二十三話 アイセルの違和感
「ウィスティ。吸魂具の話だけど、アイセルを見つけたときの経緯を、改めて詳しく教えてくんない? 編入初日のさ」
「アイセルって……あの吸魂された?」
「そう」
アイセルが吸魂された件について、冷静に一から考え直したい。そう思い、その夜私はウィスティにその時の状況を一から確認することにした。
「詳しくって……あの時はヒューロンに、学院内案内してもらってて……」
ちょうど中庭に来た時に、数人の生徒が集まって小さく騒いでいた時に、それを見かけたヒューロンが、慌てて駆け寄っていったのだという。ついていったウィスティがそこで見たのは、中心に倒れているアイセルと、すぐそばで誤作動を起こしたかのように耳障りな音を立てて止まっている警備用魔道具だった。
「ぱっと見、普通で……でも、吸魂具の魔力がした、から、魔力を軽く当てたら、音がやんで、吸魂具の口が現れた」
「幻視魔術で隠してたってことだよね?」
ん、とウィスティが頷く。
「それで、急いで動かして生徒達から離して、近づけないよう結界張って、一応見られないよう幻視魔術で隠して……少し離れて、ライラに連絡した後戻ったら、ヒューロンが周りの生徒に治癒師の先生を呼んできてとお願いしてて、それでヒューロン以外の子はみんな離れて行って、でも治癒師の先生が来る前にライラが来て、わたしたちはそのまま医務室に向かった、って感じ」
「なるほどね」
「……何か、気になった?」
ウィスティが見つけたとき、やはり警備用魔道具の動きは止まっていた。それも、誤作動を起こしたような音を立てて。どう考えても作為的。警備用魔道具を吸魂具にした犯人の仕業と考えて間違いないだろう。しかも、警備用魔道具が止められた時点で教員に連絡が行っていない点から、かなりその仕組みに詳しいのではないかと思う。
しかし、警備用魔道具が止まっていたのはいつからなのだろう。
動いているのが当たり前の警備用魔道具が止まっている、それも明らかに調子の悪そうなものが。警備用魔道具の教員を呼ぶ機能が失われていたとしても、普通だれかがそれを見かけたなら、先生か誰かに報告するのではないか。中庭なら、それなりに人通りの多いところだし。でも実際に見つかっていなかったのだから、多分、吸魂具になってからそこまで時間はたっていなかったと考えられる。
アイセルはあそこで吸魂されてしまった。つまりあそこに十分以上とどまっていたということだ。至近距離にいて警備用魔道具が不具合を起こしているのに気づかない、または気づいても不審に思わないことはないだろう。
「ちなみに……最初集まってた生徒たちの中に、アイセルの友達っぽい人はいた?」
私の質問に、ウィスティは眉をひそめた。
「……みんな、通りすがりって感じだったと、思うけど……私達が来た後、すぐいなくなった、し」
「やっぱりそうだよね」
「それが、どうかした?」
「考えてみて、ウィスティ。アイセルが倒れてたところって、中庭でしょ? あそこって、ベンチとか座るところ何もないし、友達と喋っていたのでもないのなら、アイセルは一体何してたんだって話」
「……ぼーっとしてた、とか」
「それに、すぐ側に止まってておかしい様子の警備用魔道具があるのに、離れるでも、おかしいと思うでもなく、ずっとそこにいたってことになる」
「……たしかに」
ウィスティは、考え込む素振りを見せた。
いくらなんでも、アイセルの行動には見逃せないおかしさがある。
「……けど、いくら変でも、さすがに彼がムスタウア、ってことはないと、思う」
「そりゃ、アイセルが吸魂具をしかけた、とまでは言わない。もしそうなら、彼が自分でしかけておいて自分で吸魂されちゃうとんでもない馬鹿だし、そんな人がムスタウアなんて、それこそありえないでしょ。でも、状況から考えるとアイセルの行動は明らかにおかしいから、何か知っててもおかしくはないんじゃない? 不発だったとしても、聞いてみるだけ聞いてみるべきかなって」
「うん」
何か、小さくてもいい。この行き詰っている現状に、いい加減ヒントがほしかった。
「……なんで、警備用魔道具、なのかな……」
ふと思い出したかのように、小さく、ウィスティがつぶやく。
「それ、本当にそうなんだよなぁ」
なぜ、ムスタウアはあえて警備用魔道具を吸魂具に選んだのか。
さっき考えた、警備用魔道具によって発見されることを防ぐ、という理由はあるかもしれない。しかしそれにしても、よく考えればあまりにもリスクが高すぎるのだ。吸魂具にするときに停止させるにしても、うまくやらないと即座にその警備用魔道具自身に察知されてしまうし、吸魂具になった後も、止まっていれば不審に思われ、動いていれば吸魂がそもそもできないに等しい。
そこにも何かヒントがあるような気がして──でも、これだというようなものは思いつかない。
「わっかんないなぁ……」
「考えるだけ、無駄かも、だけど」
「ウィスティ、それ言っちゃ終わりじゃない?」
そうは返しつつも結局、私も考えることを放棄することにしたのだった。
