四十六話 一難去らずにまた一難
ウィスティの言葉に、私はごくりとつばを飲み込んだ。
ヒューロンは、おそらく、きっと、この決闘大会で何かを起こそうとしているので間違いないだろう。問題は、何をたくらんでいるのか。
「どこにもいないって?」
『試合教室、教えてもらったところにいなかった。対戦相手は不戦勝。朝集合のときは、いたのに。それから、校舎中あちこち回ってみた、けど、いなくて』
いつも平坦なウィスティの声が、わずかに震えている。私は、気が急くのをこらえて、冷静を装って質問を続けた。
「どれくらい探してたの」
『……一時間、くらい』
「報告遅いよ」
思わず口調が強めになってしまった。ウィスティは一瞬の間を開けて、『……ごめん』と返す。
「うん、いや、まぁいいや、今更言ったところでだし。私もヒューロン探すから、見つけたらすぐ連絡して」
『わかった』
そう言って通話を切ったはいいものの、一時間もの間ウィスティが探していて見つからなかったヒューロンを、彼について何も知らない私が探そうとしたところで見つかるわけがない。
何かしら手がかりが必要だけど、どうしたもんかな。そう頭を悩ませた瞬間、校舎内に大きくカランコロン、といつも授業の始まりと終わりを告げるベルが鳴り響いた。
どうやら、午前の最後の試合が終わったようだ。今から昼休憩なので、これからおそらく食堂の方に生徒たちが集まるはずだ。
ヒューロンがそこに来るとは考えにくいけど、どこかで彼を見かけた人はいるかもしれない。
そう思い、私は食堂の方に向かうことにした。
案の定、食堂には続々と生徒たちが集まってきていた。大会を見に来る生徒の親は大半が午後の部から見に来るのでまだ少なかったが、来れば食堂に集まると思われるので、これからまだまだ増えるだろう。
人混みの中をすり抜けるようにして、食堂の中に入る。ヒューロンのような空色の髪の生徒を探しながらも、一応生徒一人一人の顔を確認していく。
しかし、やはりヒューロンは見つからなかった。今までに一度でもヒューロンの魔力に接する機会があれば、もう少し簡単に探せたのかもしれないけれど、残念ながら無かった。もし隠れるために魔術で髪の色や、顔を変えていたとしたら見つかるはずがない。
というか、やっぱり魔力増幅剤以外にはまだ何も起きていないのに、ヒューロンがわざわざ身を隠すだろうか? 木を隠すなら森の中、と思って来てみたけれど、何か事を起こすために身を潜めているのだったら、食堂にいる可能性の方が低い。
食堂を探すことは諦め、人でいっぱいの食堂を出た時だった。
「もう手に入らないと思ってたから、ラッキーだよな」
「な! ファインツ先輩が配ってるって言ってたの、本当だったんだ」
丁度食堂に入ろうとしていた、下級生二人組の会話が聞こえてきて、私は息を呑んだ。
「ねぇ! ファインツって、ヒューロン・ファインツ? 彼、今どこにいるか知ってる?」
慌てて二人の肩に手を置いて引き止めて尋ねれば、勢いに驚いたのが二人はびくりと肩を跳ねさせた。
「えっと……はい。競技場で、魔力増ふく──あでっ」
おずおずと答えようとした方の生徒の足を、もう一人の生徒が思いっきり踏んづける。
「ちょっと、言っちゃダメだろ! 先生にバレたら出場停止なんだからさ!」
「魔力増幅剤、ヒューロンが配ってたんだね? 先生に言いつけるわけじゃないから、教えて欲しい。緊急事態なの」
言い募ると、止めようとした方の生徒は私の必死さに気圧されて、「えっと……」と仕方なさそうに口を開いた。
「そうです。僕達、魔力増幅剤の存在は回収があってから知ったんですけど、もう誰に聞いても余分はないって言われて、でも今日競技場でファインツ先輩が配ってるって聞いて。しかも、ちょっと先輩のお手伝いしたら無料で貰えるらしくて、行ってみれば本当に貰えたんです」
