表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/82

三十四話 失言

「魔術決闘のみならず、すべての戦いにおいて勝つために絶対必要なことがあります。それは、負けないことです。魔術決闘における負けとは、二つ」


 じっと真剣な目でこちらを見つめるリュメルに向かって、一本ずつ指を立てていく。


「一つ目は、相手の攻撃を食らうこと。そして二つ目は、相手より早く、自分の魔力が尽きることです」


 翌日の放課後、早速一時間競技場を予約したリュメルに連れられ、私は約束の練習に挑んでいた。


「よって、相手の攻撃を食らわないこと。そして少しでも持久力をつけることを目標として、僭越ながら私の方で訓練内容を考えさせていただきました。地味な内容ですし、かなりきついと思いますが、構いませんか?」

「もちろん。受けて立つよ」

「なら良かったです」


 部屋のど真ん中、向かい合う二人。自然体で立つリュメルに向かって、私は説明を続けた。


「今日する内容は、一つだけです。キースリング様の魔力で、私の魔力を追いかけてください。キースリング様自身は、動いてはいけません。実演しますね。キースリング様、適当にこの空間の中で、一筋の光があちこちを走るような感じで、魔力を自由に動かして頂けますか」

「こう?」


 前に差し出されたリュメルの手のひらから、蜂蜜色の魔力の光が溢れ出す。そこらを自由に飛び回る一筋の光を追いかけるように、私も魔力を出す。蜂蜜色の光にぴったりと添うように、青紫の光が躍った。


「はい。こんな風に、私の出す魔力を追いかけてください」

「分かったよ」


 派手なことはしない。魔術なんて、一日やそこらで上手くなるものじゃない。それに今日は、リュメルの実力を知ることも兼ねているから。

 最初はゆっくりから。使える限りの空間を、一筋の光が縦横無尽に飛び回る。青紫にぴったり沿うように、蜂蜜色が煌めいた。

 段々、魔力が動くスピードを上げていく。動きも複雑に。細かく行き来させ、突然全く別のところに飛ばす。リュメルの魔力は、遅れることなくピッタリ着いてくる。

 ちらりとリュメルに目をやると、リュメルは私の視線に気づくことなく、ただまっすぐ走る私の魔力を目で追いかけていた。


「キースリング様、目を閉じてください」


 無言で、リュメルは目を閉じる。その間も、私の魔力は絶えず動き回る。初めて、リュメルの魔力に乱れが見えた。素早い動きに着いてこれずに、ほんの少しだけ、私の魔力との間に隙間が生まれる。


「魔力はあなたの一部です。あなたの目となり、耳となる。目をつぶっていても、魔力で見えるようになってください。魔力で忍び込むだけで、その空間を完全に把握できるようになってください」


 目を閉じたリュメルの眉間に、きゅっとシワがよる。纏う空気がピリッとして、鋭くなった。

 十分、二十分。ただひたすら魔力を走らせ続ける。慣れてきて、リュメルの魔力が少しずつ俊敏になっていく。私の魔力との間にあった隙間が、少しずつ減っていく。とうとう、目を開けていた時のように、ぴったり沿うようになった。集中力が増して、私の魔力の位置がきっちり把握できるようになった証拠だ。

 少し魔力を動かして、なんなく着いてこれるようになったのを確認してから、私は動かす魔力を二つに分裂させた。二筋の光が、別々の動きをしだす。

 リュメルも、ちゃんと気づいた。蜂蜜色の光も同じように分裂して、私の魔力を追う。

 魔力が一本だったときと同様に、最初はゆっくり、徐々に速く。けれど一つに集中できていた時に比べて、二倍の集中力が必要になってくる。リュメルの魔力は、一本だった時に比べて、明らかに遅れを取っていた。

 ちらりとまた見遣れば、リュメルは額に僅かに汗をかいている。

 魔力を二本にして動かすこと二十分ほど、明らかにリュメルの魔力が乱れを見せ始めてきた。集中力が尽きかけてきた。速度は変えていないけれど、明らかに私の魔力との隙間が大きくなっている。段々と動きも雑になってきていた。

 競技場の使用可能時間、残り約十分。限界を超えても続けてこそ、一番の上達への近道だ。尽きているのは魔力じゃなくて集中力だから、まだやれる。私は終わりを告げることなく、ただ魔力を走らせ続けた。


