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三十一話 アベライト生誕祭

 アベライト生誕祭は五日間続くけれど、一日ごとにテーマがある。それは水、火、風、土、そして光の五つだ。そのテーマに合わせて出店が毎日変わり、パレードが行われる。

 初日は水だ。王都中のあちこちに置かれた円形の石プレートからは優雅に噴水が吹き上げ、立ち並ぶ家々や店の軒先には水色の風船が飾られている。美しい氷の彫像を披露している人もいれば、見事な飴細工を売っている人もいる。楽しそうに数人で駆け回る子供たちや侍女侍従を引き連れる貴族たち、また二人きりで甘い時間を過ごすカップルなど、とにかく人でいっぱいだった。

 張り切ったエルマに連れられ、私とウィスティはあちこちを歩き回った。色々な食べ物を食べ歩き、道行く人が披露する芸を楽しむ。

 夜は、パレードの時間だ。ウィスティ含め三人で早めにモーガンス宅に戻ってから、夕飯の準備をする。といってもほとんどは買ってきたものだけど。

 エルマ曰く、水のパレードが一番好きらしい。家のベランダからは丁度綺麗にパレードが進む大通りが見下ろせた。ベランダにテーブルと椅子を出して、まったりと夕食を食べながらパレードを眺める。

 パレードの人たちは煌びやかで幻想的な衣装をまとっていて、水と光で美しいパフォーマンスを披露しながらゆっくりと進んでいった。進む行列の両脇にはまだたくさんの人がいて、みなじっとパレードを見ている。

 暗闇に踊る水しぶき、照らす色とりどりの魔力の光。それはそれは、幻想的な光景だった。


 二日目、火の日。この日こそはリージエも祭りに行くことができ、ウィスティと二人で穏やかな時間を過ごしたらしい。私はエルマと再び祭りへと繰り出した。出店が変わるのもそうだけど、なんせそれなりに広い王都全体でのお祭り騒ぎなものだから、昨日行っていない場所がいくらでもあった。

 エルマと私二人だけで出かけると、エルマはよく雑貨店で立ち止まっては、私に何かを買おうとした。じゃらじゃらと派手めな髪飾り、ネックレスやブレスレット、ピアスなどのアクセサリーなど。ピアスは開けていないし、正直仕事で動くのに邪魔になるからあまりアクセサリー系も使わない。私だって給料をもらってるのに、あれこれと買ってもらうのも申し訳ないからと断っていると、最終的にエルマはきれいな編み紐を買ってくれることで落ちついた。白と青、そして薄紫で編まれた丈夫な紐。お守りだから、と言われて受け取ったけれど、こういう編み紐は髪につかったりその他用途に富むから、いいものを買ってもらったと思う。

 お返しに、目についた白い花をあしらった上品な雰囲気のバレッタを贈ったら、ものすごく喜んでくれたので、よかったと思う。

 三日目の風の日は、休暇に入る前にヴィクトリアと約束していた。ヒューロンとウィスティも一緒の四人で、わいわい騒ぎながら歩き回る。と言っても騒いでいたのは主にヒューロンとヴィクトリアだったけど。

 四日目土の日はルゥーが休暇を取れた日だったので、四日目は三人でぶらぶらした。


 そして、五日目──アベライト生誕祭最終日、光の日。この日もルゥーは仕事が休みだったけれど、私はエンジェラに誘われたので彼女と二人で行くことになっていた。自ずと五日目はウィスティとルゥーが二人で回ることになったので、いい加減少しでもいいから進展すればいいと思う。本人たちには死んでも言わないけどさ。


「リラ、あけましておめでとう! 服めっちゃかわいい! メイクしたらめっちゃ美人さんだ! それでね、さっそくなんだけど、私王城の方に行きたくて。いいかな? ちょっと歩かなきゃいけないけど」

「あけましておめでと。別にいいけど、朝から元気だね」


 この世界に来て久しく聞いていなかった新年のあいさつを聞いて、笑みがこぼれる。いつもよりおしゃれをしたエンジェラは、やはり主人公らしく可愛くて輝いている。

 一応お祭りでも人運箱は動いているのだけど、エンジェラはあちこち見ながら行きたいらしい。のんびりとおしゃべりしながら、王城の方へ向かうことにした。

 私はカップに入ったジュースを手に、エンジェラは綿菓子を手に。光の日は五日間の中で街の装飾が一番煌びやかで、見ていてとても楽しい。


「あのね、王城の方へ行きたいって言ったでしょ? あれ、なんでかっていうと、お昼ごろに王族のパレードがあるんだって! イザーク様が特別に教えてくれたんだけど、王城付近で待機してたら、一番近いところで会えるかなって思ってさ!」