「お手伝い?」
「これです、これを試合教室の映像記録型監視魔道具に一つずつ設置しろって。今から行こうと思ってたんですけど」
一人が、ポケットから無造作に取りだしたものを見て、私はあっと声を上げそうになった。
それは嫌なほど見覚えのある、小さな銀色の器具だった。──そう、吸魂具の本体だ。
「ごめん、これ貰ってもいいかな。君のも」
食い気味に聞いた私は、さぞ必死な顔になっていたことだろう。二人の生徒は戸惑ったように顔を見合わせてから、「別に、構いませんけど」と答えた。
二人から受け取った、吸魂具の本体をポケットに突っ込みながら、私はうるさいほど心臓がドクドク鳴り出すのを感じていた。
落ち着け、と自分に言い聞かせながら、二人に向きなおる。
「二人にお願いがある。誰でもいいから、教師に伝えて欲しい。『試合教室に吸魂具が設置されているかもしれない。どこの教室に設置してあるか分からないから、生徒全員試合教室に入ることのないように』って」
「っ、きゅ、吸魂具?」
「それって、あの……?」
途端に真っ青になった二人に私は頷いてみせる。
どうしよう。まずは理事長先生とウィスティに連絡して、警備に来てる国治隊員にも伝えてもらって。とりあえず試合教室は全部封鎖して、吸魂具があるか確認して、破壊して。
頭ではすべきことを一つ一つ挙げながら、私は適当に言い訳を述べた。
「理事長先生から、教師全体に伝えるように言付かったんだけど、少し用が出来てしまって。頼んでもいいかな」
「っは、はい!」
予想外の事態に、二人は裏返った声で返事した。
「も、もしかしてさっきの銀色のやつって……」
「そう。だから、もし他に持っている人がいれば、直ちに先生に届けるように言って。それから、魔力増幅剤のことだけど。お昼前の時間ぐらいから、下級生の中で次々倒れている人がいるの、知ってる?」
ただ事ではないことを悟った青い顔で、下級生二人は小さく頷いた。
ポケットの中の魔信具を握りしめる。落ち着け、私。つい早口になりそうなのを抑え、私は説明する。
「倒れた子は皆、魔力増幅剤を使ってた子だよ。使うと副作用で倒れるってこと。だから、使わないことをおすすめするよ。それじゃあさっき言ったこと、急いで先生に伝えて。よろしく」
「分かりました」
話を終えると、二人は意を決した顔をして、急いで食堂に入っていった。それを見届けてから、私は足早に歩きだした。先程の二人はヒューロンが競技場にいると言っていた。今もいるかは分からないけど、競技場にもかなりの数の監視用魔道具が設置されているはずだ。
とりあえずこの建物から出ようと出口に向かいながら、魔信具を取り出す。
まずは理事長先生に連絡を入れ、試合教室の映像記録型監視用魔道具に吸魂具が設置されているかもしれないことを早口で伝えた。
通話を切り、続いてウィスティにかけようとしたときだった。
「モーガンス、どこ行くの?」
後ろから声をかけられて、はっと振り向く。リュメルが真顔で、じっと私を見つめていた。リュメルの様子になんともいえない緊張感を感じ、私は無理やり笑みを浮かべた。
「キースリング様。お疲れ様です」
「今、掲示板見てきたんだけど。どういうこと? 負けたの?」
正直に言えば、その展開が遠からず来ることは分かっていた。けど、なんで今なのかな!? 本っ当にタイミングが悪い、この男。
「見た通りです。すみません、今急いでるんです」
「待ってよ。君がさっさと答えてくれれば大した時間がかかることでも無いでしょ。なんで負けたの? わざと? 僕、君と対戦するのをものすごく楽しみにしていたんだけど、掲示板見た時に、君の名前がなかったときの僕の気持ちが分かる?」
