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六十九話 覚醒

「キースリング様、お付き合い、ありがとうございました」


 面会申請は、恙なく終わった。その部署の所に行って、面会申請の旨を伝え、用意してきた書類を提出。簡単な本人確認が行われただけで、「初回申請ですので、約一か月後に審査結果が届きます」と伝えられて終わりだった。


 ルゥーが複雑な書類を全部用意してくれていたから、提出すること自体は本当に、簡単で呆気なかった。

 別に、一人でも普通に行けたなと思う。本当に大事なのは、実際にダチュラに面会するときなんだから。……なんて言えるのも、終わったからだろう。けど、特別なことは何もない簡単で事務的な作業だったから、隣に立っていただけのリュメルはさぞつまらなかっただろうと思った。


「いーえ。こちらこそ、付き合わせてくれて、ありがとう。この後は、どうする? 疲れたなら、もう帰る?」

「そうですね……夕飯は寮で出るので、もうそろそろ帰ろうかと。キースリング様も、もう用事等はございませんか?」

「……うん。リラは、公共の人運箱じんうんそうに乗って帰るの?」

「はい」

「じゃあ、そこまで送るよ」

「ありがとうございます」


 数歩歩きだして、リュメルが歩き出そうとしないことに気づいた。足を止め、振り返る。


「キースリング様? どうかしましたか?」


 リュメルは、立ち止まったまま、じっと私を見つめていた。何かを言おうとしてためらっているかのように、口を開きかけては、閉じる。いつもはっきりしている彼が、珍しい。


「何か、まだありました?」

「……」


 顔を下から見上げるように覗き込むと、意を決したようにリュメルは口を開いた。


「君の、誕生日が近いって、聞いて」

「……誰から?」

「シュルツさんから。この間、通話したときに。それで、何か贈り物をしようと思って、用意したものがあるんだ」


 リュメルはズボンのポケットに手を突っ込み、手のひらに収まるくらいの青い紙で包まれた箱を取り出した。


「ちょっと迷ってたんだ、あげるかどうか。でも、せっかくだし、渡しておく。使うも使わないも、好きにしていいよ」

「……今、開けても?」

「どうぞ」


 手渡された青い包みを開封して、箱を開けると、中から出てきたのは、銀のチェーンのアクセサリーだった。一瞬ブレスレットかと思ったけれど、取り出してみると、ブレスレットにしては少し大きい気がするから、アンクレットだろうか。一つだけ、日の光を受けて黄金色に輝く、小さな蜂蜜色の宝石があしらわれている。きっと、シトリンだ。


「アンクレットだよ。……その、告白していなければ、何の他意もない風に渡せるかなと思ってたんだ」


 言い訳するように、リュメルが言う。どこか、ばつの悪そうな顔をしていた。


っちゃったから……あからさますぎて、重いかなと思ったんだけど……僕が持ってても、何の意味もないからさ」


 妙に、歯切れの悪い。確かに、シトリンはリュメルの瞳の色だから、重いかもしれないけど……仮にもこのアクセサリーだったら、告白してなくても他意のない贈り物にはならなくない? と思ったところで、このアンクレットから妙な気配がすることに気づく。


「これ……魔道具ですか?」

「うん。よくわかったね」


 バレたか、とでも言いたげな困ったような笑みで、リュメルは肩をすくめた。


「通称、エマージェント・タグ。正式名称は緊急救急通信輪って言うんだけど。着けてたら、命の危機が迫ったときに、自動で受信機に通信して位置情報を送ってくれるものなんだ。なんというか……危険な仕事だと思うから、そういうの持ってても、良いかと思ってさ。受信機の方は箱の中に入ってると思うから、身元保証人か誰か信頼できる人に預けておけば、万が一の際に役に立つよ。魔力のない人がつけたら定期的に魔力を満たす必要があるんだけど、魔力持ちだったら微量だけど持ち主から勝手に補充してくれるから、常時つけっぱなしで大丈夫。アンクレットだったら、靴の中にしまっておけば邪魔にならないと思う」


