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五十二話 拒絶

 体の内側で、何かがぼうっと発熱するような、そんな不思議な感じがした。

 ──痛い。しかも、熱い。

 けれど、それは無限に痛み付けられるような、そんな痛みではなくて。どこかムズムズするような痒みが湧き上がる。

 我慢できなくて飛び起きると、こちらを見下ろす虹色の瞳(オパール・プピレ)と目が合った。


「目が覚めたかい」

「……クーア先生?」


 学院の治癒師、クーア先生だ。彼女は私の額に手を当て、ぽんと押した。あっと思う間もなく寝ていたベッドに上体が倒された。見慣れない医務室の白い天井をぼけっと眺めていると、クーア先生がぐっと顔を近づけてきて、目をのぞきこまれる。


「治療をしていたのさ。脇腹の傷と肋骨の骨折は治した。あとは首だね。他にも細かい擦り傷や切り傷はあるようだけど」

「……血が出ていないところは、放置していただいて大丈夫です」

「そうかね」


 クーア先生が手をかざした先から、虹色に輝く光が溢れ出る。首の出血していたところに不思議な熱を感じた。

 怪我の痛みが徐々に和らいで、熱と一緒に掻きむしりたいような痒みが訪れる。それが引いたら、同時に感じていた熱もふっと消えうせた。

 同じように、手足のあちこちにある刃物がかすってできた切り傷が、みるみる塞がっていく。

 治癒師──虹色の瞳(オパール・プピレ)を持つ人達の魔力は、普通の人のそれと違って、時と空間に干渉することができる。傷周りの時間の進みだけを早めることで、瞬く間に傷を治すのだ。

 もちろん自由自在に時を操れる訳では無いから、死者の蘇生など不可能なこともある。とはいえ、治癒師たちの持つこの力は紛れもない奇跡なのだと、いつもその力が使われる場面を見る度に思うのだ。


「他に痛いところはないかい?」

「大丈夫です。ありがとうございます」


 身を起こして、寝ていたベッドから降りようとすると、クーア先生に止められた。


「もう少し休んでいきな。あんた、ここに運び込まれてからまだ二十分程度しか経っていないんだから。吸魂もされかけたんだってね。魂が体から切り離され始める直前まで行っていたみたいで、今、あんたの魂は不安定な状態だ。しばらくは魔術の使用も控えて、安静にしておくことだね。けれどその前にもう一度眠りな」

「っ、でも……」


 後処理とか、色々しないといけないことはあるし。大会が結局どうなるのか、ヒューロンの様子や今日の出来事の数々でもたらされた被害の様子とかも気になる。

 素直にクーア先生の言葉に従うことを躊躇っていると、すーっと音を立てないように医務室の扉が開いた。


「失礼、こちらに第四学年のリラ・モーガンスはいますか」


 小さな声で言ったその人に、私は片手を上げて呼びかけた。


「ルゥー」

「ようリラ」


 一瞬医務室内をぐるりと見回してから、ルゥーは私のいる方へすたすたと歩み寄ってくる。


「調子はどうだ」


 そう尋ねながら、ルゥーはチラリと私のそばに立っているクーア先生に目をやった。先生は知っている、という意を込めて小さく頷いてみせる。


「まあ、大丈夫」

「落ち着いてはいるが、まだまだ安静が必要だよ。吸魂されかけたんだ。もしこの子を連れていくつもりなら、やめておきな」


 クーア先生の口出しに、ルゥーは人の良い笑みを浮かべてみせた。


「少しだけ話をするだけです。こいつが動かないといけないような仕事はもう無いので。すみません、少しだけ内密の話をしたいので、二人きりにしていただいてもよろしいですか?」


 クーア先生は無言でルゥーの顔を少し見つめた後、私達から離れた。

 医務室の中にはまだいくつかベッドが並んでおり、生徒が寝ている。クーア先生は手を掲げるように揚げ、その瞬間私のいるベッドの周りを個室にするようにカーテンが囲んだ。そこへ更に、ルゥーが防音のための結界を張る。


「まずは、ヒューロン・ファインツの捕獲、ご苦労様。ヒューロンは怪我の治療後、国治隊本部へと護送された。彼が大体何があったのかを説明……というか、自白してきた。概ね嘘を述べているような感じではなかったから、大体の事情は把握している。だから、正式に後で書いてもらう報告書以外に、お前にすることはない。だから、今はとにかくゆっくり休め」


 ルゥーが、淡々とした口調で説明する。その態度と表情が、いつもよりもやや固い気がして、なにかあったのかと不安になった。


「大会は? どうなった? 吸魂具のこと、かなり広まっちゃったんじゃないの」

「大会は、午後の試合は中止になった。が、日程は未定だが後日きちんと開催するらしい。吸魂具はノータッチだ。何人か知ってしまった人は口止めを受け、何が何でも隠匿するつもりらしい」

