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五十五話 上の空

「──魔力というのは魂が作り出すものです。よって、あなたがたの魔力量は、あなたがたの魂の魔力生成能力に依存します。その能力の高さは例外もありますが、通常は遺伝的なものです」


 いつものように静かな教室に、教師の声が響く。半分以上聞き流しながら、今日の内容は珍しく、ダチュラに教えてもらった話だと思い返した。


「しかし、魔力がある人と無い人がいますが、魔力を持たない人も、当たり前ながら魂があります。そして、そういう人の魂に魔力を作り出す機能がそもそも無いのかというと、そうではありません。なぜならば、魂が作り出すものは、元は魔力では無いからです」


 学院の教師は皆、回りくどい言い回しが好きだと思う。国治隊で様々なことを学んだ際も、学院でものを学んだ人達が教えてくれるわけだから、なんとなく分かりづらいなと思っていた。


「魂が作り出すものが何かと言うと、自衛のための結界のようなものです。魂は非常に繊細で、外気に触れるとたちまち壊れてしまいますからね。この結界のようなものが魔力のもととなるものであり、これを核殻かっかくと呼びます。魂の魔力生成能力とはつまり、核殻の生成能力なのです。しかし核殻の生成能力においては、魔力同様高ければ良いというものでもありません。なぜなら核殻を余分に作りすぎると、魂は鎧を着込むようなものですから、身動きが取りづらくなります。そこで、余分に作ってしまった分の核殻を、少し形を変えて自由自在に動かすことが出来る力として、私たちは体内にためているのです。この形態を、魔力と呼びます」


 つらつらと長く続く説明。

 ダチュラが教えてくれた時は、もっと簡潔で、分かりやすかった。

 魂は弱く、むき出しになると壊れてしまう。だから自衛のために核殻をつくり出し、魂を守る働きをするのに余った分を、魔力として使うようになった。

 それだけの説明で済む話だ。


「魔力切れと、魔力欠という言葉がありますね。似ていますが、意味は違います。魔力切れとは、魔力として使える分が無くなってしまうこと。魔力欠は、核殻までをも魔力として使い込んでしまうことです。それをしてしまうと、魂を守るものが無くなり、最悪死に至ります。そもそも魔力を持たない人もいるのに、魔力を使いすぎてしまうと危険なのは、このような理由からです」


 今思うと、私の知識の中でダチュラから教えてもらったことなんて、割合で言うと本当に僅かなものだ。

 魂と魔力の関係。魔力の扱い方。魔術のしくみと、魔術を扱うのに必要な世の理についての知識。

 あとは、体術剣術、戦い方、生き延び方。

 ダチュラに教えてもらったことは当たり前だけれど裏社会で生きるために必要なことに特化していて、事ある毎に生きろと、何としてでも生き延びろと言ってきた。私だけじゃない、ルゥーやウィスティにも、何度も何度も言っていた。

 今思うと、不思議な話だ。

 ダチュラは強かった。けれど、必死に生きようとしていたかと言うと、そんな感じはしなかった。ただ流されるままに、飄々と何事もすり抜けるように生きていた。

 どんなことにも熱中したそぶりは見せなかったし、感情を露わにすることもほとんど無かった。そんな彼が、生きろと子供たちに熱心に説くことは、彼らしさと大きく乖離する事だったのだ。


