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五話 魔力干渉

23/2/10 マークス先生の言動中心に加筆・修正しました。

 カランコロン、と三限目の授業の終わりを告げるベルが、廊下を通っていく。

 教師が授業終了を告げて教室から出ていくのを横目で見ながら、私は小さく伸びをした。

 一日の授業数は四つ、今日は残り一つだけ──魔術実技の授業だ。


『魔術学院で学ぶのは基本的な魔術操作から始まり、多方面に渡る様々な魔術の利用の仕方。あとはオノラブル王国と魔術の歴史とか魔術の原理とか、そういうことくらいだろうか。何にしろ、君にはもう今更な内容だろうけどね』

 とは義父ギードの言葉で、実は確かに私にはあまり授業を聞く意味が無い。


 というのは、アイーマで魔術は徹底的に鍛え上げられたし、その他学院で習うようなことはすべて国治隊に入隊する際に叩き込まれたから。


 魔術とは自分の魂が作り出す魔力を動かし操って、物を操ったり変化させたりする、その操作技術のことだ。

 魔力を操るのにはコツがいるが、慣れれば慣れるほど自由自在に使うことができる。物心ついた時から魔術を鍛え上げられてきた私にとって、それは息をするくらいにたやすいものだった。


 ちなみに、魔力を幼い頃から使うのは体への負担が大きいから、原則子供の魔術使用は十歳以上と法律で定まっている。なんなら、一部の上流階級貴族を除く大半の魔力持ちは、十二から十三歳で魔術学院に入って始めて魔術を習う。

 つまりはまあ、流石アイーマは犯罪組織なだけあったな、という話だ。


 とにかくそんなものだから、学院の魔術教育で私が新たに得られるものは、ほぼ無いに等しい。

 オノラブル国立魔術学院はその名の通り魔力保持者達のみのための学校で、それはつまり将来的に国のトップに君臨する者達を育成する所だということだ。だから、授業は魔術関連の事や、国の今後の事についての授業のみに絞られている。

 ちなみに数学やら国語やらは、学院入学までに皆が習っているのが前提だ。貴族は家庭教師に、平民は各地域にある普通の学校に行くのが一般的。

 まあ私は行っていないけど。その辺りも国治隊に入ってからスパルタで教育されましたよ、ええ。


「授業始めるぞー。お前らみんな席に着けー」


 再び、授業開始のベルが廊下で鳴り響くと同時に、教室に入って来た魔術実技授業の教師が、やる気のない間延びした声で告げる。

 私は頬杖をつきながら、見覚えのあるその顔をじっと眺めた。


 美しい顔立ちに、なんだか眠そうな眼差し。瞳は濃い柿色で、少し長めの白銀の髪は右耳の後ろで緩く結えられている。


 ───マークス・メランヒトン。朱眼姫(シュガヒメ)の中で主人公の良き相談役になってくれる大人。

 実技授業担当の教師である彼は、伯爵家の生まれであるが誰に対してものんびりぼんやりしている変わり者で、焦った姿を見せることは滅多にない。しかしその実力は折り紙つきで、学院中の生徒及び教師から一目置かれている。

