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四十四話 発覚

 イザークと話してから、一週間経った。

 イザークはリュメルに打ち明けたようで、リュメルに放課後の練習をキャンセルされた日が一日だけあった。

 その後エンジェラから報告されたことには、イザークに心配をかけてすまないと謝られ、それまでサグアス王子たちと三人でしていた練習にイザークも加わるようになったらしい。私にありがとうと伝えておいてほしいとイザークに言われたらしく、何があったのかと聞かれた。イザークはエンジェラに詳しくは話していなかったようなので、適当に誤魔化しておいたけれど。イザークの悩みが解決したなら良かったけど、結局大してイザークの役に立てなかった、とエンジェラは残念そうにしていた。

 リュメルはというと、魔力の制御を握り続ける訓練を毎日ぶっ倒れながら続けた結果、少しずつ結界や実体化につかった魔力の再利用が出来るようになってきていた。素晴らしい進歩だ。

 一方で、私は。


「……これ、どう思う。ウィスティ」

「……」


 部屋で、向かい合って床に座った私とウィスティ。間には、薄めの紙束が置かれている。

 理事長に頼んだ、魔道具開発研究会に所属する生徒たちの詳しい経歴などの情報が、今日マークス先生を通して渡されたのだ。

 その人数としては、伯爵家の子が一人、男爵家の子が四人、そして平民の生徒が七人の合計十二人。

 紙束の一番上にある紙を指してウィスティに問うと、少し黙った後、ぽつりと彼女は答えた。


「……怪しいね」


 どこかやり切れないような声色だ。

 私は頷いて、再びその紙に目を通す。

 載っている写真に写っているのは、ウィスティのクラスメイトである水色の髪の少年──ヒューロン・ファインツだ。

 怪しい点は、その不自然な経歴にあった。


「ヒューロン・ファインツ。孤児であり、出生届も出されていなかった。十二歳のときに単身孤児院を訪れ、その時に初めて戸籍及び住民票を作成。本人曰く、捨て子である彼を育て親が拾い、その育て親が亡くなったその際に孤児院に行けと言いつけられたらしい……」


 私が読み上げた文を、ウィスティはぎゅっと眉を寄せて睨む。

 私は十二歳、と書かれた部分を指さした。


「この、十二歳に孤児院に行ったのってさ。まるで魔術学院に入るためにタイミングを見計らって行ったみたいじゃない? 実際(ブラウ)クラスレベルの子が突然ひょこっと現れたら、孤児院の人も慌てて入学手続きするでしょ」

「ライラ、それは、ただの憶測」

「分かってるけどさ」


 憶測で話を進める私を咎めるように、ウィスティが言う。けれどその口調はいつもよりずっと、覇気がない。

 ウィスティがこうして落ち込む程、ヒューロンに心を開いていたなんて。あの少年、なかなかやるなぁなんて場違いなことを考えながら、私は話を続けた。


「でももしこれが事実だとしても、ヒューロンは十二歳まで無戸籍だったってこと。この調書と今の本人を見る限り、まともな教育を受けていたみたいだし、それだけしておきながら戸籍だけ無いってのも変な話。育て親が裏社会の人間ってなら納得出来る……。あとそれと、これ」


 下の方に埋もれていた別の紙を出してきてウィスティに見せる。ウィスティは身を乗り出して、私と一緒に覗き込んだ。

 これは一応頼んだ、アイセル・コワード自身の調書だ。こちらは学院に入ってからの様子についてのもの。


「アイセルについてなんだけど。ほら見て、ここ。第二学年の途中から魔道具開発研究会に出入りしてたって書いてあるでしょ。覚えてる? ウィスティ。ヒューロンって確か、アイセルと仲良くなったの、私たちが編入してきた日の吸魂具事件がきっかけって言ってなかった? いつだったか忘れたけど、私ウィスティ抜きでヒューロンと話したことないから、多分ウィスティも聞いてるはず」


 アイセルはウィスティと同じ第三学年だから、ヒューロンが嘘をついていたということになる。

 まじまじとそれを見つめてから、ウィスティは「確かに……」と呟いた。


「ヒューロンがムスタウアなのだとしたら、アイセルの周りに他に怪しい人がいないのにも納得出来る。ヴィクトリアも世間話程度に聞いたけど、魔道具開発研究会の中でもアイセルと一番仲良かったのはヒューロンだったらしいし……もちろん、確定じゃない。でもやっぱりさ、ね、ウィスティ」

