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六話 吸魂具

23/2/15 マークス先生の言動を中心に加筆・修正しています。

「吸魂具騒動、先生もご存知ですよね」

「まーねぇ……国治隊員が来るとは聞いてねぇけどー」

「まあ、私が国治隊員だというのを学院(ここ)で知っているのは、校長先生と教頭先生、あと理事長先生だけですので。先生も、他言無用でお願いします」

「俺も知りたくなかったなぁ〜」

「申し訳ありません。最初からメランヒトン先生には協力を仰ぐつもりだったので、打ち明けさせてもらいました」


 生徒に危険が及ばないこと。その一点さえ守れば、任務の遂行方法はある程度は個人の裁量に任されている。


 今回の潜入は、校長教頭理事長先生の三人を除く全ての教員、そして生徒に秘密のものだ。理由としては主に二つ。

 一つは、国治隊員が学院に来たことが公になると、芋づる式に吸魂具のこともバレる危険がある。生徒たちの親である貴族まで、学院内で起こっている吸魂具騒動の話が伝わると、大変なことになるだろう。

 もう一つは、国治隊員がいると知れば、潜んでいるムスタウアの者が警戒してしまうかもしれないから。生徒なのか教員なのかも分かっていない現状、少しでもヒントを拾いたいのだ。

 けれど、吸魂具破壊という行為が伴う以上、全ての教員と生徒に隠し通すのはかなり難しいと考えられる。だから誰かフォローを入れてくれそうな人を引きずり込もうと、元々ウィスティと話していた。

 その点、両方の点について懸念が最も少ないのがマークス先生だったのだ。


「だーかーら、それが理解ふのーだっつの。人選絶対に間違ってるだろーよ」

「事前調査の結果、一番信用出来ると踏んだからです」

「事前調査ぁ?」

「はい。生徒は時間が足りなかったので見ていませんが、教員はざっと経歴に目を通しています」

「んーなるほどなぁ……確かにそれは仕方ねぇなー」


 なんでだよ。そんなに自分の評価に自信があるのか。

 言っておくが、これは嘘ではないけれど、それだけじゃない。言わないけど。

 任務を告げられた日から昨日までの三日間、フルに経歴調べに当てた。大体は頭に入れたし特におかしい点もなかったけど、それだけで信頼はできない。

 教員の中で唯一の主要登場人物だった、それが大きな理由だ。彼が普通の善良な人間という()()だった以上、私のような大きなバグがない限りマークス先生がムスタウアの者である可能性は限りなく低いし、実際経歴に原作内での彼との違いは見受けられなかった。……とはいえこんな理由を説明できるわけが無いから、納得してもらえてよかったけど。

 あとは伯爵家の人だから身分は高すぎないし、物語での役割からしても協力をお願いするのにうってつけだと思ったから、と言ったところ。


「まぁ、お前の事情は分かったし、しょうがねーからできる範囲でサポートはしてやるよぉ。だが言っておくがなぁ、あんま面倒なことすんなよ〜」


 マークス先生はため息をつきながら言った。


「幸い、レイヴンは反省していたみてーだし、今回は大した騒ぎにならなそうだから良かったがなぁ。自分のことを棚に上げてキレ散らかす貴族は、多いからなー」

「え」


 反省してたんですか? と聞きそうになって慌てて堪えた。

 授業中にも関わらず攻撃してくる人なんて、絶対自分が悪いなんて思わなさそう、って言うのは確かに偏見だ。


「頭を狙うとか流石に危ないって、きつーく叱ったら、だけどなー」


 私の頭の中を呼んだかのように、マークス先生は付け加える。

 けど、叱って言うことを聞かせられるのが流石だと思う。


「高位貴族の生徒相手にきつく言えるのは俺くらいだからなー。他の教師の時は特に、よぉく気をつけろよー」

「ご忠告ありがとうございます、気をつけます。それはそうと、何か他に聞いておきたいことはありますか?」


 たずねると、マークス先生はふむ……と考え込んだ。


「あー……そーいえば、第三学年にきた編入生もお前の仲間かー?」

「ヴィヴェカ・シュルツのことですね。そうですよ──あ」


 噂をすれば。

 制服のポケットにしまっている魔信具(ましんぐ)から、ウィスティの魔力が感じられた。


「どーした」

「すみません、魔信具に着信が。少し失礼します」


 正式名称は魔力利用型まりょくりようがた遠距離えんきょり通信用つうしんよう魔道具まどうぐ、略して魔信具(ましんぐ)。手のひらサイズのタブレット端末のようなそれは、魔力を流すことで他の人が持つ魔信具に繋げられる、簡易携帯電話のような魔道具だ。