 ──あの人は何を見て育って、どんなことを考えていたのだろう。あの人にとって、本当に大切なものはなんだったのだろう。


 ぼーっとそんなことを考えていたら、授業が終わったことにも気づかなかった。

 はっと我に返れば、私の席の前に立ったヴィクトリアが、私の目の前で手を振っている。


「……どうしたの、ヴィクトリア」

「あーっ、やっと気づいた! リラ、どうしたの? ボケっとして。最近多いじゃない」


 ふわりと、肩までの癖のある深緑の髪が揺れる。

 それを何となく眺めながら、私は小さく笑みを浮かべて見せた。


「そう? 気のせいじゃない?」

「気のせいじゃないわよ! 昨日だって、あたしが話しかけてもしばらく応答してくれなかったもの」


 気遣わしげにヴィクトリアは眉を寄せ、蜜柑色の瞳でじっと見つめてくる。そして、少し声を抑えて言った。


「正直ね、リラ、あなた魔術決闘が終わったあとくらいから、なんだか変よ。ずーっと上の空じゃない。何か悩み事でもあるの? あたしで良かったら、相談に乗るわよ」


 ほら、言ってごらん、と耳を出して内緒話をするかのように寄せてくるヴィクトリア。その気遣いを素直に嬉しく思いながら、「ほんとに大丈夫だから」と私は笑ってみせた。


「そーぉ? まあいいや。何かあったら遠慮なく言ってね。ところで、話は変わるけど」


 ヴィクトリアは仕方なさそうに肩をすくめ、話題を変えた。


「さっきの授業、リラちゃんと話聞いてた?」

「んー、どのあたりのこと?」

「最後。来週の実技の授業で、核石作りをするって」

「あっほんと? 聞いてなかった」

「やっぱり?」


 ダメじゃん、と言いたげにヴィクトリアは顔をしかめた。


「核石作りの授業の前々日から、魔力を極力使わないようにって言ってたわよ」

「分かった。その情報は助かる。ありがと」

「どういたしまして。まったく、仕方ないんだから」


 核石──ヒューロンとの戦いで消費した、宝石のようにも見える魔力の塊からできたものだ。魔力を使い切ってどうしようもない時、いざと言う時の輸血ならぬ輸魔力。一人前の魔術師ならば携帯するのは当たり前で、私も穴を開けていつも首から下げていた。

 この前使ったあとは、作り直していなかったけど。二日間ほとんど、できれば一切使わずに貯められる限りの魔力を体にため、それを全て使って小さく固める。核石作りは魔力切れギリギリまで魔力を消費するから、体力的にもなかなかきついものなのだ。

 授業とはいえ、核石作りの機会をこうして設けられたのは正直ありがたかった。


 次の授業の始まりを告げるベルが鳴る。

 ヴィクトリアが自分の席に戻っていってから、前の席のリュメルが振り向いた。


「シュヴァルツァーの言ってたことだけど」

「……聞いてたんですか」


 私とヴィクトリアが話している間、前の席で動くこともせず、なにやら静かにしていた彼。どこかに行ったりクラスの人と話したりするのが通常であるから、何をしていたのかと少し疑問に感じていたのだけれど。


「僕も、気になっていたから」


 軽く微笑んだ、何を考えているのか分からない顔。私は首を傾げた。


「何がです?」

「最近の君の様子についてだよ。僕と君って、似ていると思うのさ。だから分かる。君、何かあっても周りに相談せずに抱え込むタイプでしょ」

「……似ているって、どこがですか」


 鼻で笑ってみても、リュメルは動じなかった。似ているなんて、そんなこと知っている。だから、この人が怖いのに。


「プライドの塊みたいな所。超がつくほどの負けず嫌い、常に相手より優位でいたい性質。やられたらやり返さなければ気が済まない、やり返したことを絶対に後悔しない。人に弱みを見せる事が大嫌い、だから悩みなんて絶対に相談したくない。──どう、間違ってる?」


 確信に満ちた笑みで、リュメルは言う。

 何も間違っていないのが腹ただしい。苦く思いながら言葉を返す。


「……だったら、なんだって言うんです」

「残念ながら、月並みなことしか言えないんだけど。悩みを人に話すと気が楽になるとはよく言うけど、それだけじゃないでしょ? 自分が何に迷っているのかとか、それを解決する方法とかを一から見直せる。情報の整理をし直すだけで見えなかったものが見えたり、考え方が変わったりする。だから、恥を忍んででも誰かに相談することをおすすめするよ」

「恥を忍んでって……」

「そこ? ああ、相談するのが別に恥じゃないと言うのなら尚更さ。シュヴァルツァーにでも、君のルームメイトでも、誰でもいいから相談してみなよ。僕だって、君相手なら喜んで話を聞くよ」


