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四十三話 嫉妬

切りどころが分からず、少し長めになりました。


23-3-13

イザークの口調を修正しました。

「……リュメルが迷惑をかけたようで、申し訳ありません」


 それが、競技場にやってきたイザークの第一声だった。


「いえ、こうなることは予想出来ていたのですが、止めなかった私の責任でもあるので、ドランケンス様が謝ることではありません」

「そこで謝り合いはしなくていいからさ、早く外に連れて行ってくれない? 次の人来るよ」

「リュメル、君、偉そうに……」


 イザークが眼鏡を指で上げながら顔をしかめて見た先で、リュメルは地面にだらっと寝そべっていた。だらしがない。けれど、仕方ないっちゃ仕方ないとも思う。


「仕方ないでしょ。僕今本当にもう、自力じゃ起き上がれないんだからさ。イザーク、手を貸して」


 そう言って寝そべったまま手を宙に差し出すリュメルは現在、魔力切れ状態だった。

 魔力の制御を握り続ける特訓開始から一時間。私の魔力干渉からの魔力強奪への抵抗に挑戦すること、計三回。

 体力的にも限界らしく、立つのは難しいそうだが、意識はあるので特に問題は無いだろう。しかし自力で魔信具を扱うのも厳しそうだったリュメルは自身の魔信具を私に寄越し、イザークに迎えに来てくれと通話させたのだった。


 リュメルの言葉にイザークはため息をつき、リュメルの手を掴み引き上げて立ち上がらせ、脇から腕を回して支えた。

 私は自分のに加えリュメルの分の荷物も持ち、二人が通れるように競技場の扉を開けて支える。

 そのまま二人について男子寮の前まで行けば、男子天寮の前でリュメルの従者と思わしき人が待ち構えていた。従者はイザークからリュメルを引き渡され、ついでに私が持っていたリュメルの荷物も受け取る。そうしてリュメルは支えられながら、「じゃあね〜」と呑気な声を残して寮の中へと消えていった。

 イザークも続くのかと思っていれば、その気配はなく、リュメルを見送った後こちらを振り向いた。なんだか、前にもこういうことがあったような。律儀な人だ。


「改めて、リュメルがすみませんでした」

「いえ、こちらこそいきなり呼びつけて申し訳ありませんでした。従者の方をお呼びできたら良かったんですが、生徒以外は学舎や競技場に入れないと聞いて、ドランケンス様しか候補がなくて」

「リュメルが私を指定してきたのでしょう? モーガンスさんの独断じゃないのは分かっているので、安心してください。まあ、魔信具から知らない魔力を感じた時は流石に驚きましたが」


 イザークはそう言って小さく笑った。そりゃそうだ。魔信具は魔力という個人情報が詰まったものだから、本来他人に触らせることはない。魔信具から知らない魔力を感じるなんて、まずないはずなのだ。


「私も、キースリング様が自分の魔信具を使ってドランケンス様を呼び出せと仰ったときは正気かと思いました」

「それだけあなたに心を開いているんでしょうね、リュメルは」

「……それはそれで、どうなんでしょうね」

「?」


 思わず苦笑すると、イザークは眉を上げて私を見た。


「あ、いえ、なんでもありません」


 最近、リュメルの私への態度が以前よりもぐっと気安いものになったのは感じていた。多分それは、お互い様。けれど、今日の「君のことをもっと知りたい」発言は確かに、リュメルが私に心を開いた表れなのだろう。

 リュメルは、人の心を掴むのが上手いタイプの人だ。あれほどモテるのはもちろん顔面の良さと一々キザな言動が主な理由だけれど、するりと人の心に入り込むのが上手な元々の気質もおそらく大きい。