 時間が来た。ゆっくりと魔力の動きを止め、リュメルに声をかける。


「今日はここまでにしましょう」


 ゆっくり目を開けたリュメルは、ぱちぱちと目を瞬かせた。少し、ぼーっとしているようだ。


「大丈夫ですか? 疲れましたか?」

「……ああ、大丈夫。こんなに集中したのは生まれて初めてかもしれない」

「キースリング様さえ良ければ、こんな感じで続けますが」

「うん。これでいいよ」


 心なしかふわふわとした声で答えて、リュメルは自分の手を握ったり開いたりを数回繰り返した。極限まで集中すると、どこか異次元のようなところに飛ばされたような境地に陥ることがある。まさに、リュメルは今その状態なのだろう。そこまでできるとは、正直思っていなかった。流石の熱意、本当に優秀だ。


「そろそろ時間ですよ。もう出ましょう」

「……ああ、うん、そうだね。今日はありがとう、モーガンス」


 リュメルがいつになく柔らかな笑みを浮かべるものだから、なんだか変な気持ちになってしまう。なんとなく居心地が悪くて、彼の顔から目をそらした。


「私が不必要になればいつでも仰ってください」

「誰がそんな馬鹿なことを言うと思う?」


 リュメルはにこりと笑いかけてきた。ですよねぇ、と思いながら、「分からないじゃないですか」と返す。いつもの調子を取り戻したようで何よりだ。


 まさかその言葉が現実になるとは、この時の私は微塵も予想していなかった。



 ***



 事が起こったのは、それから四日後の昼休憩のことだった。

 リュメルとの練習は、今のところ毎日続いている。少しずつその内容を難しくしていき、リュメルは合計たったの四時間の練習で、約十本もの魔力の光を、目を閉じた状態でなんなく追いかけることができるようになっていた。上達がはやい。

 もう少ししたらそろそろ別の内容に移ろうかなどと考えながら、いつも通りヴィクトリアと連れ立って校内の食堂に入ろうとしたところで、入り口のすぐ手前で見知った顔を見つけてつい立ち止まってしまった。


「学院内での、生徒同士での物の売買は校則で禁止されています。分かっていますよね? これはこちらで預からせていただきます」


 眼鏡を光らせ、冷たい声で言うのは、イザークだ。下級生らしき生徒二人に向かって淡々と言葉を発する彼の手には、袋に入った白い錠剤がたくさん入っている。

 どうやら、何らかの薬を受け渡ししている生徒たちに出くわしたようだった。

 イザークと一緒にエンジェラも食堂に来ていたようで、エンジェラはイザークの一歩後ろで、心配そうに事の行方を見守っていた。


「ちょ、ちょっと! 別に売買なんかじゃありませんっ! よく効くから、友達に配っているだけです」

「……先ほど、お金を受け取る場面を確かにこの目で見ましたが?」

「……それはっ、貴重なものだからタダで配るにはもったいないから……」

「それが売買ではないと言い張るのですか? 第一、この薬は何のものですか。用途がはっきりしないものは、危ないものとしてすべて没収する必要がありますが」


 足を止めた私に合わせて立ち止まってくれていたヴィクトリアに、つんつんと肩をつつかれる。


「あれ、何事?」

「……いや、知んないけど。知ってる人がいたから立ち止まっちゃっただけ。行こうか」

「そう?」


 生徒会役員も大変そうだな、なんて他人事のように考えながら、行こうとヴィクトリアを促した時だった。


「うっ、うるさいっ!!」


 逆上した下級生が、突然大声を上げた。今度は、ぴたりとヴィクトリアの足が止まった。あーあ。興味をひかれてしまったようだ。


「生徒会の中でも出来損ないのくせに、偉そうに! 侯爵家の息子のくせに(二番目)クラスにも入れない落ちこぼれの先輩ですよね? そんな人が、何の権利で──」


 パァン! と、乾いた音が響いた。目を見開いて、打たれた頬を片手で抑える下級生。


「それ以上言ってみなさい。今度はグーで殴るよ」


 額に青筋を浮かべて下級生に言ったのは、エンジェラだった。いつの間にかイザークを守るように前に出てきていた彼女は、頬を叩いた手を構えたまま、下級生をじっと睨みつけていた。大切な友達を侮辱されて、どうみても完全に怒っている。

