきりしていますね?」

「あぁ……」

「私のこと、分かりますか?」

「あぁ、リラ・モーガンスだろぉ?」

「もう少し詳しく」

「第四学年、(リーラ)クラス、平民」

「あとは?」

「……国治隊員で、現在ムスタウア対処のために潜入捜査中のことかー?」

「はい、十分です。ありがとうございます」


 よかった。成功だ。ほっと胸を撫で下ろした。


「先程も言いましたが、先生はおそらくムスタウアによって精神操作されていました。大丈夫ですか?」

「くっそ、頭いてぇ〜……」


 そう呟いて髪をぐしゃぐしゃ掻き回しながら、マークス先生は上体を起こした。


「あぁそうかぁ、これが精神操作かー……確かに思考が異様だなぁ。お前が国治隊と偽って実はクラインを狙っていると、思い込んでたわ」


 マークス先生は、白銀の髪をかきあげながら、私を見た。


「だから、クラインを一人にしちゃいけねーってな。クラインは中庭から逃がすから、その間、いちばん遠い屋上でモーガンスを引きつけねーとって」

「中庭……。エンジェラとは、中庭で別れたんですか? 誰かに引渡しましたか?」

「一人にしちゃいけねぇって思ってたから、誰かには引き渡したなー……あぁ、思い出せねぇ〜、出かかってんだけどよぉ」

「あと、精神操作魔術をかけられたのは、誰か心当たりありますか? 今朝誰に会ったとか」


 忘却魔術で忘れていたら、今思い出すのは厳しい。でも、精神操作による暗示を今の今まで受けていたなら、思い出しにくくはなっていても、覚えている可能性はある。暗示と忘却、二種類の精神操作を同時並行でかけることは出来ないはずだから。

 ん〜と頭を抱えて唸っていたマークス先生が、あっと声を上げた。


「思い出した。シュヴァルツァーだ」

「え」

「クラインを引き渡したのも。朝にも相談があるっつー話で会って、思い返して見りゃーそっから変な思考してた気がする。モーガンスは同じクラスだろぉ?」


 シュヴァルツァーはそうある苗字じゃないし、私と同じクラスには当たり前だがただ一人。

 信じたくなかったその名前に、ごくりと唾を飲んだ。

 ヴィクトリア・シュヴァルツァーだ。

マークス先生の口調が永遠に迷子。

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