***
ところが。
「コワード様? 彼、今日はお休みですわよ」
「コワードさんなら、今日もお休みしていますよ」
「ああ、コワードね……風邪でも引いているんじゃないですか? もう三日も授業に来ていないし」
アイセルに、吸魂具のことについて何か知っているか聞いてみようと決めてから、三日間。アイセルのクラスを毎日訪ねるも、アイセルは授業には来ていないようだった。アイセルと同じクラスで、寮の同部屋の男の子を親切にも紹介してくれた女の子がいたが、同部屋の子に聞いても、「ここ数日、ずっと部屋のベッドに引きこもっているみたい。あまり喋らないから、よく知らないよ」との答えしか得られなかった。
体調が悪いのなら、無理に部屋に突撃するべきではないけれど、突然過ぎてどうも気になる。それとも、頻繁に体調を崩す子なのか。分からないけど、結局私たちにできることは何もない。
一応、ウィスティを通してヒューロンにも、アイセルの現状を知っているか聞いてみたけれど、ヒューロンも「体調を崩しているみたいだけど、会ってくれないから心配だ」と言っていたそうだ。
「どうしたらいい? ウィスティ」
「……彼が復活するまで、待つしかない」
「それはわかってるけどさぁ」
「ライラ、忍耐力」
「私にそんなもんあるわけないじゃん?」
「……ライラ、犬も待てはできる」
「それ、私が犬以下だって言ってる? 最近のウィスティ辛辣すぎません??」
む、と口を尖らせてみせながら、ウィスティを見やると、ウィスティはいつもと同じすました顔をしている。けれど、本当はウィスティだってストレスが溜まってきているのを知っていた。
ムスタウアについて何も進展しないまま、学院に潜入して早三か月近く。二人ともふざけたふりをしているものの、うんざりしてきはじめているのは事実だった。
アイセルよ、はやく元気になってくれ。
そんなことを思ったその一週間後、事は起こった。
***
「──ここは、こうであるからして、ここが……」
昼食後の授業中。
前に立って教科書の内容を説明していた先生が、ふと言葉を途切らせた。
「失礼」
断りを入れてから、ポケットから魔信具を取り出し、耳に当てる。誰かから、緊急で連絡が入ったようだった。
「──モーガンスさん?」
先生が口にした名に、びくりとする。私に関係があることなのか。
じっと見守っていると、先生は通話を終えたようで魔信具をしまい、私の方に顔を向けた。
「リラ・モーガンスさん。メランヒトン先生からの伝言です。大至急、別館の方へ来なさいと」
メランヒトン、つまりマークス先生。彼が私を呼ぶ、しかも授業中にもかかわらず、大至急。──それが表すことは、おそらくただ一つ。
吸魂具だ。
思わず、がたりと音を立てて立ち上がってしまう。クラス中の視線が私に集まった。けど、今はそれどころじゃない。
「授業のことは気にせず、行きなさい。メランヒトン先生が焦っていたので、よほどのことと思われます」
「はい、先生。失礼します」
別館までの最短距離を考えながら、急いで教室を出る。
今いる教室棟から別館だと、一度建物を出て、中庭を突っ切って行かなきゃいけない。ここは四階だから下まで降りないといけないし。うん、面倒くさいな。
丁度、廊下の突き当たりの窓が、中庭に面していた。あまりよろしくはないけど、ここはリュメル方式で行っちゃえ。誰も見てないし。
窓を開けた瞬間、強く風が吹き込んだ。
しまった、コートを忘れた。さむ、と首をすくめながら窓枠に乗り上げる。足に魔力を循環させると、足だけじんと熱くなった。
ぐっと溜め込んで、思い切り窓枠を蹴り、跳ぶ。全身に風を受けながら、中庭の上空を突っ切る。びゅううと耳元で風がうなった。
耳を打つ空気が冷たくて、痛ささえ感じる。それを無視して、空気を操って風で体を支えながら、緩やかに着地して別館の方へと走った。
マークス先生からは別館の具体的にどこか、とは伝えられなかった。説明する時間も惜しかったか、説明しにくかったからか、あるいは行けば分かるということか。何はともあれ、魔力の気配に感覚を研ぎ澄ませながら向かう。別館の入口まで来たところで、吸魂具の魔力がどこからか感じられた。それをたどりながら歩く。
吸魂具の独特な魔力は、別館の裏、薄暗くて授業時間外でも人の寄り付かなさそうなところから来ていた。
こんなところに、一体何の魔道具があるというのか。
不審に思いながら裏側に周り、目に飛び込んできた光景に、息をのんだ。
地面に倒れている、三人の男子生徒。
その中心に立つ、栗毛の少年。
──アイセルだった。
吸魂具になった魔道具は、一応本来の魔道具としての働きは失われませんが、アイセル吸魂された事件の際、ウィスティが幻視魔術を消すために警備用魔道具に魔力をぶつけ、誤作動みたいな音が消えた=この時点で実はもう警魔としての働きを失っていました。例えるなら家電+雷=お陀仏みたいな。
つまり、警魔を故障させた真犯人はウィスティでしたとかいうどうでもいい話。(故障させたのがウィスティ、再起不能にさせたのがリラ)




