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七十四話 対峙

「リラ、春休暇あけてから、なんか他のクラスの子とずっと一緒にいるじゃない?」


 不思議そうにヴィクトリアが首をかしげて聞いてきたのは、春休暇が終わってから一週間が経とうとした、ある日のことだった。


「誰だっけ、あの一時噂になってた子よね。クラインって名前だったかしら? 授業終わったら、すぐにその子の所にいってるわよね?」

「よく知ってるね?」

「いつも教室来るって、(ロート)クラスの友達が言ってたの」

「そうなんだ」

「で? なにかあるの?」

「うーんと、最近仲良くなったんだけど、結構気が合うんだよね。それで、流れで私が魔術得意だから教えて欲しい、みたいな話になって。延期になった決闘大会に向けて凄く頑張ってるから、応援したくなって、最近ずっと魔術教えてるんだよね」

「へぇ。(三番目)クラスなのに凄いわね。リラは途中で負けたのにね?」


 揶揄うように、ヴィクトリアはニヤリと笑う。


「ヴィクトリアも人のこと言えないじゃん。2回戦で負けたんでしょ?」

「相手が悪かったんだってば! だって、第六学年の紫クラスなんて、強いに決まってるじゃない」


 むっと唇を尖らせたヴィクトリアに、ふっと笑う。

 大会後の休み明け、会った時の第一声がその話だったのを思い出す。随分と悔しそうにしていたヴィクトリアに、私もすぐ負けちゃった、と話すと嘘でしょうと疑われたのだった。


「決闘大会の延期、いつになるか決まってるんだっけ?」

「やぁね、リラ、自分が出ないからって興味無さすぎ。葉ノ月(ごがつ)の第一週よ」

「そうだった」


 ってことは、エンジェラはもうサグアス王子の婚約者として王城入りしている時期だ。それまでに、ムスタウアの件は決着が着いているだろうか。着いていたらいいな。


「けど、負けてよかったかも。今、部活が忙しくって」

「そうなの? 魔道具開発研究会だっけ」

「うん」

「今、何開発してるの?」

「結界を作り上げる魔道具よ。魔力がない人とか、魔術があんまり上手じゃなくても、いつも同じ結界を作り出せるもの。すごく強度が高かったり、不透明に不可視、断熱とか防音まで、様々な仕様のものを作れるようにね」