しつこい。思わず舌打ちしたくなるのをこらえた。
掲示板に表示されるのは、午後からの試合についての詳細だ。私の名前はそこにあるはずが無い、だってそもそも朝から出ていないのだから。
「すみません、私そもそも大会に出てないんです。後で説明しますから、今は──」
「リュメルさま!!!」
はぁ? と眉を吊り上げたリュメルは、突然割って入った声に後ろを振り向いた。
大声でリュメルを呼んだのは、同じクラスの令嬢だった。慌てて駆け寄ってきて、荒い息をつきながら焦ったように言う。
「イザーク様が、倒れたって……!」
「イザークが!? どうして!」
「原因は分からないんですけど、さっきからたくさん倒れている人がいて──」
やっぱり、倒れてしまったか。唇を噛み締めてから、こんなことをしている場合じゃないと思い出す。リュメルが気を取られている間に去ろうと彼に背を向けた時、魔信具からウィスティの魔力を感じた。
「あ、ウィスティ? 丁度よかった、連絡しようと思ってた」
『ライラ、大変。吸魂具が仕掛けられている。試合教室、今二階から四階まで確認して、ほぼ全ての試合教室の、監視用魔道具に仕掛けられてた。一応全部結界は張ってる、けどまだ五階から上は確認してない』
「うん。それが、ヒューロンが魔力増幅剤と一緒に吸魂具を配ってるらしい。今から私は競技場の方に行こうと思う。警備に来てる他の人に手伝ってもらって。さっき理事長先生に連絡したから、教室の封鎖はすぐされると思う」
『待って、ライラ。さっきから、警備の人が全然いない』
「……え? 騎士団員は?」
『一人もいない』
予想外のことに、一瞬思考が停止した。だってウィスティがいるのは午前中試合が行われた教室棟だ。各階には国治隊員か騎士団員が少なくとも二人は配置されているはずで、昼休憩の時間だからといって持ち場を離れるはずがない。
「……また別の何かが起きてるってこと?」
『分からない、けど』
ああもう、後から後から。焦りと不安が募って、叫び出したいような衝動を覚える。
「分かった、とりあえずウィスティは片っ端から吸魂具破壊していって。私は今から競技場にいく。ルゥーにも連絡するし、途中で警備の人見かけたら応援に行くよう頼むから」
『わかった』
通話を切って魔信具を無造作にポケットに突っ込む。
競技場の方に向かおうと思って、後ろにまだリュメルがいることに気づいた。
「モーガンス。聞き間違えじゃなければ、今吸魂具って聞こえた気がするんだけど」
チッ、とついに舌打ちしてしまった。イザークが倒れたと聞いて、医務室に向かったと思ってたのに。
振り向けば、リュメルはぐっと眉をひそめた。答えを聞くまでは逃す気のない顔だ。でも吸魂具の事だけならまだしも、私が国治隊員であることまで打ち明ける訳にはいかないし、それを伝えなければこいつ絶対ついてこようとする。面倒くさいったらありゃしない。
仕方なく、私は不可視状態の魔力を彼の頭に向かって伸ばした。今の会話、まるまる忘れてもらおう。
──けれど。
私の魔力が彼に到達しようとした瞬間、バチバチッ!! と派手な音を立て、蜂蜜色と青紫の火花が散った。
「──モーガンス。今、何をしようとした?」
リュメルが結界を張り、私の魔力が弾かれたのだ。
一歩、一歩とリュメルが近づいてくる。蜂蜜色の瞳はギラリと光り、私を睨みつけた。
敗因、リュメルを鍛えすぎたこと。
結界を張られちゃ、穏便に忘却魔術はかけられない。それだけじゃなく、おそらく精神操作を使おうとしたことがバレた。
最悪だ。
魔術で頭を狙うことは基本禁忌です。頭に魔力をぶつけるだけでも危険だし、頭を狙う魔術は精神操作一択なので。忘却魔術は精神操作の一種です(詳しくは十四話もしくは語句説明参照)




