三十三話 悪魔の交渉
「生徒の諸君、新年おめでとう。学院に戻ってきてすぐ授業が始まり大変だろうが、鳥ノ月の三週目には魔術決闘大会がある。心してかかるように」
日は飛ぶように過ぎ、新たな学期が始まった。
アベライト生誕祭の後、私達は国治隊の寮に戻った。そして仕事と鍛錬に明け暮れること数日。気がつけば学院に向かう人運箱に乗り込んでいた。
私の隣に座るウィスティの首には、見慣れないネックレスがかかっていた。目ざとく見つけて尋ねた私にウィスティは少し頬を染め、二人きりで行ったアベライト生誕祭の最終日に、ルゥーにもらったのだと教えてくれた。ウィスティの誕生日は鳥ノ月だけど、学院に行っていて会えないから先に渡しておく。そう言われたらしい。
誕生日を免罪符にしているくせに、ちゃっかり躑躅色の石、つまり自分の瞳の色がついたものを贈っているんだからちょっとイラッとした。もちろんウィスティにはよかったねと笑っておいたけど。
そして今、新年最初の授業日、エンジェラとの話にも出た魔術決闘大会についての説明が行われていた。前に立った教師が、教室中を見回しながら話を続ける。
「例年通りだが、改めて説明する。通常通りの魔術決闘をトーナメント制で行い、各学年でのトップを決めた後、第一から第三までの下半学年、第四から第六までの上半学年でそれぞれ決勝戦が行われる。君たちに関係はないが、第三と第六学年からは代表が二人ずつ選ばれる」
この魔術決闘大会、私は出るべきじゃないとおもうんだけど、どうだろう。ぼーっと話を聞きながら、私は考えていた。後で理事長先生にでも相談しよう。
「ついては、魔術の訓練のために魔術競技場を解放する。臨時で壁を増設し、部屋数を増やしている。予約に関しては通常通りの方法だが、原則として一部屋二名以上で利用すること。そして一日での可能利用時間は最大一時間だ。予約は朝から早い者順に受け付ける。破った者は大会までの準備期間中、競技場を利用できなくなるため、注意するように」
ここの魔術決闘大会はとても盛大なもので、あらゆる生徒の親が見に来るし、なんなら国王陛下も来る。魔術騎士団や国治隊のトップも見に来るから、生徒にとっては勝ち上がるほどにそういうところから声をかけてもらうことができる、つまりは明るい将来への第一歩というわけだ。ただの学業じゃない、魔術師として将来活躍することを夢見る生徒たちにとって、実に重要な機会なのだ。それに私が出れば、本気で行くにしろ手加減して途中で負けるにしろ、本来ならば生徒に与えられる機会を奪うことになってしまう。
「決闘大会については以上だ。質問があれば後程教員に聞くこと。それでは授業に入る」
先生が話を切り上げ、授業に入る。
前の席に座っているリュメルが、ちらりと振り向いて、私に視線を投げかけてきた。何かを言うわけではない。
決闘大会の説明が行われている間中も、何度もチラチラとこっちを見てきていたのだ。気になるし、今のところは何も話しかけて来ていないけれど、嫌な予感がする。アベライト生誕祭でのこともあるわけだし。
その予感は授業終了後、さっそく当たってしまったのだった。
「モーガンス。単刀直入にお願いするけど、魔術決闘大会に向けて、僕の練習に付き合ってもらえないかい?」
「……なぜですか?」
珍しく、教室外の人気が少ない場所に連れ出された。一番初めに、魔術決闘を申し込まれたときに比べると、素晴らしい成長だ。割と無理やり私がこの人に連れ出されるのも、今は皆あまり気にしない。なぜなら今はクラス中の人が、「リュメルが私の魔術に興味を持っている」ことを知っているからだ。
他意はないから、女の子も大して気にしていない──が。人目がないとはつまり、リュメルが本性を出してくる可能性があるという事でもある。
「なぜ君を選んだのかというと、まあ言うまでもないよね。決勝戦に出るのに、一番の障害になりそうだからだよ。それに決勝戦に出たら出たで、上半学年と下半学年ではレベルが大きく違うんだ。第四学年は一番下の学年。優勝がかなり難しいのは考えずとも分かるでしょ? その分、君に練習に付き合ってもらえば、僕は確実に強くなれると信じている」
別に、私を選んだ理由を聞いているわけじゃないんだけど。
でも、リュメルもきっと私の「なぜ」を正しく汲み取っているんだと思う。そして私も、私の質問に対してこの人がどんな答えを用意しているのか察しがついた。でも逃げたい。面倒くさい。