「へぇ。それは便利だね」

「でしょ? リラもそのうち、参ったって言うに違いないんだから」


 ヴィクトリアは、いたずらっぽく笑ったあと、けどね、と困った顔で腕を組む。


「ちょっと行き詰まっててね〜……先生の誰かに相談したいんだけど、誰に相談しようか悩んでるのよねぇ」

「あぁ、部外者に詳しい話はしづらいって、前言ってたもんね」


 比較的最近知ったのだけど、ヴィクトリアの所属する魔道具開発研究会は、実はかなり本格的かつ優秀らしい。

 魔石を使う魔道具としてはかなり画期的なものを多く開発していて、実際に魔道具製造工房と契約して商品化したものもあるのだとか。

 だから、下手に信用出来ない先生に話してしまうと、アイディアを横取りされかねないのだと言っていた。


「顧問の先生は?」

「いつもは相談してるんだけど、今回に関しては詳しくない分野だって……」

「ふぅん。魔道具研究を専門にしてる先生いないしね。魔石工学の先生は? 魔石利用の魔道具について詳しそうだけど」

「あの先生、平民嫌いだし、信じられないわ」

「そっか。担任は?」

「個人的にあの人あまり好きじゃないのよね、あたし」

「じゃあ……メランヒトン先生とかは?」


 マークス先生なら、その誠実さは折り紙つきだし、実技教師なだけあって魔術の実力だってたしか。面倒見もいいし、相談役にはうってつけなのでは。

 あぁ、とヴィクトリアが頷いた。


「なんだっけ名前、ミハエルだっけ?」

「え、メランヒトン先生の名前聞いてる? マークスだよ、四年は教わってるんでしょ? 名前くらい覚えたげなよ」

「えへ、メランヒトン先生、実は個人的にお話したことないのよね」


 照れたようにヴィクトリアは深緑の髪を触った。


「信頼できる?」

「できると思うよ、少なくとも私はね」

「それは、なんか秘密でも相談したことあるの?」

「いや……ないけど」

「そうなの? なのに信頼できるって思うの?」

「だって、授業の時の接し方とか、丁寧なのはみんな思うでしょ?」

「そうだけど……それだけで、重要な秘密を打ち明けるには足りないでしょ? リラがそうしようって思うきっかけがあったのかなって」

「きっかけって言っても特に……、というか、別に重要な秘密とか無いし、打ち明けてもないからね?」


 なんだか話の流れに違和感を覚えて、顔をしかめる。私の言葉にヴィクトリアは眉を上げた。


「分かってるわよ。けど、リラ、唯一メランヒトン先生は名前を出したし、下の名前まで覚えてるから、よっぽど好きなのかと思って」

「えー……たしかに、好きだけど」


 マークス先生は大事な協力者だもんな。無意識のうちに出ていたそんな違いに気づかれるとは。

 ひとまず、無難な回答を考えてみる。


「きっかけは……あっ、そうだ。ほら、転入したてのとき、実技授業でクロエ様とちょっと騒動あったの覚えてる?」

「あぁ、あったわね」

「その時、みんなクロエ様じゃなくて私が悪い、みたいな空気だったじゃん? それでも流されずに、誠実な対応してくれたから。ずっと良い人のイメージだった」

「なるほどねぇ。たしかに。じゃあ、メランヒトン先生に相談してみるわ。リラ、ありがと、教えてくれて」


 にっこりとヴィクトリアは微笑んだ。

 ううん、と首を振った時、教室の前の方からこちらを見ているクロエと目が合う。

 そういえば約束の話、今日の放課後だ。

 どうなることやら、とため息を小さくついて、そのまま感じていた小さな違和感は忘れてしまった。


 *


「えぇっと……」


 気まずそうに手をいじるエンジェラと、その前に無表情で立つクロエ。そして、エンジェラの斜め後ろで控える私。

 クロエが私に、エンジェラに取り次いで欲しいと声をかけた日から、その『話し合い』の場は設けられた。

 場所は、適当な空き教室。多分二人は気づいていないけれど、外に話の内容が漏れることのないよう、いつもの如く防音の結界を張らせてもらった。

 クロエは黙っていたかと思うと、私にすっと目を向ける。


わたくし、取り次いで欲しいとは言ったけれど、立ち会って欲しいとは言ってないのよ」


 クロエは私が国治隊だと知らない。けど今からクロエがしたいのは、恐らくサグアス王子との婚約関連、即ち機密事項とされる話だ。つまりクロエは私には話を聞かれたくないのだろう。


「クロエ様。私、エンジェラの魔力の事、サグアス王子殿下とのこと、存じ上げています。偶然居合わせて、機密情報のことも説明を受けたうえで、エンジェラのことを見守ってあげて欲しいと説明を受けたのです」


 用意していた答えは伝えても、プライベートな話になるなら聞かれたくはないだろう。けど、私は護衛的観点からエンジェラから目を離す訳にはいかない。

 どうか、これで納得してくれますように。

 納得してもらえなければ、護衛の話を明かすしかない。正直こういう状況になるのは分かっていたけど、だからと言ってクロエの要求を跳ね除けるのは、憚られた。クロエが、あまりに切実な目をしていたから。


「見守る、ね……」


 私の言葉を静かに繰り返したクロエは、何を思ったか、小さく息を吐いた。


「そう、いいわ。好きになさい。けれど、ここで話したことは一切外で口にしないことね」

「かしこまりました」


 ほっとして、肩の力をぬく。

 はらはらと私達のやりとりを見守っていたエンジェラに、クロエは再び鋭い目線を向けた。


「それで? あなた、エンジェラ・クラインさんとか言いましたわよね。なんでも、始祖アベライト様並みの魔力に目覚められて、報酬としてサグアス王子殿下との婚約を希望されたそうですわね」