 そんな彼がもし明確な意志を持って私の中に入り込んで来ようとするとしたら、私にとっては少々都合が悪かった。

 大切なものを持つと、人は強くなると同時に弱くなる。私の大切なものはルゥーとウィスティ。それで十分だ。

 それ以外の他人にはあまり深入りしたくないし、されたくもなかった。


「では、私はこの辺りで──」


 失礼します、と続けたかった言葉は声にならなかった。なぜなら、目の前でイザークの体が大きく傾いだからだ。


「ドランケンス様!?」


 とっさに駆け寄って、倒れかかった体を支える。

 イザークは別に意識を失ったわけではなかった。目が合うと、彼は驚いたように目を見開く。けれど、驚いたのはこちらも同じだ。


「……ああ、すみません。最近寝不足で。もう大丈夫です」


 イザークは私から離れて、少しずり落ちた眼鏡をなおす。しかし、自力で立つイザークの姿はどこか頼りなかった。

 イザークの様子が変だと、泣きそうになっていたエンジェラを思い出す。きっとエンジェラにもリュメルにも、その他の誰にも気づかれたくなかったのだろう。


「魔術で顔色を誤魔化すのは、やめておいた方がいいですよ」


 私の言葉に、イザークは息を飲んだ。


「っ、なぜそれを」

「今支えた時に分かりました……でも、それを抜きにしても、エンジェラは心配していましたよ、あなたのこと。最近様子が変だと」

「っ、そうでしたか……」


 辛そうに顔を歪めたイザークは、心当たりがあるのだろう。

 あまり私が手を出す必要はないと思っていたけれど、エンジェラのことを思い出すと、なんとなくこのままイザークを帰すべきではないような気がした。


「もし、何かお悩みのことがあるようでしたら、私でよければ話をお聞きしますが」

「申し出は嬉しい、ですが……」

「悩み事は他人に話せば軽くなると言うでしょう。もちろん口外は致しません。それほど親しくない程度の仲の人相手の方が、話しやすいことはあると思いますよ。それに、どれほど隠しているのかは存じ上げませんが、顔色を変えるだけとはいえ魔術を使い続けるのは疲れませんか?」


 私が畳み掛けると、イザークは迷子のように眉を下げ、少しの逡巡の後小さく「ありがとうございます、では少しだけ……」と答えた。


 *


 場所を変え、イザークと私は食堂にやってきた。幸い、他に人はほとんどいない。

 飲み物を用意し二人向かい合って座ったものの、イザークはなかなか口を開こうとしない。魔術を使うのをやめたイザークは想像以上に青白い顔で、目の下には濃いクマがあった。


「準備が出来れば、いつでもお聞かせください」

「……ええ」


 返事をしたイザークは、少しの間黙っていた後、ぽつりと呟いた。


「リュメルが、羨ましいんです」

「キースリング様が……ですか?」


 予想外の言葉に驚いて聞き返すと、イザークは唇を噛み締めた。


「冬季休暇中、騎士団長……キースリング侯爵に許可を頂き、リュメルと二人で特別に魔術騎士団の訓練に参加させてもらったんです。今まで何度か参加したことはありましたが、私たちはまだ所詮学生ですから、剣術も魔術も、騎士団員にかなうわけがありませんでした。これまではいつも、完膚なきまでに叩きのめされてきました。リュメルはいつだって悔しそうにしていましたが、私は当然だと思っていました」


 イザークの言う騎士団の訓練は、原作のリュメルがスランプに陥るきっかけとなったものだろうなと察する。


「しかし、この休暇のときのリュメルは、今までとは違いました。以前よりぐっと、魔術の技量が上がっていたんです。おかげで、団員相手でも数人には手合わせで勝っていた……私は、それを見て──嫉妬、してしまったんです」


 それは、思わず心配になってしまいそうなほど、苦しそうな声だった。

 イザークが、テーブルに置いた手をぎゅっと握りしめる。


「皆、リュメルをよく知らない人は、彼を羨ましいと言います。良い家柄に生まれ、良い師を持ち、恵まれた才能持つ彼が羨ましいと。ですが、彼は魔術が大好きで、誰にも想像がつかないほどの努力をしているんです。羨ましいと言う奴の内誰が、彼ほど魔術に熱を出してきたと言うんだ。私はいつも、そう思っていました。彼の努力を、私は一番よく知っているはず──なのに。羨ましくて、悔しくて仕方なかったんです。才能がある彼が、魔力量も多い彼が。私はリュメルと同じ量の努力をしたって、絶対に適わないと思いました。その努力をしたわけでもないのに」


