六十六話 告白
──今、目の前の彼は、なんと言ったか。
「僕は気づいたよ。藍色の髪の彼が去っていった時、君、ショックを受けていたでしょ? 君、馬鹿だよ。自分が傷つくくせに、なに他の子とくっつけようとしてるの。しかもなんで、それ全部隠そうとするんだよ。自己犠牲でもしたいわけ? 馬鹿だよ。そんでもって、それに気づかない彼はもっと馬鹿だ」
落ち着いて話しているように聞こえる口調に、段々と熱がこもる。リュメルは本当に苛立っているようだった。
「だから、僕にしておこうよ、モーガンス」
言い放つリュメルの目は、見たことがないくらい真剣だった。
本当に訳が分からなくて混乱する。
──僕にしておこうよ? 今、確か恋愛の話だったよな? いや、それは間違いないはず、だってリュメル自身が私に言ったのだ、「失恋」と。
でも、自分にしておけと言うならばそれは、同情? ──それとも、まさか。
「僕は君と似ているから、君の嫌なことは手に取るようにわかるし、嬉しいことだってきっと分かる。君が作り笑顔で本音なんか一つも言っていないことに気づかない人なんかより、僕の方がずっと君のことを幸せにできるよ」
あまりにも自信に満ちた、傲慢な物言いだった。いや、でも、そんなまさか。信じられないような気持ちで、おずおずとその問いを口にする。
「キースリング様は……私が好きなんですか……?」
一瞬の間があった。
「好きだよ」
リュメルが言った。蜂蜜色の双眸が、射貫くように私を見つめていた。
「気づいたら、君のことを考えてしまってるんだ。君は今何をしてるんだろうって。いつも何を見ていて、何を考えて、何が好きで、何をしたら喜んでくれるんだろう。君のことをもっと知りたい。君の目に、僕を映して欲しい。僕のことを見て、笑って──いや、怒るでも悲しむでもなんでもいい。僕の存在で君の感情を揺さぶりたい」
たたみかけるように、リュメルは言葉を紡ぐ。脳処理が追いつかなくて、私はただぽかんとして、リュメルの顔を見つめていた。
「君が一番に頼ってくれる存在になりたいよ、僕は。今日、君に好きな男がいると知って非常に腹立たしく思うと同時に、失礼だけど君のお仲間たちが君を置いていったことを、嬉しく思ってるんだ、またとないチャンスだって──……そんなに驚く?」
怪訝そうに尋ねられて、はっと我に返る。
「いや、え、だって……え、本当に……?」
あまりの動揺に、笑みを取り繕う余裕すらなかった。リュメルは少し、不満気な顔になる。
「本当だよ。君が僕を、令嬢を弄んでる奴だと思ってるのは知ってるし、実際そういう時もあったから否定はしないけど、ここまで嘘ついて告白なんかしないよ。僕のことなんだと思ってるの?」
「いや、そう、ですけど……」
たしかに、私の知っている彼は、偽りの感情を──ましてや好意を──こうも必死に伝える人ではない。
それはすなわち、リュメルは私のことが好き、ということらしくて。
「僕が君のことが好きって、そんなに予想外? 君を好意的に思っているのを隠したつもりはないんだけど……。モーガンスがそんなに狼狽えていることに、正直僕はびっくりだよ」
狼狽えもする。いや、確かに、リュメルが私の内側に入りたそうというかなんというか、距離を縮めようとしているのは感じていた。けど、それはあくまでも私が彼の憧れであるアイオライトの魔術師だからとか、魔術のこととか、そういうこと由来だと思っていた。
だから、周りからリュメルとの関係について冷やかされても、一笑に付すことができていたのだ。
それに、原作のリュメルが好きになったのは天真爛漫な主人公だ。全くタイプの異なる私の事なんて、好きになるはずがない。
──なるはずがないと、思っていたのに。
「いや、それはなんというか……好意的なのと、恋愛的な好意は全然違うじゃないですか……。正直、そういう意味で好かれてる素振りを感じたことがないですし」
「今までは出してなかったからね。察知したら、君が逃げると思って」
私の反論にまあね、というふうに返してきたリュメルから、そろりと目を逸らす。
「っへ、へぇ……そーなんですね……?」
なんかまずい感じがするぞ。この人、なんか、かなり本気で私のことを狙いに来てないか。
ガタリと音がしてそちらに目を向けると、リュメルは席を立ち、自分の座っていた椅子をわざわざ私の隣に置いて、私の方を向いて座りなおした。
距離を取ろうとして座ったまま後ろに退こうとすれば、椅子は回転して期せずしてリュメルに向き合う形になってしまった。
「もっとゆっくり、じんわりと外堀から埋めていこうと思ってたんだよ? 本当は。だって、君は思ったよりずっと難攻不落だった。恋愛とか抜きに、少し近づこうとしても、ある一線以上はちっとも踏み込ませてくれないし。その状態で好きだのなんだの言い出そうもんなら、君は絶対に逃げるでしょ? 君は僕と話す時はいつも周りの目を気にしていたし、僕が侯爵令息である以上、学生の恋愛にだって結婚が当たり前のように付いてくるからね」
「じゃあ、なんで今日……」
「本当は今日、こんな話をするつもりはなかったよ。けど、君が失恋したとなれば話は別だ。今日は一番、君のガードが緩い日だ」
開き直りも甚だしい。そんなにんまりとした笑みを浮かべて言わないで欲しい。