 彼女の様子に、なんだか既視感を覚える。なんだっけ──そうだ。前世の友達で、私と一緒に朱眼姫(シュガヒメ)を推しあがめてた子がいた。その子の反応によく似ていた。……まあ、ちょっと違うかもしれないけど。

 その子の最推しが、イザークだったのだ。彼女は眼鏡キャラが大好きだった。敬語要素まで加わるともう崇めていた。ただ少しだけ……いや、かなり歪な推し方をしていたのだ。


『あのねぇ、イザークは落ちこぼれだけど、そこがいいんだぁ。リュメルみたいな魔術の才能も、魔力量もない。サグアス王子みたいにめっちゃ頭が切れるでもない。ハインリッヒみたいに包容力があるわけでもない。周りがみんな完璧人間の中、一人だけ劣等感にさいなまれるイザークは、生徒会メンバーのなかでもひときわ不人気ってワケ』

『ほめてないじゃん』

『ちがうのー! そこがいいの! なんで分かんないの?』


 自分はイザークをさんざんけなした言い方をするくせに、イザーク推しではない子がイザークのことを馬鹿にすると、絶対に怒る子だった。

 でも、彼女のあの説明では到底キャラへの愛は伝わってこなかったなぁ、と懐かしく思い返す。だって、イザークの良さを布教しようとするときの説明、どう考えても変だったもんな。なんだっけ。


「努力することしか才がない、取柄もない究極の不器用真面目人間……」


 ぽろっと口から零れ落ちた言葉が、妙にその空間に響いた。


「……リラ?」


 ヴィクトリアが、焦った顔で私の名前を呼ぶ。

 イザークが、エンジェラが、私の方を見ていた。二人とも、目を見開いている。

 …………。


 口に出てた。


「……今、何て言った? モーガンス」


 後ろから聞こえてきた、地を這うような低い声。その場の空気が急速に冷えていく。振り向けば、口だけ笑みの形をキープして、欠片も目が笑っていないリュメルがいた。

 ああ、もう最悪。一体いつからそこにいたんだろう。ちがう、そんなことはどうでもよくて。自業自得にしろ、もうちょっとマシなやらかし方があったでしょ……。


「……キースリング様」

「──君がそんな、自分の能力を笠に着て、他人を見下すような奴だとは思っていなかったよ」


 リュメルは心底失望したと言いたげな顔で、私を睨みつけた。言い訳も何もできず、ただただ居心地悪く、私はその場に立ち尽くす。


「僕のことも、もしかして馬鹿にしていた? ああいや、そんなことはどうでもいいか。君との魔術の練習、もういいよ。もともと、君嫌がってたもんね。僕も、友達を侮辱するような人に教わりたくなんてないさ。悪かったよ、無理に押し付けて」


 うんざりしたように吐き捨てて、リュメルは私に背を向けた。

 その場全てが凍り付いたように、誰も何も言わず、動かなかった。まるで、リュメルがその空間を支配しているかのように。

 そのままリュメルはすたすたとイザーク達の方に歩いていき、先ほど声を荒げていた下級生を見下ろして言い放つ。


「次校則違反を犯したときは、退学だよ。このことは上まで報告しておくから」

「ひっ、は、はい……」


 リュメルの出す絶対零度の空気に、さっきまで元気だった彼も流石に逆らう気にはなれなかったらしい。


「行こう、イザーク」

「え、えぇ……」


 リュメルは、まだ固まっていたイザークの腕を引っ張り、食堂に入っていく。エンジェラは、戸惑ったように何度か私と二人を交互に見やった後、躊躇いがちに二人について食堂に入っていった。


「……リラ、大丈夫?」


 ヴィクトリアに、肩をたたかれて、私は我に返った。


「びっくりした……リラ、なんであんなこと言ったの」

「いや……言おうと思ったわけじゃなかったんだけど……」

「キースリング様、めちゃくちゃ怒ってたけど……大丈夫?」

「……さぁね」


 自分の行動が馬鹿すぎて嫌になるし、ちょっとこれは予想外の展開すぎて頭が痛くなるけど、ひとつこれだけは思ったこと。


「自分のために怒ってくれる友達がいるってのは、紛れもなく大きな取柄じゃんねぇ……」

「ん、なんて?」

「なんでもない」


 それから、前世の友よ。あんたの歪んだ愛し方は、多分誰にも理解できないよ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