二十四話 魔力暴走
過激な表現があります。ご注意ください。
「コワード様?」
声をかけると、突っ立っていたアイセルは静かにこちらを見た。榛色の瞳が、ギラギラと光を放っている。その異様にも思える光景に、ぞくりと肌が粟立った。
「……モーガンス先輩」
「……なに、してるんですか」
警戒して近づきながら、声をかけた。
彼に近づけば近づくほど、吸魂具の魔力の気配が濃くなっていく。しかし、そもそも魔道具が見当たらない。
ふと、アイセルが何かを握りしめているのが目に入った。
魔力を飛ばし、アイセルの握りしめた手に当てれば、簡単に拳が開いて中から何かが滑り落ちる。そのまま魔術でそれを引き寄せた。
「っ、ちょっと! 返してください!」
慌てた声を上げて、アイセルが駆け寄ってくる。伸ばされる手を払って、引き寄せたものを確認する。
それは、魔信具だった。その表面を、ブラックホールのような、黒くて先の見えない穴が占領していた。そっと触れて、結界が張られていないのを確認してから地面に置く。そのまま、がっと勢いよく足で踏みつぶした。魔信具程度の小さな魔道具ならば、それで十分だった。バチバチと火花が飛び、吸魂具の魔力が膨れ上がる。それを私自身の魔力で覆ってしまえば、すぐに魔信具はもう吸魂具でなくなった。
「なっ、に、するんですかっ!! 僕の、魔信具……」
呆然とした様子で、吸魂具となった魔信具の残骸を見下ろすアイセル。
こんなに近くに答えがあったのかと思うと、拍子抜けしそうだった。自分の魔信具に吸魂具の『口』があって、おかしく思わない人間があるはずがない。しかも、明らかに吸魂されて倒れている生徒たちの中で、一人彼だけが立っている。こんな状況が表すことは、ひとつしかなかった。
「あなただったんですね」
しかし、彼はへ? と怪訝そうな表情を浮かべる。
「その気弱そうな性格は、演技ですか? それとも、本気でいじめの復讐をしようなんて思ってたんですか?」
「っ、ほ、本気で、って……!」
私の言葉に、アイセルは信じられないような顔をして、口をぱくぱくさせた。
「っせ、先輩が言ったんじゃないかっ! ぎゃふんと言わせてやればいいって!!」
敬語の崩れた言葉は予想より大きな音量で、まっすぐに私を睨みつける榛色の瞳は、怒りに燃えている。
それを見つめながら、思ったのとは違うかもしれない、と思った。
「ぎゃふんと言わせるには、魂を抜くんですか? あなたの復讐は、そんなことをしないと成し遂げられないんですか?」
「……は?」
アイセルは、ぽかんとした。何を言っているのか本当に分かっていない顔だ。はあ、と納得するとともに、苦い感情がこみあげてくる。
おそらく、アイセルはムスタウアじゃない。彼は、利用されたのだ。ムスタウアに。
「私がさっきこわした、あなたの魔信具。通常の状態じゃないことは分かっていましたよね? あの、真っ黒な底の見えない穴。分かっていて持っていましたよね」
「……そ、それは……」
途端に、アイセルはおどおどして目線をうろつかせる。
「まさか、それが吸魂具っていうことを知らずに、使っていたなんてことはないですよね?」
「は、はぁ!? 吸魂具? そ、そんなの、あるわけないじゃないか! だって、少しの間だけ気絶させるだけだって……」
アイセルはそこではっとしたように、口をつぐんだ。気にせず、言葉を続ける。
「今までに直接吸魂具を見る機会がなかったのなら、確かに分からないかもしれませんが……。さすがに聞いたことはあるのでは? 吸魂具となった魔道具の見分け方は、取り付けてある銀色の小さな器具。そして、大きな黒い、底の見えない穴。それがあればその魔道具は吸魂具、と」
「黒い、あな……」
「そうです。分かりますか? 吸魂具になっていたんですよ、あなたの魔信具は。銀色の本体を魔道具に取り付けることで、魔道具は吸魂具となり、魂を吸い込む『口』が生まれる。あなたの魔信具の、あの黒い穴がそうです」
「そ、そんな……! でも、だって!」
アイセルは、ばっと後ろを振り向いた。そこには、倒れている三人の男子生徒。
「露ノ月の中旬にも、あなたは吸魂具に関わりましたよね? あのとき、あなたは意識を失った。あれは、吸魂されたからです。幸い、後遺症が残るほど吸魂されてしまう前に、吸魂具から離れることができましたが」
アイセルは、死んだように動かない三人を見つめ、顔を真っ青にして震えている。無理もない。彼が思っていたことの何十倍も大変なことを、しでかしてしまっていたのだから。
私は彼の後ろから近づいて、耳元で囁いた。
「どんな気分ですか? 復讐と称して、憎きクラスメートの魂を奪ってしまうのは。私がここに来てあなたの魔信具を壊すまで、それくらいの時間が経ちましたか? ……もしかしたら、彼らはもう目を覚まさないかもしれない。そうなったらどうなるか、分かりますか? あなたは──人殺しですよ」
「──しっ」
その瞬間、ぶわりと黄土色の光が爆発的に広がった。
「しらないっ!!」
逆上したように髪を振り乱し、アイセルは大声で叫ぶ。
「知らない、そんな、あれが吸魂具だなんて聞いてないっ! あいつらがああなったのは僕のせいじゃない、僕は悪くない!!」