 そんな自分が許せませんでした、とイザークは呟いた。

 私がエンジェラに話した推測と、似ているようで違う。その自責の念は、私なら絶対に抱かない感情だ。

 やはり、原作と異なってしまった大元の原因は私なのだろう。

 だからこそ、相槌を打つ以外に返す言葉を持たない私をよそに、イザークは続けた。


「魔術の練習をすればするほどに、自分の出来なさが嫌になって、リュメルを羨ましく思う自分が怖くなって……だから、私は練習から逃げてしまいました。リュメルが君との練習に夢中になっているのをいいことに、努力を放棄したんです。クラインさんが心配してくれているのは知っていますが、こんな自分を知られるのが怖いんです。クラインさんにも、リュメルにも、その他みんなににも」


 自分が許せないと思いつめるほどの何かは私にはないけれど、大切な誰かに嫉妬してしまう気持ちは、嫌なほど心当たりがあった。私の場合は、相手はウィスティだ。

 そして、その気持ちを知られたくないと思うのもよく分かる。

 ──けれど、私の場合は彼とは少し、違う気がした。


「今から、ものすごく無責任な発言をしますが、お許しください。……そのままの気持ち、キースリング様に打ち明けてみてはいかがですか?」

「……は?」


 イザークは目を丸くし、間の抜けた声を出した。


「キースリング様に言えない理由は何でしょうか。幻滅されたくないから? 失望されたくないから? キースリング様を傷つけてしまうかもしれないから? 心配をかけたくないから?」

「…………」

「もし前半二つならば、杞憂だと思います。私はお二人と知り合ってまだ半年も経っていませんが、十分すぎるほどにお二人の絆の強さは感じてきました。ああでも、もしかしたらキースリング様なら、憤るかもしれませんね。ドランケンス様は自己評価が低すぎると、もっと自分の価値が高いことに気づけと。それとも、ドランケンス様のことを、褒め殺しにするでしょうか。どっちもあり得ると思いますよ。あの人、あなたのことが大好きそうですし」


 想像すれば、自然と笑みが浮かぶ。イザークはぽかんとして、私を見つめていた。


「もし、後半二つでしたら、存分にキースリング様に迷惑をかけてみたらいかがですか? キースリング様こそ、あなたに迷惑をかけっぱなしでしょう。ドランケンス様は、全て自分一人で抱え込んで、他人に迷惑をかけないでおこうとするタイプですよね。たまには他人を頼らないと、いつか壊れますよ。それに、キースリング様だってあなたなら、喜んで迷惑をかけられると思います」

「そう……でしょう、か」

「あくまでも私個人の意見ですので、強要はしませんし、約束しましたので私から他の人にこの話もすることは致しませんが……私の意見が、参考程度になればなと」


 励ますように笑いかけてみると、イザークは私の言葉を噛み締めるように少しうつむいた。

 本当に勝手な想像でしかないけれど、リュメルならイザークのことをフォローして、今のイザークの現状をなんとかするのに全力を尽くすだろう。普段なら、イザークがおかしいことに真っ先に気づいて、イザークが自分から何かを言う前に対処に走るんじゃないだろうか。今は自分の実力の向上に浮かれきって気づいていないだけで。


「……モーガンスさん、ありがとうございます。自分のことをさらけ出すのは勇気が必要ですが……頑張ってみようと、思います」

「応援しています。もしまた何かあれば、私でよければ、いつでも話は聞きますので」


 イザークが随分とほっとしたように言うから、私も笑顔を作って答えた。

 生真面目すぎる人を見ていると、どうにも心配したくなってしまう。

 そして今度は、表情が和らいだからこそ、目の下の濃いクマが気になってきた。


「ところで……ドランケンス様、つかぬ事をお聞きしますが、お疲れなのは先程の悩みが原因ですか? それとも、何かほかに原因があったりしますか?」


 余計なお世話だと言われたらそれまで。例え悩みが理由でなかったとしても、私にできることはない、が。なんとなく、気になった。


「いえ、これはくすり……」


 何かを言いかけたイザークは、はっとしたように口をつぐんだ。


「いえ、すみません、なんでもありません。今のは忘れてください」


 ──くすり。薬?

