二十七話 転生者仲間
まただ。『悪いこと』の次は『悪い人』? エンジェラが何を言おうとしているのかさっぱり分からず、私は思わずため息をついた。
「あの、さ。悪いけど、この前から何なの、あなた。悪いこととか悪い人とか言われても、あなたが言う『悪い』が何なのかがわからないから、答えようがないんだけど」
「悪いは、悪いだよ! 人を殺したり、いろんな事件を仕掛けたりとか、そういう犯罪!」
「……へ?」
思いもよらない言葉に、私はぽかんとした。
エンジェラの言う悪いこと。それは原作を壊したりすることでもなんでもなく、文字通り悪いことだったのだ。
理解すると同時に、更に疑問が浮かぶ。
「なんで、私が犯罪者だと思ったわけ?」
見当もつかない、と首を振る私に、エンジェラは眉をよせながら、だって、と言った。
「ヴィヴェカと一緒にいるじゃん」
「……あー。そういうこと?」
少しだけ考えてから、ようやくエンジェラの言わんとすることを理解した。
「ヴィヴェカが原作通りあなたを狙いに学院に潜入してきてて、私が彼女と一緒にいるから私も彼女と同じ犯罪組織の人だって……そういうこと? あなたが言いたいのって」
こくりとエンジェラは頷いた後、「……違うの?」とおずおずと首を傾げた。またため息をつきそうになるのをこらえる。
……まあ、原作には、組織の名前なんか書いていなかったし、エンジェラはそれがアイーマだったなんて知るはずがないから、仕方ないっちゃ仕方ない。私がクロエ・レイヴンをアイオラの代わりとみなしたように、エンジェラは私が、不在であるシグムンドの代わりだと思ったのだろう。
うん、理解した。この子は多分、思い込みで行動しがちなタイプだ。今回然り、私を転生者と決めつけてきたことも然り。もちろん悪気はないだろうし、根もいい子なんだろうけど。なんというか、猪突猛進。もう少し後先考えて行動しなよと言いたくなる。
「……分かった。あのね、一回しか言わないからよく聞いといてよ」
そう断ってから、瞬時に防音の結界を張る。
「ヴィヴェカとシグムンドが所属していたのは、アイーマ。四年前に壊滅した巨大犯罪組織アイーマ、あなたも聞いたことあるでしょ? 私も所属してたんだけど、三人で協力してアイーマを潰したの。その後、私達は三人揃って国治隊に入隊したから、今の私達は現国治隊員。私とヴィヴェカがここに編入してきたのは国治隊としての任務ってわけ」
エンジェラの中で私が原作にいない転生者と確定している以上、私が正体を明かさないと納得してくれないような気がして、説明する。
一息で言い切ってからエンジェラの顔を見ると、エンジェラは間の抜けた顔をしていた。
「……こくちたい?」
「そう」
「こくちたいって、あの、国治隊?」
「その国治隊以外にこくちたいって名前のものはないと思うよ」
エンジェラは数回口をぱくぱくさせてから、私の顔をちらちら見ながら、確かめるように言う。
「私の記憶がまちがいじゃなかったら……国治隊って、警察みたいなもんだよね?」
「そう。悪い人を捕まえて、悪いことから人を守る仕事」
「そんな人に、私ってば……ひっどい勘違いじゃん……!」
「……そういうことだよ」
信じられないような顔をして、自分の口を押さえるエンジェラ。申し訳ないけど、私はそろそろ疲れてきていた。
「えっ……じゃあもしかしてさ、あなたが転生者だっていうのも、私の勘違い……?」
「散々原作の話しておいて、今更そんなこと言う!? 私、あなたが出してなかったシグムンドの名前も出してんのに」
「あ、そっか」
ぽんと、納得したように手を打つエンジェラに、私はどうしようもない脱力感に襲われた。
「でさ、忠告しとくけど。もし私が、あなたの言った通り本当に犯罪者で、でも転生者じゃなかったら。いや、転生者でも原作を知らない可能性もある。その場合、あなたは本当に意味不明なことを口走っていることになるし、最悪何故かは分からないけど自分のしようとしている悪事に勘づいている人と見なされるかもしれない。その相手が本当に犯罪者の場合、一番危険にさらされるのはあなたになるんだからね? もうちょっと、慎重に行動しようよ。特に、前世の記憶を持ってるとか、この世界の未来を知ってるとかってのが異質だってこと、あなたでも分かるでしょ」
「……確かに。軽率だったかも。ありがと、教えてくれて」
しゅん、と目に見えてうなだれたエンジェラ。なぜだか、めちゃくちゃ手のかかる妹のように思えてくる。
「まぁとにかく、私の話は以上。あと、私たちが国治隊で潜入捜査してるっていうの、誰にも言わないでほしい。国治隊ってのはあなたに伝える必要があるって思ったから言ったけど、ここに来た理由は極秘任務だからあなたにも言えない。生徒たちを守るために来てるってことだけは分かって、そして絶対に、誰にも言わないで欲しい。もちろん、あなたが最近仲良くなってる生徒会の人達にも」
「……わかった」
大真面目な顔をして、こくんとエンジェラは頷いた。ここまでの数分で、彼女がものすごく素直なことは分かったから、約束はたがえないだろうと思う。
……素直すぎるのも、本当はどうかとも思うけど。証拠もないのに私が国治隊って言ったのをころっと信じちゃって。面倒だから何を言うつもりもないけど、少し心配になってしまう。
「……ところで、」
ずいっと、エンジェラが私の方に迫ってきた。手を取られ、目を輝かせて身を乗り出してくるので、私は仰け反ってしまう。