「それって、サグアス第二王子殿下にってこと?」

「うん、そう。言ってたっけ? 私、サグ様が前世での最推しなんだぁ」

「ふうん。じゃあ、原作通りサグアス王子を狙ってるってわけ?」

「狙ってるって言わないでよ、なんか肉食女子みたいじゃん。……まぁ、事実なんだけど」


 ぽっと顔を赤らめ、恥ずかしそうに頬を抑えるエンジェラはとても可愛らしい。その横顔を見ながら、私は失礼だと思いながらも、現実的な心配をしてしまう。


「……でも正直なところさ、殿下は婚約者がいるわけじゃん。イザークとかだったら二人きりで交流してもあまり問題ないかもしれないけど、原作のエンジェラみたいに深く気にせずに殿下と二人で会ったら問題じゃない? 原作のエンジェラはそのあたり無知だったけどさ」

「……そう、それはそうなんだよねぇ。『知ってる』って、ある意味厄介なんだよね。原作通りにしたらすんなりと殿下と結ばれるのかもしれないけど、色々と既に違いすぎるの! だって原作の二人は同じくらいの進度でお互い好きになってくじゃん? 私なんか、今もうすでに一方的にサグ様好き!!!! って状態だし。それに性格だって違うしー! 原作のエンジェラ通り振舞おうと思ったけど、無理だもん! 殿下には私の事好きになってもらいたけど、取り繕った私じゃあ意味ないし」

「……大丈夫だと思うよ」


 確かに原作のエンジェラよりも落ち着きがなく向こう見ずなところはあるけど、誰よりも素直でまっすぐなところは同じだから。


「違いと言えば、思い出した! 悪役令嬢がアイオラじゃないんだけど、どういうことかリラ、知ってる?」

「それ、私も気になって調べたんだけど。この世界のアイオラ・エーレンベルク、なんか行方不明みたい」

「行方不明!? 私友達に聞いたとき、そんな子存在しないよって言われたんだけど……」

「まあ、いろんな事情があってね。公的には存在しないことになってるの。それで、クロエ・レイヴン侯爵令嬢が立場的にアイオラの代わりみたいになってる」

「へぇ、そうなんだ」


 大きく口を開けて、エンジェラが残った綿菓子をぱくりと口に入れる。

 私達はかなり歩いて、小さく王城が見えるところまで来ていた。


「そういえば、前エンジェラ言ってたじゃん? 原作で事件が起きる時期についてさ。原作の他の事件とかの時期とか、覚えてたりする? 私の記憶、あんまり定かじゃなくて」

「え? うん。前世の記憶思い出してから、事細かに記録しといたから大体は覚えてるよ」


 原作で起こった事件と、現実で起きた事件の時期が被っている。それはエンジェラに聞いて初めて知ったこと。原作の強制力というか、なんらかの関連がそこにあるのなら、原作で事件が起きた時期に何かが起きると警戒しておくことができるかもしれない。もちろん絶対ではないけれど、そう思ったのだ。


「まず、露ノ月(じゅういちがつ)の事件はアレでしょ、シグムンドとヴィヴェカに『魔力を増やす訓練』みたいなのに誘われて、魔力吸引機で魔力を吸われて魔力欠になる事件。そういえばあれを助けてくれたのがマークス先生とサグ様で、エンジェラとサグ様との仲が近づく一番初めのきっかけだったんだっけ」

