二十一話 オノラブル王国史
説明回です。
「──えー、かの有名な逆賊として知られるアルリヒト王子による《アベライトの瞳》強奪事件の後、国内は混乱に陥りました。そのとき、下剋上を掲げたのが、アライニカ派の者ですね。この時起きた内戦を何と言いますか、シュヴァルツァーさん?」
「はい先生、ルターク戦争です」
「いいでしょう、その通り。このルターク戦争で──」
昼食後、国史の時間。ぼけーっと、若い女の先生の話を聞き流しながら、私は物思いにふけっていた。悔しそうで、でもクラスメートを怖がるアイセルの顔を思い浮かべる。
差別。この国に根付く、大きな問題。
その根本にあるのが、この国を支える一番のものでもある、魔力だ。
オノラブル王国は、土地が狭く、人口も比較的少ない小国だ。
近隣国との外交も少なく、半鎖国状態の孤立した弱小国であるのに、近隣国に潰されず、何百年も続いている。それはひとえに魔力のおかげで、裏を返せば便利な魔道具も安全な警備も、魔力に頼りきりだということだ。
魔力というのはオノラブル王国の国民のみがもつ特別な力で、すべてはこの国の始祖、アベライト・オノアールから始まった。
約七百年ほど前。
アベライトは、ハンブルク族一族に生まれた。現在は奴隷階級とされているものの、当時は最も栄えていた一族だ。
彼は先天的な、膨大な量の魔力持ち──その量は、現在の王族の数百倍相当だそうだ──であり、周りの誰も持たない異質な力を持った彼は、神に愛されし者とされ、魔力によって周りに富と平穏をもたらしながら育った。
そして成人した後自らをオノアール族と改称し、魔術によってオノラブルの地を平定し、オノラブル王国を建国した。
アベライトは己の力を利用しながら初代国王として長く王国を平和に治め、アベライトの子や孫はその特別な力を受け継いだ。つまりは、魔力を持っているか、否か。それは、始祖アベライトの血を引いているかどうかを表すことでもあるということ。
しかし、残念ながらアベライトの子孫の魔力は、アベライト自身の強さには遥か及ばなかった。
そこでアベライトは、血が薄まるにつれて魔力も弱まっていくことを察する。
己の力が長く続いていくこと、国と子孫が永く繁栄することを願ったアベライトは、 死ぬ前に三つの赤い石を遺した。
それが──国宝、《アベライトの瞳》。
アベライトの持つ魔力を石に固めたもので、始祖アベライトの瞳と同じ、美しい赤い色をしていた。
三つの朱玉はアベライトの魔力そのものだった。
途方もなく強力で膨大な量の魔力を圧縮した塊であり、永遠に消滅することは無いと言われている。魔力は魂が作り出すものだから、《アベライトの瞳》は言わば不滅の魂だ。
三つの《アベライトの瞳》の働きは、一つ、オノラブル王国を外敵から守る巨大な結界を維持すること。
一つ、オノラブルの地に富を与え、未来永劫栄えさせること。
そして、最後──アベライトの血を引く者が、平等に強力な魔力を扱えるようにすること。
この国宝により、アベライト崩御後も国は平穏な日々を送っていた。
それが崩れたのは、約四百年前。
当時の第三王子、アルリヒト・オノアールが、三つの朱玉の内、二つを王城から盗み出し、逃亡したのだ。
アルリヒトはすぐに逆賊として指名手配されたが、結局捕まることは無かった。
そうして《アベライトの瞳》は、未だに二つが行方不明なのである。
もっとも、それらは実はオノラブル王国の隣国、リバティエル王国にあるのではないかと言うことが噂になっているのだけれど。
とはいえ、実際にオノラブル王国に残った《アベライトの瞳》はただ一つで、一つでは三つの働きを全てこなせるはずもなかった。
そこで残された一つは今現在、国の結界を守るのに利用されている。
しかし、二つの国宝の損失によりそれ以来国の富は少しずつ失われ、その代以降に生まれた者の魔力は血の薄さに比例し、少しずつ弱くなっていってしまった。
だから、魔力はアベライトの血が濃い貴族の方が圧倒的に多く、魔力を持たない、あるいはとても少ない平民は差別の対象にあるのだ。
偶に先祖返りと言って強い魔力を持って生まれてくるものもいたが、魔力が強まることと弱まること、それが国中でランダムに繰り返されたら、人による魔力量の個人差は大きくなるばかりだ。
そうしてアベライトの描いていた、皆が平等に魔力を扱えるというのはすぐ様失われ、能力に応じたヒエラルキーが根強く浸透してしまったのだった。
「──それでは、モーガンスさん。現在の貴族の中でアベルトニオ系と、アライニカ系の家の例を挙げて貰えますか?」
不意に教師にあてられて、意識を引き戻す。