 相談。悩み。別に、悩んでいることなんてない、けど。

 最近、つい考えてしまうこと。ダチュラのこと。その理由は、明らかだった。


「悩み、という程のことはないんです、本当に。ただ、ずっと気にかかっていることがあるだけで」


 つい、ぽろりと口からこぼれ落ちた。リュメルは眉を上げた。


「気にかかっていることって?」

「……」


 言葉に詰まっていると、リュメルはああ、と頷いた。


「言えないなら質問を変えようか。そのことが、気にかかるのはどうして? 何か腑に落ちないことがあるから? それとも、良くない未来が来そうだから? 何か大事なことを見落としている気がする? それか……真相が分からないから?」


 リュメルは、体を半分こちらに向けながら、視線は教室の前に向いていた。教師が入ってくる。すっと、蜂蜜色の双眸がこちらを向く。

 私は、目を逸らした。


「どれでもありません」

「……そう」


 それは残念、と小さく呟きながらリュメルは前を向いた。

 通常通り、授業が進められていく。

 ──真相が分からないこと。そう言ったリュメルの言葉が、頭の中でこだましていた。


 *


「……いい加減、白状すれば?」

「白状って、何を。なんも悪いことしてないんだけど」

「してる。なにも言ってくれないくせに、ちゃんと隠しもできてなくて、心配かけてる」

「……」


 夜、本日三回目、私への上の空指摘。最後を飾ったウィスティに、私ははぁとため息をついた。

 そんなにぼんやりしてただろうか。いや、してたんだな。

 こうまで言われると、どうしようもないな、という気持ちになってしまう。あのリュメルにまで誰かに相談することを勧められたのも、大きかった。

 ウィスティの良い所は、指摘が「隠しきれないなら隠すな」ってところだ。ルゥーは過干渉なきらいがあるから、私もウィスティ相手の方が、気楽に素直な気持ちを話せるというのが正直な話。


「……リュメルに言われたの。気がかりなことがあったとして、それが気にかかるのは何故なのかってさ」

「……その、気がかりっていうのは、ヒューロンが言っていたこと?」

「そ、私が行方不明の公爵令嬢……アイオラ・エーレンベルクである説」


 ありえない、絶対にただのでたらめだと自分に言い聞かせて、そう思い込もうとした。けれど、実際の所、本当かもしれないと思っている自分がいる。だから、こんなにもずっと考えてしまっている。認めるしかなかった。

 だって、火のない所に煙は立たない。違ったとして、私がアイオラだと裏社会で噂になる原因のようなものはあったのだろう。


「結局さ、否定したいのに否定しきれないの。だって、可能性はゼロじゃないから」


 何か腑に落ちないことがあるから。良くない未来が来そうだから。何か大事なことを見落としている気がするから。真相が分からないから。

 何故気がかりなのかが分かれば、その解決法は自ずと出てくる。

 腑に落ちないのなら、何故、何がどう納得できないのか。嫌な未来が訪れる気がするなら、何がそう思わせるのか、どのように対処すればいいのか。見落としている大事なことは何なのか。

 解決できないことだってある。でも自分の不安の原因を見つけられるだけですっきりすることはある。そういう意味での、リュメルの質問。

 どれでもないなんて答えは嘘だ。


「本当である可能性があるから、考えちゃう。つまり、真相が分からないから気にかかってるってことでしょ。それなら真相を知ってしまえばいい。簡単な話なんだよ。だって、魔力鑑定をすれば一瞬で分かるし」


 解決策を考える建設的な質問だった。だから嘘をついた。


「でも、もし魔力鑑定をして、本当に私がアイオラだったら、どうしたらいいの?」


 ありもしない話だ。そのはずだった。なのに、それが真実であるかもしれない。

 もしそうなら、そんなものは知りたくない。解決なんてしたくない。


 分かっている、ただの逃げだ。


 ウィスティはしばらく黙っていた。

 けれど、やっぱり分からない、という風に首を傾げる。


「それで──ライラはどうして、公爵令嬢であることを、恐れてるの」


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