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ニ話 仲間と私

「ライラ、ウィスティ。ほら、これお前達の制服。もらってきたぞ」


 ギードに話を聞いた二日後。

 私と、もう一人ギードから指名のあったウィスティことヴィヴェカは、国治隊本部内の寮の自室で荷造りしていた。袋に入った学院の女子用制服を腕に数着抱えてやってきたのは我らが兄貴分、ルゥーこと今回お留守番のシグムンドだ。

 いよいよ明日は、私達が学院に入る日だった。


「あっ、ありがとルゥー。制服、どんな感じ?」

「自分で見てみろよ。採寸したから大きさは大丈夫だろうってギードさんが言ってたけど、一応試着しとくか?」

「いや、どうせ大丈夫だろうし、私はいいや。ウィスティは? 着てみる?」


 ウィスティを振り返ると、私の妹分は藤色の瞳でじっと袋に入った制服を見つめた後、こくりと頷いた。


「ちょっとだけ、着てみたい」

「ん、じゃこれ。あっちで着てきな」


 ルゥーが差し出した制服を腕にかけ、いそいそと奥の部屋へと消えるウィスティ。残りの制服を床に置きながら、ルゥーはその後ろ姿を目で追いかける。


「男子生徒用の制服はないんですか?」


 からかい混じりにルゥーの腰を小突きながら言うと、ルゥーはちぇっと口を尖らせた。


「ねぇんだよ、分かってるくせに。いいなぁ、魔術学院、俺も行ってみたかったなぁ」

「学院行くには、ちょっと歳食い過ぎだね。残念」

「年齢偽装ぐらい、簡単に出来るのになぁ。なんで俺だけ留守番なわけ?」

「法律を一番守るべき国治隊に所属しておきながら、よく言うよ。っていうか、もし偽装しても、ルゥー老けてるからすぐバレるって」


 私が思わず笑いながら言うと、ルゥーは乱雑に私の頭を撫で回した。


「ライラ、お前そうやって、学院で誰彼構わず人の事からかったりすんなよ」


 呆れたような、仕方ないなとでも言いたげな笑みを向けられて、どきりとする。

 もう、顔が良いんだから。老けてるなんて言われても動じないのも、地味に腹立つ。


「ルゥー達以外にしないよ。ウィスティにもしないけど」

「おい、それ結局俺だけじゃねえか」

「あはは、ばれた?」


 今回、学院に潜入するのは私とウィスティだけで、私たちの中でルゥーだけがお留守番だった。


 学院に通える生徒は、その年に十三歳になる生徒たちから十八歳になる生徒たちまで。日本で言うと、ちょうど中学一年から高校三年生までだ。

 対してルゥーは今年十九歳になる。丁度先々月に、学院を卒業した生徒たちと同年齢だ。

 ちなみに今年私は十六に、ウィスティは十五になる。


「……寂しくなるな」


 不意にぽつりとこぼされた言葉に、私は即座には返事できなかった。


 魔術学院は全寮制で、広い敷地内に大体何でも揃っている。

 しかし、学生が利用できる小さなショッピングモールのような物まである一方、警備が固く外出にも申請が要るなどと、外部とはかなり遮断されている。

 だから学院に入ってしまえば、国治隊とも頻繁に連絡は取れないし、ルゥーともなかなか会えなくなってしまうのだ。


 けれど、ルゥーがそんなことをしみじみと言うのは珍しい。いつだって私とウィスティを元気づけて、引っ張ってくれるのが彼だから。


「確かにね。もう八年間くらいずっと一緒だったわけだし。……まあ、正確に言うと離れるのはルゥーだけだけどね」

「ライラ、お前ほんとかわいくねぇな。せっかく人が感傷に浸ってるってんのに」

「らしくないことしないでよ。こっちの調子が狂うから」

「いいじゃねぇか、たまには」

「……まあ」


 ルゥーと出会って九年。ウィスティも加わって八年。以来、ずっと三人で支え合ってきた。

 一人だった私はいつの間にか、かけがえのない仲間を手に入れていた。


 私、ライラことリラ・モーガンス。ウィスティこと、ヴィヴェカ・シュルツ。ルゥーこと、シグムンド・ラムスドルフ。

 ライラ、ウィスティ、ルゥーは三人の中でだけの特別な呼び名。分け合ってきた、共に乗り越えてきた過去を示すもの。

 血も繋がっていない、本来ならば出会うはずがなかった三人は今、家族よりも深い絆で結ばれていた。


 軽口を叩こうが何をしようが、今の私に一番大切なのは、この二人だ。


「それはそうと」


 しんみりする空気を追い払うように、ルゥーはパンっと手を叩いた。


「ライラ、お前ウィスティに変な虫付かないように見張っとけよ」

「……なんで私に言うの?」


 突然の言葉に、一瞬言葉につまる。呆れた顔を作って突っ込むと、ルゥーはだって、と唇を尖らせた。


「俺だけ行けねーんだもん。知らないうちにウィスティが彼氏作ってたら、お前責任取れる?」

