六十五話 揺蕩う
リュメルに手を引かれるまま、色々なお店やレストランが立ち並ぶ王都の通りを進む。
そして、ようやく立ち止まったのは、私が入ったこともないような、ハイブランドカフェの前だった。
……まじかぁ、と思いながら、まるで小さな城のようなその外観を見上げる。
行く機会は全く無いけれど、平民だって知っているくらいの有名なところだ。ある程度の身分であるか、もしくは相当な金持ちしかそもそも予約できない、完全予約制の超高級カフェ。所謂アフターヌーンティーなどを楽しむところだ。
「何も聞かずにきてしまったけど、モーガンス、君、甘いものは好きかい?」
リュメルがちらりと振り返り、聞いてくる。ここに来たってことは、予約しているんだろう。私が甘いもの嫌いって言ってたらどうしてたんだ。
「好きですけど……今聞きます?」
「落ち着いて話せるならどこでもいいかと思って。時間も少し早いけど、まあ問題はないでしょ」
安定の自分勝手さだ。それに、とリュメルは付け加えた。
「流石にここに来る機会なんてほとんど無いでしょ? お詫びとお礼を兼ねてご馳走するんだから、これくらいはしないとね。さぁ、お手をどうぞ、モーガンス」
手を差し伸べられる。その仕草ひとつですら洗練されていてスマートだ。
流石にその手を拒否することは出来なくて、自分の手をそこに重ねる。
なんだかんだ、私が彼の手を取るのは初めてな気がする。
重ねた手をきゅっと握られて、リュメルが小さく笑った気がした。
カフェの扉が内から開かれ、出てきた執事服の男性──店員が、リュメルに向かって頭を下げた。
「お待ちしておりました、キースリング様」
「彼女が今日の連れだよ。伝えていた通り、服も頼む」
「畏まりました。ご案内いたします」
流石、顧客の顔を覚えているのか、はたまたリュメルが侯爵令息だからなのか。ウィスティから伝え聞いた、もともとのリュメルとの約束の時間を考えてもかなり早いのに、店頭に立っただけでここまで対応してくれるとは、高級カフェの名も伊達じゃない。
執事が先導する後ろを着いていきながら、私は尋ねた。
「服って、何の話ですか?」
「ドレスルームも予約したんだ」
事も無げにリュメルが答える。
「こういう所って、ドレスコード必須なのは想像がつくでしょ? 中でもここは少し特別でね、専用ドレスルームが着いているんだ。予め服を注文しておいたら、来てから着替えることが出来る」
つまり私の場合は綺麗なドレスなんだろう。……レンタルかな。ここに来る客層を思うと、絶対に違う気がするんだけど。ちょっと嫌な予感がするのはおそらく気のせいじゃない。
「普通は、出発前に相応の服装をして、人運箱に乗って来るんだけどね。君との待ち合わせを街中に指定したから、外を歩く時に綺麗な服を着ていると目立つでしょ? そう考えると、君に気を遣わせることもないし、これが最善かなって」
確かに今日のリュメルは、シンプルなブラウンのコットンパンツに白いシャツという平民に近い格好だった。
平民である私が相応しいドレスを持っているかも分からないだろうし、ラフな格好で現れたのも彼なりの気遣いだろう。
言葉を交わしているうちに、執事がひとつの白い大きな扉の前で立ち止まった。
「お連れ様のドレスは、こちらにご用意致しております」
そう言って、扉を開く。
思わず振り返ってリュメルの顔を見上げる。リュメルはゆるりと笑んで頷いた。
「メイドが着替えも手伝ってくれるよ。お洒落は嫌いじゃないでしょ? 綺麗なドレスに着替えてきて」
軽く肩を押されるままに部屋に入ると、後ろで扉が静かに閉まった。
*
あれよあれよと言う間に、用意されたドレスを着せられ、部屋に控えていたメイドに髪をセットされ、化粧まで施された私は、柄にもなく緊張していた。
身にまとったドレスは、ワンピースと呼ぶにはあまりに豪華で、平民の私にはあまりに不相応と呼べるようなものだ。本来ならば着る機会なんて一生ないはずだったのに。
なんで、大した抵抗もできずここまで来てしまったのだろう、と少し現実逃避をしそうになる。けれど、今更どうにもできそうになかった。
「こちらへどうぞ。キースリング様がお待ちです」
メイドが部屋の扉を開け、お辞儀をする。
「待ってたよ、モーガン──」
私が中に入ると、リュメルは途中で声を途切れさせた。寄ってきたかと思うと、まじまじと見つめられる。
私は居心地が悪くて、目線を逸らした。リュメルこそ、ネイビーの正装に身を包んでいてその顔の良さを遺憾無く発揮していた。
「……うん、思った通りよく似合ってる。いくつか候補はあったんだけど、これが一番君の美しさが出せると思った。モーガンスはこういうの、好き?」
「はい、まぁ……不相応に感じて恐縮してしまいますけど、とても美しいと思います」
私が着ているのは、ネイビーのマーメイドドレスだ。裾の方にかけて黄色のグラデーションになっている布地には、たくさんのスパンコールが縫い付けられてキラキラと光っている。夕焼け空を映したかのようだった。首から胸元、肩周りはドレスと同じネイビーの細かなレースで覆われている。上品な雰囲気の美しいドレスだった。
「そっか、よかった。これは君に贈るよ」
「え」
「さぁ、色々と甘いものを用意してもらったんだ。紅茶も入れてもらおう。こっちにおいで」
あまりにも何気ない感じで言うから、つい流されてしまいそうになる。
いや、思ったけど! 庶民じゃあるまいしレンタルじゃないだろうから、ドレス購入なのかなとは薄々思ってたし、リュメルならさも当然かのようにプレゼントしてきそうな予感はあったけど……!
