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六十八話 愛の自覚

「さぁ、いこうか」


 カフェの出口。エスコートするように手を差し出してきたリュメルの服は、ここに入る前の質素なものに戻っている。同様に、私もドレスを脱いで、そのドレスは今箱に入ってリュメルの腕にある。


「……ありがとうございます」


 少し迷ったあと、私は店員さんにお礼を告げて、リュメルの手はスルーして店を出た。後ろから、店員の丁寧な挨拶の言葉が聞こえてくる。


「あーあ、心を開いてもらったと思ったのになぁ。君ってば、本当に天邪鬼だね」


 仕方なさそうに、でも楽しそうに笑みを浮かべながらリュメルが後ろから追いついてきた。


「カフェはどうだった? 満足した?」

「はい。とても美味しかったです。ありがとうございました。わざわざ、ドレスまで」

「ほんの気持ちだよ。……あの後君、実は謹慎処分を受けたんだってね。自分勝手に行動して迷惑をかけ過ぎだって、父上に怒られてしまったよ。悪かった」

「しっかり反省なさったのなら、もう良いですよ」


 あの時本当に困ったのは事実だったけど。謹慎に関しては、名ばかり。本当ならば仕事が待っているところを、ゆっくり休む口実をギードが与えてくれたにすぎない。

 とはいえ、あの時の行動に関してはこの人に反省してもらう必要はあると思ったから、それ以上は何も言わなかった。


「それで……役所に行くんだっけ?」

「……今更ですけど、本当に着いてくるんですか?」

「自分でうなずいたんじゃないか。それに、僕はシュルツさんに任せられたんだから、ここでバイバイなんてできるわけないでしょ」

「別に、そういうつもりで言ったんじゃないですけど」


 私が何のために役所にいくのかとか、ウィスティが大事な事だから着いていきたいと言ったわけだとか。

 何も知らないし、何も関係ないのに、躊躇いもなく着いてこようとするのが不思議なだけで。


「聞かないんですか?」

「何を?」

「役所に、何しに行くのか、とか」

「聞いて欲しいの?」


 ぱっと顔を見遣れば、リュメルはニヤニヤしていた。ふん、と鼻を鳴らす。


「別に、そういう訳じゃないです。でも知りたいなら、ちょっとくらいは教えてあげてもいいかなって思ったんですけど……その感じだったら興味なさそうですね」

「今の嘘ごめん知りたいから聞かせて?」


 カメレオンもびっくりな変わり身の速さである。


「合流したときから、買い物にしては変わった荷物持ってるとは思ってたんだけど、それに関係するもの?」


 リュメルが、私が持っていた紙袋を指さして尋ねた。


「そうです。キースリング様にとってはあまりなじみがない話だとは思うんですが、服役中の人に面会するには、申請が必要っていうのはご存じですか? 重い罪を犯した人だと特に、書類申請後には面会希望者の素性だとか、詳しい調査が入るんです。これは、その面会申請書類なんです」

「……服役中っていうのは、もしかして……アイーマ関係だったりする?」

「はい、その通りです」


 短く返事して、私は空を見上げた。からりと晴れた空は春らしくて気分が良い。

 気分が妙にスッキリしているのは天気だけが理由じゃないのは分かっている。まるで大号泣した後のようなスッキリ感。泣いてないけど。

 意識しないようにしていただけで、ルゥーとウィスティのことは常に心の片隅にあったのだと思う。それに今日、明確に終止符が打たれた。

 この気分の良さは多少この人のおかげでもあるんだよなぁ、と横目でリュメルを確認した。ちらと見ただけなのに、リュメルはなぜか私を見ていて、目線をやったことに気づいて笑顔を向けてきた。


「私に、魔術を教えてくれた人がいたんです」

「!」

「アイーマで私を育ててくれた、親と言っても過言じゃない存在でした」

「……大切な人なんだ?」


 戸惑った様子を見せながら、リュメルは聞いてくる。私が身の上話をするのが意外だったのだろう。


「……さあ、自分でもよく分かりません。でも、幼少期の私には、あの人しか信頼できる人はいなかったので。特別な存在ではありました」

「ふうん……」

「少し大きくなってから、シグムンドやヴィヴェカに出会って、私の中の優先順位が変わったんです。あの二人が、私にとっての一番になった。だから、アイーマを潰すことにしました。二人は私よりも弱いから、ここじゃ生き残れないだろうと思ったので」


 正確に言うと、前世の知識が戻ったことで価値観が一変したこと、朱眼姫(シュガヒメ)の知識を得たことだけど。ルゥーとウィステイに出会ってなかったら、例え前世の記憶が戻っていたとして、その決断を下していたかは怪しい。だって、ダチュラは今更表の世界で生きられる人ではなかったし、私一人だったらきっとアイーマを潰すなんてわざわざ手間をかけなくても、一人で逃げてどこかでひっそり隠れて暮らす、ぐらいのことができたはずだ。それだけの、この世界を生き抜く術と、前世からの知識と価値観は十分に備わっていた。


