六十一話 春休暇の予定
「私、ダチュラに会いにいく」
朝一番ウィスティにそう伝えると、ウィスティは少し目を見開いた。
「……そう」
安堵したような表情で頷いた後、ウィスティはなにかに気づいたようで、残念そうな顔になる。
「もう少し早ければ、春休み、あったのに」
「……あぁ、そういえば。いつだっけ?」
「再来週、一週間」
「あは、確かにタイミング悪いや」
今は、ちょうど菜ノ月の二週目。通常は菜ノ月の最終週から花ノ月の初週にかけての二週間、春休暇があるのだが、今年は決闘大会が一部延期になった分、延期した大会後に一週間の休みを取るために、春休暇は短くなったのだ。
そして、ダチュラに会う──つまり、刑務所にいるあの人と面会するには、申請が必要だ。
ダチュラは所謂終身刑で、それは死罪となる程ではないとはいえ、かなり重い罪を犯したということ。脱獄やその他万が一のことがないよう、監視やセキュリティが非常に厳しくなっている。そのため、面会の申請をしても必ず通るわけではなく、面会希望者の素性や面会相手との関係性、その他様々なことについての調査が入るのだ。その調査にかかる時間、初めての場合は約一ヶ月。何回も面会申請をしていれば当然かかる時間は短くなるが、今まで一度もダチュラに会おうとしなかったツケがここで回ってきた。
今から申請したんじゃ絶対に春休暇には間に合わない。確かに春休暇は学院にいられないから、絶好の機会ではあったんだけど。
「まあ、休暇中じゃなくてもいいや。それこそ、申請出すのは春休暇に入ってからでもいいかな。ルゥーにお願いしようかと思ってたけど、自分ですればいいし」
「……あとまわしに、してない?」
「してないしてない」
疑わしい目で見てくるウィスティの背を笑いながら叩く。そこまで往生際悪くないって。
それでもまだ少し不満そうだから、話を変えることにした。
「春休暇さ、もし休み取れそうだったら、また三人で王都でブラブラ遊ぼうよ。生誕祭は行ったけど、それ以外で王都で遊べること、長らく無かったしさ、久しぶりに、ね? あとでルゥーにも聞いてみよ」
渋い顔をしていたウィスティは、そう言って顔をのぞき込むと、渋い顔のまま頷いた。素直なんだか素直じゃないんだか分からない。でも、そういうところが可愛い。
*
「春休暇、何か予定はあるの?」
授業の合間にそれを聞いてきたのは、リュメルだった。特に意味のない世間話かと思えば、リュメルはその瞬間私たち二人の周りに防音の結界を張った。私がよくするやつを、最近はリュメルも真似するようになった。
周りに会話を聞かれる危険がない分、聞かれたくない話をしてくるという合図でもあるから少し面倒だ。
「今のところは、特に。仕事が無ければ、仕事仲間と、王都で少しブラブラして遊ぼうかと話してたくらいです」
「そう……ならさ」
一度言葉を切ってから、躊躇いがちにリュメルは続ける。
「僕に一日、空けてくれない?」
「……はい?」
「他意はないんだけど……そういえば、お礼、してなかったなって思ってさ」
「お礼? 何かお礼されることがありましたっけ」
「決闘大会に向けての練習に付き合ってくれたお礼。後から気づいたけど、君、最初から決闘大会に出るつもりがなかったのに、わざわざ僕の練習に付き合ってくれてたでしょ? それも毎日。まあ仮に出場するつもりだったとして、僕との練習に意味はなかったかもしれないけど」
「それは、そうですけど……」
私としてもあの時間は楽しんでいた節があるし、お礼とか別にいらないんだけどなあ、考えながら返答に悩む。
「知らなかったとはいえ、君を強引に練習に付き合わせてしまったし。それに、大会当日も、僕の勝手な行動で色々と迷惑をかけたのは分かってるんだ。そのお詫びもかねて、ダメかな」
申し訳なさそうに眉を下げて、伺うように首を傾げるリュメル。つい、笑みが引きつってしまう。なんだこのリュメルは。気持ち悪い。めちゃくちゃ下手に出ているのもそうだし、一番はこの申し訳なさそうな態度が本心なのか演技なのかが本気で分からない所だ。私が知っている、リュメルの普段の笑顔でごり押ししてくる演技じゃないし、でも本心で言っているのだとしたら解釈不一致すぎて気持ち悪い。
「その……今は、正直何とも言えません。仕事次第ですね、帰ってみないとどれくらい忙しいかも分からないので」
とりあえず、当たり障りのない返答で問題を先延ばしにすれば、リュメルはあからさまに残念そうな顔をした。
「まあ、そうだよね。そう簡単にいかないのは分かってたけど……じゃあ、休暇に入ってからまた連絡してもいい?」
「それはもちろん、大丈夫です」
「ん、よかった」
すっと、リュメルの張った防音結界が消える。それを見計らったかのように、ヴィクトリアが私達の席まで寄ってきた。ちょうどリュメルがクラスメイトに呼ばれ、席を立つ。
「ねぇリラ、せっかくのデートのお誘い、断ったの!?」
「聞いてたの?」
半目で呆れた風に、きらきらと目を輝かせるヴィクトリアを見上げる。結界を張っていたから聞こえるわけがないし、見ていてそう推察したのか。
ヴィクトリアは、チッチッと舌を鳴らした。
「見・て・た・の」
とんとん、と自分の唇をたたいて、どや顔をするヴィクトリア。見てたって……読んだってこと?
「え、なに、ヴィクトリアって読唇術できるわけ? 天才でしょ」
「えっへへー、でしょー? こういう特技にあこがれて、ちっちゃい頃練習したのよ。それよりさ、どうしてキースリング様のお誘い、断ったの?」
「断ってないよ。春休暇の予定が分からないから、一旦保留にしただけ。ていうかそもそも、デートとかじゃないし。決闘大会に向けての練習に付き合ったお礼をしてくれるって言うから」
「えー、なんだぁ。やっとキースリング様が本格的に動き出したんだと思ったのに」
「あはは、なにそれ」
他愛のない会話を交わしながら、何気なくヴィクトリアの席に目をやる。
読唇術……かぁ。いくら練習したといえ、口の動きから何を言っているのかを読み取るには、かなり注視する必要があると思うんだけど。
……気づかなかったな。




