四十九話 制圧
残酷な描写あります。
戦闘シーンは雰囲気でお読みください。
殴り、殴られ、避け、避けられる。
ヒューロンの手が伸びてくる。私の髪を目掛けて伸ばされるそれの関節目掛けて、手刀を放つ。骨が折れたような感触。
その瞬間、視界の端できらりと何かが光った。顔を僅かに傾けると、ナイフが顔スレスレに通っていく。ぱらりと、数本の髪が切られて地面に舞い落ちていっていった。
下から腹を突き上げるように迫り来るヒューロンの膝。自身の腹と彼の膝の間の空気を咄嗟に爆発的に膨らませる。その勢いで、体が後方に弾き飛ばされた。ズサっと膝をついて着地する。今、腹にアレの直撃を喰らうよりはマシ。
息をする間も無く目の前にヒューロンが迫っていた。手に握られた数本のナイフが目に入る。確実に急所を狙って振り下ろされるそれに、素早くダガーを実体化して応戦する。
激しい戦いをヒューロンと繰り広げながら、私は吸魂具へと伸ばした二本の魔力にぐっと力を込めた。
圧倒的な力で封じ込めるように、魔力を結界にねじ込んでいく。パチパチと魔力が弾き消されるような感触を上塗りするように、ただ力強く。ぷつ、と柔らかく、でも弾力がある膜を貫通するような感触がして、再びドゴォォォン!! と轟音が後方二箇所から同時に響いた。
ちらりと後ろを見やれば、吸魂具があったところが二つ、火の山になっている。
あと十三個。
また別の二つの吸魂具に向けて魔力を放ったのに気づき、ヒューロンの魔力が追いかけてくる。結界にめり込もうとする青紫色の光を弾き出すように、茶褐色の光がまとわりついて邪魔してくる。鬱陶しい。
魔力干渉で制圧してしまおうか。一瞬思考をよぎった考えを、すぐに捨てる。それじゃ魔力を消費しすぎる。吸魂具を全部壊すのに魔力が足りなくなるかもしれない。
ヒューロンのナイフを防いだついでに薙ぎ払うようにダガーを振るえば、手に肉を切り裂くような感触が伝わった。見ればヒューロンの制服の白いシャツは切り裂かれていて、じわりと赤いシミが広がっていく。魔力の操作のおかげで集中力が落ちているらしい。面倒だけれどある意味やりやすいのかもしれない。
そう思った瞬間、脇腹に熱い何かが走った。続いて感じる、焼け付くような痛み。
そのままそこを狙うように足が迫ってきた。腕で守るけれど、避けられない。そのまま容赦なく放たれた蹴りに、痛みと衝撃で息が詰まった。歯を食いしばる。吹き飛ばされるのをなんとか耐え、ヒューロンの足をそのまま掴んで引き倒した。
前言撤回。集中力が落ちているのは、私も同じのようだ。
ぐっとヒューロンの足を抱え込むようにして押さえ込む。抜け出そうと暴れるヒューロン。おかげで、吸魂具破壊を邪魔しようとまとわりついて来ていたヒューロンの魔力が一瞬止まった。その隙に、魔力を結界に捩じ込む。
ドグァァァァン!! 派手な音が上がる。後ろから熱風が吹き付けた。
それに、はっとする。まだ距離が遠いから爆発から感じる衝撃は小さいけれど、これは使える。
あと十一個。
ヒューロンが上体を振り上げるようにして、頭を打ち付けてくる。思わず仰け反ると、一瞬の隙を狙ってヒューロンは私の拘束から逃げ出す。そのまま、ぱっと距離をとった。その頭上に、吸魂具が一つ。良い位置どり。
はぁ、はぁ、とヒューロンは荒い息をついている。鳶色の瞳が、こちらを睨み付けるように鋭く細められる。良い顔だ。私を前にしてヘラヘラ笑っていられるのは腹が立つ。
まだ後方にある二つの吸魂具に向かって、魔力を伸ばす。これはカモフラージュだ。私の魔力を追いかけるように彼の視線が動くのを見ながら、ヒューロンに再び飛びかかる。激しい攻防。
後方の吸魂具へと伸ばしていた魔力の向きを変え、ヒューロンに気取られないように、彼の頭上にある吸魂具の方へとそっと伸ばす。ヒューロンに気づかれて逃げられないように、優しく。
それでも吸魂具の結界は魔力に反応し、ぱちぱちと小さく火花を飛ばす。怪訝な顔でヒューロンがちらりと上を見上げる。ばれた。彼が目を見開いたその瞬間、頭上の吸魂具に一気に魔力を込めた。
ズガァァァンン!! 爆音と共に、ものすごい熱風が吹き付ける。
身を守る結界越しでも、体が焼けているような気がする程の熱。けど火傷するほどじゃない、大丈夫だ。
宙を舞うヒューロンの体が目に入った。
ヒューロンは、結界を作る暇はなかったらしい。素直に爆風に当てられ、吹っ飛ばされた。ちょっとやりすぎたかもしれない。地面に激突する前に魔力で支えて、ゆっくりと地面に下ろす。死んでないよな?