色々と言いたかったのに、リュメルの有無を言わさない笑みに黙殺された。
優しく手を引かれ、椅子までエスコートされる。どうすることも出来ずに、リュメルが引いた椅子に、着慣れないドレスを汚さないように座った。
リュメルが、丸テーブルを囲む反対の椅子に腰かける。
丸テーブルの上には、並べられたアフターヌーンティーセットを飾る、宝石のようにキラキラした可愛らしいスイーツが沢山乗っていた。
メイドがティーカップに注いだ紅茶を出してくれる。そして、お辞儀をしてから退出していった。
「遠慮しないで、好きな物を食べて」
紅茶を一口飲んで、リュメルが言う。
私はそろりと、目の前にあったフルーツタルトに手を伸ばした。
「……緊張してる?」
少し笑いをこらえた風に、リュメルが尋ねてくる。私はちらと彼に目をやって、答えずにタルトを口に運んだ。
フルーツの爽やかな甘みと、甘いクリーム、サクッとしたタルト生地が口の中に広がる。うん、美味しい。
「美味しいみたいで良かった」
「はい、美味しいです。ありがとうございます」
そういうリュメルは、何も口にしない。ただ、タルトを口に運ぶ私を、机にひじをついてニコニコ眺めている。居心地が悪い。
何を話したら良いのか分からなくて、なんとなく気まずくて。黙って食べて、次にとったクッキーを食べ終え、紅茶を飲んでいるところで、リュメルは唐突に口を開いた。
「ところで君、さっきのあの藍色の髪の人のことが好きなの?」
「ぶっ」
思わず紅茶を吹き出した。唐突に何を言ってくれるんだ。
「っちょ、なんですかいきなり」
紙タオルで口元を拭いながら、抗議する。というかそう言えば、さっき、この人いつから居たんだろう。
「図星かな?」
リュメルは指を組んで、ニコニコ笑っている。
「彼、国治隊の人だよね。魔術決闘大会のとき、濃紫の髪の彼女──そうだ、シュルツさん。彼女と一緒に行動していたから、僕は学院内で起こっている吸魂具のあれこれについて、特別に教えてもらうことが出来たんだ。その時に、色々と説明してくれたのが彼だったんだ」
そうでしたか、となんでもない風に頷いた。
どこからどうやって話が飛んでくるのかと、つい身構えてしまう。
「今日も、三人でいたよね。仲良いの?」
「同僚ですし、一番近い存在ですね。二人は……」
少し言い淀んでから、今更もう隠すものでもないし、と思った。
「アイーマにいた時からの仲間なんです。私達は三人でアイーマを滅ぼして、真っ当な世界に行こうって決意して、そうして今三人とも国治隊にいるんです。私にとっては、家族のような二人です」
へぇ、とリュメルが相槌を打った。その声色がどこか冷たく聞こえて、じっとリュメルの顔を見つめてしまう。
リュメルはすっと真顔になった。
「その割に、二人は君のことなんてそっちのけなように感じたけどね」
この人どこから私達の話を聞いて、どこまで理解しているんだろう。聞いている限りとんでもなく察しが良く、末恐ろしい。
「何を仰ってるんですか……。というかキースリング様、いつから、というかなんであそこに居たんですか? 約束までまだあと一時間くらいありましたし、そもそも広場で落ち合おうって聞きましたけど?」
誤魔化したような質問に、リュメルは口角を上げた。目は笑っていない。
「宛てはなく、ブラブラと散策してたのさ。あそこに居たのは本当に偶然。定食屋を飛び出してきた濃紫の髪に見覚えがあったから、つい立ち止まったら、後から君たち二人が出てきて、人目を気にせず話し始めたんだ」
周りに聞こえるくらいの声で話してたのは君達だよ、と暗に言ってるようだ。
「立ち聞きするのも悪いかなぁ、と思ったんだけど、彼の方はシュルツさんを追いかけたそうにしていたし、そうしたら君は一人になるのかなぁって、つい止まっちゃった。無遠慮に全部聞いてしまったことは悪いと思ってるけど、僕は立ち聞きして正解だったと思ってる」
つまり、私達がお店の外でかわしていたやり取りすべて、聞かれていたということだ。
何を話していたっけ? 私、そんなにルゥーのことが好きそうな身振りを出していただろうか。そんな馬鹿な、ルゥーは何も気づかずに行ってしまったのに。
「僕がわかったのは、藍色の髪の彼とシュルツさんが互いに片思いをしていて、それを君は知っていたこと。それと、君が彼の尻を叩いている時、ずーっと作り物の笑顔を貼り付けていたこと」
何も言い返せなくて、ただ私はリュメルの顔を見つめていた。
「君が彼を好きなんじゃ、ってのはただの憶測。けど、図星みたいでちょっと安心した。だって彼はシュルツさんを追いかけて行った、つまり君は失恋した」
「ちがっ、」
全て確定事項のように言ってくれる。何が安心した、何が失恋だ。
事実に違いなかったけど、でも待って欲しい。狼狽えて、馬鹿みたいに動揺している私に、リュメルは強い口調で言った。
「僕にしときなよ」
──え?




