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四十七話 説得失敗

「……吸魂具が、あちこちの試合教室の映像記録型監視用魔道具に設置されているそうです。危ないので、キースリング様は食堂の方に戻ってください。あっ、そういえばドランケンス様が倒れられたんですよね。様子を見に行かれてはいかがですか?」

「危険だと言うなら、君もだよね。でも君は、食堂に戻る気なんてないみたいだ。僕は生徒会役員だよ、生徒の安全のために動く義務がある。だから僕が対処に動き、君が避難するなら分かる。けど、その逆になる理由はなんだい?」


 最後の抵抗は案の定意味をなさなかった。

 これだけ吸魂具がたくさん設置されているとなれば、生徒の保護者含め、学院にいる全ての人にこの事態を隠し通すのは不可能だ。だから吸魂具については素直に言ったのに。

 リュメルは、ぐっと距離を詰めてきた。下から覗き込むように顔を近づけられ、私は軽く仰け反る。


「もう一度聞くよ。今、僕に向かって魔術を使おうとしたよね? 狙いが頭だった気がするんだけど、気のせいかな? さすがに殺そうってつもりじゃないだろうし、精神操作かな。ねぇ、モーガンス。君は一体何を企んでいるんだい?」


 光る蜂蜜色の瞳からは、逃さないという意志がひしひしと伝わってくる。私はごくりと唾を飲み込んだ。


「……国治隊員です」

「……は?」


 予想外の答えだったのか、リュメルは間の抜けた声を出した。

 一歩リュメルから後ろに退いて、私は制服のうちに着ているシャツの胸ポケットに手を突っ込んだ。


「国治隊総司令部、特殊犯罪現場出動部隊に所属しています。今年度初めあたりから学院で吸魂具が発見されたということで、内密に調査で潜入していました」


 取り出し、開いてリュメルが見えるように前にかざすのは、国治隊員証。顔写真付きの身分証明書で、カードではあるけれど前世での警察における警察手帳のようなものだ。学院に編入した当初は携帯はしていなかったけれど、アイセルの事件後は万が一の時のために常に携帯するようになっていた。

 リュメルは目を大きく見開いて、隊員証をまじまじと見つめる。


「……本物?」

「疑問に思うなら燃やしてみてください。本物は燃えない特殊な素材でできています」

「……国治隊員は、精神操作を使っていいものなの?」


 うっと声が出そうになった。


「……法律上許可されているわけではありません」

「つまりダメなんだね」


 端的に言い直したリュメルから、わたしはそろりと目線を逸らした。


「それはさておき、今本当に急いでいるので──」

『えー、生徒諸君、並びに観戦にいらっしゃった保護者の方々に告ぐ』


 突如、校内に拡声魔術を使った理事長先生の声が響き渡った。言葉を遮られた私は少しほっとした。流石、仕事が早くて助かる。


『いくつかの試合教室において、事故が発生した。不測の事態により、午後の試合の開始を遅らせることにした。また、これに伴い競技場を含む全ての試合教室への立ち入りを禁ず。試合教室にいる生徒、保護者は直ちにその場を離れ、食堂のある館に避難すること。繰り返す。競技場を含む全ての試合教室への立ち入りを禁ず。試合教室にいる生徒、保護者は直ちにその場を離れ、食堂のある館に避難すること』


 校内放送が終わる。リュメルは、黙ったままだった。食堂の入口の方から、ざわめきが聞こえてくる。

 食堂に入ってこようとする人は今はまだそう多くないけど、すぐに増えるだろう。館の入口に立ち尽くす私達は、さぞ邪魔なことだろう。


「そういうことなので、私はこれで──」

「吸魂具の破壊に向かうんだよね。僕にも手伝わせてくれない?」

「……は? 今なんて?」


 聞き間違えたのかと思った。あるいは言い間違えたか。


「だから、吸魂具破壊、僕も手伝わせてって言ってる。それなら、君が僕に精神操作を使おうとしたこと、黙っておくよ」


 そう言うリュメルの目は、いたって真剣だ。

 ──って、いやいやいやいや。どうしよう、これまでで一番、この人が何を言ってるのか分からない。焦りと呆れで、なんだか怒りさえも込み上げてくる。


「それで分かりましたって私が言うとでもお思いですか? ふざけないでください、遊びじゃないんですよ。吸魂具って聞いたら分かるとは思いますが、相手はムスタウアです。犯罪組織ですよ? 吸魂具だって、処置を間違えたら最悪死ぬ危険性だってあります。馬鹿なことを言ってないで、さっさと食堂に戻ってください」


 精神操作を使おうとしたことは確かにバレたくないけど。バレたとしても忘却魔術はそれほど悪いイメージのある魔術ではないし未遂でもあるし、なんたって動機が動機だから、精々数ヶ月の謹慎処分で済むはずだ。

 ここでリュメルの同行を許可して、万が一怪我でもさせたら、下る処分はそれどころじゃない。

 けれどリュメルは腹の立つことに、引き下がらなかった。


「危険は承知の上だよ。何かあったら僕自身の責任だ。君より実力は劣るけど、そう大した違いは無いでしょ?」

「大ありです! そもそも私は国治隊員です、生徒を守るのが仕事なんです! あなたは守られるべき生徒なんですから、大人しくしていればいい話です。キースリング様にそのつもりがなくとも、何かあった時に責任をとるのは私です。最悪首が飛びます。物理的に。お願いしますから、言うことを聞いてください」


