四十八話 真っ向対決
残酷かもしれない描写があります。
戦闘シーンは雰囲気で読んでください。
「……待ってた?」
「そうだよ、モーガンス先輩。俺はあなたを待ってたんだよ」
そう言って、ヒューロンはにかりと笑った。どこからどう見ても好青年のそれは、とても犯罪組織の者のものとは思えない。
「なぜ、私を? 私が来るのを分かっていたってこと?」
一歩踏み出すと、ヒューロンは静止させるように手の平を私に向けた。
「そこで止まった方がいいよ。吸魂具の範囲内に入るからね」
はっとして、私は立ち止まった。ぱっと辺りを見回すけれど、近くに吸魂具らしき魔道具は一切見当たらない。そもそも、吸魂具の魔力の気配も感じられなかった。
訝しげな私の表情を見て、ヒューロンはくすりと笑う。
「あは、嘘ついたのすぐバレちゃった。そりゃそうだよね。でも先輩、従来の吸魂具は取り付けた時点ですぐに発動していたけど、今この競技場にあるのはちょっと改良したものでね、俺が今ここでスイッチとなる魔力を流すまでは発動しないんだよ」
「つまり、設置はしてあるってこと?」
「ふふっ、せーかい」
競技場内を見回して、この空間に存在する魔道具を確認する。あるのは──映像記録型監視用魔道具。ざっと数えたところ、十六個だ。もともと競技場は午後からの試合に備えて結界により八つの空間に区切られていたはずで、ひとつにつき二つの監視用魔道具。
もっとも、結界はヒューロンによって全て取っ払われてしまったようだけど。
閑話休題。
監視用魔道具が吸魂具となっているとしても、ヒューロンの言う吸魂具な範囲内には入っていないだろうと思った。
吸魂具が作用するのは、手を伸ばせば触れられるほど近くにいる人間のみが対象になるはずだ。一方で、映像記録型監視用魔道具は小さな球体で、天井付近にふよふよと浮かんでいる。
私の疑問を見透かしたように、ヒューロンが言葉を続ける。
「それから、進めば吸魂具の範囲に入るってのも嘘。だって、この競技場内にいるだけで、もう既に入ってるからね。改良して、吸魂対象の範囲も広げられたんだ。ここにある映像記録型監視用魔道具十六個。これら全てに設置してある吸魂具を発動したら、この競技場の空間全てが吸魂対象になる。残念ながら、吸魂にかかる時間は縮められなかったんだけど」
「そんなことしたら、あんたも吸魂されちゃうんじゃないの」
「その心配はないよ」
ヒューロンは笑い、ズボンのポケットから見覚えのあるものを取り出した。──アイセルが持っていた、あの謎の柔らかい虹色の球だ。
「アイセルに渡していたの、どうせ回収したから知ってるでしょ? これ、俺特製の吸魂具弾き。もってたら吸魂されないんだ」
なぜ、アイセルの持っていた例の球を私が回収したことを知っているのか。それと、さっき私が来るのを待っていた、と言っていたこと。合わせて考えれば、答えはひとつしかない。
ヒューロンは私が国治隊員であることを知っていたのだ。おそらく、ウィスティもそうであることも。
「……いつから知ってたわけ?」
ヒューロンは私の質問には答えず球をしまい直し、ふいににやりと笑った。
その笑みに、ぞくぞくっと背中を何かが駆け上がる。同時に、周りの空間をヒューロンの魔力が走り抜けた。
「さあ、勝負をしよう、モーガンス先輩」
ぞわぞわっと、鳥肌が立つ。
さっきまで感じなかったあの吸魂具独特の魔力が、あちらこちらから肌を震わせる。
「今、吸魂具を発動させたよ。ついでに競技場全体に結界を張ったから、誰も入って来れないよ。ここで先輩を殺して、先輩のお仲間が来る前に逃げることが出来たら俺の勝ち。今から十分以内に吸魂具を全部壊せて、尚且つ俺の事を捕まえられたら先輩の勝ち。先輩は俺の事、殺せないでしょ? せっかくのムスタウア、殺しちゃったらもったいないもんね」
微笑みながら言うヒューロンに、内心ため息をつく。なんて不公平な条件。でも、実際国治隊の私に求められるのは、生きたままヒューロンを捕まえることだ。
