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七十二話 説教

「ライラ、お待たせ」

「ううん、急かしてごめん」


 午後の授業終わり、ウィスティを空いた教室に呼び出した。リュメルにこの後話そうと約束を取り付けられたので、手短に話をしなければならない。

 夜の方がゆっくり話せるから、ギードから聞いた話は後で寮でするつもりだけれど、先に渡しておきたいものがあった。

 教室に内鍵をかけ、防音の結界を張る。


「昨日の夜聞いた事は、夜にゆっくり話す。今は、これだけ渡しておきたくて」


 鞄から取り出したそれは、ベルト式で腕にはめる小さな魔道具。渡すと、ウィスティは不思議そうな顔をしながら受け取った。


「なに? これ」

「吸魂具から、吸魂を防いでくれる魔道具」

「!」


 ウィスティは目を見開いた。


「アイセルの時に手に入った、吸魂を防いでくれる球と、決闘大会の時に回収した、取り付け前の吸魂具。あれを元に開発したらしい。私とウィスティの分、二個完成させるのにギリギリ今朝までかかったんだって」


 昨日、ギードに伝えられて、それを今朝受け取ったから、昨日のうちに学院に戻れなかったのだ。ギードの言っていた用件の二つ目が、これだった。


「いつ、何が起きるか分からないから、常につけておいて。側面に付いてるボタンを、魔力を込めながら押せば発動する。ただし、中に込める魔力量の問題で、持続時間は三十分くらいが限界だってさ」

「分かった」


 頷いて、ウィスティは魔道具のベルトを手首に巻き付ける。その様子を見守ってから、じゃあ、そろそろ行くよと言おうとした時だった。


「結局、大したことできなかった……」


 ウィスティは、ぽつりと呟いた。


「ん? 何の話?」

「ライラの誕生日」 

「え、なんでよ。祝ってくれたじゃん」


 昨日、国治隊本部に帰って報告書をまとめ、提出した後。

 寮に帰ったら待ち受けていたのは、なんとウィスティとルゥーお手製の晩御飯とケーキだった。

 私も含めて三人とも普段料理なんて全然しないから、本当に驚いた。

 本当は王都でもっとお祝いらしいことをしたかったのに、ウィスティとルゥーが喧嘩して私を放っておく形になってしまったから、代わりに作ってくれたのだという。慣れてない二人の料理は焦げていたり味付けが少し変だったりしたけど、美味しくて、とても嬉しかった。

 だと言うのに。


「うん、でも……もっと、色々、したかった」

「えぇ、なに。なんか今年だけ、やけに気合入ってるじゃん? 私だって今年ウィスティの誕生日、あんま祝ってあげらんなかったのに」

「……だって、最近色々あった、から」

「色々って……ダチュラの事?」


 一瞬二人がくっついたことが頭をよぎったけど、そんなはずはない。

 ウィスティは躊躇いがちにしながらも、こくりと頷いた。


「……心の中の、大事なものが崩されるって、苦しいから」


 なんだかむず痒いような、全身を搔きむしりたくなるような。

 あは、と笑い飛ばしたくなった。でも、それをしたらウィスティはまた怒り出す気がする。


「心の整理はついたよ。じゃないと、会いに行くって決めらんなかったし」

「ほんとに?」

「ほんと。なぁにぃ、なんでそんな疑うの」


 顔を覗き込むと、ウィスティはすっと目をそらす。

 言いたいことがあるのに、言いづらくて躊躇っているのだろうか。

 話してくれるのを待っていれば、ウィスティはぐっと眉間を寄せ、ぽつりと言葉をこぼす。


「昨日、通話の時言ったこと」

「……ん?」

「わたしたちがくっついたら、ライラの事忘れる、なんて」

「……あー」

「ありえないし、馬鹿なこと言い出すから、ダチュラの事、引きずってるのかって……」

「うん……なるほどね……」


 頭を抱えたい気分だった。

 私の本音があんまりにらしくないから、変な勘繰りをされたんだ。見当違いではあるんだけど、なんというか、ちょっと言っただけの言葉をこうも深刻に受け取られると、とにかく恥ずかしい。いや、嬉しいとも少しは思うんだけど。


「心配してくれてありがとね。けど、ほんとに、もう大丈夫だよ」


 ウィスティが、ようやく私の目を見てくれた。

 この気持ちだけは、嘘偽りないから、届けばいいなと思いながら、言う。


「二人がいてくれたから、大丈夫」


 確かに、ダチュラのことも、ルゥーへの想いがついに潰えたことも、馬鹿なくらいに動揺してしまったけど。周りに異変に気付かれてしまうくらいには影響されたけど、それでも。