「知んないよ。いつまでももだもだして、告白もしないルゥーの自業自得じゃん。協力はしないって、前から言ってんでしょ」


 この、鈍感。


「じゃあ、もしウィスティと仲良い男子が出来たら、報告だけでも──」

「着替えた。どう?」


 ひょっこりドアから顔を覗かせたウィスティに、私達は慌てて口をつぐんだ。


「……何、話してたの?」


 私達二人の間の妙な空気に勘づいたのか、ウィスティは怪訝そうな顔をしながら入ってくる。


 真新しい制服に身を包んだウィスティの全身が見えた瞬間、息が詰まった気がした。

 ──嗚呼ああ()()()()()だ。


「わー、なんでもねー! ってか、いいなウィスティ、めっちゃ似合うじゃん」

「……ありがと」


 ルゥーの率直な誉め言葉に、照れたようにはにかむウィスティ。

 藍色の中央にクリーム色の太いラインが入った、膝より少し下ぐらいの丈のワンピースタイプの制服。胸を飾る藍色のボタンに、絞ったウェストから広がるフレアスカートはシンプルだけど、とてもおしゃれで可愛い。

 ウィスティの柔らかな濃紫(こむらさき)の髪は、その二色に綺麗に映えていて、ルゥーの言う通り、確かによく似合っていた──けど。


 その色の取り合わせに、そのシルエットに。嫌になるほど、見覚えがあった。


「……ライラ?」


 ウィスティに、下から顔を覗き込まれる。


「どうか、した?」

「えっ、ううん、なんでもない。ウィスティやっぱ似合うね、めっちゃ可愛い」

「……他人事。ライラも着るのに」

「えー、だってウィスティの方が可愛いのは自明だもーん」


 にぱっと笑ってノリよくウィスティに抱きつくと、ルゥーが微笑ましそうな顔で私たちを見ているのが目に入った。


 ──そうだ。ルゥーは、行かないんだから。()()()()()()()()とは違う。


 違うはず、変えたはず──そう自分に言い聞かすけれど、どうも胸の内がすっきりしないのは、何故だろう。



 ***



 前世の記憶を思い出したのは、九歳の時だった。


 前世の私は日本に住むアラサーOL、独身。


 最後の記憶は、もうすぐ結婚という所で彼氏の浮気が発覚して破局した後、一人暮らしのアパートにこもって泣き尽くしていたら、アパートが火事になって逃げ遅れて絶望していた所だ。


 恋人に振られた挙句焼死するなんて、間抜けにも程がある。

 可哀想な前世の私。


 まぁ、それよりも断然可哀想なのが、今世の私である。


 今世はなんと孤児であった私は、当時この国一大きな犯罪組織『アイーマ』に拾われて、暗殺者として育て上げられた。

 アイーマは暗殺や魔力保持者の魔力を盗むなどをし、人身売買にも手を出していた組織だ。

 親代わりの組織の人曰く、生まれてまだ間もない、それも魔力量の多そうな赤ん坊が孤児院の前に捨てられていたので、拾ってきたそう。

 いい迷惑だ、捨てられていたからって犯罪組織が拾うなよ。


 なんせ拾われた時はまだ赤ん坊で、その時はまだ前世の記憶も戻っていなかったため、その時のことは当たり前ながら全く覚えていない。

 そんな、普通の子供が暗殺やらなんやらの教育を受けながら育ったところで、まともな子に育つはずがないのは分かりきったこと。案の定、私は表情を滅多に動かさない無口な子に育ってしまった。


 ちなみにルゥーとウィスティはお察しの通り、アイーマ時代からの仲間だ。

 ルゥーは私が七歳の時、ウィスティは私が八歳の時に組織に入った。ルゥーは元伯爵令息、ウィスティは貧乏弱小家ではあったが男爵令嬢だったらしい。それぞれ家が没落、全滅して一人だけなんとか生き延びたところを拾われたり、口減らしのために実の親に売られたりなど、事情は様々だった。


 アイーマの拠点本部で育て上げられた私たちは、鍛錬をしたり、盗みや殺人、その他諸々下された命令を遂行したりしながら生活を送っていた。

 これで組織内はアットホームな雰囲気、とかそんなのだったらまだましだったかもしれないが、犯罪組織は犯罪組織らしく、環境はろくな物じゃなかった。

 アイーマの中で生き延びた子供は私たち三人だけだったから、とにかく身を寄せあって、お互い支え合ってきた。


 そうして、組織に指示された事をこなして、こなして、ただひたすらに生きて。


 九歳の時に初めて、本当に殺人を命じられた。


 それまで死んだ人を見かけたことはあっても、人を殺めたことなど、なかった。


 その任務をこなして、初めて自らの手で他人の命を終わらせて──私は、前世の記憶を思い出し、気づいたのだ。


 ここは、前世でよく読んでいた漫画、『朱眼(しゅがん)の姫 ~朱玉(しゅぎょく)を貴方に捧ぐ~』、略して朱眼姫(シュガヒメ)の世界であるのだと。


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