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三十話 準備

「ほら、やっぱり良く似合うわ。私の目に狂いはないのよ」


 鏡に映る私の姿を見て、エルマは満足そうに頷いた。


 新年、そしてアベライト生誕祭初日。朝からエルマにワンピースを着せ付けられ、私は出かける準備をしていた。あと三十分ほどで、ウィスティとリージエがモーガンス宅にやってくることになっている。

 私はくるりと鏡の前で回ってみる。制服以外、普段はまずスカートやワンピースは着ないので、制服のそれよりも長く、回れば風を受けてふわっと広がるスカートは少し面白かった。

 エルマが腕によりをかけて作ってくれたというワンピースは、白いブラウスにスカートをくっつけたような形だ。

 スカートは白地に青紫のチェック柄の、ミモレ丈のフレアスカート。すそを飾るフリルには、紫色のライラックの花の細かい刺繡が全面に施されている。ブラウスは、広めのV字ネックを飾る大ぶりのラッフルフリルに、ランタンのように膨らんだ先から広がるフレアスリーブ。胸のリボンはスカートに合わせた青紫色だ。そして、ウエストは黒いコルセットベルトで締めてある。

 靴はベルトに合わせて黒いショートブーツだ。少し高めのヒールが歩くたびにカツンと立てる音が心地良い。


「よし、じゃあ髪を結うわよ。座ってちょうだい」


 促されるままに、鏡台の前のイスに座る。エルマは私の後ろに回り、髪をとかし始めた。


「リラちゃんっていつもハーフアップだけど、何か理由でもあるの?」

「髪を結ばないと鬱陶しいけど、全部あげちゃうと首元がスースーして落ち着かないから」

「そうなのね。じゃあ、今日は全部結い上げちゃうね! ほらみて、この髪飾り買ってきたの。かわいいでしょ?」


 鏡越しに見せられたのは、ヘアコームだった。たくさんのきらきらしたビジューに、アクセントとして小さい白と紫の造花たち。青と白のリボンが垂れていて、とっても可愛い。ワンピースから始まりブーツから髪飾りまで、こんなにも私のものを用意してくれたとなると、すこし申し訳ないとさえ感じてしまう。


「ありがとうございます、わざわざ。すごくかわいいです」

「ううん、私がリラちゃんを飾りたてたくてやってるのよ。この後、少しお化粧もしちゃうんだからね! あ、リラちゃん、前髪結い上げてもいい?」

「半分は残してください」

「ふふっ、りょうかい」


 話しながらも、エルマは手際よく私の髪を編み上げていく。その時だった。鏡台に置いていた魔信具からウィスティの魔力を感じ取って、私は魔信具を取り上げ応答した。


『…ライラ?』

「ん、おはようウィスティ。新年おめでとう。で、どうかした?」

『おめでとう。リージエさん、仕事入って、行けなくなったって』

「あら、そうなの? 残念ねぇ」


 漏れ聞こえたウィスティの言葉に、手を動かしながらエルマは言う。鏡に、残念そうに眉を下げている顔が映っていた。


「まあ、仕方ないわね、仕事だもの。リージエさんも偉いわ、新年早々駆り出されるなんて」

「本当に。じゃあウィスティ、リージエさんいないけど三人で回ろうか?」

『うん……でも、髪とか、してない』

「私やったげるよ。とりあえずうち来なよ」

『分かった、行く』

「うん、じゃあまたあとでね」


 通話を切り、一応エルマに確認を取ろうと思って話しかける。


「三人になっちゃったけど、いいですか?」

「そこにダメだっていう理由が見つからないわ。さあ、できたわよ」

「すごい、エルマさんやっぱり器用ですね」


 上の方から頭をぐるりとカチューシャのように裏編み込みをして、後ろはわりと高めの位置でお団子になっている。編み込み部分にはパールのヘアピンがたくさんちりばめられているようで、頭を振れば、後ろについているヘアコームのリボンが揺れるのが鏡越しに見えた。


「ありがと。あとは……お化粧の後に、前髪だけ巻きたいわね。ちなみに、ヴィーちゃんの髪はリラちゃんがするの? それとも私がしようか?」

「私がしたいです。ウィスティの髪、前からいじってみたかったんです」

「分かった。じゃあ、リラちゃんはヴィーちゃんが来る前にお化粧さっさとしちゃいましょうか」

「はい」


 この世界の化粧品は前世と同じように、色々と種類がそろっている。ファンデーションやチーク、リップに始まりアイメイクの諸々やシャドウ、ハイライト。名称は違うのだけれども同じそれらを使って、エルマは慣れた手つきで私の顔を彩っていった。

 顔が終わればあとは顔周りの髪をコテで緩く巻いて完成。おわりっ、とエルマが言ったのとほぼ同じタイミングで、玄関の呼び鈴が鳴った。


「ヴィーちゃん、来たわね。私、迎えに行ってくるわ」


 エルマが立ち上がっていそいそと玄関へと向かう傍ら、私はできあがった自分の顔を鏡で眺めていた。

 自分で言うのもなんだけど、私の顔は元々、彫りが深くパーツも整っていて、特別美人とは言わないけどそれなりに見られる顔はしていると思う。ただ可愛いと言うよりもシャープな印象。それが、メイクで目鼻立ちが強調され、華やかな印象だった。自分の顔なのに全然知らない人のように思えて、同時に見たことがあるような気もしてくる。

