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五十八話 考えの違い

「先生……終わるの、はやいですね……」


 思わず私は顔をひきつらせた。

 正直、バレるのは分かっていた。それだけ、敷き詰め法は速く終わるし、押し込み法での核石製作は、本当に終盤で時間がかかるのだ。後から始めたといえ、先生よりも速く終わる自信があった。

 だから、声をかけられたことに本当に驚く。いくら先生といえど、速すぎだ。周りの生徒はまだまだ真剣な顔で取り組んでいて、完成している人は一人もいない。


「最後まで完成はさせてねぇかんな〜。教師が手本を見せ終わって、倒れてたら格好つかんだろうがよぉ」

「あぁ……そういう」


 つまり、魔力を残した状態で終えた、ということ。そこで作った核石が使えるものなのかは知らないけど、確かに所詮授業の手本なのだから、完全なものを作る必要は無い。

 マークス先生は私の台に手を伸ばし、先程完成させたばかりの私の核石を手に取った。

 照明に透かすようにして眺めてから、台に戻す。


「さすが、完璧だなぁ。こりゃぁ俺の話無視するだけあるじゃねぇかあ。球の大きさまできちんと変えてやがる」


 嫌味なのか素直に褒めてるのか分からず、私は苦笑した。


「すみません、この間核石を使ってしまったばかりだったので、補充するのに調度良い機会だったんです。実際に使うものの精度は下げたくなくて」


 いざというときの命綱ともなりうる核石。生半可なものは、使いたくないし作りたくもない。

 だろうなぁー、とマークス先生は鼻を鳴らした。


「一応言っとくが、こいつら核石つくんの初めてだかんなー、多分魔力全部は込めきれねぇよ。本当に魔力切れにゃぁならんだろうから、終わる前に立てるようになっとかねぇと、浮くぞ〜?」

「……確かに。頑張ります」


 押し込み法が初心者向けとは言え、最後の方は特に、核石から魔力が溢れ返りそうになる。それを抑え込んで最後まで余さず魔力を注ぎ入れるのは、それまで消費した体力と魔力の欠如により、相当な根性を要する。初めてでもきちんと魔力が空になるまで完成させられる人は、ほとんどいないだろう。

 マークス先生は他の生徒を見回りながら去っていく。私はぼんやりと、床に座り込んだままで他の生徒の様子を眺めた。額に汗をかきながら、一心に魔力を小さく押し込んでいっている。


 少ししてから、私は立ち上がった。脱力感はだいぶましになった。

 自分の作った核石を台から取って、くるくると指で転がしながら観察する。

 曇りや隙間ひとつない、透き通った青紫のガラス玉のようなそれ。いつもと同じように完璧な出来だ。

 当たり前だが授業なのだから、この核石作りも成績が付けられる。回収されるのかな。回収はせずに、この場で先生が一人ずつ確認して成績を付ける感じならいいんだけど。そうしたら、今夜にでも身につける形に加工できるし。

 ちなみに核石は穴を開けて紐を通し、首から下げるのが一般的だ。


 そんな取り留めのないことを考えていたら、段々と製作を終える生徒がちらほらと出てきたようだった。

 比較的早くに終わった生徒の中に、私の前にいた彼も含まれていた。

 がくん、と音でも聞こえそうな勢いで地面に崩れ落ちたリュメル。すごい、ちゃんと魔力を全部使い切ったらしい。恥じらいもなくべったりと床に寝そべるもんだから、私の製作台に当たっていないかと、少し製作台を動かす。上から覗き込んだら、仰向けになっているリュメルと目が合った。


「……モーガンス」


 数日放置された野菜みたいな、しなびた声だ。ちょっと面白い。


「流石のキースリング様も、お疲れですね」


 からかうように言えば、リュメルは不機嫌そうに顔をしかめた。この人が限界を迎えている姿を見るのは、結構気分がいい。


「もう終わったの? 僕より後に始めてたのに、はやすぎない?」

「慣れると速くなるものですよ」


 少し笑いながら嘘を吐く。多少は速くなるかもだけど、そこまで技量によって変わるもんじゃない。


「流石に嘘でしょ。ねぇ、モーガンスの核石見せてよ。どうせ敷き詰め法でやったんでしょ?」


 わぉ、やっぱりばれてら。

 倒れたままで手を伸ばしてくるリュメルに、私の作った核石を手渡す。それを近くで見つめて、リュメルはうぅ……と悔しそうに唸った。


「宝石のようにしか見えない」

「お褒めいただきありがとうございます」

「自分との力量差を見せつけられて腹立つんだけど」

「核石作り、初めてですよね? 差があって当然じゃないですか。むしろ無かったら、私の方が自信消失しかねません」

「君が周りに影響されて自信を喪失するような人じゃないことぐらい、僕だって知ってるさ」


 許可を貰ってから、リュメルのを見る。明かりに透かすと少々気泡は見えるけれど、初めてにしては十分綺麗だし、多分魔力の還元率も高かろう。流石の出来栄えだ。


「キースリング様も十分お上手ですよ。お世辞抜きで、綺麗です。流石ですね」

「……そうかな。まぁ、これに関して君はお世辞は言わないよね」


 リュメルの核石を返そうとすると、私の伸ばした手をぐっと掴み、そのままリュメルは上体を起こした。


「わっ! ……ちょっと、いきなり何するんですか」


 バランスを崩しそうになるのを辛うじて耐える。

 リュメルはそんな私を見て、くつくつと楽しそうに笑った。


「いーや、なんでも。先生に見せてくるよ。ありがとね」


 私から自分の核石を受け取ると、リュメルは機嫌良さそうに先生の方に歩いていった。

 ……なんだったんだ。


 *


 作った核石はその後回収されることはなく、先生が一人一人の分を確認していた。

 初めて作った核石をどうするかは各々に任せられるが、推奨されるのはその場で使ってしまうことらしい。学生の間は当然核石が必要になることなどほとんどゼロに等しいし、出し切った魔力がどのように戻ってくるのかを知るのもいい勉強だからだ。