 面倒ごとを嫌うくせに、なんだかんだ世話焼きというよく分からないキャラではあるけれど、困った時にはとても頼りになる人だ。


「あー……そーいやいたなぁ、編入生」


 不意に目が合い、マークス先生は少しだけ眉を上げた。


「ふぅん……あ、そーだ、前来いー、編入生」

「はい、先生」


 席を立って、前へ進みでる。

 クラス中の視線が自分に集まってくるこの感覚は、あまり好きじゃなかった。


「地方の学院出身つってたっけなぁ? 名前は」

「リラ・モーガンスです」

「モーガンス、ねぇ……。まぁいーや。俺は実技担当のマークス・メランヒトン」


 漫画を読んでいた時に想像していた以上に、この間延びした喋り方は力が抜ける。


「単刀直入に言うが、今からお前の実力を測るぞー。実技教師として、生徒の実力を把握しておく必要があるもんでねぇ」

「はい、メランヒトン先生」


 私の返事にマークス先生は軽く頷き、乱雑に置かれていた教科書類を教卓から下ろした。


 魔術操作技術力測定には色々な種類があるけれど、今ここでお手軽に測れるのは『結界破り』だろうか、と当たりをつけてみる。

 予想通り、マークス先生は教卓の上に手をかざすと、一瞬で柿色の光に包まれた、ドーム型の小さな結界を張った。


「どーいうやり方でもいーから、この結界を破ってみろー。んでできたらー、破れなくなるところまで結界の強度を上げてくからなぁ」

「分かりました」


 魔力を薄く固めたものである結界は、ある程度の魔術、物理攻撃を一切通さない。従って、結界の耐久度より強い魔力をぶつけることで、破壊できる。あるいはめちゃくちゃ重いもので物理的にぶっ潰すか。


 国治隊でもこの測定は定期的に行われる。私だって今までもう何百回とやってきたよ。主に結界張る側でだけど。

 なんせ、私に破れない結界を張れる人の方が少ないから。


 マークス先生の張った結界を観察してみる。

 魔力の色は基本的に皆違っていて、皆例外なく自分の本来の瞳の色と同じ色をしている。

 マークス先生の魔力の色である柿色の光を全面にまとうそれは、爪一枚分位の薄さだろうか。

 魔力が均一に延ばされていて、綺麗な結界だった。流石実技教師なだけある。


 そうだねぇ。

 大量の魔力をぶつけて一瞬で消し去ってみれば、もうこれ以上強い結界で試さなくてもいいのかもしれないけど。

 まあ、平均的に行こうか。


 十五か十六歳で、もう三年間以上学院で勉強してるわけでしょ? それに加えて、(リーラ)クラスなら、どのくらいの強さが平均的だろうか、と考えながら結界の前に手をかざした──その時だった。


 空気が、震えた。


 魔力が生み出す振動。


 魔力が、飛んでくる。魔術として行使する前、生身の魔力が。私に向かって。


 どこへ──頭へ。

 敵意を持った魔力を感じとり、肌が粟立つ。


 人間の頭は繊細だ。魔力をぶつけるだけで簡単に壊すことができる。


 考えるよりも先に、体が動いていた。


 魔力が飛んでくる方向を探り当てる。私自身の魔力をぶつける。

 生身の魔力は、まだ持ち主の体に繋がっていた。そこに自分の魔力を電気のように伝わせる。繋がった先の体を、自分の魔力で縛り上げた。


 魔力は、結界など特定の形にしたら、一度コントロールを外れる。けれど、まだコントロール下にある生身の魔力なら、その持ち主と繋がっている──すなわち、魔力を通して本人に干渉することが可能だ。