 軽く自分の魔力を魔信具に流し応答しながら耳に当てる。ウィスティの切迫した声が耳に飛び込んできた。


『ライラ、吸魂具、中庭で見つけた。男子生徒一人意識不明。人が近づかないよう半径三歩分のところに結界張ったけど、破壊する余裕ない。急いで来て』

「ん、すぐ行く」


 短く返して通信を切ってから、私はマークス先生を見た。私の緊張を感じ取ってか、さっきまでとは打って変わって真面目な表情。


「吸魂具が中庭にあったそうです。今すぐ向かうので、理事長先生か校長先生に来ていただけるよう、連絡していただけますか」

「わかった」


 防音結界を解き、魔信具をポケットにしまう。 

 言葉を間延びさせずに返事をしてくれたマークス先生に感謝しながら、私はすぐさま準備室を飛び出した。


 *


 幸い、中庭はすぐ近くだった。行けばすぐに小さな人だかりが見えてくる。


「何かあったの?」

「誰か倒れたのですって」

「大丈夫なのかな。先生とか、誰も来ていないみたいだけど」


 まだ少人数ではあるが、興味を持った生徒たちが集まってきている。間をすり抜けて、中心に向かう。



 中心では、栗色の髪の小柄な男子生徒が仰向けに倒れていた。

 隣に、濃紫(こむらさき)の髪の少女と空色の髪の少年が(かが)み込んでいる。言わずもがな、少女の方はウィスティだ。少年は、栗毛くんの友人だろうか。

 そこから少し離れた場所に、ぽかりと穴が開いたような人のいない空間があって、ウィスティの魔力が感じられた。おそらく、ウィスティが人を近づけないために張った不可視の結界で、今は幻視で中が見えなくなっているけれど、中に吸魂具があるのだろう。


「ヴィヴェカ」


 ウィスティ達の所に走り寄り声をかけると、ウィスティが顔を上げる。冷静な顔だ。


「その子、大丈夫?」

「多分。そんなに時間、経ってないと思う」

「動かしても大丈夫そう? 早く医務室に連れていくべきだと思うんだけど」


 私たちの会話に、空色の髪の少年が、顔を上げた。


「治癒師の先生、呼んでもらってるはずなんだけど……来ないな。やっぱり俺、医務室まで運ぶよ」

「わたしも、ついてく」

「分かった」


 空色の髪の少年が意識のない栗毛くんを背負う。消すね、と私に目で合図してから、ウィスティが結界にむかってさりげなく手をかざした。ウィスティの魔力が、ふっと感じられなくなる。


 空いた空間に姿を現した吸魂具は、警備用魔道具だった。

 前世でお世話になった円形お掃除ロボットそっくりな、警備用魔道具。学院内を移動しながら、学院内の出来事を記録し、トラブルが起こればすぐに教員を呼び出す機能を持つセキュリティ管理の魔道具だ。


 その上面に、ブラックホールのような穴が一つ。この穴こそが、吸魂具の証で魂を吸い込む『口』だ。ちなみに、吸魂具の本体は側面に取り付けてある小さな銀色の器具。


 悠長にしている暇はない。私だって、うかうかしていたら吸魂されかねないからだ。


 吸魂具を壊すには、元の魔道具を壊す必要がある。

 私は、手の中で魔力を固めた。短剣の形に『実体化』させる。鋼より固い、魔力の塊。大きく振りかぶる。『口』の、ど真ん中めがけて振り下ろした。ヒュッと風の音を鳴らして、突き刺さる──バチバチバチッ。派手な音。『実体化』の剣が、弾け飛んだ。大きな火花が上がる。青紫色、黄土色の光がひらめいた。とっさに自分を守る結界を張る。


 ──なにこれ。

 息を飲んだ。

 『実体化』魔術が爆発しただなんて。


 そっとふれてみる。結界だ。ドーム型でない、不可視状態のもの。薄く、魔道具全体に膜を張るように張ってあって気づかなかった。これの作用で、今、魔力が安定した状態の『実体化』の剣が不安定になって爆発したのだ。例えるならば、超高温の油でできた膜に、水でできた剣を突き刺したかのような。


 手で触れても何の害もないけれど、別の魔力には過剰反応するような魔術のようだ。

 無理矢理魔力をねじ込めば、どれほど大きな爆発が起きることか。


 こうなったら、物理的に結界を踏み破るしかないか。


 さっと辺りを見回す。スペースは十分にあった。吸魂具から十歩ほど距離を取る。


 足裏に魔力を流し込む。足裏の皮膚を変質させ、硬化する。足の筋肉にも魔力を循環させる。筋肉が強化されて脚がジン、と熱を持った。


 ──一、二、三、四、五!

