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七話 理事長先生

「ねぇ、モーガンス。あまりふざけない方がいいよ」


 笑顔で威圧してくるリュメルを前に必死に言い訳を考えるけど、焦れば焦るほど何も出てこない。

 ダメだ。一度落ち着こう。こっそり深呼吸をして、自分の表情も意識して消した。


 吸魂具を実際に見たことがない人はいても、その存在自体を知らない人は、今はもうほとんどいないだろう。それほど、一時期本当に連続で吸魂具事件が起こり、大きな話題になったのだ。

 存在が知られてからは、みんな町中の魔道具に警戒するようになり、事件はかなり減った。

 そうは言っても、未だに詳しいことはわかっていない、危険なものだ。


 そんなものが、厳重に管理されているはずの国立魔術学院で発見されたとしたら? きっと、貴族たちは誰も子供を魔術学院に入れなくなるだろう。

 そうすれば、流石にオノラブル国立魔術学院だって立ち行かなくなる。国中の魔術学院の頂点に君臨する国立魔術学院が無くなれば、魔術師の育成的にもその他様々な面でも、国に大きな打撃を与えるだろう。


 だから、生徒に吸魂具のことが広まるのは、絶対にダメなのだ。そのための極秘潜入なのだから。


「……本当のことを言うと騒ぎになるかと思って、黙っていたんですが」


 理事長先生か校長先生が来てくれたら、きっと何とかなる。それまで、どうにかかわせれば。

 私の言葉に、リュメルは、へぇ? と片眉をあげる。


「黙っていたけど? どうぞ、続けてごらんよ」

「……実は、この警備用魔道具が誤作動を起こしていたようで……」

「ふぅん? どんな?」

「……中の魔石から魔力が漏れていて、いつ引火してもおかしくなかったので」


 私の言葉で、周りがざわめく。

 魔石はいわゆる魔力の電池で、実際に液漏れのように魔力が漏れて爆発することはある。

 ……まあ、今回に関してはでまかせだけど。


「なるほど。そういうことにしておこうか。でも、ここで壊したら、余計に危険だとは思わなかった? 衝撃によって大きく爆発するかも、なんて考えにはいたらなかったの?」

「……実は結界を張って、外にいる人に被害が出ないようにしていました」

「その考えができるのなら、単に結界で警備用魔道具を包んで、教員に言うなどすれば良かったんじゃないの?」


 正論すぎる。そして私の言い訳が下手すぎる。

 泣きたい、と思った時だった。


「そこまでにしようか」


 私たちの話をさえぎる、深く落ち着いた声が響いた。

 皆、一斉に振り向く。

 ああ、やっと来た。遅いよ。でも来てくれてほんっとうによかった。ほっとして、肩の力が抜けた。


「アウエンミュラー理事長先生」


 リュメルが、驚いたように呟いた。


 グレゴール・アウエンミュラー。彼こそがこの学院の理事長先生で、アウエンミュラー公爵家──この国に二つしかない公爵家のうちの一つで、由緒ある家だ──の現当主でもある。

 ちなみに彼の弟はなんと私の養父、ギードの旧友だ。その関係もあり、グレゴールとは以前から面識があった。


「やあ、元気そうだね、リュメルくん。キースリング侯爵も元気にしているかな?」

「はい、先生」


 ほんの少し緊張気味に、リュメルが答える。グレゴールは笑みを深めた。


「それは良かった。ところで……やあ、モーガンスくん。会うのは二度目だね。学院生活はどうだね? と言いたいところだが、まだ一日目では分からないか」


 ……白々しい。なにが二度目だねだ、と思いながら私はにこりと笑って答えた。


「皆さんにとても良くして頂いて、今のところとても楽しいです」

「それは良かった。ところで、このモーガンスくんのことだが……」


 一度言葉を区切り、周りにちらりと視線をやるグレゴール。


「彼女は昨日ここに編入してきた訳だが、皆知っての通り、我が学院は編入生は滅多に居ない。それは我が学院のレベルは国内トップで、編入は普通に入学するよりも遥かに難しいからだ」