そうだ、とヒューロンは明るい声を上げた。
「今のじゃ少し不公平だよね。俺は公平な勝負がしたいんだ。だから……先輩が勝てば、俺は先輩の質問になんでも答える。それでどう? あっ、もちろん答えられる範囲内でね」
はぁ? と思った。何その、自ら情報を提供していくスタイル。意味も意図も分からない。けれど、今はその提案に乗る以外の選択肢は無い。
「わかった」
私が頷くと同時に、ヒューロンがにやりと笑うのが見えた。
その瞬間、ヒューロンの周りの床から、彼の身長程の高さの火がぶわりと勢いよく吹き上がった。そのまま、床に見えない長いロープがあるかのように火は線状に燃え移り、破竹の勢いで私の方に迫ってくる。
私は床を強く踏み、跳び上がった。魔力で体を支え、空中に浮かぶ。直後、私が立っていた所が巨大な炎に包まれた。
自身も炎の壁に包まれたヒューロンが、上から見えた。多分、結界で身を守っている。ヒューロンが上を見上げた。目が合う。その瞬間、鋭い短剣が空を切り、私目掛けて飛んできた。『実体化』の剣だ。すっと身をかがめて避ければ、短剣は勢いを殺せず後ろの壁に突き刺さり、消えていった。
私は競技場中に浮かんでいる監視魔道具を引き寄せ──ようとして、ぱちりと魔力が弾かれるのを感じた。
結界で守られている。おそらくは、一番初めの時の結界と同じで、別の魔力に過剰反応するもの。
もう一度、実体化の短剣が飛んでくる。続けて三本。空中にいても格好の的になるだけだ。くるりと身をひねって避ければ、今度は三本とも私を追いかけてきた。その分、スピードは遅めだ。そのまま、上からヒューロン目掛けて急降下する。
全身を火から守る結界で包み、右手に慣れ親しんだ形のダガーを『実体化』させる。間髪をいれず、私達のいるところから一番離れた場所にある吸魂具目掛けて、後方に魔力を放つ。バチバチと、私の魔力を消そうとしてきているような、そんな感覚。その結界の中に、無理やり魔力をねじ込む。魔力を消し飛ばそうとするなら、より大きな魔力で突破するまで。抵抗してくる結界の感触が消え去った瞬間、ドゴォォォン!! と後ろから盛大な爆発音が轟いた。
同時にヒューロンを守る結界の上に降り立つ。むわりと、周りを取り囲む炎による熱気が身を包んだ。ずっとここにいれば、すぐに息が苦しくなる。私は握った実体化のダガーを振りかざして、一気に打ち込んだ。ゴムのようなぐにゃりと柔らかい感触がして、剣先がめりっとのめり込む。
中のヒューロンと、目が合う。彼はどこか引きつった顔をしていた。
ダガーが刺さったところから、さぁーっと結界が消えていく。もう要らないと思い私のダガーも消したとき、ヒューロンが右足で蹴りを繰り出してきた。咄嗟に左手を握った上から石のように硬いグローブを実体化する。そのまま、横腹側から飛んできたヒューロンの脚の脛を思い切り殴った。
硬い感触とともに骨が折れた感触が手に伝わる。「い゛っ」とヒューロンが声を漏らす。歪む顔。瞬間、背中の左側に衝撃が走る。一瞬息が詰まった。折れた足でそのまま蹴られたのだ。ヒューロンの味わう痛みは相当なものだろうに、流石だ。
追い打ちをかけるように、上からヒューロンの作った実体化の剣が迫っていた。浅く息を吸い、身を低く沈める。炎が更に近づいてくる。熱い。
ヒューロンの右足をすくうように私の足を絡ませて、脛に手刀を放つ。同時に、左手に実体化した石のグローブをその短剣たちに叩きつける。小さな衝撃で、実体化の剣たちは呆気なく消え失せ、ヒューロンは少し後方によろめいた。その背中を炎が舐める。ヒューロンは顔をしかめた。息を吐く間も無く、実体化の小型ナイフが私の方に放たれる。反射で身をひねる。ナイフは頬をかすって、後方に飛んで行った。痛みを感じる前に、ヒューロンが左足を振り上げ腹を目掛けて蹴り出してくる。腕で庇うも衝撃を流し切れず、下腹にずんっと重い痛みが走った。その勢いのまま、後ろに突き飛ばされる。パッと後ろ側に目がけて大量に水を作り出し、火の消えたところに着地する。
