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六十三話 休暇最終日

「はぁ〜、今日でやっと半分かぁ……」

「……つかれた」


 国治隊本部内の寮、ウィスティと共有の自室に戻ってきて、私は思わずそのままベッドに飛び込む。

 服も着替えず、汗をかいたままの状態。普段だったらウィスティから汚いとの文句が飛んでくるのに、今日はウィスティ自身も疲労困憊しているためにそれも無かった。


 本当に疲れた。

 これがまだあと二日も続くと思うと、とにかく憂鬱だ。終わったあと、王都に行ったとてはしゃぎ回る元気があるかも怪しい。

 しかも、合同訓練が始まる前に、ギードにそれとなく大量の処理すべき書類の存在を仄めかされたし。いつもはそんなに書類が溜まることはあまり無いんだけど、ギードが大量と言うからには、文字通り大量なんだろう。果たして一日で終わるかな。

 というか、仕事が多いのに訓練なんて入れてくれるなよと思うのだけれど、この訓練にこれ程のダメージを受けるくらい体が鈍っている、という事実がある以上は、文句も言えない。


「……っはぁ〜、湯浴みしてくんね……」


 こうしてたらこのまま寝落ちしてしまいそう。

 汗がベタベタして気持ち悪いし、さっさと汚れを落として寝よう。


 手際よく体を洗い、軽くお湯を浴びて浴室を出る。魔術で全身を乾かしてから部屋に戻ると、ウィスティが寝かけていた。叩き起して、お湯浴びるだけでもいいから入ってきな、と手を引っ張り浴室に押し込む。


 んー、と伸びをしてそのまま私はベッドに倒れ込んだ。

 やばい、ほんとに眠い。すぐ寝れそう。枕を抱き寄せ、顔を埋める。

 魔信具に着信があったのは、ちょうどその瞬間だった。

 数秒放置しても、止む気配は無い。

 あまりの眠気に苛立ちさえ感じながら、ベッドサイドテーブルに放置してあった魔信具を魔術で引き寄せる。そのまま、魔信具に魔力を流して耳に当てた。


「……はい」

『モーガンス?』


 普段なら魔信具の発する魔力で、誰からかかってきたのかなんて声を聞く前から分かるのに、声を聞いても答えを出すまでに時間がかかる。


「……リュメル?」


 そうだ。この魔力はリュメルのだ。

 電話の向こうで、息を飲むような音がした気がした。


『モーガンス……眠いの?』

「はい……。今日、合同訓練だったから……手短に、お願いします……」

『……ふっ、そうか。昨日から四日間、騎士団と国治隊の合同訓練があるって父上から聞いてたけど、モーガンスも参加しているんだ。お疲れ様』

「……ありがとうございます……」

『お疲れのところ悪いんだけど、ほら、言ってたでしょ。春休暇、どこかで時間取れないかって。予定、どんな感じかな』


 予定。いつの。春休暇のだ。


「……あと二日、訓練で」 

『うん、知ってる』

「片付けないといけない書類が、溜まってて」

『……そっか。終わりそうなの?』

「……ん、いちおう」

『そう、偉いね。モーガンス、頑張ってるね。最終日とかは、空いてたりする?』

「さいしゅうび……」


 ……えっと。何の話だっけ。


『いける?』

「いける……」


 魔信具の向こうから、密やかに笑う声が聞こえる。


『ふはっ、本当ふわふわしてる。モーガンス、ごめんね。考えられてないよね。けど、決定だよ。言質取っちゃったからね』


 するりと、手の中の魔信具の感触が消える。


「……キースリング先輩。リラ、もうほぼ寝てます。多分、起きたら覚えてない」

『──かってる。ちょうどよかった、君から──』


 ウィスティの声が、遠くから聞こえる。


 何も考えられない。

 そのまま、私は深い眠りに吸い込まれていった。




「ライラ、春休暇、最終日、キースリング先輩と会うんだって、ね」

「……え? いつの間にそんな話に?」

「王都、ルゥーと三人で行く、でしょ? そのとき、借りる、って。昨日、言質取られてた」

「嘘でしょ!?」


 翌朝そんな会話をすることになるとは、露知らず。



 ***



 そして、残り二日間の合同訓練を、半ば死にそうになりながらも何とか終え。

 職場に出勤して、たっぷりと用意され書類の量に驚き。この有様になった訳を聞いて──魔術学院のムスタウア関係の事件について何故か第一王子が「解決に携わらせろ」と首を突っ込んできて、それに付き合っていたお陰でほぼ三週間業務が滞っていたらしい──思わず舌打ちし。

 調査やら確認やら報告やらなんやら、とにかく書類をさばきまくり。次の日もひたすらさばいて。なんとか机の上を綺麗に片付けて。


 最終日、ようやくゆっくり出来る日を迎えた。と思ったのだけれど。


「ライラ。出かけよ」


 疲れているのはウィスティも同じはずなのに、心做しかキラキラした目で声をかけられた。普段あまり着ないワンピースを着て、髪はサイドを編み込みにして。以前教えた編み込みを、まだ不慣れながらも自分で施したらしい。ウィスティの気合いの入った格好に、そんなにも楽しみにしていたのかと驚く。

