二十九話 休暇
そういえば、リラ達が戻っていたら執務室に来るように、とモーガンス副司令官が言っていたよ。
そうガスパルに伝えられ、私とウィスティはギードの執務室に来ていた。
「失礼します」
執務室の扉をノックして入ると、ちょうど椅子から立ち上がったギードに迎えられた。
「リラ、ヴィヴェカ、おかえり。そしてご苦労さま。学院生活はどうだったかい?」
「魔術学院がどのような感じなのかを見るのは新鮮で、楽しかったです」
「そうか、それはよかった」
穏やかな笑みを浮かべ、ギードは「それはそうと」と話を切り出した。
「君達に連絡しなければならないことが数点ある。まず一つ目は、アイセル・コワードについてだ。彼は現在、国治隊管轄の療養所に入っているんだが、つい昨日判明したことには、彼の魂に極度の疲労が溜まっているそうだ。そのため、魔力を作り出す力が劇的に弱っているのだと。しばらく安静にしていれば自ずと回復して目を覚ますだろうと、治癒士が言っていたよ」
「……つまり、自然回復を待つしかないということですか」
「そうとも言う」
私たちの顔を見て、ギードは苦笑する。
「大きな手がかりが得られたと思ったらまだ時間がかかるというのは確かに残念だ。が、そう暗い顔をすることは無い。リラ、君がアイセルから受け取った例の球、あれは吸魂具問題の解決への大きな一歩となる。十分に大きな功績だ。だから、冬季休暇が明けるまでゆっくりと休みなさい」
「はい。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
休めったって、毎年年末から年始にかけてが一番仕事が多い時期なんだけどな、思っていると、それを見抜いたようにギードはにやりと笑った。
「ここで君達に朗報だ。年の初めのアベライト生誕祭の警備、君達は参加しなくてもいい」
「えっ」
毎年、年の初めである日ノ月の一日から五日までの五日間、王都で大きな祭りが開催される。始祖アベライトの生誕、そして建国を祝う盛大なものだ。
王都は様々な屋台で溢れ、音楽が流れ、パレードが行われる。平民はもちろん、貴族もその五日間ばかりは自由に王都を出歩き様々なものを楽しむのだ。
地方からも多くの人が集まるため、人が溢れかえり、様々な揉め事も多数起こる。そのため、国治隊と魔術騎士団は総出で王都中の警備にあたるのだけれど。
「……潜入中、だからですか?」
ウィスティが首を傾げると、ギードはその通りだ、と頷いた。
「君達が警備に当たっている時に、学院の生徒と鉢合わせるとまずいからね。それに、君達は今までアベライト生誕祭を普通に楽しんだことは無いだろう? この際だし、君たちに合わせて、シグムンドにも休みを作ろうと思う。流石に五日間ずっと抜けられると困るから、二日か三日くらいになるだろうが。休息がてら、ゆっくり三人で祭りを楽しんでくるといい」
「本当ですか! ありがとうございます」
「ありがとうございます」
ギードの言う通り、私とウィスティは今までアベライト生誕祭に警備以外で参加したことがなかった。多分ルゥーは、幼い頃は行ったことがあると思う。
ちらっとウィスティの方を見やると、目を大きく見開いて、じぃーっとギードの顔を見つめている。表情こそあまり変わらないけれど、藤色の瞳はきらきらと輝いていた。
「年末年始は我が家に帰ってくるね、リラ?」
ギードに問われ、頷く。普段は国治隊の寮住みだけど、毎年年末年始はギードと、私の養母にあたるギードの奥さんの二人で住む家に泊まらせて頂いているのだ。
ギードはホッとしたように笑った。
「今年君達が警備に付かなくていい、というのをうっかりエルマに漏らしてしまってね、大層はしゃいで君の帰りを楽しみにしているんだ。それでリージエさんにまで伝わってしまってね、二人で君達の生誕祭のお出かけ用の服を作っていたよ」
「ふふっ、そうなんですね」
ギードの奥さん、エルマはとても明るく気さくで可愛らしい人で、養子になったのは二人がまだ新婚だったころなのだけど、当時から私にもとても良くしてくれる。はしゃいでいるところが容易に想像できて、ついクスッと笑ってしまった。
ちなみにリージエというのがウィスティの養母で、こちらはとてもスラッとしてクールな美人さんだ。
「話は以上だ。大体の書類仕事は他の人が片付けておいてくれただろうし、君達が書かなければいけない報告書以外に、そう必死に取り組まなければならない仕事はないと思うが……どうかな? ゆっくりと休めそうかい?」
その言葉に、休めと言われても休めないじゃん、と考えていたのがバレていたことを悟る。私は思わず苦笑いした。
「……はい、出来そうです。お気遣いありがとうございます」
隣でぺこりとウィスティが頭を下げて、私達はギードの執務室を後にする。
ギードは最後まで、可笑しそうに笑っていた。
