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二十二話 向上心

23-2-14 イザークの口調に修正を加えています。

「よく来てくれたね。少し確かめたいことがあってね、君に来てもらったんだ」


 放課後。生徒会室を訪れた私を連れて、ハインリッヒは近くの空き教室の鍵を開けて入った。


「リュメルから聞いたんだけど、君は孤児だそうだね?」

「はい、そうです」


 答えながら、質問の意図をはかりかねる。


「今は? どうしているんだい?」

「とある夫婦に、養子として引き取っていただきました」

「それは、血縁者と分かってのこと?」

「……いえ、違います」


 私の訝しげな顔に気づいて、ハインリッヒは苦笑した。


「ただの世間話だ。話題選びが下手ですまないね。……それはそうと、少し、手を出してもらってもいいかな」

「手……ですか?」


 言われるままに右手を差し出すと、すっとハインリッヒのそれに手を握られる。その瞬間、ぶわりと彼のと私の魔力が混じるような、揺らめくような不思議な感じがした。なんとなく、居心地のいいような。初めてハインリッヒに会った日──リュメルが三階から飛び降りた時だ──に握手をした時と同じ感じだ。


 ハインリッヒの青い瞳が、興味深げに細められる。


「モーガンスさん、君は──」


 ──コンコン。


 唐突に、扉を叩く音が教室に響いた。

 音もなく扉が開かれ、一人の女子生徒が姿を現す。


「ハイン様。ここにいらっしゃったのね」

「……フィリーネ」


 長く真っ直ぐなプラチナブロンドヘアーに、深碧(しんぺき)の瞳。清楚で優しげな雰囲気の美しい令嬢が、お淑やかそうな笑みを浮かべている。

 フィリーネと呼ばれた彼女は、どこか見覚えのある顔をしている。

 原作にこんな人いたっけ、と記憶を辿って、あっと思い出した。主人公のクラスメイトであるイザーク・ドランケンスの、姉だ。原作に名前が登場することはなかったものの、イザークの姉として何回かは登場していたと思う。

 目の色がイザークと同じ深い緑で、目元も彼によく似ている気がした。


「悪いが、今立て込んでいるんだ。少し後にしてくれないかな」

「サグアス殿下が、ハイン様をお探しになっていらしたわ」


 ハインリッヒの言葉を気にした風もなく、フィリーネさんは微笑みを浮かべながら言った。鈴を鳴らしたような優雅な声に、優しく語りかけるような口調だ。ハインリッヒが、困ったような迷っているような顔になる。


「……殿下が、私を呼んでこいと?」

「いえ。ですが、ハイン様を探しているように見受けられましたの。主が探し求める前に参るのが、側近の役目ではなくて?」

「殿下にも、少し用があるとお伝えしたはずだが」

「……そこの彼女に、殿下よりも優先する必要がある用事があるのですか?」


 静かな声で言ったフィリーネが、私を見やる。口元に笑みは浮かんでいるが、目が笑っていない。


「私が彼女にどのような用があるかは、君には関係ないはずだ。頼むから──」


「──姉上!」


 勢い良く扉が開き、新たな乱入者が現れた。


「ハインリッヒ様はお取込み中だからお待ちくださいと──!」


 そこまで行ってから、彼は教室内の様子に気づき、言葉を途切らせた。

 焦げ茶の髪に、深碧(しんぺき)の瞳。眼鏡をかけて、真面目そうな相貌の彼は、イザーク・ドランケンスだ。

 ハインリッヒは、諦めたようにため息をついた。


「……これでは、ゆっくり話などできないな」

「乱入してしまい申し訳ありません」

「君のせいじゃないよ、イザーク」


 脱力したようにハインリッヒは言ってから、申し訳なさそうな表情で私を見た。


「時間を取ってもらったのに、すまない。急ぐ話でもないし、また別の機会に、話の続きをさせてもらえないだろうか。このままだと、どんどん人が集まってしまいそうだ」

「私のことでしたら、お構いなく」

「重ね重ね、申し訳ない。……ではフィリーネ、イザーク、行こうか」

「ええ、ハイン様」


 優雅に微笑みながら、フィリーネは私にちらりと視線を投げかけた。ふっと、じっと見ていないと気づかないほどにわずかに唇の端が吊り上がる。これは牽制なのだろうか。一体何の。


「先に戻っておいてください」


 イザークが言った。

 ハインリッヒはわずかに眉を上げてイザークを見たが、何を言うこともなく、教室を出ていく。それに、フィリーネが続いた。


 静かに教室の扉が閉まると同時に、残されたイザークは私に目線を向けた。何の用なのか、身構える私に対し、彼はすっと頭を下げる。


「姉が、申し訳ありませんでした」

「……別に、頭を下げられるようなことではありません」

「……ですが、ハインリッヒ様直々に呼び出したと聞きました。よほど大事な用だったのでしょう」

「実は、私も何の用かは知らされていなかったので」

「……そうでしたか」


 私の返答に、イザークは目線をうろつかせてから、ためらうそぶりを見せながら言った。


「しかし……この先も、ハインリッヒ様とゆっくり話す時間は取れないと思います」

「……はあ」


 正直私がハインリッヒに用があるわけではないから、私的には別に問題はないんだけど。近づいたときに感じるあの不思議な感じは気になるっちゃ気になるけれど、だからどうというものでもないし。

