八話 ウィスティのクラスメート
「あともうひとつ。ご存じの通り、メランヒトン先生に事情を話し、協力をお願いしたんですが」
「ああ。メランヒトンくんは信頼できる。いい人を選んだね」
「ありがとうございます。それで、生徒会役員に協力をお願いすることは可能ですか?」
生徒会役員は、親が国のトップに立っている人ばかりで、責任感のある人達のはずだから、事情を伝えられたら信頼もできるし凄く助かる。
しかし大人であるマークス先生とは違って、ただの生徒である彼らをこちらの事情だけで巻き込んでしまうことは、流石に出来ないのだ。だからこそ、理事長に聞いたんだけど。
グレゴールは、眉をしかめて、首を振った。
「残念ながら、それはできない。この件は、アルノルス第一王子殿下が受け持つことになったからね」
「第一王子殿下が?」
「そうだ。卒業して国政に携わり始めてから、初めて陛下に任された大規模事件ということで、かなり張り切っていらっしゃるらしい。弟君の学生生活の平穏を守るために、生徒会は巻き込むなと仰せられた」
「……なるほど」
オノラブル王国は、王族に限り一夫多妻が基本だ。
現国王陛下には、合計四人の妻がいる。
正室ヒルレリア妃、第一側室ハノアロエ妃、第二側室ベリアノン妃、第三側室スピシア妃。
王太子となるのは大抵正室の産んだ王子だけれど、正室ヒルレリア妃には息子がいないため、立太子するのは側室の産んだ王子になる。
昨年度学院を卒業したばかりの、第二側室の息子、アルノルス第一王子殿下。
現在第五学年にいる、第一側室の息子、サグアス第二王子殿下。
現在第二学年にいる、第三側室の息子、アベリタス第三王子殿下。
三人ともが成人を迎えた後、熾烈な後継者争いが繰り広げられるだろうと言われている。
しかし、中でも支持者が多いのは、朱眼姫のメインヒーローでもある、サグアス第二王子。兄の第一王子よりも賢く優秀と言われている。
第一王子は無能ではないが、弟に劣っていることは明らからしく、弟に対して敵意増し増しなのだそうだ。
そんなサグアス第二王子は、現在十七歳、生徒会会長をしている。
──要は、弟の学院生活の平穏を守るなんてのはただの建前だ。せっかくの陛下に任せられた仕事だし、次期王の座のためにも、生徒会を頼ることで弟に手柄を取られたくないという話だろう。
現場で働くこちらとしては不満しかないけれど、まあ仕方がない。
そもそもこの任務が秘密裏に遂行しなければいけないのは、学院が吸魂具のことを公表しないのが原因だし。子供を預かる以上、教育機関としては正直に公表するのが正しいでしょう……と思ってしまいそうだけど。それこそ、私の口出すところではない。
「ちなみに……さきほどのルガール男爵令嬢とご家族はどうなったんですか?」
興味本位で聞くと、予想通りの答えが返ってきた。
「ルガール男爵令嬢は現在療養所に入っている。男爵家には学院側から彼女の医療費と慰謝料を支払い、吸魂具については他言無用と命じたよ」
「そうですか」
簡単に言うと、お金払うから吸魂具のことは黙っとけよ、と言うことだ。
ルガール男爵令嬢はまだ意識が戻っていないらしいから、どんな後遺症があるかも分からないのに、身分の低い男爵家側には学院に対し抗議もできない。
憐れな話だけど、世の中そんなものだから仕方ない。
*
「それでは、失礼しました」
一礼して理事長室を退室する。
廊下に出ると、ウィスティが壁にもたれて立っているのが目に入った。
「ウィスティ。待っててくれたの?」
ウィスティは私の質問にこくりと頷いた。
「先に部屋に戻ってくれてて良かったのに。あの子の容態は、どうだった?」
「大丈夫。さっき、目を覚ました。後遺症も、多分ない」
「ならよかった」
並んで、寮へと歩き始める。荷物が入ったトランクは、今朝既に運び込んでもらっていた。
「どうだった? クラス。青だったら、平民は少ないでしょ」
私が聞くと、ウィスティはうん、と答えた後に付け足した。
「……けど、そんなに悪くなかった」
「ほんと? 私のとこ、魔術騎士団と同じような感じだったのに」
国治隊を警察と言うなら、魔術騎士団は自衛隊。国治隊と魔術騎士団で、共に同じ任務に当たることも時々ある。