「……分かってる」


 隣にすり寄ってきたウィスティの肩に腕を回せば、彼女は抵抗なく私に身を任せた。

 どうやら珍しく、甘えたい気分らしい。


「……ウィスティ、見張っといてくれる?」


 ウィスティの肩に回した方の手でウィスティのふわふわした髪を梳きながら問いかける。

 証拠は何もない。ヒューロンがムスタウアなのではないかと言うのは、まだ推測の段階。だから、現段階では彼がなにか行動を取らないか見張っておく以外には何も出来ない。

 けれど、私達二人の中ではもう既に確信に近かった。万が一ムスタウアでなくとも、彼に後暗いことがあるのは確実だと言えるだろう。

 だから、万が一彼が何かをしでかす素振りを見せた時に、迅速に対処に当たれるように、気を張っておかなければならない。

 私の言葉に、ウィスティは小さく頷いた。


 二人黙ってしばらく調書を見ていると、ふいにウィスティが口を開く。


「……ライラ。ここにムスタウアって、少なくとも二人いる、って話だったよね」

「ああ、うん、だね。それがどうかした?」


 忘れていた訳では無いけれど、これまで特に触れることもなかった話をウィスティは突然引っ張り出してきた。


「アイセル、ヒューロン……の二人、じゃない、よね」

「あー……違う、と思う。二人以上いるって言った理由、吸魂具と結界の魔力の違いだってグレゴールさん言ってたし……。アイセルは、吸魂具を使ったのはあの編入初日の件が初めてって言ってたから、関係ないはず。その件に関してアイセルの記憶が弄られている可能性は薄いでしょ」


 もう随分前にも感じる、理事長のグレゴールとの会話の記憶を掘り起こす。


「というか、むしろ私は一人は女の子がいるんじゃないのって思ってた。女子寮に吸魂具が仕掛けられた確率の高さ的に、その方がやりやすいし。ま、エンジェラ目当てなら女の子いなくても変装でもなんでもして女子寮に潜り込みそうだけど……」


 ……あれ。なんかおかしくないか。本当にムスタウアは、エンジェラが目当てなのだろうか。

 エンジェラは最近更に学院の中で有名になってきている。生徒会役員と仲いい、というあまり良くない理由でだけど、同時に彼女の魔力量が増えクラスが変わったという話もよく聞くようになった。予言を知る人なら、彼女がそうだと流石に気づくだろう。けれど彼女にそれらしき人が近づく様子もなければ、吸魂具を仕掛けられることもない。

 吸魂具は無意味だと考えて使用をやめたのだとしても──改めて考えると、そもそも最初から非効率すぎやしないか。

 たとえエンジェラ目当てではなく、無差別に狙ったのだとしたって、結局吸魂具の被害者はアイセルが仕掛けたものを除くと一人しかいないわけだし、半端な被害のせいで私たち国治隊が来て、余計やりづらくなってるし。

 吸魂具をしかけて、ムスタウアは一体何をしようとしていたのだろう。

 と、半年近く前に考えたことを改めて見つめ直していたけれど、ウィスティの話とはどうやら方向性が違ったらしい。


「そういうのじゃ、なくて……ヒューロンの怪しさが、あまりにも簡単に出てきたなって……。こんなの、調べればすぐに分かる。隠すつもり、あるのかな」

「それはつまり……ヒューロンが囮の可能性があるってこと?」


 紙からウィスティに目線を移すと、ウィスティはこくりと頷いた。


「確かにね……だったら考えられるのはムスタウアじゃない裏社会の人間で、経歴作りが迂闊だっただけか、あるいはムスタウアで、敢えて見つかりやすくしているか……」

「ん」

「で、後者の場合、誰かもっと大物が学院に潜んでる。ウィスティはそう言いたいんだよね?」


 ウィスティが頷いた。本当に、ウィスティの着眼点の鋭さにはいつも助けられる。

 もしヒューロンが囮で、私たちの捜査の目を集めるためなのだとしたら、他にいる人はムスタウアの中でもヒューロンより上の立場の人間で、更に厄介な人物ということだ。


「ところで……ヒューロンって、強い?」


 ふと疑問に思って尋ねる。戦ったことはなくても、授業とかで彼の実力は多少なりとも知っているんじゃないかと思っての質問だったけれど、ウィスティは困ったように首を傾げた。


