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五十四話 隠し事

「──はい、その通りです」


 なるべく平淡な声に聞こえるよう神経を使って返した答えに、リュメルはなんの反応も示さなかった。当たり前だ、質問ではなく確認なのだから。けれど、ここからの話は違う。

 これは、ムスタウアや吸魂具とは一切関係の無い、私の個人的な事情だ。だからリュメルに教える必要は微塵も無いし、おそらくリュメルだってそれは分かっているのだろうと思う。

 要は、私がどれだけ彼に心を開くかの問題で。


「ライラックは……私のコードネームです。ヒューロンが言うところには、裏社会ではかなり名が知れていたらしいですね。私自身は、そんなこと知りませんでしたが」


 裏社会で生きていた過去。私が元々犯罪組織に所属する暗殺者であって、実際に何人も殺してきたのは紛れもない事実だ。

 普通に社会に出ては行けない経歴を持つからこそ、普通ならばまだ大人の保護を受けられるはずの年齢で、国治隊に所属しているのだ。

 そんな、普通の人なら白い目で見るであろう事実を、リュメルになら伝えてもいいと思ったのは、相当絆されているのか──それとも、どんな反応をするのか見たいだけなのか。

 リュメルは、瞬きもせず私の顔を見つめていた。


「コードネーム……というのは、裏社会の組織のもの?」

「ええ、そうです。もっと言うならば──」


 ぎゅっと、手をにぎりしめる。


「アイーマのものです」


 一瞬、間があった。


「……アイーマ?」

「そうです。あの元巨大犯罪組織、アイーマです。物心ついた時から、私はアイーマに所属していました」


 なんとなくリュメルの顔を見たくなくて、目を伏せる。

 単なる裏社会に住まうものと、アイーマでは、持つ印象が全く違う。それほどに、アイーマは巨大であり、国民中から『悪』であると認識され恐れられていた。

 ただの同級生であると思っていた私が、その『悪』を壊滅させたヒーローであるはずのアイオライトの魔術師自身が、元々その『悪』の一部であったと知るのは、どんな気分だろうか。

 リュメルの反応が見たい。でも、見たくない。


「でも、アイーマって……アイオライトの魔術師が、君が壊滅に追い込んだんだよね?」

「そうです」

「つまり……古巣を裏切って、壊滅させたということ?」

「その通りです」

「……そう、なんだ……」


 流石に予想外だったらしく、リュメルが絶句しているのが伺えた。


「それは──」


 少しの沈黙の後、リュメルはぽつりと零す。


「──大変だったんだろうね。僕には想像が出来ないほど」


 予想もしない言葉に思わず顔を上げると、静かな蜂蜜色の瞳と目が合った。


「……貴方の前に今座っているのは犯罪者なんですよ。軽蔑したり、しないんですか」


 つい、問いかけてしまう。だって、普通そう簡単に受け入れることのできる話じゃない。アイーマ壊滅に大きく貢献したとはいえ、数々の犯罪行為に加担し、人を殺した過去は消えることがないのに。


「アイーマにいたのは物心ついた時からって言ったよね。幼少期の周囲の環境がその人の人格にどれほど影響を及ぼすかは、結構知っている方だと思うよ」


 なのに、リュメルはなんてことないように言う。


「犯罪が当たり前の世界しか知らない場所で育って、その異常さに気づき、現在は真っ当に生きている。軽蔑するところなんてどこにも無いさ。むしろ、立派だと思う」


 その瞳は真剣で、負の感情は見受けられない。

 それだけの事にほっと息を吐いてから、自分が今まで息を止めていたことに気がついた。


「第一、犯罪者であろうがなんだろうが、僕がアイオライトの魔術師がすごいと思うのは、その独創性と技術力だよ。君じゃなきゃ、誰が他人の魔力まで操ろうなんて考えつくんだ。思いついたとて、相当な力量がなきゃ出来ないでしょ? いくら周りの環境があったって、今の君の技術は君自身の努力の賜物。尊敬するのに十分な理由さ」


 リュメルらしい台詞に、ふ、と息を漏らす。


「……そう、言って貰えて嬉しいです。流石の魔術狂いですね」

「ちょっと、なにその失礼な呼び名」

「褒めてるんですよ」

「どこが──」


 私の顔を見たリュメルは、不自然に言葉を途切らす。あぁもう、と呻くような声を出しながら、乱雑に自分の髪を掻き回した。


「そんな顔されちゃ、何も言えないじゃないか」


 ……私が、一体どんな顔をしているというのか。つい顔に手をやるけれど、触ったところで自分の表情なんて分かりやしない。

 そんな私を見て、リュメルは仕方なさそうに、でも何となく嬉しそうに肩をすくめた。


「まあいいや。話を変えるけど、君ってムスタウアを捕まえるためにここに来たわけでしょ。ヒューロン・ファインツを捕まえたってことは、もう居なくなるの?」

「いえ、実はヒューロンの他にもまだムスタウアの組織員が学院に潜入していると考えているので、その者を捕まえるまではこの学院にいる予定です」

「それが誰なのか、見当はついているの?」

「いえ、まだです」


 首を横に振ってみせる。

 ヒューロン・ファインツは大会後、すぐさま国治隊本部へと送られた。

 私との戦いで負った傷をある程度治療した後で尋問を受けたらしいが、自白剤を服用させられたにもかかわらず、私が戦いの後で聞いた以上の情報は出てこなかったらしい。しかし、忘却魔術をかけられている形跡もなく。