 皆も知っているだろう? という風に、グレゴールは眉を上げた。


「彼女も、優秀さを認められて特例でここに入ることになったのだけれど、色々事情があってね。私が直々に面倒を見るように、と仰せられたのだよ」


 その言葉に、リュメルは酷く驚いているようだった。

 無理もない。何しろ、グレゴールは身分的にも高く、教育機関の中でトップに立つ国立魔術学院の、そのまた頂点に君臨する人物だ。誰が、とは言わなかったものの、そんな彼に命じられる人なんか、数えられるほどしかいない。


「そういう事だから、今回の件は私に判断を任せてもらうよ。壊れた警備用魔道具のお代はこちらで工面しよう。いいかね、生徒会会計くん?」

「……はい」


 なんだか釈然としないような顔で、渋々リュメルは頷いた。


「では、そういう事で。すまないが、その警備用魔道具の処分だけお願いしてもいいかね。私は少しモーガンスくんに話があるから」

「分かりました、先生」


 リュメルに背を向けたグレゴールは、ついておいで、私に声をかけ、歩き出した。


 *


「お疲れ、リラくん」


 理事長室に入るとグレゴールは防音結界を部屋中に張った後で、私に声をかけてくれた。教師と生徒ではなく、既知の仲としての砕けた話し方だ。


「早速働いてくれるとは。編入初日からこんなことになってしまって申し訳ないが、非常にありがたい」

「いえ、それが仕事ですので。それより、グレゴールさんもありがとうございました。あそこで来ていただいて、本当に助かりました」

「メランヒトンくんから連絡をもらってね。いや、本当に申し訳ない」


 理事長室の真ん中に向かい合って置かれている一対のふかふかのソファに腰掛けながら、グレゴールは苦笑する。


「状況が状況だから、想像以上に生徒にバレないように、というのは難しいね。ああ、リラくんも座っておくれ」

「ありがとうございます」


 グレゴールの向かいに座ると、思った通りのふかふかが私を迎えてくれた。


「本当に急な任務になってしまい、申し訳ない。本当は編入前に君とヴィヴェカくん二人ともと話す時間が取れれば良かったんだが、少しこちらも予定が立て込んでいてね。何か聞いておきたい事があれば、なんでも聞いておくれ」

「それでは……これまでの被害の、詳細を教えて頂きたいです。説明等は全てグレゴールさんの方からあると伺っていますので」

「そうだったね」


 膝の上に肘をつき、指を組んで、グレゴールはこれまでの三件の吸魂具事件について話し出した。


 初めて吸魂具が見つかったのは、始業式の日の二日後。

 学生寮は女子寮と男子寮に分かれていて、その上さらにそれぞれが王族・上、中級貴族用の天寮(てんりょう)と、下級貴族・平民用の海寮(かいりょう)の二つに分かれている。

