七十話 収束
私は、急いでフードの人物とエンジェラの二人に元に駆け寄った。フードの人物は、サグアス王子に違いない。
後ろから、我に返ったリュメルがついてくる。
今はまだ先ほどの光の衝撃でしんとしているけれど、衝撃から覚めた人々からの注目が集まるのは好ましくない。あの光が何の光か人々に気づかれる前に、エンジェラの姿を隠さねばならない。
真っ黒な髪に、朱い瞳。
先祖返りの強力すぎる魔力の証である色彩だ。それだけじゃない、覚醒したエンジェラの魔力量は、原作通りであれば始祖アベライト並。今の王族の数百倍にも及ぶという。エンジェラは一瞬にして、この大陸を滅ぼすことも出来るほどの存在になったのだ。
その強さまでは分からなくとも、黒髪に赤目はとにかく目立つ。
「エンジェラ」
声をかけながら、私は人々からエンジェラの姿を隠すように彼女の前にしゃがみこんだ。
「リラ!」
エンジェラは私を見て目を丸くする。しかしすぐ、顔をゆがめた。
「リラ、サグアス様が……!」
フードを被ったサグアス王子は、先ほど結界を張る時になにかがあったようだ。でも、今優先すべきはそれじゃない。
「エンジェラ。一回ちょっと黙ってね」
真っ黒に染まったエンジェラの髪にそっと触れる。……さすが、朱眼の姫と言われるだけある、髪に触れただけで溢れんばかりの魔力の気配が伝わってくる。
その髪を私の魔力で包み込み、光の波長を変える。同じように、エンジェラの瞳も私の魔力で覆う。黒髪は元の伽羅色に、朱い瞳は元の水色に見えるように。
「色が目立つから、変えた。今は多分魔力が溢れかえってるから、もしかしたら私の魔力で覆ってるの、気持ち悪いかも……大丈夫? 我慢できそう?」
「あ、うん、大丈夫、リラの魔力慣れてるし……私、覚醒したの?」
「うん。自覚なかった?」
「サグアス様が危ないって思って、助けないとって必死で……でもなんか、変な感じは、する……」
エンジェラは戸惑った顔で自分の手を見下ろし、力を確かめるかのように何度か手を閉じては開いて、閉じては開いた。
リュメルが、サグアス王子のもとにひざまずいて、声をかけている。
「殿下、どうされましたか。立てますか?」
「っ、リュメルか……。攻撃、だ……ガンガンする……」
「攻撃? 誰にですか」
「わ、からぬ……」
攻撃された? 何も見えなかったのに。不可視の魔力で、か? サグアス王子はとにかく身体が痛いようで、蹲っている。詳細を聞くためにこれ以上話させるのは良くなさそうだ。
こんな街中での突然の騒ぎ。四頭の馬が暴れだしたこと。ハーネスが一斉に切れたこと。そして、それなりの実力者であるサグアス王子の結界が破られたこと。それ故か、王子がこうして具合悪そうにしていること。
どう考えても、この状況は作為的なものだ。
『次は、エンジェラが微覚醒する事件かな。春休暇に、シグムンドとヴィヴェカに出かけようって誘われて、出かけ先でお忍びサグ様に遭遇したやつ』
アベライト生誕祭でエンジェラに聞いた言葉を、唐突に思い出した。
そうだった、最近色々ありすぎて完全に忘れてしまっていた。
微覚醒どころか完全に覚醒してしまっているけれど、ムカつくくらいに原作をなぞっている。と考えると、やっぱりムスタウアの仕業だろうか。
何にせよ、今は一旦この場の撤収とサグアス王子及びエンジェラの保護が第一優先事項。その後にこの騒ぎの真相究明だ。
「キースリング様。この周辺に、すぐに入れる、貴族が内密に話をするためのような場所はありますか?」
リュメルは少し考えたあと、頷いた。
「近くに貴族用サロンがある」
「では、二人を連れてあまり人目につかないようにそちらに連れて行っていただけますか? 具合の悪いサグアス殿下に動いていただくのは忍びないですが、今はここにいる方が危険だと思われます。私も後から合流しますので」
リュメルが頷く。リュメルがサグアス王子に肩を貸し、なるべく人の影に隠れるようにして三人が去っていくのを見送りながら、私は魔信具を取り出した。
幸い、それはすぐに繋がる。相手は、国治隊ナンバーツーである養父ギードだ。