 顎を引いて、鏡に向かってにこ、と笑ってみる。目を緩く細め、口角は上げすぎない。お淑やかでお上品な笑み。

 ああ、やっぱり。これで髪を黒く染めれば──


「ライラ?」


 声をかけられて、ばっと振り向く。とても可愛らしいワンピースに身を包んだウィスティが、きょとんとして私を見つめていた。


「新年おめでとう、ウィスティ」

「……知らない人みたい」

「あ、ウィスティも思った? エルマさん、本当上手いよね、お化粧。ウィスティも後でやってもらいな。でもその前に髪するから、こっちおいで座って」


 さっきまで自分が座っていた椅子にウィスティを座らせながら、私は彼女の服装を確認した。

 ワンピースの色はベースはワインレッドで、膝丈のオープンショルダースタイル。白い襟はスタンダード・カラーで、胸元から腕、背中までをぐるりと白いフリルが包んでいる。袖はツヤツヤとしたサテンで作られた長袖のパフスリーブだ。ウエストをきゅっと締めたリボンベルトは同じワインレッドで、白いチュールのペチコートでふわりと膨らませたフレアスカートは、裾の方に行くにつれてクリーム色のグラデーションになっている。靴はブラウンの、膝までの編み上げブーツ。どちらも上品かつとても可愛くて、ウィスティによく似合っていた。

 ウィスティの髪をどうしようかと悩むこと数秒、私はエルマがたくさん用意してくれていた髪飾りやリボンから細めの白いリボンを二本選び出した。

 頭頂部から耳にかけて、カチューシャのような形で裏編み込みにしていく。それを並べて二本ずつ、左右どちらにも。そして二本の編み込まれた髪に、白いリボンが交差するように通していく。それを耳のすぐ上あたりまで通したら、リボン結び。

 あとは後ろの髪をふわふわに巻いたら完成。うん、編み込みとか久しくやっていなかったけど、久しぶりにしては上手くできた。濃紫の髪に白いリボンはこれ以上ないくらいに相性抜群だ。我ながらセンスがいい。

 ウィスティは鏡を見て目を丸くした。


「かわいい」

「でしょ?」


 ウィスティの髪は柔らかいから、いつもつい触りたくなる。こうしてウィスティの髪を真剣にいじる機会も今までなくて、私は満足だった。


「ウィスティの髪で遊ぶの楽しかった。またやっていい?」

「……日常に支障がない範囲で」

「やった。エルマさん、できました。あとウィスティの化粧もやっていただけますか?」

「もちろんよ。あらぁ、可愛いじゃない! リラちゃん、上手なのね」

「ありがとうございます」


 エルマの手によって、ウィスティにも化粧が施されていく。


「ライラ、こういうの、どうやって覚えたの。髪」


 ふと、ウィスティが聞いた。


「え? 普通に、周りがやってるの見て、かわいいなって思って調べて自分の頭で練習しただけだけど」

「……今まで見たことなかったけど」

()の話だよ?」


 ああ、とウィスティは納得の色を浮かべた。そうこうする間にエルマはウィスティの化粧を仕上げていた。やっばい、めっちゃ可愛いんだけどなにこの女の子。もともと目が大きくて鼻も口も小さくて可愛い顔をしてるんだけど、百倍増しくらいになっていた。ルゥーに見せつけたい。仕事で大変であろうルゥーに、私の妹がこんなにもかわいいって自慢したい。


「さあ、準備もできたことだし、外に出ましょうか? 結界が張られる時間も、そろそろなはずよ」

「ですね」


 新年、季節は真冬。服は袖無しなわけじゃないけど、薄手のワンピース一枚で出られるような気温では到底ない。けれどアベライト生誕祭の日だけは、それが可能なのだ。何故かというと、王都全体に巨大なドーム型結界が張られるから。国の有能な魔術師たち数名で張られるおおがかりな結界の中では、空気が温かく保たれる。それを張るのは初日の昼頃で、それが張られるのが祭りの始まりの儀式のようなものだ。

 モーガンス宅は王都の中にあるから、結界が張られてしまえば家の外でも寒くないのだけど、今は普通に凍えそうなほどに寒い。しっかりと上着を着込んで、三人で玄関をすぐ出たところで空を見ながら待機した。


 すぐに、結界張りは始まった。これは毎年見ているけど、いつ見ても美しい。

 王都のど真ん中にある大きな広場で、魔術師たちによって魔力の光が打ち上げられる。数人の魔力の色が混ざった一本の光は空高くまで登り、花火のようにぱぁっと空を彩る。

 赤、水色、黄色、紫、ピンク、黄緑。色とりどりの光がふわりとドームの形に大きく広がり、シャボン玉のような半透明のドームを作った。光の壁は少しの間だけゆらゆらと揺らめいた後、きらきらと弾けるように上の方から消え失せていく。

 こうして、祭りは始まった。


書いてる作者だけが楽しい回となりました。

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