「あなたが敵じゃないんなら、私、いっぱいおしゃべりしたかったんだ! だってあなたも前世で朱眼姫が好きだったってことでしょ? 友達に好きな人いなくて、あまりその話で盛り上がれなかったから、そういう話が出来る友達が欲しいってずっと思ってたの! あ、それに、ヴィヴェカとシグムンドとの話とか聞きたいし、あと前世トークとか!」
「多い多い多い」
一回落ち着いてほしい。
「悪いけど、今するもんでもないでしょ、その話って。今って、授業中でしょ? あなた、どうしてこんなとこいるの。……っていうかそもそも、いつからいたの?」
なだめるように話しながら尋ねる。エンジェラは、少し落ち着いたようで、しっかりとした口調で答えた。
「多分、割と最初の方からだよ。その……そろそろかなって、思ってたんだ。原作で初めて、シグムンドとヴィヴェカの二人がエンジェラを覚醒させようと事件を起こすの。それで今日、授業中にあなたが中庭を通っていくのが教室から見えて。事件を起こすのかなって思って、体調不良で授業を抜けてきたっていう感じ」
「……マジ? これくらいの時期だった?」
「うん、多分」
ああ、まずい。情報量が多すぎる、処理しきれない。一回持って帰ってゆっくり考えたい。
「それで、あなたとあの栗色の髪の男の子のやりとり、こっそり陰から見てて。あなたが怒ったところで、私が勘違いしてたのかもって気づいたんだ……。というか思ったんだけど、あなた、ほんとに強いね! 魔術ほんとに上手いんだなって、惚れ惚れしちゃった!」
「待って、あんなとこも見てたの? 忘れて欲しいんだけど」
「忘れられないよ! 命の重さも知らなくて、それを背負う覚悟もないくせに、軽々しく死を口にするなって言ったとこ、もうかっこよすぎて涙出ちゃった」
「……」
あんな、らしくもなく怒ってしまったところを見られていたとか、嘘でしょ。本当にやめてほしい。でもエンジェラがからかうでも何でもなく、本気で言ってるんだろうと分かるから、私は何も言えずに黙った。
……まず見られてることに気づけなかったのは私だし。周囲への注意も散漫になるなんて、感情的になるって本当に百害あって一利なし。私らしくもないし。
「あとさ、シグムンドいないのかと思ってたんだけど、さっき学院に来てたでしょ? 遠目だけど見れて、感動しちゃった! そういえばあなたと彼、すごく仲良さそうだったよね! あなた、シグムンドのこと好きなのかな? とか思って。あっそうだ、恋バナもしたいの。恥ずかしながら、私クラスに友達いないし、前のクラスにも殿下たちの話をできるような友達いないから」
「うん、分かった。でも今は私、そろそろ教室帰らなきゃ。あなたも戻らないとまずいんじゃない?」
状況が状況だし、話題も話題だ。ちょっと勘弁して欲しくて、強引に話を変えて戻ろうと促すと、エンジェラは再度待って! と声を上げた。
「せめて、アドレス交換しない?」
エンジェラが取りだしたのは、魔信具。多分私達にしか通じないであろう言葉に少し笑ってしまった。
本当はあまり近づきたくなかった主人公ちゃんだけど、そのきらきらした瞳を見ていると、首を横に振ることはできなかった。私達が敵だという誤解も解けたことだし、きっと悪い影響はない……と信じたい。
魔信具同士をくっつけて、エンジェラと同時に軽く魔力を流すことで、彼女の魔信具の情報を自分のそれに覚えさせる。
「改めて、私、エンジェラ・クライン」
「知ってる。私はリラ・モーガンス」
「あはは、私も知ってた! それじゃあリラ、よろしくね!」
最後に握手を交わして、それぞれ別の教室へと向かう。
ちょっと面倒だし疲れたと思う反面、エンジェラの言う通り、同じ転生者の二人にしか共有できないことがあるのもその通りで。転生者仲間が出来たという事実に、わずかに心の浮き立った私がいた。
***
あの後、教室に戻った私はヴィクトリアやリュメルに一体何だったのだと問いただされ、マークス先生の言った通り身内の不幸という事で乗り切った。
その後ウィスティに報告したら、知らない間に終わってた、と拗ねられ、エンジェラから連絡が来たことを不審に思われ問いただされ、エンジェラの勘違いとあの謎の宣告の真相を伝えると、ほらみろと言わんばかりに勝ち誇った顔をされた。
吸魂された三人の生徒はかなり危険な状態だったらしく、一命は取り留めたがまだ意識が戻らない。そして目覚めたらムスタウアの情報が分かると思っていたアイセルは、何故かまだ、目を覚まさないらしい。原因は不明だと、ルゥーが言っていた。
アイセルの持っていた謎の球についての研究は始まったが、もちろん始まっていきなりすぐに何か分かるようなものでもない。
よって結局、特に進展したことはないまま、一年の終わりの月、宵ノ月に突入し。
「みなさん。年始にはアベライト生誕祭もあり、楽しいことも多いでしょう。しかし次学期には魔術決闘祭もあります。勉学に励み、学院の生徒としてくれぐれも問題を起こすことのないよう、気をつけて過ごすように」
冬季長期休暇が、やってきた。
これにて第一章完結です。お読みくださりありがとうございました! もし面白かったら、評価、ブックマークよろしくお願いします。感想あれば下さると作者が喜びのあまり昇天します。
この後番外編、そして二章に突入します。どうぞリラたちの物語をこれからもよろしくお願いします。