「そして君が聞いているのが、『なぜ君がわざわざこんな面倒な頼みを聞かなければならないのか』なら……忘れてないよね? アベライト生誕祭でのゲヴルスト、別のことで払ってもらうって言ったこと」
そんなことだろうと思ったよ。対価がデカすぎませんかね。そして、嫌な予感はまだする。
「……練習に付き合うというのは、一度だけのことですよね?」
「ふふっ、やっぱり騙せないか。言質をとって丸め込むつもりだったんだけど」
「ゲヴルスト一本の対価にしては大きすぎませんか?」
「そういう意見もあるかもしれないね」
リュメルは読めない笑顔で、ふむ、と考え込む素振りを見せてから、「そうだ」と手をぽんと打った。
「僕と君じゃ、君の方が断然強い。だから、一緒に練習というよりも君という先生に教えてもらうことになるね。教えてもらうのじゃ、たとえ一回でも、ゲヴルスト一本じゃ釣り合わないよね?」
やけに白々しい物言い。今度は何を言い出すのかと、私は思わず身構えた。
「でも、モーガンスはお金を払うと言って、僕は別のことで払ってもらうと答えた。つまり、君に一回は練習に付き合ってもらわないと、約束を破ることになる」
いつの間に約束なんて仰々しいものになったのか。リュメルが一方的に決めただけのくせに。
「だから、一回目の練習に付き合ってくれたら、君に相応のお礼をするよ」
「……お礼とは、何でしょうか」
にやりと音でもつきそうな、悪い顔をするリュメル。というかもう既に、一回目って言ってる時点で逃す気がない。
「そうだなぁ……。女の子が一番喜ぶものといえばアクセサリーかな。髪飾りとかどう? アベライト祭のときは綺麗なコームをつけていたよね。君の瞳の色も似合っていたけど、僕はシトリンとかも似合うと思うんだ。君はどう思う?」
そう言いながらリュメルは肩にかかった私の髪の方に手を伸ばしてくる。私は内心、はぁ?? と思いながら一歩後ろに下がり、手を避けた。
シトリンはアイオライトのように、宝石の名前だ。その色は、蜂蜜色──リュメルの瞳の色だ。
瞳の色は魔力の色と同じ。自分を表す最も重要な色だ。それを贈るのは、相手が恋人やら婚約者やら、何かしらそういった意味で特別だというのを示すものだ。指輪やネックレスほど露骨じゃないけれど、髪飾りなどでも十分その役割を果たす。
ただし、リュメルがどういう意味でこれを言っているのかと言うと、きっと私が好きとかそういうのは微塵もなくて。
「受け取って貰えないと困るから、渡すならちゃんと教室の真ん中で渡すね。証人がいた方が、君は四の五の言わず受け取ってくれるでしょ?」
リュメルの笑みの圧力。空を切った手を握りしめ、もう一歩近づいてくるから、また後ろに下がると、踵が壁に当たった。もうこれ以上後ろに行けない。
そうして、悪魔の言葉が放たれた。
「それか──君が、僕との練習に想定以上の価値を見出して、僕との練習の時間が髪飾りよりもよっぽど有意義だというのなら、それでもいいんだけど」
「…………」
思わずリュメルの顔を睨みつけた。でもリュメルは余裕の表情で目を細めるだけだ。
おかしい。これって、今の話はゲヴルストのお礼のお礼の話なのだ。なんでどっちが良いかではなく、どっちがマシかを選ばされているのか。どうかしている。望んでもいないお礼のお礼の話をされている時点でもう既におかしいんだけど。
髪飾りを受け取ることは、せっかく周りにリュメルと私が魔術を巡ってだけの関係と理解してもらえているのを、ぶっ壊すことだ。
つまり彼が言っているのは、練習に付き合え、さもなければ全女子に睨まれるような火種を投下するぞ。そういうことだ。しかも受け取り拒否は不可能。
お礼の選択肢なんかじゃない、どう考えてもただの脅しだ。ひどすぎる、悪魔だ。
でも一応、私の中ですぐに答えは出た。だって私が面倒くさいと思うだけのことと、実際に面倒事に巻き込まれることなら、まだ前者の方がマシだから。
そして一分ほど、何度もためらう振りをして焦らした後、誠に遺憾ながらも、私は彼の望む返事をしたのだった。
「……分かりました。お礼は結構ですので、キースリング様の魔術の練習にご一緒させてください──いえ、キースリング様を特訓させてください」
私の言い直しに、リュメルは目をぱちくりさせてから、明るい声で尋ねた。
「決闘大会まで?」
「はい」
「本当? 助かるよ、ありがとう!」
ぱぁっとリュメルは顔を輝かせた。彼に笑みを返しながら、私は心に固く決意する。
アイーマのスパルタ方式で行こう。絶対に、練習中に一回は吐かせてやる。