 なんだか、全体的に状況が呑み込めないし、今イザークに謝られている理由もわからない。


「姉上は、ハインリッヒ様の婚約者なんですが……すごく、ハインリッヒ様に近づく女子生徒に敏感で、ハインリッヒ様が誰かと二人きりになるようなことがあれば、必ずそれを阻止しようとするのです」


 イザークは、指で眼鏡をくいっと上げ、眉を寄せた。


「先ほど、ハインリッヒ様が用事があると言づけたにもかかわらず乱入したのはそのためだし、きっとあなたにも嫌な思いをさせたと思います」


 さっきの牽制は、そういうことだったか。ふむふむと納得していると、イザークは心底困ったようにため息をついた。


「姉上は……いつだって穏やかそうに見えますが、プライドが高く、全てが自分の思い通りにならないと気が済まない質で、向上心も高い。以前、ハインリッヒ様の用事を邪魔しようとして失敗して以来、殿下や生徒会がらみのことならばハインリッヒ様が話を聞いてくださると気づいて、必ずその手を使うようになりました。ハインリッヒ様もおそらく気づいてはいらっしゃるでしょうが、優しい方ですので……」


 ……うん。なんか、すごく苦労してそう。プライドが高いのなら、出来損ないなんて呼ばれちゃう弟のことも疎ましく思っているのかもしれないし。


「私は嫌な気持ちになったりなどしていませんので、お気になさらず」


 笑いかけると、イザークは何とも言えないような笑顔を浮かべた。


「そういってくれてありがたいです。それでは、私はこれで」


 忙しない様子で教室を出ていくイザークに少しの同情を覚えながらも、いつまでも残っていたってしかたがないので、私も帰ることにする。

 結局ハインリッヒは何の話だったのか、分からず仕舞いだ。……そういえば、この空き教室の鍵ってどうすればいいのかも、分からない。


 *


 教室の鍵はハインリッヒが開けたんだから、私放置してきてもいいよね? と結論付けて、別棟を去った私は、寮の方へ向かっていた。


 歩きながら、イザークのことに思いを巡らせる。

 イザーク・ドランケンスはドランケンス侯爵家の嫡男、兄弟は姉が一人。真面目で勤勉な性格のため、座学では必ず学年一位を取ってくる一方で、侯爵家生まれにしては魔力が少なく、魔術もそれほどパッとしない。確かリュメルとも仲が良く、幼少期からの付き合いだったが、ご存じの通りリュメルは魔術に関しては同年代の誰よりも頭一つ分飛び出ており、そんなリュメルと比べられることでかなりの劣等感を抱いていた、というような設定だった。リュメルだけじゃなく、姉のフィリーネもよくできる人なのなら、劣等感はより強いものだろうし。


 フィリーネといえば、向上心が強い、だったっけ。なかなかに愉快な言葉選びだ。


 向上心が強い、といえば。全然関係はないけれど、唐突に吸魂具のことを思い出す。

 学院(ここ)で吸魂具を仕掛けているムスタウアの人も、ある意味向上心が強いよな。だって、最初の二件の吸魂具は結局吸魂を一度もしないままに、警備用魔道具に発見されてしまったのだ。そう考えると、アイセルが被害者になった件では警備用魔道具を吸魂具にすることで、警備用魔道具によって発見されることを防いだわけだし。警備用魔道具は学院内をいくつかが常に動いているけれど、各個体ごとに巡回範囲が決まっているから、他の警備用魔道具に発見されることはない。

 だからこそ、アイセルという被害者が出たんだろう。


 とはいえ、かなり勇気のある賭けだなあ、とは思う。正直、警備用魔道具ほど吸魂具にするのに向かない魔道具ってないだろうし。誰かに発見されるよりも前に吸魂できる可能性は、限りなく低いはず。実際にアイセルが被害にあったのも、奇跡みたいなものだ。


 ──って、あれ。


「……ちょっと待って」


 思わず立ち止まった。


 なんか、おかしくないか。


 そうだ。だって、警備用魔道具ほど、吸魂具に向かない魔道具はないんだから。


 警備用魔道具は常に動き回っているものだが、一方で吸魂具は傍で長居する人物の魂を吸い込むことしかできない。だから、動き回る警備用魔道具の後を十分以上ずっと追いかけまわす、なんて酔狂なことをする人がいない限り、誰かが吸魂されるなんてありえない。


 そう考えるとやっぱり、吸魂具になった警備用魔道具は、止められていたはずだ。

 しかし、動いているのが常の警備用魔道具が止まっていたら、普通、変に思わないか。教員に連絡するなりなんなりするだろう。


 なのに、アイセルは吸魂されたのだ。魔道具のおかしな様子を、誰にも言わなかったのだ。

 仮に面倒で見て見ぬふりをしたのだとしても──アイセルが倒れていたところは中庭の真ん中、ベンチも何もないところ。


 報告するでもなく、立ち去るでもなく。動きを停止している警備用魔道具の、手を伸ばせば触れるほどの至近距離で、少なくとも十分以上も──


 アイセルは、一体何をしていたのだろう。


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