 三人で作戦を練って、どうにかして国治隊の人間に接触して、アイーマの情報共有、組織壊滅への協力を条件に私達三人の刑罰免除並びに身柄保護と今後の保証を求めて交渉を持ち掛けた。それをダチュラに一切伝えることはしなかった。

 アイーマを一網打尽にすべく壊滅作戦が実施されたあの日。私は手あたり次第幹部を攻撃して捕縛していった。かなり好き放題した記憶があるからこそ、アイオライトの魔術師なんて大それた二つ名がついてしまったのだろう。

 けど、ダチュラは、捕まえなかった。探しに行こうともしなかった──いやむしろ、避けていた。私が裏切ったことを知ったあの人がどんな顔をするのか、知るのが怖かった。それに、私がダチュラを捕まえない限り、あの人は逃げおおせるだろうと思ったのだ。だって、あの人は強かったから。


 なのに、捕まっていた。あの人が、下っ端組織員と一緒に牢に入っていると聞いて、どれだけ驚いたことか。ダチュラが、私ではない誰かに捕まったこと。実力の高い幹部であったのに、どうしてか下っ端として認識されていたこと。それはきっと、ダチュラが自ら捕まって、何かしらの工作をしたからに違いなかった。けれど、それをダチュラがした理由も分からなければ、ダチュラがこの先どういうつもりでいるのかも分からなかった。


「育ててくれたその人は、今もなお服役中です。けど、裏切ってしまったあの人にどういう顔して会いに行けばいいか分からなくて……一度も面会に行けませんでした」


 ルゥーは何度ももうダチュラに面会をしていて、ダチュラに会いに行けよ、と定期的に私に言ってくる。ルゥーほどではなくても、ウィスティもだ。

 ずっと、ダチュラに向き合うことから逃げていた。


「なるほどね。シュルツさんが、君にとって大事なことだから、と言っていた理由が分かったよ。でも……言いたくなかったらそれでいいんだけど。ずっと会ってなかったその人に、今になって会いに行こうと思ったのはどうして?」


 隣を歩くリュメルの顔を見上げると、蜂蜜色の瞳とばちりと視線が合う。ん? と首を傾げる彼から、すっと目をそらした。


「……行方不明の、公爵令嬢の話。覚えてますか?」

「……! うん」

「私は、捨てられていた孤児だと、育ての人が言っていました。もし、万が一、本当に私が公爵令嬢だったのなら……彼は私を誘拐したということになります。そのあたりの真相を、はっきりさせなくちゃいけないから」


 もし、それが真実なのだとしたら。あの人は、どのような思いで私に、お前は捨てられていた、なんて告げたのか。どういうつもりで私を育てていたのか。どうして、捕まってずっと牢なんかに入っているのか。

 知りたいけど聞きたくないことが山ほどある。

 もし、誘拐が事実なのだとして、それをダチュラの口から聞けたら、少しは胸の内で燻っているこの複雑な感情は、スッキリするのだろうか。身勝手にも、ダチュラに対して裏切りだ、なんて思ってしまうのをやめられるんだろうか。


「……ふふ、そっか。君、自分でも分からないなんて言って、しっかり大切なんじゃない、その人の事」


 少し笑いを含んでそう言われたから、つい少し眉をひそめてしまう。


「どこを見てそう思ったんですか」

「だれが見てもそう思うよ。君って意外と自分の感情に鈍いんだね」


 リュメルが面白そうに言う。


「あのね、君は疎いみたいだから教えてあげるよ。人間って、大切に思っている人には、大切に思ってほしい生き物なんだ。見返りとか、そんな打算的なものじゃなくて、本能的にね。君が、裏切ったことをどう思われているか気になるのは、それで失望されたり恨まれたりしていたら嫌だからでしょ? それは君が、その人のことを愛しているからさ」


 思わず足が止まった。どうかした? とリュメルも足を止め、案ずるように覗き込まれる。

 目から鱗が落ちたような気分だった。自分の感情に鈍いなんて言われてしまって、否定できない。

 散々ごちゃごちゃと御託を並べていたことに気が付いてしまった。

 ──愛していたから、愛されたかった。愛されていた、と確信したかった。ただそれだけの話だったのか。

 言葉にしてしまえばこんな簡単なことで──こんなにも当然のことだった。


「っふ、はは」

「リラ? どうしたの急に、笑いだして」

「ふふ、いや、私、馬鹿だなーって思って」


 ダチュラが私の人生を狂わせたのかもしれないと知って、失望してしまった。それは彼を信じて、愛していたから。身勝手というよりも、ある程度の関係性であれば当たり前の反応だと言われた気分だ。