 誤魔化すように眼鏡を押し上げるイザーク。その様子は、酷く不審に思えた。


「薬……ですか? ドランケンス様、やっぱりお体に悪い所があるんですね? 大丈夫なんですか?」


 心配そうな顔を作り、身を乗り出して矢継ぎ早に質問を重ねる。

 イザークは本気で心配する人に弱いと、分かっていた。


「いえ、その、そういうのではなくて……なんというか、栄養剤のようなものですから……」


 想定通り、イザークは狼狽えながらも私を宥めようと言葉を重ねる。

 しかし、残念ながらその言葉には怪しさを増す以外の効果はなかった。

 普通の栄養剤ならば、体に悪影響を及ぼすはずがない。体が悪くて、そのための薬という訳でもない。しかも、どうしてか隠そうとする。──まるで、何か後ろめたいことでもあるかのように。

 深入りしたところで、何の意味もないかもしれない。けれど、どこかきな臭い。例えムスタウアが関係しなくても、犯罪やその手のものは管轄内だ。

 一瞬迷ったあと、私は奥の手を使うことに決めた。


「率直に聞きます。何の薬ですか?」

「……魔力増幅剤、らしい。魔力量が増えるものだ」

「それを使っているんですね? 効果は? 体調が悪いのはその副作用ですか?」

「効果は確かにある。副作用で疲労がたまりやすくなり、魔力を使えば使うほど疲れる気がする」

「何処から入手しましたか?」

「最近、下級生の間でよく出回っている。しかも売買されているから、不当な売買と生徒会が没収した。得体もしれないし、危険物かも分かないから。魔力を増やす薬など公式的に出回っていない以上、怪しさ満点なのは分かっていたが……思わず魔が差して、つい、服用してしまった……」


 下級生の間で出回っている、という言葉に、あっと私は思い出した。イザークに向かって盛大な失言をかましたあの時、下級生が薬の受け渡しをしているのがどうとか言ってたっけ。


「現物は今、持っていますか?」


 尋ねると、イザークはうつろな目で頷いた。緩慢な動作で、制服のポケットから白い錠剤の入った袋が取り出される。


「すみません。少し頂きますね」


 あまり意味は無いが一応一言断って、私は袋から数粒取り出した。自身のポケットにしまいこみ、「どうぞ、しまってください」とイザークに袋を返せば、彼は素直にそれに従う。

 その薬が危険なものである以上、イザークに返すのもリスクがあるが、それ以上にあったはずの物が無くなっているほうがまずい。

 完全にその袋が視界外に消えてから、私はイザークに声をかけた。


「ドランケンス様。大丈夫ですか?」

「──あぁ、すみません。ぼうっとしていたようです」

「お疲れのようですしね。今日は早めに部屋に帰って、おやすみになってはいかがですか?」


 笑顔でそう言うと、イザークは小さく頷いた。もう先程までのうつろな瞳じゃないし、口調も元通りの丁寧なもの。今の瞬間のことはさっぱり記憶から消え去ったようで、何か変に思う様子もない。証拠隠滅完了、バレなきゃ罪は罪じゃない。

 第一精神操作の魔術を利用して作った自白剤はオーケーなのに、精神操作自体はたとえ真っ当な理由があっても使ってはいけないのは非効率的すぎるのだ。


「それでは、私はそろそろ失礼しますね」

「ええ、ありがとうございました」


 笑顔でイザークに会釈をし、一人で先に食堂を後にする。

 廊下に出るや否や、私は魔信具を取りだした。


「──はい、リラです、グレゴ……いや、理事長先生。至急お願いしたいことがあって。──はい、総司令部の方に送っていただきたい物が。今よろしいですか? ──はい、分かりました。すぐに向かいます」


 通話を切り、魔信具をポケットにしまいながら、足早に理事長室の方へ向かう。

 ポケットにそのまま入れた数粒の錠剤を触りながら、更に足を早めた。

 これは、きっと何か大きな事に繋がっている。強く、そんな予感がした。


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