 もしかすると、そもそもヒューロンは知らなかったのかも──なんて、そんなことが果たして有り得るのだろうか。

 思い返すのは、特殊な結界が貼られた吸魂具。私が編入した日の件はアイセルが関わっていたが、それ以前の件でも、吸魂具自体に使われている魔力と結界の魔力は別物だったと、理事長先生が言っていた。吸魂具を作った一人と、それを設置した一人、最低でも二人。正体を知られずに吸魂具の受け渡しをしたり、様々な連絡を交わしたりすることは可能なのだろうか。

 もしそれが可能でないとして、忘却魔術とは違う、痕跡の残らない記憶の消し方など存在するのか。

 分からないことがあまりにも多く、結果としてヒューロンの取り調べは対して実りのないまま終わってしまった。


「そっか……よかった」

「──え? 今何か言いました?」


 リュメルがぼそりと呟いた言葉で我に返る。


「あ……いや、なんでも。もしもういなくなるんだとしたら、張り合いが無くなるなと思ってたからさ」

「私に学院にいて欲しいんですか?」


 からかうように言ってみる。そんなんじゃないよ、と顔をしかめるかと思ったのだけれど。一瞬動きを止めたリュメルは、居心地悪そうに目を逸らし、「そうだよ。悪い?」と返した。

 予想外の返答。思わず私も一瞬言葉に詰まる。考えること、一秒未満。


「え……素直すぎて気持ち悪いです」


 今度こそ、リュメルは思い切り顔をしかめた。


「ねぇモーガンス、君そういう所だよ! 僕だって自分が柄にもないこと言ってるって分かってるんだからさぁ」

「こういう所がなんです?」


 きょとんと首を傾げてみせれば、はぁー、と大袈裟にリュメルがため息をつく。茶化す私にムッとしているのには気づかない振りをした。

 そうだ。これでいい。真面目で素直な空気なんて、リュメルと私の間には似合わない。


「……仕方ないから、今は流されてあげるよ」


 呆れた口調でリュメルが言った。恨めしげな表情を笑顔で受け流していた私は、次のリュメルの言葉でぴしりと固まった。


「──行方不明の公爵令嬢」


 ──もう、話は終わるかと思ったのに。

 欠片も話題に掠らずここまで来たから、リュメルももう忘れているか、なんとなく私が触れたくないことを察しているかと思っていた。

 あからさまな反応を示してしまった私の顔をリュメルはちらりと見て、言葉を続けた。


「ヒューロン・ファインツが言っていたことだけどさ。君が行方不明の令嬢かもしれないって話」


 反応を示すことなんて、無い。だってあの話が事実なはずが無いのだから。そう思っていても、身構えてしまうのはどうしてだろうか。

 第一、リュメルに聞かないでと頼んだ理由はこの話題が大きいのに、なぜ敢えて聞いてくるのか。

 こんなにも、反応してしまっているのに。リュメルなら察してくれそうなものなのに。


「この国には公爵家が二つしかなくて、アウエンミュラー公爵家には跡継ぎの子供がいないから養子をとっているし、エーレンベルク公爵家にも令嬢はいないと記憶しているから、にわかには信じ難いんだけど」


 わざとらしくリュメルが首を傾げたから、ようやく理解した。この人、分かっててわざと聞いているんだ。

 すっと心が冷えた。


「全部デタラメです。流石に公爵家にご令嬢がいたら私でも知っています。もし仮にそんな存在がいたとしても、私とは全く関係ありません」


 ニコリと、わざとらしく笑みで返す。

 何を馬鹿みたいにやり合ってるんだろう私達。同じことを思ったのか、はたまた私からの圧を感じたのか、リュメルが肩を竦めて「ごめん」と呟いた。


「そういう事にしておくよ。別に、僕だって君のプライベートまで根掘り葉掘り聞きたいわけじゃない。けど、ちょっとした意趣返しだよ。君って、ちょっと踏み込むとすぐ逃げるから」


 流石に、言葉に詰まってしまった。


「……いずれ居なくなるんですよ。踏み込んだところで、得られるものなんてありませんよ」


 リュメルは何も言わずに小さく笑った。


「分かった。じゃあこの辺りで切り上げようかな。いろいろ教えてくれてありがとうね、モーガンス」


 リュメルが立ち上がったのに合わせて、私も席を立つ。同時に、部屋に張っていた防音の結界を解いた。


「いえ、納得頂けたのならよかったです」


 一礼して、部屋を出る。

 決闘大会前から感じていた、リュメルとの距離感の変化。

 近づきすぎるべきじゃないと、直感が言う。

 リュメルが、私に近づきたがっているのは分かっている。油断したらきっと引き込まれてしまう。だって彼は、天性の人たらしだから。

 私が部屋を出たのに続いてリュメルが部屋の扉を開けた音は聞こえたけれど、振り返ることはしなかった。


作者はタイトルセンス皆無につき、いつもタイトルで悩むのですが、今回は本当に決まらず、「素直 (リュメルが)」という案に決まりかけました(流石にやめましたが)。

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