 稀にも見ないほど、積極的なウィスティに引っ張られて、私は結局約束通り出かけることとなった。


 *


「ライラ、ウィスティ! 待たせたな」

「あ、ルゥー。やっときた」


 用があるから先に行っててくれ、とルゥーに言われ、ウィンドウショッピングしながら王都の繁華街をゆっくり歩き回っていた。

 少し経ってからルゥーが現れた。ちょうどお昼頃でお腹も空いてきたことだし、適当に定食屋にでも入ることにする。


 一番人気の日替わり定食セットを三人揃って注文し、落ち着いたところで私は尋ねた。


「ルゥーの用ってなんだったの」


 私とウィスティは小さめのハンドバッグで身軽な格好をしているのに、ルゥーだけやけに大きな、仕事に行く時のような鞄を持っている。


「あぁ、用事な。ライラ、仕事の速い俺に感謝しろよ」


 そう言いながら、ルゥーは鞄から紙袋を取りだして、そこから更に、分厚めの封筒を取り出す。


「ほらよ」


 手渡された封筒の中身を取り出して見て、私は目を丸くした。


「え、全部作ってくれたの。いや、ありがたいんだけど、でも早っ」


 それは、刑務所にいる人との面会申請のために提出しなければいけない書類。私の経歴だとか、面会相手との関係性だとかも書いてある。ダチュラに会いに行く決断をしたとルゥーに伝えたのは昨日のことである上に、別に用意を頼みたくて報告したんじゃないのに。

 ルゥーはにやっと笑って見せた。


「善は急げって言うだろ。あとはお前のサインを書いて送り付けるだけ」

「……うん。ありがと」


 ウィスティが、じっとりとした目を向けてくる。なに? と目を向けると、呆れたようにウィスティが口を開いた。


「……ライラ、春休暇中に、申請行くって言ってた」


 一瞬ギクッとしてから、てへ、と笑う。


「しょうがないじゃーん、忙しかったんだからさぁ」


 今ルゥーにこの書類を貰って驚いているということは、自分では用意してなかったということ。今日は春休暇最終日なんだから、いつするつもりだったの、ということを言いたいんだろうな。

 忙しかったのはもちろん嘘じゃない。全く余裕が無かった……というと嘘になるけど。昨日仕事が終わったあと、少しは余裕があった。仕事終わりにわざわざ書類を用意するのが、面倒くさかっただけだ。


 私達のやり取りを微笑ましい顔で見ていたルゥーが、すっと真面目な表情になった。


「……本当は、前からずっと作ってあった。その気になったらお前が、いつでも出せるように。ずっと思ってたんだよ、お前はダチュラに会いに行くべきだってな」

「……」


 ウィスティも、うんうんと頷いている。なんて言ったらいいか分からなくて、書類に目を落とした。


「……なんか、分厚くない?」


 ふと、思ったことを言うと、ルゥーがあっと声を漏らす。


「なに?」

「あー、んー……まあ、余計なお世話かとは思ったんだけどな……髪の色が変わるっつー事象についての研究があってさ。それを調べてたんだが、間違えて一緒にしてた。見せるつもりは無かったんだが」


 少しバツが悪そうに、ルゥーは頬をかく。


「ふぅん……」


 隣からウィスティが覗き込んできたから、見やすいように傾けながら、パラパラと紙をめくり、ざっと流し読みをする。

 それは、吸魂具被害者の後遺症についての研究結果であった。

 吸魂具によって吸魂されかけるも、途中で助けられた人のうち、魔力保持者でよく見かけられた後遺症。──それが、髪の色が薄くなること。その後遺症は、元の髪色が黒いほど、よく見受けられたそう。

 なんでも、魂が吸魂によって一部欠けることで、魂の作り出す魔力量が減り、それで髪色が薄くなるのだとか。元々、多量の魔力が髪を黒く染め上げると言うし。


 だいぶ前に、ルゥーに調べてもらったアイオラ・エーレンベルク公爵令嬢の話を、ふと思い出した。


「アイオラって、魔力量が王家超えだって、騒ぎになったって言ってたっけ」

「……ああ」


 ルゥーが頷く。思い出す素振りもなく答えたってことは、ルゥーも調べ直してたってこと。

 王家超えの魔力量、真っ黒な髪のアイオラ・エーレンベルク。

 対する私、王家並の魔力量、茶髪。

 ……ちょっと辻褄が合っちゃうな。


「吸魂なんて、されてないけどな」


 独りごちて、さらにページをめくっていく。

 ふと、気になる文を見つけた。


「吸魂被害者には、記憶障害が見受けられる人もいたんだ……」

「ああ、それな。精神操作などを用いても回復できなかったってやつ」

「……」


 ひとつ思い当たって顔を上げると、丁度同じタイミングで何かに気づいた顔のルゥーとウィスティと、目が合う。


「……ヒューロン」

「精神操作なんかじゃなく、記憶部分の魂を一部抜き取られた…?」

「それなら、自白剤を呑ませても、なんにも吐かないわけだ。だってそもそもの記憶がもう存在してないんだから」

「……ってことはヒューロンをこれ以上調べても意味ねぇってことじゃねえか……!」


 ルゥーが頭を抱えてしまった。私とウィスティは目を見合せて、肩をすくめる。

 ちょうどその時、注文した料理が運ばれてきた。


「ヘィお待ち、本日の日替わり、鶏ステーキ定食三つ!」


 ドンドンドン、と大ボリュームの鶏ステーキ、サラダにパン、スープが置かれる。


「ま、ルゥー、謎がひとつ解けたってことで良いじゃん。記憶を奪われたって路線について、ヒューロンに聞いてみたらまた新たにわかることもあるんじゃないの」

「うん……意味無くは、ない」


 私達の慰めに、ルゥーは困ったような、仕方がないな、というふうに笑った。


「だな。ま、一旦今は忘れて、飯を食おうぜ」

「うん」


 貰った書類を封筒に戻し、ルゥーが渡してくれた紙袋に入れる。


「後で、一緒に出しに行こうな」


 見守っていたルゥーが、励ますように、そう言ってくれる。私は少し俯いて、噛み締めるように頷いた。


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