息が苦しい。そう動いたわけでもないのに、息が上がっている。周りの火も邪魔だ。鬱陶しい。私は手を空に向け、大量の水を作り出した。空に浮いた巨大な水の球が、バッシャァァンと勢いよく競技場に降りかかり、あっという間に燃え盛っていた炎を消し尽くした。競技場全体に広がって、くるぶしほどの高さまで水が溜まっている。私は結界で水を防いだが、ヒューロンは頭から水をかぶったらしく、びしょ濡れだ。
ヒューロンは苛立ったように首を振ると、濡れた体を魔術であっという間に乾かした。同時に、地面に溜まっていた水も全て消え去る。動きの邪魔になるから消したのだろう。
「普通、あの結界無理矢理魔力で潰しちゃう? 大きく爆発することくらい分かってたでしょ? どれほどのものになるかもわかんないだろうにさ」
呆れたようにヒューロンが言う。そんな彼は右足を引きずるように立っていて、ちゃんと痛みを感じる人だと安心する。世の中には痛みを痛みだと思わない輩がいて、そういう人は生きて捕らえるのが死ぬほど面倒なのだ。
「だから、一番遠いとこをとりあえず壊してみたってわけ。ここには守らなきゃいけない人もいないし、ある程度大きい爆発になれば壊さずとも吸魂具ごとぶっ壊れてくれんでしょ。ほら、狙い通り」
吸魂具の気配が一つ減っている。
ヒューロンから目を離すことなくそう答えれば、彼は瞬間移動をしたのかと思うほど一瞬で目の前に現れた。いつのまにか実体化した短剣を握りしめ、隙なく急所を狙ってくる。
「俺、国治隊ってもっと真面目な感じだと思ってたんだけどっ」
「国治隊にもいろんな人がいるんですよっと」
ヒューロンの攻撃をかわして懐に潜り込みながら答える。鳩尾に肘を叩き込んだ瞬間、膝で脇腹を思い切り突かれる。激痛が走った。やば、肋骨いったかも。
堪えて彼の左足を払えば、いとも易々とヒューロンは地面に倒れ込んだ。が、ヒューロンを縛りあげようとしたその時、首すれすれに短剣が飛んで行く。思わずのけぞると、ヒューロンは跳ね起きて後ろに飛び退いた。首にひりひりとした痛みが残る。手で触ると、かすっただけにしては多めの血がついた。すれすれどころじゃなかった。まあいい、こんなのはかすり傷だ。
体感、ここまでで三分ほど。残る吸魂具は十五個。一つを壊すにもかなりの魔力が必要だし、同時に全ては壊せない。できて、二つずつほど。
いっそのことヒューロンを先に制圧して、例の不思議な吸魂具弾きの球を奪う方が楽だと思った。けれど。
「先輩。俺からあの球、奪おうとしてる?」
見透かしたように、ヒューロンが笑う。
「それはちょっと楽しくないなぁ……。わかった、こんなものは無くしちゃおう」
再び、ヒューロンがあの虹色の球を取り出した。何をするのかと思わず身構える。すると、ぽーんとヒューロンはそれを空中に放り投げた! 私がそれを捕まえようと魔力を伸ばすより一瞬早く、ヒューロンの魔力がバチバチッ! とそれを包む。小さく火花を飛ばした後それは跡形もなく消滅した。
「なんで……」
「これで、さっき俺が言った通り、先輩は十分以内に全ての吸魂具を壊さなきゃいけないわけだ。それを成し遂げられなかったら、俺が吸魂具にやられる前に先輩は動けなくなる。さあ先輩、まだまだやろうよ。もっとすごいもん見せて」
にこにこ笑いながらそう言うヒューロンからは、全く邪気が感じられない。
本当にこの人の狙いはなんだろうと疑問に思っていたけれど、実はただの戦闘狂なのかもしれない。
「……すぐに笑ってられなくしてあげる」
ため息をついて、私は床を蹴った。同時に、後方の吸魂具たちに向かって二筋の魔力を放つ。腕を動かすとずきりと胸辺りに鈍い痛みが響く。やっぱり折れてるだろうな。
とにかくもう、壊していこう。でもそれでヒューロンの相手が疎かになったら、死にかねない。攻撃は最大の防御だ。私は構えて、一直線にヒューロンに向かって走った。