 ……というか、これを私への裏切りというのなら、裏切りは愛が芽生える前に発生しているのだから、本当なら裏切りですらないんじゃないか? ダチュラの存在が私の中で価値あるものになる前の話なんだから、それを掘り返してあーだこーだ言うのはお角違いというもの。……まあ、そこまで簡単に割り切れるものではないけど。

 だから、必死にヒューロンの「行方不明の公爵令嬢」という言葉を否定していたことは、ただ現実逃避していただけで、本当に意味のないことだったのだ。


「じゃあ、もっと馬鹿な僕の話をしようか?」

「……なんですか?」

「今の君の話を聞いて、思ったこと。君が公爵令嬢なんだったら……身分の壁がなくなるなって」


 目を見開いた。同時に少し顔が熱くなる。真剣な話をしているこのタイミングで、なんて自分勝手なんだろう。


「キースリング様、そういうの空気読めないって言うんですよ」


 思いっきり顔を顰めてリュメルを睨みつければ、リュメルは目を丸くした後、何故かぷっと吹き出した。


「……何が面白いんですか」

「ははっ、君ってば、本当に可愛いね。懐いたくせに素直じゃない猫ちゃんみたいだ」

「はぁ……?」


 意味がわからない。困惑した私の反応が相当面白かったのか、リュメルは腹を抱えて笑い出した。つくづく失礼な人である。


「でもね、ここだけの話。きみが()()である可能性、かなり高いよ。だって──エーレンベルク公爵家には、ご令嬢が本当はいたそうだから」

「なぜ、それを……」


 驚いて、私がリュメルを見つめると、彼は意外そうに眉を上げた。


「あぁ、知ってたの? ハインリッヒさんに聞いたんだ。公爵家の名誉に関わることだから、忘却魔術によって存在が秘匿されているのだと、内密に教えてもらった。彼女の名前はアイオラ・エーレンベルク公爵令嬢、年齢は僕たちと同じで、君とよく似た、アイオライトの宝石のような瞳をしていたそうだ」

「そうなんですね……」


 アイオラ・エーレンベルク誘拐時、その兄であるハインリッヒ・エーレンベルクは四歳だったはず。覚えていなくてもおかしくない年齢だったろうに、リュメルが尋ねてそこまでの情報を得られたのは、ハインリッヒにとってよほど衝撃だったか、ずっと親に聞かされて育ったのか。家族の話だし、エーレンベルク公爵家が仲の良い家族だったら当然のことだけれど、少し意外に思った。


「その話をしたときに、ハインリッヒさんは君の名を出していたよ」

「……え?」

「瞳の色が似ていると。それに、魔力の親和のゆらぎを感じた、とね」

「親和の、ゆらぎ?」

「ああ、そうか、知らないんだね」


 今まで生きてきて、初めて聞く言葉だった。そんなこと、あるだろうか。こんなにも、魔力や魔術に詳しいと自負しているのに。


「親和のゆらぎっていうのは俗称で、正式名称はないんだ。魔力の質が似ていると、魔力同士がぶつかったときに共鳴して、揺らいで魔力が混じり合うような感覚がするんだ。それは血がつながっているほど起こりやすくて、普通は幼少期から親や兄弟と当然のように感じているものなんだけど。そうだよね、血縁が近くにいない環境だと知らなくて当たり前だ」


 魔力が揺らいで、他人の魔力と混じり合うような、不思議な感覚。

 ハインリッヒという名前とともに、随分前に会ったときのことを思い出した。


「親和のゆらぎを感じたからって、血縁かどうかは確定ではないんだけどね。血縁じゃなくても、稀に他人でも親和のゆらぎを感じるほど魔力の質が似ている人もいるらしいし」

「けれど、血縁である可能性は高い……ってことですか」

「そういうこと」


 初めて、遭遇した時。そしてその後少しして、ハインリッヒに、話があると呼び出された時。あの後、結局その機会はなかったけど。

 親和のゆらぎに、似た瞳の色。妹の存在を覚えていて、歳も同じ。それは話をしてみたくなるに違いない。


「……面会をして、私の満足のいく答えを得られたら、魔力鑑定を受けようと思ってるんです」


 そうすれば、真実はなんなのか、すぐに分かる。私の覚悟を理解したように、リュメルは小さく頷いた。


「そう。ちゃんと向き合えたらいいね」


 そう言って、リュメルは書類の入った紙袋を持った私の手に、自身の手を重ねてくる。


「じゃあ、今日はこれを提出するまでちゃんと見届けなきゃね。ほら、着いたよ。さっさと行こう」


 ずっと話しながら歩いていて、気づいたら役所に到着していた。

 私は頷いて、一歩踏み出した。


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