『リラかい?』
「はい、私です」
小声で応答しながら、早口で現状の報告をする。
「王都の、役所前の中央広場で、馬車の暴走事故が発生しました。馬車は止めましたが、繋がれた馬が放たれ、現場が混乱しているため、応援を要請します。いくつか不可解な点があるため、事件性があるかもしれません。また、お忍びでいらっしゃった第二王子殿下が巻き込まれ、それを救うために平民の少女が魔力を暴発させました」
『魔力暴走かい?』
「いえ」
言葉を区切って、何て言おうか一瞬迷う。
覚醒、というのは漫画を知っているから言える言葉で、普通、魔力が突然に激増、それも黒髪赤目を得るほどなんて普通は想像もつかないなのだから。
「突如、眩い光に包まれたかと思うと、ありふれた色彩の少女が、黒髪に、朱い瞳という色彩に変わっていました。おそらく、先祖返りの後天的発現かと」
通話の向こうで、しばしギードは黙り込んだ。
『……それはまあ、大変なことだ』
「魔術学院に通う、私と同じ年の子です。キースリング侯爵令息と居合わせたため、ひとまず黒髪赤眼の色彩を隠し、少女と第二王子殿下の保護をキースリング侯爵令息に頼みました。第二王子殿下は、何者かに攻撃されて不調を訴えていました。貴族サロンに向かうと言っていたので、然るべき所に報告し、人を寄越してほしいです」
『承知した。それは、慎重に扱わねばならんからな。今は、馬車や周りはどうなっている?』
私はさっとあたりを見回した。
「馬車は静止しています。乗っている人も降りてくる様子はなく、おそらく状況が理解しきれていないのかと。馬ですが、強い魔力を浴びた衝撃か、その場で固まっています。四頭いるのですが、全てハーネスが千切れており、馬車の御者も固まっているため、衝撃から抜けた際に制御できるか疑わしいです。民衆も同じく静まっていますが、徐々に我に返りはじめているようです」
『ふむ……リラ、馬を馬車に繋げ直す事はできるかい?』
「……力ずくで運んできて、新たなハーネスを実体化して取り付けることはできますが、残念ながら、馬の上手な制御法を知らぬため、馬がまた暴れてしまう可能性が高いかと。その場合、四頭すべてを暴れぬように抑えられる自信は正直ありません」
『そうだね。では、君にもあまり目立ってほしくはないし、その場の収拾は別の隊に任せよう。ちょうど第一隊が近くにいる。一応、馬車の者に、国治隊が来るまでその場を離れるなとだけ伝えておいてくれるかな? それと、人と馬の距離を取らせて、馬たちだけを囲う結界を作っておいてほしい。そうしたら、君はキースリング侯爵令息に連絡を取ってくれ。そのまま、キースリング侯爵と落ち合うようにと。彼には一通りの事情をこちらから伝えておく。そうすれば、後は何とかしてくれるだろう。君は、そのまま引き上げてくれて構わない』
「承知しました」
短く返し、通話を切る。確かにこの状況じゃ、ギードが言ったこと以上に、今私にできることはないだろう。
真っ先に馬車のほうに駆け寄り、コンコンと馬車の窓をノックする。中のカーテンを上げて黒いシルクハットをかぶった中年の男性が顔を覗かせたかと思いきや、馬車の扉が開いた。
「これは……何が起こっているんだね?」
ちらりと中を覗き見る。男性のほかに、女性と女の子が一人ずつ、二人は気を失っているようだ。おそらく、私が馬車を無理矢理止めたときの衝撃でだろう。
「馬車の馬が暴走し始め、馬車を無理矢理止めさせていただいたところ、ハーネスがちぎれて馬が全て放たれてしまいました。幸い馬は止まりましたが、なにか事件性を感じたので国治隊を呼びました。すぐに国治隊が来るとおもうので、このままここで待機していただけますか」
「あ、ああ……」
「奥様とお子様は無事でしょうか。治癒師を呼びますか?」
「そう、だな……。そうしてくれると助かる」
「分かりました。ではもう少々、お待ちください」
馬車を離れ、国治隊の第一隊に怪我人がいると思われるため治癒師の要請も頼む、と一報を入れる。
通話を切って魔信具を耳から離した瞬間、話しかけられた。