 もう本当に頼むから、大人しくしていて欲しい。もはや懇願だ。

 リュメルは、ぐっと唇を噛み締め、「だって!」と叫ぶように言った。


「昼から生徒たちがばたばた倒れだしたのだって、ムスタウアの仕業でしょ? そうじゃなければこうもタイミングよく複数のことが重なったりしない。イザークだって、被害にあったんだ! 大人しくしておけと言われたって、そんなこと出来るものか!」


 その剣幕に、私はうっとたじろいだ。リュメルは私の肩を掴んで、前のめりになって続ける。


「お願い、頼むから僕にも何かさせて。応援が必要って聞こえたよ、人手不足なんでしょ? それでもダメだと言うなら、勝手について行くよ」


 蜂蜜色の瞳が、必死そうな色を浮かべて私を見つめる。

 数秒間私達の間で沈黙が流れてから、私ははぁ、と大きくため息をついた。

 リュメルの手を肩から外しながら、彼に告げる。


「分かりました。ですが、条件が二つあります。一つ、行くなら今教室棟にいる私の仲間の方に行ってもらいますが、絶対に彼女から離れないこと。二つ目は、必ず彼女の指示に従うことです。帰れとは言わないように言っておきますので……いいですか?」


 手が足りてないのは教室棟の方だし、競技場にはヒューロンがいるかもしれない。直接対決になる可能性がある以上、リュメルを連れていきたくはなかった。

 私の出した条件に、リュメルはほっとしたような顔をしながら頷いた。


「仲間っていうのは、もしかして第三学年の編入生?」

「そうです。ヴィヴェカ・シュルツといい、私と同じ所属です。濃紫のボブカットの髪で、魔力の色は藤色です。教室棟に行ったらどこの教室にも入らず、まず彼女を探して、指示を受けてください」

「分かった」


 いよいよ食堂に入ろうとする人達が多くなってきていた。

 人の間を縫うように走り出したリュメルの背を追うように、私自身も食堂のある館を抜け出す。そして競技場の方へと向かいながら、魔信具を取り出しウィスティに通話を繋げた。


『ライラ? どうかした?』

「ウィスティ、ほんとごめん。リュメル・キースリングに国治隊員ってのがバレて、どうしても吸魂具対処を手伝わせて言ってきて、許可しなくてもついて行くって言われたから、ウィスティの方向かわせた」

『……本気?』

「ごめん、ほんっとに。終わったらなんでも言うこと聞く。絶対にウィスティの指示に従うようにって言っておいたし、実戦経験はさておき魔術のレベルはなかなかのものだから、使えるとは思う。注意点伝えて、万が一にも怪我とかすることのないよう気をつけて。応援来たら、追っ払ってくれていいから」

『……わかった』


 呆れるようなウィスティの声を最後に、通話はプツリと切れた。めちゃくちゃ怒ってる。でも本当にどうしようも無かったんだと言い訳したい。まあいいや、一段落ついた後でまたウィスティの機嫌をとる方法を考えよう。

 続いて、ルゥーの方に通話をかける。


『おう、ライラか。ちょうど良かった、かけようと思ってたんだ』

「ルゥー。今立て込んでて、急ぎ数人、学院に応援に来て欲しい」

『了解した。ついでに、アイセル・コワードが目を覚ましたぞ』

「ほんと、アイセルが?」

『ああ。無事に精神操作も解けていたようで、犯人が分かった。ヒューロン・ファインツという生徒だそうだ。お前、知ってるか?』

「知ってる、っていうかウィスティのクラスメイト。ごめん、報告してなかったけどこっちもヒューロンがムスタウアってのは検討ついてて、もっと言うならさっき確定した」


 ヒューロンが魔力増幅剤と吸魂具を配っていること、魔力増幅剤の被害者が案の定出ていること、吸魂具により教室が封鎖されたことをざっと説明する。


「ウィスティ曰く、なんでか知らないけど警備の人が教室棟に全然いなくて人手不足らしい。何かほかにも起きてることがあるのか、確認して欲しい。あとは、ウィスティが教室棟にいるからそっちの方に応援よろしく。私は今から競技場に向かう」

『わかった。俺も今から学院に向かう』


 通話を切り、ポケットに魔信具をしまう。

 丁度、競技場までたどり着いた。巨大な建物を見上げて、ごくりと唾を飲み込む。


 競技場の扉を開ければ、昨日まで競技場を数多くの部屋と廊下に分けていた臨時増設の壁が、全て取り払われ、競技場本来のただひたすらに巨大な一つの空間があった。


 競技場の真ん中に、一人の少年がこちらに背を向けて立っている。

 私が足を進めると、空間に私の靴音が響いた。空色の髪がふわりとゆれて、少年は振り向く。

 ゆるりと鳶色の目を細めて、少年──ヒューロン・ファインツは、言った。


「待ってたよ──リラ・モーガンス先輩」


リラのポケットに入れっぱなしになったまま忘れ去られている吸魂具本体ですが、ロックみたいなのがかかっており、それを外さないと設置できない仕組みにつき、リラの魔信具にくっついて知らない間にリラの魔信具が吸魂具化している事態は起きないのでご安心ください。

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