「んーと……なんか、ごめん」

「あはは、リラのせいじゃないよ。私も死にそうになるのなんてごめんだし。その分私が頑張ればいいの! それはそうと、二回目の事件は魔術決闘大会だよね」

「それは覚えてる。精神操作で生徒が何人も魔力暴走を起こした事件でしょ」


 決闘最中に、あちこちで生徒が一斉に魔力暴走を起こしたせいで、大騒ぎになるのだ。エンジェラの対戦相手も例に漏れず暴走し、それにエンジェラは巻き込まれてしまう。


「そうそう。そこで、エンジェラが危険にあったときに、サグ様はエンジェラのことが好きだってことを自覚するの!」

「残念ながら、一般生徒に危険は及ぼさないからね」

「あははー……どうしよう、私サグ様のことちゃんと落とせるかな」


 エンジェラが遠い目になるのを横目でちらっと見てから、私はさらに尋ねた。


「あとは?」

「次は、エンジェラが微覚醒する事件かな。春休暇に、シグムンドとヴィヴェカに出かけようって誘われて、出かけ先でお忍びサグ様に遭遇したやつ。自分の危険じゃなくて好きな人が危険に合った方が覚醒するって、やっぱり主人公の鏡だと思わない?」

「あ、思い出した。それでシグムンドたちはサグアス王子に照準をさだめたんだっけ」

「そうそう。それで最後の決戦が多分、春休暇が終わって二週間後くらい」


 ふむ、と頭の中で情報を整理する。


「結構急ピッチだね。ありがと、エンジェラ」

「どういたしまして。目下の予定は鳥ノ月(にがつ)の魔術決闘大会かな? 頑張ってね、国治隊員さん!」

「まだ何かあるって決まったわけじゃないけどね」


 ムスタウアのことは何も話していないけど、言わずともエンジェラは案外察しが良い。好奇心は旺盛でも踏み込んではいけないラインをきっちり見極めてくれるのが、とても助かる。そんな私の気持ちを分かっているのかいないのか、エンジェラは無邪気に話を続けた。


「それでね、原作であった魔術特訓! サグ様と距離を詰めるなら、そこしかないと思うの。だからイザーク様に、また特訓付き合ってってお願いするつもりなんだけど……原作と比べてあんまりサグ様との距離が近まってないから、うまくひっかけられるかな? って不安なんだよね」

「原作ではイザークにお願いしてるときにサグアス王子が声をかけてくるんだっけ? 仲良くなってないなら難しそうだね。自分からイザークにお願いしてなんとか教師を増やしてもらっても、イザークが声かけるなら普通に考えてサグアス王子よりもリュメルだしね」

「そうだよね……。私もそう思う。あ、リュメルといえばね、この人も原作と違って全然仲良くなってないの。最初にイザーク様と仲良くしてるって聞きつけて、警戒して接近してきたくらい。リュメルの女癖見ちゃう出来事もなかったし、全然興味持たれてないや」

「へえ、そうなんだ」


 ……なんか、本来エンジェラに向くはずの興味が心なしか私の方へ向いているような気がしないでもないんだけど。


「まあ、私単純だから、リュメルみたいな腹黒さんはあまり好きじゃないんだよね。だからある意味ラッキーかも?」

「ある意味じゃなく普通にラッキーだよ。近づくだけ危険」


 むしろ代わってくれ。そんな気持ちで思わず言ってしまった言葉に、エンジェラは何かに気づいてしまったように私の顔を見てきた。


「……リラってリュメルより強い?」

「残念ながら」

「同じクラスだよね……。爪、隠してないの?」

「不慮の事故のため、鷹になりそこねました」

「ああ、じゃあ目をつけられちゃったんだ」

「そう。あの魔術狂いめ。おまけにきっちり私がされたらやなこと把握して、脅してくんの」

「あははっ、すごいね! さすがだなぁ」


 軽快な笑い声を上げるエンジェラを、ジロっと睨む。


「笑い事じゃないよ。今は何もしてくるそぶりは見せないけどさぁ、私、こう、人に弱み握られるの大っ嫌いで、むしろ弱み握り返したいタイプなもんで。どうすればあの人相手に優位に立てるのか。クラスのど真ん中で、魔術でリュメルのことボコボコにするよって脅しでもしたらいい?」

「あはは、それ実際にやったらリラの人生終了しない? 大丈夫?」

「どう頑張ってもだいじょばないから、もう潜入任務が終わるまでの辛抱だと思ってあきらめてる」

「そっかぁ。まあ、頑張れ! それはそうと、噂をすれば見つけちゃったんだけど、あそこにいるの、リュメルとイザーク様じゃない?」

「本気で言ってる?」

「本気って書いてマジと読む」


 綿菓子が刺さっていた棒で、エンジェラは前方を指さす。

 少し先にある出店の前で、確かに見覚えのある、身なりの整った黒髪の男と焦げ茶の髪に眼鏡の男、二人が立っていた。


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