 その女子天寮の談話室で、部屋の角に設置されている空気清浄魔道具が吸魂具と化しているのが、警備用魔道具によって発見された。

 幸い、年度始めのため利用者はまだおらず、就寝時間中に警備用魔道具が発見、速やかに女性教員により処分された。


 二度目は、学舎の三階女子トイレ。換気魔道具に取り付けてあったが、吸魂されるほど長居する者はおらず、被害無し。

 放課後、自動掃除魔道具が吸魂具の魔力の影響で不具合を起こしているのを警備魔道具が発見し、点検に入った教員により速やかに処分された。


 三度目は再び学生寮だった。しかし今度は女子海寮──それも、個人部屋──だった。

 二人部屋に入っている男爵令嬢が部屋の真ん中で倒れている所を同室の女子生徒が発見し、教員を呼んだところ、部屋の空調清浄魔道具が吸魂具となっていた。

 幸い男爵令嬢は一命をとりとめたが、今はまだ昏睡状態なのだという。

 各寮部屋の玄関には不審者警笛魔道具が設置されているが、その部屋だけ破壊されていたらしい。


 ちなみに全ての件において、近くに設置してある映像記録型監視魔道具では、犯人らしき人物は見受けられなかったという。


「徹底して女子生徒狙いなのか、単に犯人が女性なのか……。ただ個別の部屋となると、無差別に狙ったわけでもないんでしょうか」


 そう呟きながら、あれ、と思った。どこか違和感を覚える。

 しかし、その正体がわかる前に、グレゴールが口を開いた。


「そうかもしれないが、被害にあった男爵令嬢はごくごく普通の生徒でね。狙われる理由もわからないし、そうならもっと徹底的に個人を狙いそうな気もするんだが」

「そうですね。その男爵令嬢について詳しく教えていただけますか?」


 ああ、とグレゴールが頷くと、グレゴールの後方にある立派な机からペラリとした紙が飛んできた。

 魔術で引き寄せられた紙を手渡される。その内容はざっと次のようだった。


『ノーマ・ルガール男爵令嬢

 第三学年、(最下位)クラス。

 ルガール男爵家の一人娘。ルガール男爵家は領地を持たない、元商家。事業で成功し、三代前に爵位を買った。

 本人は(ヴァイス)クラスの中では平均的な成績。社交的な性格で、交友関係は広い。

 容姿は薄い茶色の髪に、空色の瞳。』


『オーデ・イナリー子爵令嬢

 第三学年、(ヴァイス)クラス。

イナリー子爵家次女。第六学年に姉、第一学年に弟が在籍。子爵家は地方に小さな領地を持ち、前子爵、子爵夫人が運営している。財政状況は良好。

 本人は責任感ある性格。真面目で成績は良く、クラスをまとめる役に立つことが多い。

 容姿は灰茶の髪に緑の瞳。』


「ルガール男爵令嬢が実際に被害にあった生徒で、イナリー子爵令嬢が同室の生徒だ。二人とも特筆することもないだろう」


 大方目を通し終わった私に、グレゴールは言う。

 けれど、私は心当たりがあった。


「グレゴールさん。生徒の中に、最近になって急激に魔力量が増えた方はいませんか?」


 グレゴールはわずかに目を見開いて、ふむ、と頷いた。


「ああ、そういえば。君と同じ学年で、今年になって(一番下)から(三番目)に上がった生徒がいる。エンジェラ・クラインくん……たしか、ルガール男爵令嬢と似たような容姿だったな」


 やっぱり。狙いは恐らく、ルガール男爵令嬢の方だろうな。


「そうですか。分かりました」


 ムスタウアの狙いの予想はついた。

 頷いた私に、グレゴールは満足気な笑みを浮かべた。


「何か糸口を掴めたようだね。他に何か聞いておきたいことは無いかい?」

「あと二点ほど。まず、ムスタウアの者は二人以上いるらしいと聞いたのですが、根拠はありますか?」

「魔力の質の違いだよ。君も、先ほど壊したなら分かったんじゃないかな。結界が張ってあっただろう? 結界の魔力と吸魂具の魔力は、別人のものだった」


 そう言われて、少し考えこむ。

 正直、吸魂具の魔力は、魔術を施した人の魔力そのままではないように思えた。変質して、妙にいびつな魔力だったのだ。けれど思い返してみれば、確かに結界の魔力とは違った気もする。


「確かに、言われてみればそんな気がします。かなり焦っていたので、あまり覚えていないのですが」

「まぁ、それは仕方ないだろうね」


 実は私的には魔力云々についてよりも、魔術の方が気になっていたのだ。吸魂具だけでなく、結界までも今までに見たことのない魔術だったから。

 私が使った実体化の魔術は、魔力が安定した状態になるもの。格上の力で消し去ることはできても、不安定なエネルギー状態に戻すなんてことは本来不可能なはずだった。それを可能にした魔術。


「それにしても、結界の魔術は、一生徒にできるようなものには思えなかったんですが。実体化の魔術が、制御を外れた魔力状態に戻されました」


 犯人が教員の可能性を言外に問うと、グレゴールは顎に手をやった。


「多分、一度目と二度目の結界と同じものだね。確かに、見たことのない魔術だった。魔術を習い始めて六年程度では難しいかもしれないが……リラくんほどの実力なら、可能だと思わないかい?」

「……そうですね」


 ムスタウアは犯罪組織、アイーマと同じようなものだもんな。

 でもそれならば、やはり貴族の令息令嬢である可能性は低そうだ。


魔道具について

・空気清浄魔道具=空気清浄機

・換気魔道具=換気扇

・自動掃除魔道具=お掃除ロボ

・不審者警笛魔道具=侵入者感知警報機

・映像記録型監視魔道具=監視カメラ

みたいなイメージです。

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