黄土色の光──アイセルの魔力が、ぐわりと歪み、暴れまわる。私達を中心として勢い良くぐるぐると円を描き、光の壁を作り上げる。まるで、魔力の竜巻の中に二人、取り残されたかのようだった。外の様子が見えない。ただ、暴れる魔力を、空気の振動が伝えてくる。魔力と一緒に空気がかき混ぜられて、絶えず嵐のように風が吹いた。風に混じってあちらこちらで、黄土色の光が瞬間的にひらめく。かと思えば、ぱちっと魔力の爆ぜる音が聞こえた。
「大体、そもそも僕をいじめたあいつらが悪いんだ! 僕は何も悪いことをしていないのに、僕が気に入らないからってくだらない理由だけで、僕がどれほど苦しんだか! 僕がどれほど痛い思いをして、何度、あいつらなんかいなくなれって思って──そうだ! これでいいんだ、これが正しいんだ! ねえ先輩、人殺しがどうとかって言った? いいんだよ、そうだ、やっぱりいいんだ。あいつらは死んで正しいのさ、生きてる価値なんかないじゃないか、あんな奴らに!!」
取りつかれたように叫び、アイセルはわらう。転がる三人を前に、いい気味だと、おぞましいわらい声をあげる。気分が高まり、他の何も目に入っていないようだった。アイセルの放つ魔力の熱で、光の壁の中は妙に生暖かかった。風はいよいよ勢いを増していき、バチバチっと頻繁に、激しく魔力が爆ぜる。黄土色の光が火花を飛ばし、私にもアイセル自身にも降りかかる。私は自分に結界を張った。火花は私に触れることなく消える。しかしアイセルを見やれば、自分の頬をかすめる火花を、これっぽっちも気にしてなどいなかった。
どう見ても、正常な状態じゃない。アイセルは、魔力暴走を起こしていた。
魔力暴走。感情の高ぶるままに魔力が暴走し、コントロールが利かなくなること。感情のまま魔力が暴走するというのは、意識せずとも魔力を操れるということ。つまりそれは、いかに魔力制御に慣れているかを表し──同時に、感情の制御の未熟さをも表す。魔力暴走は、生身の魔力、つまりエネルギーの塊を好き勝手に暴れさせることだ。その暴走に合わせて、精神もまともな状態ではなくなってしまう。
魔力暴走は周りにだけでなく、魔力の持ち主自身にも危険を及ぼす可能性があった。早いところ、止めないと。ただでさえ暴走する魔力には注意が必要なのに、もしアイセルが魔力を使いきって魔力欠になってしまえば、吸魂される並みにアイセルの魂が危険にさらされてしまう。
私自身の魔力を、全身から放出する。私の魔力をアイセルのそれに沿わせて、細かな動きまで連動させ、魔力のかけらひとつひとつに丁寧に私の魔力をなじませる。魔力をアイセルの出すそれ全てに繋ぎ──その制御を、乗っ取ろうと試みる。
『魔力干渉』の応用技。アイセルの魔力を乗っ取って、暴走を抑える。
青紫の光が湧き出て、暴走し続ける黄土色の魔力に沿うように調和していく。しかし、アイセルの出す光が大きく揺れて、空気が激しく振動する。アイセルの魔力が、抵抗していた。ぴったりとくっつく私に魔力から逃げようとしている。意図してか、それとも無意識か。アイセルはまだ、周りの惨状を気にする様子もなく、狂ったように高笑いを続けている。
乗っ取ろうと添う私の魔力から必死に逃げようと、黄土色の光がますます速く暴れ、爆ぜる。その火花があちこちに飛び散った。
想像以上の抵抗に私は驚いた。けれど今更ゆるめることもできず、添わせる魔力量を増やす。
抑え込まれまいとするアイセルの魔力が、私の魔力に反発して、なかなか言うことを聞いてくれない。私の方が魔力量が多いから、繋げただけでもアイセルの魔力を操れるはずなのに、なにぶんアイセルの抵抗が激しすぎる。
相変わらず光の壁に囲まれて、地面で倒れているはずのいじめっ子生徒達の状態も確認できていないし。
それにしても、なんなんだ、これ。アイセルの魔力量、あまりにも多すぎないか。アイセルは、赤クラスの、それも魔力量は低い方だと言っていた。なのに、この暴走する魔力はなんだ。ここまで暴れまわって、どうしてアイセルはまだ平気でいられる。これは多分、青クラスレベルに匹敵する。まさか、自分の魔力量を偽って入学した? 普通の生徒ならば、そんなこと不可能だ。ならば、増えたか。どうやって。
そんなことを考えていた時だった。狂ったように笑っていたアイセルが、ふっと笑うのをやめた。
「……ねえ、先輩だってさ。同情する、みたいな感じだったけど、どうせ僕の気持ちは分からないだろ。いくら平民だって、紫だろ、どうせ僕のこと馬鹿にして笑ってんだろ、知ってるんだよ!」
ああもう、話が飛んだ。情緒不安定やめてほしい、本当に。厄介だから落ち着いてくれ。そう言って落ち着いてくれるなら魔力暴走なんて起こさないんだろうけど。
アイセルが声を荒げるのに合わせて、アイセルの魔力が大きく暴れる。ぎゅっと抑え込むのがきつくなってくる。ああもう、めんどうくさい。
「僕を馬鹿にするやつなんか、全部、いなくなればいいのに。そうだ、全員殺してしまえばいいんだ。全部いなくなれば、こんな思いする必要もないんだ! みんな、死ねばいいのに! 死ねばいいのに!! ああ、いいなぁ、先輩ぐらい魔力があれば……全部、好きに殺せちゃうのに。先輩、いいなぁ」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で、ぷちんと。何かが切れた音がした。