 国治隊、それも特殊犯罪現場出動部隊として働く以上、魔術で狙われることなんて、日常茶飯事だ。反射的にでてくるのは、身にしみついた対処法。


 ───ただしそれは、()()()()()()である時の対処法なわけで。


 イヤァァァァ、と悲鳴が上がる。


「──ガンス。モーガンス!! やめろっ!!!」


 マークス先生の怒鳴り声に、はっと我に返る。


 青髪の女子生徒が、身動きが取れず床に転がっていた。

 何が起こっているのかも分からず、ただ苦しんでいる。


 ──しまった。


 縛り上げている相手をはっきりと認識して、私はすぐさま女子生徒の拘束を解いた。

 苦しみにうめいていた彼女が、解放されてわっと泣き出す。周りの席に座る数人の女子生徒が、慌てたように駆け寄る。


 気づけば、クラス中の生徒に怯えた視線を向けられていた。

 しんと静まった異様な空気感の中、倒れた女子生徒の周りの数人だけが騒いでいる。


「クロエ様、クロエ様! 大丈夫ですか!?」

「先生! あの方は、何を考えていらっしゃるの! いきなりクロエ様に攻撃するなんて、無礼にも程がありますわ!」

「先生、あの者に罰を! クロエ様はなにもしていないのに!」

「平民の分際で(リーラ)にいらして、あまつさえ侯爵令嬢であるクロエ様のことを傷つけるなんて、許せませんわ!」


 ぱんっと、乾いた音が響いた。聞こえた方向を見ると、マークス先生が手を叩いたようだった。


「静粛に。俺はとりあえずレイヴンを医務室に連れていく。すぐに戻って来るから大人しくしておけよ」


 いつもより少し低めの声、真面目なトーンで、間伸びさせずにマークス先生が言う。あっという間に、クラス内のどよめきが静まった。

 クロエ・レイヴンというのが、青髪の女子生徒さんの名前らしい。レイヴン侯爵家……うん、知ってる。結構大きい家だ。これは完全にやらかした。

 マークス先生はレイヴンさんの元に行き、ぐったりしているレイヴンさんの体を魔術で空中に浮かべる。


「先生! あの者への処罰は!」

「だーかーらー、静粛に。全員、その場で待機な。モーガンスも、後で個別でお話しよーなー」


 言うなり、さっさと教室を出ていく。

 残された異様な空気感は、完全に私がやらかしたことを表していた。ただ突っ立っているのは居心地が悪く、席に戻る。

 何も言われることはなかったが、皆が皆、私の方を見ていた。



 ***



「モーガンス……お前が使ったの、『魔力干渉』だろぉ」


 放課後、マークス先生に魔術教室準備室へと呼び出された。

 マークス先生は足を組んで、椅子にだるっと背を預けている。

 面倒そうに顔をしかめているのが、どういう反応なのか正直よく分からない。とりあえず、頭を下げてみる。


「レイヴンさんが私に向かって魔力を放ってきたので、とっさに反撃してしまいました。過剰防衛だったのは分かっています、すみませんでした」


 元々個人的にマークス先生に接触する予定ではあったけど、危ない奴と思われるのは得策じゃない。

 厄介ごとを引き寄せる人として面倒がられるのはある程度は仕方ないけど、距離を取られるのは困るのだ。


「んー、そこじゃぁないんだよなぁ〜」


 ですよね。さすがにそうだろうなとは思った。だって。


「魔力干渉のことですか? これをご存知とは、さすが実技教師ですね、メランヒトン先生」


 『魔力干渉』。

 コントロールを離れる前の魔力を伝って魔力の持ち主を探り当てる、マークス先生の言う通り私が先程レイヴンさんに行使した魔術だ。

 大体の魔術は、基本レベル三段階のどれかに分けられるのだけど、その三つどれにも当てはまらない、「規格外」と呼ばれることもあるほどの高難易度。

 世に知られ始めたのは四年前とわりと最近なのもあって、相当マニアックだし、実際使える人も両の手の指で数えられるほどだそう。というか使い勝手が悪い・使いどころがない・めちゃくちゃ難しいの三点セットなので使えるようになる必要もない。


「ここの教師でも知ってるかどーか危うい魔術を、ただの生徒がなんで知ってんだぁ? つーかまず、なんで使えんの〜?」

「あは、そうですね」


 おどけて肩をすくめる。

 ()()、生き延びるために、ただの防衛本能でゼロから編み出した魔術なものでして。言わないけど。

 質問に答えない私に、マークス先生ははぁ、と諦めたような大きなため息をついた。


「……訳アリっつーことはよぉくわかった。もーなんでもいーよ、俺はさぁ……。俺の授業で問題さえ起こさなきゃ、だけどな〜」


 ああ、なんか既に悟ってるな、この先生。半目で牽制してくるような視線はつまり、分かってるって事だ。私が色々厄介ごとを持ってくるって。

 ただ言っておくとこれは私のせいではないし、申し訳ないけど先生には強制的に巻き込まれてもらう。


「問題は起こすつもりはありませんが、残念ながら問題は起きると思います」


 言いながら防音結界を張ると、マークス先生はそれに気づいて眉をひそめた。


「なん──」

「なぜなら私、吸魂具対策で来たもので」


「……は?」


 きょとんとしている先生ににっこり笑いかけて、今度こそきちんと自己紹介。


「国治隊から来ました、リラ・モーガンスです。改めて、よろしくお願いします」


 一瞬固まったマークス先生は、額に手をやり、再度大きくため息を吐いた。


「んなこと別に聞いてねぇよぉ……」


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