「僕は本気だよ、モーガンス。本気で君が好きだし、君の恋人になりたいと思っている。でも同時に、君のことは理解しているつもりさ。君は今まで欠片も僕のことをそういう目で意識してこなかったし、そうでなくとも君は本当の学生じゃなくて働いている身で、身分差だってある。すぐに受け入れてとは言わない。けど、僕のことを拒絶しないで。僕のことを少しずつ、見ていって欲しい」
熱っぽい口調で、縋るように言われる。前のめりになったリュメルの顔が、すぐそこにあった。つい仰け反るけれど、椅子の背が邪魔してこれ以上行けない。
椅子の座面のへりに置いていた手の上に、手が重ねられる。
心臓が、ドキドキ──いや、そんな可愛いもんじゃない。バクバク音を立てていた。
「ね?」
息ができない。目をそらすことも出来ない。
猛禽類に目をつけられた、小鼠のような気分だった。
変に力が入って、首すら思うように動かせない。ギギギ、と音がなりそうなほどぎこちなく、なんとかこくりと頷いた。
その瞬間、リュメルはパッと顔を明るくする。怖いほどの圧が分散し、ただバクバクとうるさいほど音を立てる私の心臓だけが残った。
リュメルの望むままに、頷いてしまった。威圧に屈してしまった。
そのことが無性に悔しくて、未だに心臓が激しく鳴っているのも屈辱的に思えて。
反抗心のようなものだったと思う、その言葉を呟いてしまったのは。
全力のお返しが帰ってくるとは、予想もせずに。
「……魔術が凄いから興味持っただけだったくせに」
「最初は、たしかにね」
リュメルは笑う。それは珍しく穏やかで、優しげな笑みだった。
「君があんまりにも強いから、興味を持っただけだったよ。けど蓋を開けてみれば、僕が優しくするとあからさまに嫌そうな顔をするのも、僕の本性を見抜いたところも、面白くて仕方なかった。分かりやすい奴なのかと思ってみれば、当たり前のように笑顔で嘘をつくし、歩み寄ろうとしてものらりくらりと躱されるし。ついつい構ってたら、気づけばもう気になって仕方なくなってたんだ」
重ねられた手は、そのままだ。自分の手を引き抜こうととすると、逆にぎゅっと握りしめられた。
「自覚したのは、魔術決闘大会の時かな。君は強くて、絶対的な存在だと思ったのに、怪我をして弱っていて……。君がアイオライトの魔術師だって衝撃的な事実を聞いたはずなのに、そんなことより、僕は怖くて仕方なかった。抱いてみれば君は当たり前だけど小柄で軽くて──守りたいって、思ったんだ」
握られた手を引っ張られる。リュメルは目を伏せて、私の手の甲にそっと、口付けを落とした。
あまりにもその光景は美しかった。私は息が止まったように何も言えなくて、けれど目を離すことも出来なかった。
「思えば、その前から僕は君の事ばかり目で追っていた。君の気が強いところも、意外と面倒臭がりで適当なところも、冷たく見えて、なんだかんだ折れてくれるところも」
リュメルが上目遣いでこちらを見てくる。蜂蜜色が、爛々と輝いているように見えた。
「意地っ張りで負けず嫌いなところも、遠慮がなくて率直に話してくるところも。段々と慣れて、口調とかも砕けてきたときは、君が段々と心を開いてきてくれているのを感じられて嬉しかった」
どくん、と心臓が大きく鳴る。それは決して、さっきのような威圧感故のものでは無かった。
「君が、自分の魔術に誇りを持っている姿に、僕は魅せられたんだ。君が真剣に魔術を使っているところは、美しい。強い憧れと同時に、欲しいと。あれほどに美しい君を、僕のものにしたいって思った」
こちらを見つめ続ける蜂蜜色から逃げたくて、ぎゅっと目を閉じた。そのまま、顔を背ける。
これ以上は、もうダメだ。やめにしよう。やめにしてくれ。
「モーガンス、こっちを向いて」
だめ。嫌だ。見たくない。
「モーガンス。ねぇ。──リラ」
──見てしまった。
嗚呼、捕まってしまった。
視線がカチリと合って、にんまりと、リュメルは蕩けるような笑みを浮かべた。
「リラ。君が逃げるのは、僕が君の弱いところに触れようとした時だよね。けど、君が隠しても、僕は全部暴いてみせるよ。強さで弱さを覆い隠そうとする臆病な君が、僕は好きだから」
両頬にそっと手を添えられ、真っ直ぐにリュメルを見つめさせられる。目を覗き込んできて、彼はふっと破顔した。
「はは。真っ赤。君、そんな顔もするんだ」
──頭が、爆発しそうだ。
ぎゅっと目を瞑る。
その瞬間、部屋中にまばゆい光が炸裂した。
「うっ」
リュメルの呻き声が聞こえた。
私は頬に添えられた手を振り払い、勢いよく立ち上がって部屋を飛び出した。
その勢いのまま後ろ手に強く扉を閉め、崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込む。
「お客様!? どうかなさいましたか?」
部屋前で待機していたらしいメイドが慌てた様子で声をかけてくる。何でもないからと、手で制止して、頭を抱えた。
ほんっと、あの野郎め。最悪だ。信じられない。なんてことをしてくれるんだ。
私の出した強烈な光に、目を焼かれてちょっとくらいは苦しんどけ。
どくどくと、まだ心臓がうるさいくらいに鳴っている。
どうしようもなく暑くて、頬に手を当てる。
ついさっきまでリュメルに握られていて温かったはずの手は、頬に当てればおかしなくらい冷たく感じた。
押せ押せグイグイリュメル書くのとても楽しかったです