「……まじか」


 私、生徒何人かに言っちゃったんだよな、吸魂具のこと。どうせみんな知ることになることだろうと思って隠さなかったのだけれど、どうやら判断を間違えたらしい。

 私の顔を見て、ルゥーは私の考えていることに気づいたのだろう。安心させるように、頭を撫でられる。


「大丈夫。今日の状況では隠し通すのは難しかった。あんま気にすんなよ」

「うん。……てかそうだ、吸魂具といえば」


 ポケットの中に手を突っ込む。魔信具とは別に、手に硬いものが当たった。取り出して、ルゥーに差し出す。


「吸魂具。取り付ける前の、回収した」

「うっわ、本当か! それはよくやった! 一般生徒に結構流出してたらしいから探してたんだが、見つかんなかったんだよ」


 ぱっと顔を明るくして、ルゥーは大事そうに吸魂具の本体である銀色の器具を受け取った。

 少しの間それを見つめていたが、不意にその表情がわずかに暗くなる。さっきと同じ、どこか緊張したような、固い表情。その変化の理由がわからなくて戸惑っていると、ルゥーは一瞬躊躇った後、口を開いた。


「ライラ──他に、言うことは無いか」

「……何を?」


 一瞬、脳裏にちらっと記憶の中のダチュラの顔がよぎった。ゆっくりと一度瞬きをして頭からそれを追い払う。代わりに少しだけ眉を上げ、首を傾げてキョトンとした表情をつくる。自然な表情となるよう、殊更意識して。

 私の反応を見たルゥーは小さくため息をつき、続けた。


「お前──ライラックは、アイオラ・エーレンベルクかもしれないんだってな」


 ごくりと、唾を飲み込んだ。この場面で笑顔なんて、不自然だ。分かっているけど、他にどうしようもなくて、口角を上げて目を細める。


「ウィスティから聞いたんだ?」


 それは、自分が思っていた以上に低い声だった。本当に怒っているような。別に怒ったわけじゃなく、動揺を隠そうと思っただけなのにな。

 ウィスティが、私に断ることなく勝手にそれをルゥーに伝えていた。……いや、それは仕方ないか。私がウィスティだったら、きっと同じことをする。けど、でも、ああ、だから聞かれたくなかったのに。

 私から視線を外さずに、ひどく真面目な顔をして、ルゥーは頷いた。


「ウィスティを責めんなよ。俺は、ウィスティが聞いててよかったと思ってんだ」

「なんで」

「だって、お前、そうじゃなきゃ隠すだろ。そんで、全部自分で抱え込むんだ。いつかみたいにな」

「いつかってなんの話?」


 心当たりが無いわけではなかった。ルゥーが言っているのはきっと四年前、私が前世の記憶を思い出した辺りのことだ。でももうそんな話、蒸し返さないでくれないかな。

 顔に張りつけた笑みが、剥がれ落ちそうだ。


「別に、抱え込みなんてしないよ、ちゃんと報告する」

「お前の報告は、不安やら葛藤やら悩みやらを全部飲み込んで、一人で消化したあとでする事後報告なんだよ」


 強い口調で、ルゥーは言った。苛立ちを含んだような、そんな物言いだ。


「俺達に心配もかけさせず、一人で全部何とかしようとする。そういうの、やめろよ。お前の問題は、俺たちの問題でもある。関わらせろよ。弱音も全部聞かせろ。一緒に悩ませろ。せめて、心配くらいさせてくれよ」


 笑顔を保ってられなくて、私は顔を逸らした。お願いだから、そこで止まって欲しい。これ以上踏み込まれたら、私の中の何かが崩壊しそうだ。


「分かったけど……ちょっと待ってよ。まだ自分でも、受け止めきれてないんだからさ」

「だからその受け止める工程に、俺らも関わらせろって言ってんだ!」

「やだよ!!」


 売り言葉に買い言葉ではないけれど、思わず口調を荒らげてしまっていた。

 あからさまな拒絶の言葉を吐いてしまったことに気づいて焦る。

 幸いなことに、ルゥーは傷ついた顔はしていなかった。けれど、真剣な顔をして、言い募る。


「俺もウィスティも、怒ってるんだからな。お前のその悪癖に」

「……分かったよ。ごめん、疲れてるからもうちょっと寝たい」


 遠回しに出て行けと伝えて、ルゥーに背を向け毛布に潜り込む。

 背後から小さくため息が聞こえて、張ってあった防音の結界が消える。ベッドから離れる足音、カーテンをずらした音。そこで足音が止まった。

 毛布にくるまって背を向けた私の耳に、控えめなルゥーの声が届く。


「今まで、お前はしてこなかったけど……魔力鑑定、したくなったらいつでも言えよ」


 ルゥーが一言クーア先生と言葉を交わすのが聞こえた後、ルゥーは医務室を出て行った。


 魔力鑑定。魔力とは受け継がれるもので、変わることの無いもの。だからこの国の国民は、生まれてすぐ戸籍登録されるときに、その人の魔力を登録する。それによって本人確認も、血の繋がった家族も分かる、所謂DNA鑑定だ。

 今まで自分を捨てたはずの本当の両親なんて知りたいと思いすらしなかったから、国治隊入隊後も受けたことがなかった。

 それをしてしまえば──全てがわかる。ヒューロンの言葉が、全部デタラメだったらいい。──けど、もし、万が一、そうじゃなかったら? 本当に、私がアイオラ・エーレンベルクだったとしたら?


 布団の中で体を丸め、ぎゅっと目を瞑る。


 今はもう、何も考えたくなかった。


これにて第二章完結となります。ここまでお読み下さりありがとうございました。もし面白いと思っていただけましたら、ブクマ、評価、感想等頂けましたら作者が大喜びします。

このあと少し更新お休みした後、番外編、そして三章に入ります。引き続きリラ達の話をよろしくお願い致します。

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