「えぇっと……報酬というと、なんだか語弊があるような……」


 もちろんエンジェラだってクロエがサグアスの元婚約者というのを知っている。かなり気まずそうに、頬をかくエンジェラを、クロエはキッと睨みつけた。


「その、はっきりとしない態度。わたくしが貴女の友達であるリラさんと話しているときも、一番事情を知っているはずであるのに仲介しようともなさらない。田舎の平民小娘丸出しで、人の上に立つ覚悟があるとは、到底思えませんわ。貴女、本当にサグアス殿下と添い遂げる覚悟がございまして?」

「もちろんです! 私、この世界で誰よりも、サグアス殿下のことが好きな自信があります!」


 胸を張って答えたエンジェラの回答は、おそらくクロエが求めるそれとは違う。見えないように魔力をエンジェラの耳元に送って、エンジェラにだけ聞こえるように空気を揺らして音を作る。


『エンジェラ、違う。クロエは、王妃になる覚悟はあるのかって聞いてる』


 エンジェラはビクッとして私を見た。そんな覚悟あるわけないって顔をしている。

 はぁ、とクロエが大きくため息をついた。


「そういうことを言っているのではありませんわ。私が聞いているのは──」


 コンコン、と教室の扉をたたく音が、唐突に大きく響いた。

 皆の目線がそちらへ向く。


「出ますね」


 一言断って、教室の入口に向かい、扉を開くと、予想外の人がそこにいた。


「リュメルが、クラインさんと、レイヴン侯爵令嬢がここに入ったのを見かけたと、私に知らせてきた。私に関する話ならば、介入する権利があろう。──入れては、くれぬか」


 サグアス王子その人だった。後ろには、ハインリッヒが控えている。

 私を見下ろす赤い瞳は静かだ。流石に王子の言うことを断ることはできず、ぱっと振り向いて「サグアス殿下がいらっしゃいました」と伝えれば、クロエはぐっと唇を引き結んだ。


「どうぞ、お入りになってくださいませ」


 部屋の入口に立っているサグアス王子には、防音の結界のせいで聞こえない。はっとして慌てて結界を解き、脇にそれて一礼する。サグアス王子に続いてハインリッヒが入ったところで防音の結界を張り直せば、ちらりとハインリッヒが私を見た。


「サグアス殿下。どうなさいましたの?」

「二人が話していると聞き及び、私に関する話ならば聞く権利があると思い、ここへ参ったのだ」

「それで、女同士の話し合いに割り込むだなんて、随分と無粋だと思いませんこと?」

「レイヴン侯爵令嬢。そなたが、随分と見当違いな思い違いをしているように思えてな」


 無表情ながらに、サグアス王子が目を細める。空気がすっと冷たくなった。


「見当違いな思い違いですって? 何をもってそう思われたのか、お聞きしたいところですわ。わたくしは彼女に聞いていただけですわ、立太子する殿下の隣に立ち続ける覚悟があるのか、と」

「だから、それが誤りであると言っているのだ」

「えっ」


 声を漏らしたのは、エンジェラだった。クロエも、目を見開く。


「エンジェラが、王妃の立場など望まぬことは、よく理解しているつもりだ。彼女のためであるならば、王族の名誉など惜しくもない。私は、継承権を放棄する」


 それは、あまりにも重大な宣言だった。

 クロエが、震えた声で問う。


「なぜ……なぜ、そこまでなさるのですか」

「──愛しているからだ」


 サグアス王子がそう堂々と言い切った瞬間、その場の空気が、ずん、と異様な重さに支配される気がした。


クロエが直接ではなくリラを介してエンジェラを呼び出したのにも、実は変な噂が広がらないようにという配慮があります。

ハインリッヒはサグアスの側近としてエンジェラの事は知っており、リラは居合わせたから事情を知っている者としてみています、護衛役とは知りません。

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