 そんなだから、ほとんどの生徒はすぐ作った核石を使って「魔力が戻った〜!」と喜んでいたが、もちろん私はそんなことはしない。

 私以外にもリュメルは初めての核石をしばらくは置いておくつもりらしかったり、あとは意外にもヴィクトリアも残しておく少数派だった。


「あたし実はね、初めてじゃないの。核石作るの」

「そうなんだ」

「リラも?」


 ヴィクトリアが私の核石が見たいと言うから、見せていた、その後の休み時間。

 別に核石なんて見せ合いするものでもないと思うけれど、リュメルといいヴィクトリアといい、そんなに気になるものなのだろうか。


「まぁね。わかる?」

「そりゃあ、ね。とっても綺麗だもの……──さんのよりも」

「え?」


 ぼそりと、付け足すようにヴィクトリアが呟いた。聞き取れなくて、聞き返す。ヴィクトリアは、誤魔化すように微笑み、首を振った。


「ううん、ごめん。なんでもないわ」


 ヴィクトリアが返してくれた核石を受け取る。

 そういえば、前に使っていた核石に通す紐、捨てたんだった。何にしようか。アベライト生誕祭の時に、養母ははエルマが買ってくれた編み紐とか、使えるかもしれない。


「……あたしに教えてくれたの、お父さんなの」


 深緑の髪を耳にかけながら、ぽつりとヴィクトリアが言った。


「?」

「核石の作り方、ね。お父さんはすごい魔術師なの」

「へぇ、そうなんだ」


 ヴィクトリアが小さく笑みを作る。唐突に始まった話に、私は戸惑いながら相槌を打った。


「正確には、魔道具発明が仕事なんだけどね。だからあたしも、魔道具研究会に入ってるの。お父さんに憧れて」

「立派なお父さんなんだね」

「そうよ。平民だけど魔術の腕は確かだし、発明家としてのアイディアも凄いわ。誰も思いつかないことを思いついて、そのアイディアを完璧に実現しちゃうの」


 誇らしげにそう話したヴィクトリアは、でも、と俯く。蜜柑色の瞳までもが暗くかげった。


「お父さん、今は独立して働いてるんだけど、前所属していたところでお父さんが考えついたのは、そこの思想に違反するものだったの。古くさい思想だったわ。でもそこの重役は頭が固くて、お父さんの発明は認められなかったのよ。そしてそのまま、お父さんは追い出されてしまったの」


 腹立たしげに、ヴィクトリアは言う。ヴィクトリアが負の感情をあらわにすることは、珍しい気がした。

 ねぇ、とヴィクトリアは私とまっすぐ目を合わせる。


「リラは、こういうのどう思う? お父さん、ほんの少し思想が違うだけでそれまでの仲間に目の敵にされて、本当に大変そうだったの。独立した今は、お父さんの考案した魔道具はすごく有名になって、あちこちで注目されてる。お父さんは、正しかったのよ」

「それは……さぞ、悔しかっただろうね」


 ありきたりと言えば、ありきたりな話だ。この国には、前世であったような宗教観はあまり無い。けれど宗教はなくとも、思想の違いなんてものは星の数ほどあって、それ故軋轢が生じることも少なくない。

 他人の思想なんて自分の手に負えることじゃないし、しょうがない、と受け入れるしかない……と私は思うのだけれど。何と言ったらヴィクトリアは納得するかな、と考えながら言葉を続ける。


「けど、いくら時代遅れだったり、非効率的な思想でも、人は簡単に変えられないからさ。腹立つけどどうしようも無いことって、あるでしょ? もちろんその過程は大変だったんだろうけど、結果として成功したなら、過去のことは忘れちゃえば……なんて意見じゃ、納得はできない? どうせ時代に乗り遅れたのなら、前のところは廃れていっちゃってるだろうし」

「まぁ、それはそうだけど……」


 軽く口を尖らせ、ヴィクトリアはいまいち納得出来ていないような顔だ。


「なんというか、ね。いくらその組織にとってそれが大事なことでも、そんな思想違いごときで追い出しちゃうのって、正解じゃないとあたしは思うの」

「どっちかというと、私もそう思う。結果として損してるし。でも、その組織にとってはそれが正解だったんだろうね。たとえ損したとしても、譲ることができない程の問題だったかもしれない。けどさ、その思想がとれほど重要なのか、私達には分かんないじゃん? こういう問題って基本的に平行線だから、考えるだけ無駄かなって思っちゃうかな、私は」

「そっかぁ……考え方が大人なのね、リラって」


 感心したように、ヴィクトリアはため息をついた。


「すごいわ、あたしもそうやって考えられるようになりたい。経験なのかな? もしかして、そういう経験とかしたことあるの?」

「んー……いや、特にはないかな」

「そうなの!? なのに、そうやって達観できるの!?」


 大袈裟に驚いてみせるヴィクトリアから視線を逸らしながら、今のは嘘だなと自分で思う。

 似たようなこと、あった。アイーマに所属していたときに。


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