 やけに饒舌だ。目は合わない。これは大分恥ずかしくなってるに違いない。

 珍しい様子のリュメルをついつい冷静に分析してしまう一方で、私は少し呆れるような、笑いたいような、奇妙な気分だった。

 確かに、ここに友人としての好意しかなければ、それはただの、きれいなアクセサリーに見えるだけの役に立つ魔道具にすぎなかった。リュメルの思いを聞いた後だと、全部違って聞こえる。

 実際に便利な魔道具であることにかこつけて、贈り物であるアクセサリーをずっと着けていてほしい。それも、瞳の色の石の付いた。しかもよりによって、命を守るために魔道具だ。これを重いと言わずしてなんという。

 そもそもが魔道具なんて大体高いから、平民の平均月収三ヶ月分くらいの値段はしてそうだ。

 ……え、重くない? 重いとは思ったけど、思った以上に重くないか?


「こんな高いもの、受け取れませんよ……もう既にドレスまで頂いたのに」

「ドレスはお詫びだし。そう高くもないよ。これでも自重した方なんだ、姉上にはせっかく女の子にあげるならもっと宝石付けたり煌びやかにしなさいって言われたくらい……って、今の話は関係ないね。とにかく、値段は本当に気にしなくていいから」


 本当に受け取ってしまっていいものか、迷う。多分リュメルの想いを聞いてなくてもこれは迷うレベルだ。

 とりあえず箱にアンクレットを戻すだけ戻して、返事を躊躇っていると、リュメルは眉を下げて私の顔を覗き込んできた。


「……やっぱり、受け取りたくない?」


 まるで捨てられた子犬のような顔だ。この人、こんな顔もできるのか。いつもは爪を隠したまま獲物に忍び寄る猫みたいな笑みのくせに。

 珍しい表情に顔の良さも相まって、普通に流されてしまいそうになって、いやいや待て待てと自分を戒める。


「難しいことは考えなくていいよ。僕からの贈り物を少しでも嬉しいと思ってくれるなら、受け取って欲しい。そうじゃないなら、残念だけど引き下がることにする」


 ダメ押しのように、リュメルが言う。

 箱に戻したアンクレットは、光をキラキラと控えめに反射していた。

 それを眺めながら、考える。リュメルが誕生日プレゼントをくれたこと、私はどう思った? どうも思わなかった? それとも、嬉しかった? 

 ──嬉しくないなんてことは、なかった。それだけは確かだった。


「……それじゃあ。ありがたく、頂くことにします」


 たっぷり迷った後にそう答えると、リュメルはぱっと顔を明るくする。


「本当? 良かった。じゃあ、もう着けてしまってよ」

「……分かりました」 


 再びアンクレットを取りだす。入っていた箱は、リュメルが受け取ってくれて、もらったドレスが入った袋に入れてくれる。

 私は、その場でしゃがみこんで左足のズボンをまくり上げた。深く考えないようにしながら、アンクレットを左足首に着ける。

 誕生日の贈り物をもらった。その気持ちが嬉しかったし、実用的なものだったから、身に着ける。それだけでいい。


「着けられました。……かわいいですね、ありがとうございます」


 銀のチェーンは美しく繊細で、足首を飾っているのが少し違和感にも感じるけれど。靴下の下にしまってしまえば、気にはならないだろう。

 しゃがんだまま顔を上げて、リュメルに礼を言うと、彼は満足そうに頷いた。


「似合ってるよ。ありがとうね、着けてくれて」

「……ありがとうはこっちの台詞のはずなんですけどね」


 リュメルが、ニコニコと笑っている。それがあんまりに邪気がなくて嬉しそうだったから、急に気恥ずかしく感じた。

 俯いて、アンクレットを靴下の下に押し込んでから、ズボンの裾を下ろす。

 リュメルの顔を見づらくて、このまま顔をあげなくていい理由が欲しいと思った、その時だった。


 突然少し離れた方からざわめきが聞こえてくる。

 同時に響き渡る、大きな馬の鳴き声。

 この国の主要な交通手段は人運箱じんうんそうなわけで、馬に乗る人も、馬車などもめったにない。特別馬が好きな人間か、相当な金持ちだけだ。


「なにかあったのかな」


 ざわめきが聞こえて来る方向に目をやって、リュメルがつぶやいた。

 立ち上がって、同じ方を見ながら聞く。


「行ってみますか?」

「だね」


 顔を合わせて頷き合い、私達は何やら騒ぎが起こったらしい方向に向かった。


 突然の事だったらしく、そうたくさんの人が集まっているわけではない。するすると人を避けながら進んでいくと、騒ぎの元が見えた。

 馬車だ。四頭の馬が繋がれた、豪奢な馬車。けれど、なにかがおかしい。

 悲痛な馬の嘶きが響き渡る。馬車に繋がれた馬たちが、何かから逃げようとするかのように、体をくねらせた。かと思うと、いきなりどこかに向かって突進し始める。四頭、それぞれ好き勝手に別の方向に。