国治隊は平民出身が多く所属する一方、魔術騎士団は生粋の貴族が多い。だから、合同で任務に当たる時など、騎士団員に完全に見下された目で見られるんだよな。団長とか、高い地位の人達はそうでも無いけど。
ウィスティは、私の言葉に少し考える素振りを見せた。
「……クラスの中心的存在が、平民だったから」
「へぇ? それはすごいね」
「さっき、あの倒れた人を運んでくれた、空色の髪の」
ああ、と思い出す。
「あの子、ウィスティのクラスメートなんだ?」
「うん」
ちょうどその時だった。
「ヴィヴィ!」
よく響く爽やかな声が聞こえて、私達は振り向いた。
あ、とウィスティが小さく声を漏らす。
丁度話題に上がっていた空色の髪の少年が、ウィスティに向かって走ってきた。
「今から寮に帰るの? 俺、学院内案内するって言ってたけど……遅くなったから、明日にする?」
前に立って、走ってきた勢いのまま彼が問う。圧倒されたのか、ウィスティはわずかにのけぞって答えた。濃紫の髪が小さく揺れる。
「……大丈夫、ありがとう。さっき見て回って、大体分かったから」
「そう? ならよかった。でも聞きたいことがあったらいつでも聞いてね? 俺、なんでも答えるから」
……『ヴィヴィ』、ね。
随分とコミュニケーション能力の高そうな子だ。無表情がデフォルトのウィスティにこれほど無邪気に話しかけることができて、ましてや早速愛称で呼べる人なんて、そうそういないだろうに。
そんなことを思っていると、少年は私の方を向いた。鳶色の、人懐っこそうな目をしている。
「そちらは……ヴィヴィの友達?」
さて、ウィスティはなんて答えるのかな、と内心ニコニコしていると、ウィスティは「……姉的存在」と小さく答えた。なにこの可愛い子。後で抱きしめてもいいかな?
ウィスティの答えに、へぇ! と笑顔でうなずき、彼は私に向かって軽く自己紹介をした。
「俺、ヴィヴィのクラスメートで、ヒューロン・ファインツって言います! 姉的っていうことは、年上? 先輩ですよね」
「私はリラ・モーガンス。第四学年だけど、先輩って程のもんじゃないし、そんなにかしこまらなくていいよ」
ヒューロンと名乗った彼は、目を丸くした。
「もしかして、第四の紫クラスに編入した先輩ですか? 俺、先輩と同じクラスの知り合いがいるんすけど、さっき会ったら魔術すごすぎってめっちゃ褒めてましたよ!」
鳶色の瞳をキラキラと煌めかせて、ヒューロンは感嘆の声を上げる。
「編入ってここすごく難しいらしいですよね。なら、ヴィヴィも魔術うまいんだろうなぁ……俺、そんな人たちと知り合えてラッキー!」
素直な賛辞に、少々居心地が悪く感じた。編入は訳ありだから、余計に。というか、クラスにそんな肯定的な感想を持ってくれていた人が、はたして本当にいたのか。
ちらりと隣を見やると、ウィスティも困ったような曖昧な笑みを浮かべていた。……そろそろこの場を後にした方がいいかな。
そろそろ部屋に戻ろう、とウィスティに声をかけようとしたちょうどそのとき、ヒューロンはじゃあ、と口を開いた。
「案内いらないなら、俺はお役御免だね。二人、帰るんでしょ? 俺ももう行くね。またね、ヴィヴィ。これからよろしく!」
「あ……また」
爽やかに笑うと、くるりときびすを返し、去っていく。……嵐のような人って、ああいう子のことだろうか。
「……陽キャだ」
「ようきゃ?」
「ああいう、誰にでもぐいぐい行く子のこと」
良く言えばコミュニケーション能力が高い、悪く言えば馴れ馴れしい。
ふぅん? と何とも言えないような相槌を打ったウィスティは、遠ざかるヒューロンの背中を眺めている。ウィスティが他人に興味を示すのは、珍しい気がした。
単純に、ヒューロンみたいな子が今までに周りにいなかったからだけかもしれない。
「いい子だね」
「……うん」
「戻ろっか。荷ほどきもまだだし、グレゴールさんの話もあるしね。後で一応ルゥーにも報告しなきゃ」
「うん」
ルゥーの名前を出すと、心なしか返事が明るくなった気がする。分かりやすいなぁ。
ウィスティは表情があまり動かないから分かりにくそうでいて、ちゃんと見れば結構分かりやすい。
そういう素直なところが、少しだけ、私は羨ましい。ルゥーが好きなのもそういう所だと知っているからこそ、余計に。