確認するために鼻元に手をやると、小さく息がかかった。よかった。でも流石に意識は無い。ちょっとくらいは守ってやるべきだったかもしれない。
吸魂具は、あと十個。
手早く、実体化した縄でヒューロンを後ろ手に縛り上げる。あとは、犯罪者用の魔力封じの首輪をはめる。小さくゴム状のようなそれをはめてロックをかけると、他人に外してもらわない限りは魔術を使うことは愚か、体内の魔力を動かすことすらできなくなるものだ。制服のポケットの中に常備していてよかった。
それから少し、傷の手当をする。脇腹を真っ直ぐに走る傷。ナイフで切られたにしては傷が深く、出血も多い。大きめの布を実体化し、傷部分をきつく締めるように巻いて止血する。同様にヒューロンの傷も軽く縛って止血してやると、苦しかったのかうぅと呻き声を漏らした。
ヒューロンだけじゃなく、私の制服まで血だらけだ。これ、落ちるだろうか。
パンと手をひとつ叩き、立ち上がる。向かうは残った吸魂具、計十個。
二つ、四つ、六つ。
二個ずつ、結界に魔力をねじ込み、破壊していく。そのたびに、大きく爆発音が轟き、熱風が吹き荒れる。爆発した後の吸魂具達はその場で火を燃え盛らせる。熱い。
後四つ。額から流れ落ちる汗を拭い、吸魂具に向き直った時だった。かくん、と足から力が抜ける。倒れそうになるのを、かろうじて足を前に出して、体を支える。
「……やば」
思わず呟いた。体から力が抜けていくし、魔力が動かない。なんで? まだ魔力切れじゃ無い。出血のせい? 違う、こんなの初めて。
「……吸魂具、か」
答えを導き出すのにも、随分と時間がかかる。頭が回っていない。だめだ、まだ終わっていないのに。吸魂具は後四つ。大丈夫、私ならいける。なんとかできる。いや、なんとかする。
シャツの胸元のボタンを外し、首元をくつろげる。それだけでも、指が震えた。
服の内側に、いつも下げている細い革の紐がある。それには青紫色の小指の爪ほどの小さな水晶のようなものが付いていて、紐ごとそれを取り出して口に含み、がりがりと噛み砕いた。
核石。自分の魔力を固めて石状にしたもの。簡易的な輸血ならぬ輸魔力だ。
魔力が湧いてくる。
もう時間がない。一気に行かないと。四つの吸魂具に向かって、魔力を伸ばす。
しんどい。動くたびに体のあちこちが痛いし、脇腹が焼けるように熱い。今自分が真っ直ぐ立っているかすらも危うい。周りを見渡せば、地面がぐわんぐわんと揺れている気がした。
腹が立つ。こうやって手こずらされるのも、体が思うように動かないのも。理不尽な怒りが沸き起こり、熱となって身体中を駆け巡る。
しんどいとか、痛いとか。
んなこと、言ってられるか。
「セェェェェェイヤァァァァァ!!!」
青紫の光が溢れ出る。結界の抵抗を全部ねじ伏せ、突っ込んでいく。
ドグォォォォォォン!!!!
最後の吸魂具たちが、結界を壊したことによる盛大な爆発に巻き込まれ、破壊される。
視界が黒煙に遮られ、何も見えない。
熱い。頭がぼうっとする。残った力で競技場内に雨を降らせる。もう、自分が濡れないようにするのも面倒だった。
吸魂具のあった場所で燃え盛っていた火の山々が、少しずつ沈静化していく。煙も雨によって消され、視界が晴れる。
はぁ、はぁ、と肩で息をしながらなんとか立っているけれど、正直もう魔力的にも体力的にも限界だ。火照った体が濡れて、冷えていく。
核石を使ったおかげで魔力切れではないけれど、核石を一つ作るのに魔力満タン状態から魔力切れ近くなるほどの魔力を使う割には、使った時はフル状態の半分ぐらいまでしか回復しない。コスパ悪いな、といつも思うけど、非常時はこうして必要となってくるから、また新たに作らなければ。
「……ぅ、わ……バケモンかよ……強すぎ……」
後ろからうめくような声が聞こえて、振り返る。気を失ったかと思っていたヒューロンは、意識を取り戻したようだった。無事なようでなにより。
うつ伏せの状態で縛りあげた体勢では苦しかったのか、もぞもぞと体を動かして座ろうとするも、後ろ手で縛られているせいで上手くいかない。
「……いつから、起きてたの」
「んん……ちょうど、最後の四つに取り掛かったぐらいから。……けど、納得ではあるかな」
ヒューロンは一度言葉を切り、私の目を真っ直ぐに見すえた。鳶色の瞳がニッと細められる。
「先輩──ライラック、だったんだね」
どこぞの怪力空手ヒロインのような掛け声に、読み返す度に笑ってしまいます。