「状況判断力は、優れてる。魔術は、下手じゃない程度……けど、本当の力は、隠してるかも。だから、分からない」

「ふぅん」

「……でも、ライラの方が、強い」

「んー? なになに、褒めてくれてるの? 照れるじゃん」


 ウィスティの肩をぎゅっと抱き寄せて頭に頬ずりすると、ウィスティは嫌そうに私を振り払うように頭を振った。


「褒めてない。事実。……にすればいい」


 そんな言葉をいつもより低めの声で少し怒ったように言うから、怒っているのか励まそうとしているのかよく分からない。


「うーん、そっか、ありがとー」


 けれど不機嫌そうにしながらも私から離れようとはしないから、可愛いなと思いながら私はウィスティを愛で続けた。



 その夜、もうそろそろ寝ようかという所で、魔信具にルゥーからの着信があった。


「ん、どしたのルゥー」

『ライラ。お前がこっちに送ってくれた薬、あの魔力増幅剤な。今さっき、結果が出たんだよ』


 通話の向こうのルゥーは少し息が上がっている。状況はよく分からないけど、走ったらしいということは伝わってきた。

 そばに寄ってきたウィスティにも聞こえるよう、魔信具の音量を上げる。


『まず結論から言うと、あれは魂に作用するタイプの薬だった。魔力が足りないと魂に錯覚させることで、過剰に魔力を作り出させる薬だ。ただし、個人の魔力量はお前の知るとおり、魂の魔力を作り出す能力によるだろ。生まれつき決まってるから、体にも蓄えられる魔力量が決まってるもんなんだ。それを無理やり増やそうとしたら、バランスが崩壊するのは分かるか? 体にも過剰な魔力が溜まるし、絶えず魔力を作り出そうとする魂にはとんでもない負荷がかかる。服用し続けた後、一度大量に魔力を消費すれば、負荷のかかり続けた魂は更に魔力を作ろうとして限界を迎えるんだとよ。逆に、体は過剰な魔力から解放されたら、反動で一気に不調になる。それで、ここから本題なんだけどな』

「うん、なに」

『アイセル・コワードから、この薬の成分が検出された』

「!」


 私とウィスティは、顔を見合せた。

 アイセルの、(三番目)クラスにしては不自然に多かった魔力量。魔力増幅剤を服用していたというのなら納得だ。

 服用するとかなり疲労がたまるとイザークも言っていたし、事件前にアイセルと音信不通になっていた一週間ほど、薬の服用で魔力を増やしていたのかもしれない。


「じゃあ……この魔力増幅剤を持ち込んだのも、ムスタウアってこと?」

『その可能性が高いだろうな。ちなみに、アイセルが未だに昏睡状態なのは、魂に極度の疲労が溜まっていたからだそうだ。原因がわかったから、目覚めさせるための手も尽くせる。よくやった……と言いたいが、そもそもどうしたんだ? これ』


 ルゥーが疑問に思うのも無理はない。

 実はルゥーに急いでこの薬を調べて欲しいとグレゴールさん経由で送りつけたものの、詳細は全く伝えていなかった。


「色々あってさ……ていうか、どうしよう、ルゥー。それだったら、結構まずいかもしんない」

『ん?』

「長期服用って、どれぐらいから当てはまるか分かる?」

『さぁ……一週間ぐらいでも、かなり反動は来るんじゃねぇかな』


 ウィスティを見れば、浮かない顔をしている。私と同じことを考えているのだとわかった。

 薬が流行りだしたのは、少なくとも三週間以上前だ。イザーク曰く、下級生の間でかなり出回っているらしいし。長期服用後、魔力を大量消費すると限界が訪れる──つまり、アイセルのように倒れるのだろう。

 魔術決闘大会まで、もうあと一週間も残っていない。

 幸いまだ、それらしき被害者はいないが──決闘大会の日、どの生徒だってそれなりに魔力を使うに決まっている。そうなると、限界を迎えて倒れる生徒が続出するだろう。

 決闘大会はそれはもう盛大なものだ。この日ばかりは生徒のみならず、生徒の親を含め外部から大量の人が観客にやってくる。どれほどの混乱が生じることだろう。


「ねぇルゥー。しばらく服用していて、でもまだ倒れてはいない人への対処法はある?」

『まずは服用をやめて、十分に休息を取りながら少しずつ溜まった魔力を発散していくのが最善だろうな。魂に負担をかけないくらい小さい、日常生活に必要な魔術で。それ以外はなるべく魔術を使わないで。……いんのか? 服用してる奴が』

「いるとかいうレベルじゃない。学院中に流通しててもおかしくない」


 現状をざっと説明すると、うぅんとルゥーは心底困り果てたような呻き声を出した。頭を抱えてしまったルゥーの様子が想像出来る。


『やべぇな、それ……。今更大会中止はどう考えても不可能だろうしな……』

「これをなんとかするの、無理ゲーすぎない?」

「……でも、なんとかするしかない」


 ウィスティの言葉で、その場はしんと静まり返った。

 そうだ。なんとかできなくても、なんとかするしかないじゃないか。


『だな。俺たちでなんとかしてやろうじゃねぇの』


 ルゥーが笑う。私は笑みを浮かべながら肩を竦めた。


「被害ゼロは不可能だけどね」

『お前、みんな分かってんだからそんなこと言うんじゃねぇよ。できる限りのことをして、混乱を最小限に収める。そうだろ』

「うん」


 ふと時計を見ると、丁度長針と短針が重なって十二を指していた。

 あと五日。魔術決闘大会は刻々と迫ってきていた。


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