 地面を強く蹴る。体が舞う。高く、もっと高く。空気を魔力で操る。風で体を支え、もっと上まで。


 眼下、魔道具の位置を確認する。

 ──ここだ。


 一気に魔道具の黒い穴へ、一直線に急降下する。

 重力に加え、風による加速。激しい風圧。バタバタと、制服のスカートが激しくはためく。

 足裏が魔道具の上面にのめり込んだ。張られた結界を突き破り、魔道具ごと『口』を潰して破壊する。感じたことの無い(いびつ)な魔力が(ふく)れ上がる。風船が割れるみたいに、破裂した。放出される異様な魔力。それが空気中に広がるより早く、自分の魔力を広げて全て覆ってしまう。みるみる(いびつ)な魔力の気配が薄くなっていく。


 (いびつ)な魔力が完全に消えたのを確認し、私はほっとして魔道具から足をはずした。

 さっきまでの『口』は、跡形もなく消えている。銀色の器具も同様に。

 残っていれば研究できたかもしれないのに、どのような仕組みにしてあるのか、破壊したらすぐに消えてしまうのだ。


 残った警備用魔道具は、上面が派手にひしゃげている。小さく、パチパチと魔力の残骸が漏れていた。


「──え、なに、いまの」

「見た? 飛んだよね、壊したよね、どう考えても」


 不意に耳に入ってきたざわめきに、はっと我に返る。

 慌てて周りを見回すと、辺りは生徒の壁。さっきと比べ物にならないほどの人数だ。いつの間にこんなに増えたのか。全員から注目されている状態に、さーっと血の気が引いた。


 目の前の、完全に故障した警備用魔道具。その上面はひしゃげているが、吸魂具だった証は跡形もない。

 つまり、私はただただ学院の備品をぶっ壊したようにしか見えないということ。

 目撃者、多数。


 まずい、まずいまずいまずい。

 マークス先生はまだか。辺りを見回す。そもそも教員が見当たらない。


 生徒の壁が割れて、誰かが歩いて来た。

 もしや、と期待したのも束の間だった。


「君、随分な目立ちたがりだねぇ」


 そこにいるのは、同じクラスの彼で。

 蜂蜜色の瞳を細めて、思考のかけらも読めない笑顔で彼は問う。


「なにやら騒がしいとは思ったけど──モーガンス。これは一体、どういうことなのかな」


 ニコニコと音が聞こえてきそうな、でもこれっぽっちも嬉しそうでないその笑みに、途方もない威圧感を感じて、私は思わず一歩退いた。


「言い訳があるなら聞くよ? まあ、たとえ納得しても、見逃してあげるかは別だけど」


 私達を中心に円を作る生徒達による壁、無遠慮に突き刺さる好奇の視線、やまないざわめき。

 背を、冷たい何かが伝うのを感じる。


「何も言わないの? 僕、さっきこの目ではっきり見たんだけどなぁ。君がかっこよく跳躍して、これに空中から飛び蹴りをかますところ」


 そう言って、リュメルは物体の前にしゃがみ込み、どこか色気を感じさせる手つきで、壊れた魔道具を撫でた。


「まさか──知らないなんて言わないよね? これが学校の備品だってこと」


 舐め上げるような目線。私は、ごくりと唾を飲み込んだ。

 目の前の男の真似をして笑みを浮かべてみるけれど、顔が引きつっているのが自分でも分かる。


「……ちょっと、ストレス発散に、運動でもしようかと。跳んでいたら、たまたま、着地点にこれがあって」


 発した声は震えていなかった。それに、少しだけ安堵する。


「……それ、本気で言っているの?」


 片眉を上げ、呆れたような苛立ったような、どちらともとれる声色で、リュメルが言う。

 私はぎゅっと手を握りしめた。


 分かっている。今のは流石にない。無理にも程がある、と自分でも思った。


 でも、言い訳のしようがないのだ。本当のことを言いたくても、それだけは許されない。


 ──何か、なんでもいいから、なにか。

 頼むから、このピンチを切り抜けられる、何かが欲しい。


この世界の魔道具はほぼ全部家電のように考えてくれたらいいと思います。ちなみに「警備用魔道具」は長いので、作者は警魔けいまと略しています。(作中での正式な略し方ではありません)

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