「ちょっと、そこの君! さっきのは、何があったんだね? 何か知ってるのかい?」
「すっごい赤い光だったわね! あれ、あなたの魔力?」
「それにしては目が普通の色すぎませんか?」
「まぶしすぎて、目が焼けたかと思った!」
一人が話すにつれて、皆が口々に話し出す。ちょっと聞いてください、と私が手を上げると、目線が集まった。
「私にもよくわからないんですけど、とりあえずさっき国治隊に通報をいれたので、そのうち国治隊の人が来ると思います。あと、さっき馬車の馬が暴れてたの、どうしてか分からないけど、危ないからとりあえず距離取っておくようにって、国治隊の人に言われたので、言う通りにした方がいいと思います」
それもそうだ、と人の輪がざわざわと広がっていく。その隙に、未だにその場を動かない四頭の馬を全て囲むような結界を不可視状態で作り上げてから、私はその場を離れた。結界は、国治隊員ならすぐに消せるものだ。人も、好奇心旺盛な野次馬以外はすぐに散っていくに違いない。
あとはリュメルに、キースリング侯爵と合流しろと伝えれば私のやることは終わり。
再び魔信具を取り出し、リュメルに通話を繋げる。リュメルは、すぐに応答した。
『リラ?』
「はい、そうです。サロンに無事着けましたか?」
『うん、着いたよ。今から住所言うね』
「あ、それなんですけど、ちょっと予定が変わりまして」
『ん? どういうこと』
「上司から私は引き上げろと言われましたので。代わりに、キースリング様の御父上──騎士団団長様と合流してください。エンジェラのこと、それとサグアス王子殿下のことと両方、あとは騎士団の方に任せる形になると思います。事情は上から伝わってますので、団長様に場所だけ伝えていただけますか」
『分かった。……えっとさ』
なにやら歯切れが悪い。何か問題でもあっただろうか。
「どうかされましたか?」
『君はもう合流しないってことだよね?』
「そうなりますけど……何かありましたか?」
『ドレス、僕が持ってるんだよね。忘れてるでしょ』
「あぁ……」
そういえばそんなものがあったな。カフェから出るときに、別れ際に渡すからと持っていてくれたんだった。
『プレゼントの箱もこの中にあるし。本体はアンクレットだけど、対の受信機は箱の中に入ったままだよ。どうせ明日には学院に戻るけど、受信機は預けるとしたら国治隊の人でしょ? 学院で渡すとしたら二度手間だよね』
「あの……大変恐縮ではあるんですが……ドレスごと、国治隊本部に宛てて送っていただいてもいいですか?」
学院で渡してもらうのはそれこそ二度手間。今から受け取りに行くにしても、王家が関する重大事の渦中に首を突っ込むことになったら嫌だ。ギードにでも頼んで受け取ってもらっておくのが最善だろう。きっと養母エルマが適切な手入れをしてくれるだろうし、元々タグの受信機はギードに預けるつもりでいた。
リュメルに送るのを頼めば、どうせやってくれるのは侯爵家の使用人だろうから、大して面倒もかけないだろうしと思ってそう言ったのだけれど、リュメルの反応は思ったのとは少し違った。
『……そっか、分かった。本当は、帰る前にもう一回会いたかったんだけどな』
本当に残念そうな声だ。そう言われるのは予想してなくて、ごくりと思わずつばを飲み込んだ。
「何言ってるんですか、どうせ明日また会うじゃないですか」
『……まあね』
沈黙が流れた。
いやいや、どうしろってんだ。
「じゃあそろそろ私は帰りますね。キースリング様、また明日学院でお会いしましょう」
『うん。また明日ね、リラ』
そのまま切ってもよかったけど、それは少しだけ心が咎めた。
「今日、ありがとうございました。色々と、楽しかったし──結構、救われました」
『えっ』
それはそれは、驚いた声だった。面白くて、少し笑ってしまう。こんな小さな本音が、お礼になるなら、素直になるのも悪くないと思った。
「本当ですよ。じゃあ、また明日」
そのまま返事を待たずに切る。
今日は非番だけど、ひとまず帰ったら忘れないうちに今日の事件の報告書まとめなきゃ。
仕事のことを考えながらも、気分は少しだけ上向きだった。