 四方八方へと引っ張られる馬車の車輪が石畳を擦り、急な動きに重い車体が大きく揺れる。

 慌てて御者が手綱を引く。すると、馬たちは今度は進路を一か所に定め走り出した。

 突進方向にいた人々が悲鳴をあげ、散るように逃げていく。空いた道へと、馬車はそのままの勢いで突っ込んで行く。

 その先に、逃げきれていない人の姿が見えた。


「危ない!」


 リュメルが叫ぶ。一歩踏み出そうとするリュメルの手を抑えるように引き、私は不可視の魔力を馬車の方へ伸ばした。

 馬車の車輪を魔力でグッと固定する。ぐんっ、といきなり馬車が止まり、馬も馬車に引っ張られて落ち着いたように見えた──のは、一瞬だった。

 苛立ったように高い悲鳴のような鳴き声が一斉に上がる。

 ブチブチっ、といやな音が聞こえた。


「──え」


 馬と馬車を繋ぐハーネスが、切れていた。それも、全部。


「んな馬鹿なっ!」


 誰かが叫んだ。開放されてしまった四頭の馬は、突進し続ける。その先には、逃げ惑う人、人、人。

 やっぱり、おかしい。馬の様子が普通じゃなさすぎる。

 もしかして、操られているのか。


「キースリング様、一頭でもいいので拘束できますか」

「任せてよ」


 リュメルに声をかけながら、比較的近い馬から次々に魔力を伸ばしていく。

 一頭、二頭。不可視状態の魔力でぐるぐると拘束する。拘束された馬はそれでも暴れ続けるから気が抜けない。

 もう一頭の馬の前に、赤い結界の光が見えた。結界で馬を囲うようにして、押さえ込んでいる。

 あの魔力の色はおそらく高位貴族だろう、なんとか馬を止めてくれた。

 残りの一頭はリュメルがとらえたのを確認してから、私は自分が拘束した馬の頭に魔力を送った。とたんに、我に返ったように大人しくなる。

 よかった、馬にも精神操作が効いて。後の二頭にも、と思った瞬間、悲鳴が響いた。


 馬を押さえ込んでいた赤い結界が、パリンと割れるように、消える。そのすぐそばで、どさりと黒いフードを被った人物が崩れ落ちた。

 そこに、馬が、迫る。


 魔力を伸ばすが、届かない。──間に合わない。


 その時だった。


 黒いフードの人物の傍らから、まるでマグマのように灼け付くような赤い光が、爆ぜるように溢れ出る。

 湧き水のようにとめどなく──いや、それどころか滝のようにぐんぐんと勢いを増し、視界を紅く染め上げていく。

 輝きは増すばかりで、赤いと思った光はともすれば灼熱の白にも見えた。

 そのまぶしさに耐えきれず、目を瞑る。けれどその鮮烈すぎる光は瞼の裏に焼き付いて、離れない。

 

 ようやく目を開けられた時には、光は収まっていて──暴れていたはずの馬も、混乱していた人たちも、時が止まったかのように静まり返っていた。

 今のは、何。

 混乱しながら、先ほど馬の傍らで崩れ落ちた黒フードの人物の方に目をやって、息をのむ。


 驚いたのは、黒フードの人物についてじゃない。

 そのすぐそばにしゃがみこんでいた、平民の恰好をした少女は、私のよく知る顔。ただ、見知った色彩ではなく、濡れ羽色の髪に、ルビーのように輝くあかい瞳をしている。


 それは正しく──覚醒したエンジェラ・クライン(物語のヒロイン)その人だったのだ。



リュメルからのプレゼントは当たり前にオーダーメイドなので、リラの思う数倍はしてます。

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