 どれだけ揺さぶられたって、根っこの所は揺らいでないから、大丈夫。本当の本当に大事なのは、たった二人だけだから。


 ダチュラの事を本当は愛していたんだって、気づきはしたけど。

 それでも、並べて比べられるわけがないくらいに、大切なものは決まっているのだから。


 *


「……それで。先程、教室のど真ん中であんなことを仰った意図をお伺いしても?」

「何のこと?」


 ウィスティと別れた後、約束通り、リュメルと対峙した個室。しっかりと防音の結界を張るのも忘れない。

 さっきのお返しかのように、リュメルはすっとぼけた。


「全部です! クラスど真ん中で、昨日あったことを仄めかしたり、名前で呼んだり」

「ねぇ、リラってば、僕が名前で呼んでもあまりに反応がないから気づいてるのか疑ってたんだけど、ちゃんと気づいてたんだ」

「気づかないわけがないでしょう! というか、そういう話じゃなくて……」

「隠すのはもうやめたんだ。真正面から堂々行きたいし、ついでに周りにも意思表示しておこうかと思って」


 けろりとなんでもないように言うリュメルに、私は大袈裟にため息をついてみせた。


「キースリング様のお気持ちは、昨日でよく分かりましたし、ちゃんと向き合いたいと思ってます。それとは別に、それを今、この学院内で他人から見えるように示されても私の心は動きませんし、注目を集めるのは嫌だとしか思いません」


 何も悪くないとても言うようににこやかだったリュメルの表情が段々真顔になっていく。


「私に不快な思いをさせるのが目的でしたら、大正解ですけど」

「違う、そんなわけが無い」

「なら、分かりますよね?」

「うん。……ごめん、浅はかだった」


 殊勝に頷くリュメル。けど残念ながら、話は終わってない。


「それともう一つ。昨日のことはどこまで聞きましたか?」

「クラインさんと、サグアス殿下の婚約が決まって、三週間後に発表されると」

「そうですね。それが、機密情報であるというのは?」

「聞いた」

「ですよね。先ほど教室で言ったこと、クロエ様の休みと私の遅刻に言及したのはどんな意図があったんですか?」

「クロエ嬢は、婚約解消のことで王城に呼ばれたんだろうなと思ったから。君が今日遅れてきたのは、それ関連のことか確かめたくて」

「そうだと思いました」


 おそらく私の話のいく先を察して、リュメルは小さく唇を引き結んだ。


「エンジェラの事は、国を揺るがすほどの大事なのは、分かりますよね? 彼女には大きな価値がある、すなわち狙われる危険性が高い。発表までの三週間は一番警備が手薄な時期で、だからこそ、彼女の情報が漏れることがあってはいけないんです。今は、学院にムスタウアが潜んでいる可能性があるから、余計に。何かあったら、最悪他の生徒の命にまで危険が及ぶ可能性があります。それは分かりますか?」

「……うん」

「キースリング様が大丈夫だろうと思って軽く口にしたことでも、大きな問題になってくることがあるんです。その時になって後悔しても、遅いんですからね。だから、どれほど大丈夫だろうと思っても、念には念を入れる。他人がいる場所では関連することは一切口にしない。誰かがいなくても、防音の結界を張る。これから、徹底してください。いいですね?」


 リュメルは視線を伏せてから、静かにうなずいた。


「そうだね。肝に銘じておくよ」


 うん。今だって生徒会役員とはいえ、まだまだ子供。元々頭が良いんだし、自分の非を認められて、それを次に生かせるのなら、それでいい。


「機密情報が機密である理由をしっかり考えて、情報を知っているものとしての責任感を持ってください。これから、そういう機会も増えていくでしょうから」

「ありがとう、教えてくれて。軽率だった」

「いえ。誰しもが一度は通る道ですから。……言いたいことは以上です、ほかに何かありますか?」

「ううん、大丈夫」


 話は終わりだ。張っていた防音結界を解く。

 私は今から、もう一つ用があるのだ。

 今日はクロエだけじゃなく、実はエンジェラも休みなのだ。

 ──学院に戻ってくる、渦中のお姫様を迎えに行かなければ。

リラさんリュメルに偉そうに説教してるけど、たまにやらかしてるんですよね……。多分経験に基づく注意ですね。

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