***
「リラちゃん! おかえりなさい!」
今年が終わるまで、今日を含めてあと二日。
ギードと共に帰ったモーガンス宅で、出迎えてくれたのは赤茶のショートの髪をした若い女性だ。
私を見るや否や顔を明るくしたエルマは、勢いよく私に抱き着いてきた。
「お久しぶりです、エルマさん。そんなに動いて、大丈夫なんですか?」
「ふふ、安定期に入ったから平気よ。今六ヶ月なの、大きくなったでしょう?」
膨らんだ腹を撫でてエルマは嬉しそうに笑う。そのお腹にいるのは、エルマとギードの愛の結晶だ。
「はい。元気そうで何よりです」
「リラちゃんもね。さぁ、二人とも、上がって! 私、ケーキを焼いたのよ」
パタパタと足音を立てて、中に入っていくエルマの後に、私とギードは続いた。
「あのね、リラちゃんたちが今年アベライト生誕祭に行けるって聞いて、私どうしてもリラちゃんのお洋服作りたくってね、頑張っちゃったの。リージエさんにも相談して、布から買って、リラちゃんとヴィヴェカちゃん用のワンピース作ったのよ!」
「布から? すごい、わざわざありがとうございます」
私の真正面に座り、にこにこと楽しそうに話すエルマ。その話に相槌を打ちながら、エルマ作の、ふわっふわのシフォンケーキを口に運ぶ。ふわっとした生地が口の中で崩れて、優しい甘みが広がった。
「私がやりたくてやってることだから、いいのよ。でも、すっごくかわいくできたから、後で見てほしいし、あとそう、サイズ合わせのために試着もしてほしいな。着てくれる?」
「もちろんです。ワンピースとか、着るの久しぶりだから楽しみです」
「リラちゃん綺麗な顔してるんだから、休みの日とかもっと着飾ればいいのに。まあスタイルがいいからパンツスタイルでもなんでも似合っちゃうのが悔しい!」
「ありがとうございます。でも、褒めても何も出ませんよ?」
「もう、本気で言ってるのに。あ、そうそう、生誕祭の日は、私に髪結わせてね? お化粧も少ししたいな。リラちゃんを着飾らせるの、すごく楽しみにしてるんだから!」
「んふっ、よろしくお願いします」
「あー! 今、笑ったでしょー!」
妙に気合の入った調子でエルマが言うものだから、少しおかしくなって笑ってしまう。エルマはそれに反応して、ぷくっと頬を膨らませた。
本当に、可愛らしくて楽しい人だ。立場的には養母と称すのが正しいけれど、母というよりも年の離れた姉というような感じ。料理やお菓子作りも上手だし、彼女がいるだけでその場の雰囲気が明るくなる。こんなに良いお嫁さんをゲットしたギードが羨ましいくらいだ。
私達のやり取りを穏やかな顔で見守りながら、ギードは無言でケーキをぱくぱくと食べ進めていたが、不意に口を開いた。
「リラは、誰とアベライト生誕祭を回るのか、決まったのかい?」
「ええと、三日目と五日目は学院の子に声をかけてもらったので一緒に行くのと、四日目はシグムンドの予定が空いたので、ヴィヴェカと三人で行こうって話になってます。初日と二日目は特に決めていなくて、果たして毎日わざわざ騒ぎに行く必要があるのかとヴィヴェカと悩んでいました」
「あるわよ!」
突然、ドンっとテーブルをたたいて、勢いよくエルマが立ち上がった。思わずびくりと肩をすくめる。
「あのねぇリラちゃん。警備で見るのと、実際に遊ぶのじゃ全然違うのよ。初日に一番盛り上がるのに、家でのんびりしてていいことないわよ! いいわ、初日は私と、リージエさんとヴィーちゃんも誘って四人で行きましょう! あっ、でも私リラちゃんと二人きりでも行きたかったのよねぇ……でも、四人でも回りたいし……そうね、二日目は私と二人きりでデートよ! いいかしら、リラちゃん。拒否権はないわよ」
「え……あ、はい」
私は唖然として、目をらんらんと輝かせながら意気揚々と語るエルマを見つめていた。ギードが苦笑している。
「エルマが、君と二人きりでどこかに出かけたいというのは、以前からよく言っていたんだ。リラ、君さえよければ、付き合ってあげてほしいな」
「ちょっとギードさん、それじゃ私がリラちゃんにわがまま言ってるみたいじゃない? 私はリラちゃんに教えなきゃいけないのよ、祭りを楽しむということを!」
「っふ、拒否権はないって言ってる時点で、私は付き合わされる側じゃないんですか?」
「んもーっ! リラちゃんまでそういうこと言う! 意地悪なんだから」
「あはははっ、すみません。エルマさんの反応が面白いから。私も二人で行きたいです。楽しみにしてます」
思わず吹き出すと、エルマはしょうがないなぁという顔で腕を組む。それを、微笑ましそうにギードが見つめていた。
楽しい五日間になりそうだ。
地の文では基本人物名呼び捨てにしているんですが、エルマに関してだけは毎回なぜかエルマさんと書きたくなります。エルマさん……