「アベルトニオ系の家で一番の代表は王家です。その他はアウエンミュラー公爵家やレイヴン侯爵家などが、今でもアベルトニオ系らしい赤系の瞳を受け継いでいます。それと、ドランケンス侯爵家は、例外的に瞳が赤くないアベルトニオ系として有名です。アライニカ系の特徴は黒髪で、エーレンベルク公爵家やキースリング侯爵家が代表的です。その中でも特にエーレンベルク公爵家は王家並に古くから続く由緒正しい家で、ルターク戦争でも率先して反旗を翻したと言われています」
「すばらしい。そうですね、これは──」
授業がそのまま進んでいくなか、私の前の席のリュメルが振り向いた。
「貴族についての知識も完璧なんだね? さすが」
「古くからの家門については、常識ですので」
小声で答えながら、不可視の防音結界を、一瞬で私とリュメルの周りにだけ張る。もう学習した。
この人、真面目に見せかけて割と頻繁に振り向くのだ。それに応えれば、ほぼ私だけが怒られる。差別だ。
リュメルは、私の結界に気づいた様子なく、こそこそと話しかけてくる。
「前々から気になっていたんだけどさ、君ってアベルトニオ系? アライニカ系?」
「分かりません。前に申した通り、私は孤児だったので」
魔力持ちの中でも、特に魔力量が多い人や家系は、容姿にそれが表れる。多量の魔力が髪を黒く染め上げるのだ。そして、魔力が濃いと、魔力は赤くなる──つまり、瞳の色が赤くなる。魔力の濃さというのは各個人によって異なる魔力の質の話だ。魔力が濃いと、その分少ない魔力で多くの力が発揮できる。それはつまり、魔力が多いとみなされるのだ。
もちろん、アベライトは黒髪に赤目だった。
ただ、今いる多量魔力保持者は、大体黒髪か赤目のどちらか一つのみを引き継いでいることが多い。
その理由は、アベライトの二人の子供、アベルトニオ王子とアライニカ王女にある。
というのは、アベルトニオ王子はアベライトの赤い瞳を、アライニカ王女は黒い髪を受け継いでいたが、二人の子孫が血を交えなかったからだ。
一応王位はアベルトニオの直系が継いできた。
しかし、アベルトニオの子孫であるアベルトニオ系の者達ばかりが権力を握っていることに、アライニカの子孫であるアライニカ系の者達がよい顔をするはずも無い。両者ともに国を操る権力を譲らず、二つの対立は長く続いて来た。
アベルトニオ系もアライニカ系も等しく大きな勢力を誇るためどちらかがどちらかを潰すことは叶わず、内戦が起これば被害はいつも大きかった。
ここ数十年になってやっと両系とも手を取り合ってやっていこう、という風潮になったらしく、ようやく対立が収まって来たというのが現在の状況だ。
そんなわけで、アベルトニオ系とアライニカ系が血を交えることは少なかった。最近は両系の婚姻も増えているので、いずれはこの区別も無くなっていくのだろうけれど、大きな家門は今はまだ違いがはっきりしているものが多いのだ。
ちなみに黒髪と赤い瞳両方を受け継ぐには、その分濃い大量の魔力を持つ必要があるのだろう。私は一人だけ知っているが、彼は先祖返りで相当魔力量が多く、まだ《アベライトの瞳》が三つ揃っていた時代の人々と同等の魔力量を持っているらしい。
彼の魔力量は現在の王家の平均魔力量の三倍に近く、そんな彼でもアベライトに比べたら十分の一分以下らしいと言うのだから、本当にアベライトの魔力量は計り知れない。
私はというと、瞳はかなり青みが強めの青紫色だから赤とは遠くかけ離れているし、髪だって黒とは言い難い。なのに私の魔力量はなかなか多く、国治隊での計測では王家並と言われた。なぜそれが容姿に現れていないのか分からないし、私の祖先がどっちの系なのかもわからない。
中途半端に血が混ざって色が出にくい体質にでもなったのか、別になにか理由があるのか。
この国は全てが魔力によって決まるし、魔力の表れ方は気まぐれだ。
大きな家が些細なことで無くなるのは珍しくなかった。お陰で一部の由緒正しい家を除いて、権力を握る家はしょっちゅう変化するのだ。
この魔力量を考えると、さすがに私が純粋な平民の間に生まれたとは考えにくいし、きっとどこかの没落貴族生まれなんだろうとけど。
正直、どうでもいいって言うのが本音。
「そう? まあ、なんでもいいけどさ」
リュメルがそう言って肩をすくめた。興味が無いなら聞かないで欲しい。
「君に渡せって、お願いされたんだ。これ、ハインリッヒさんから」
机に、小さな紙切れが置かれた。
『モーガンスさんへ
今日、放課後、生徒会室まで。
──ハインリッヒ・エーレンベルク』
「君、何かしたの?」
「心当たりはございません」
数日前、アイセルを助けた時に手を貸してくれた彼の顔を思い浮かべる。
アイセルのことだろうか。それ以外に思いつかないし。でも、あの話はもう終わったと思ってたけど。
首を傾げながら答えると、リュメルはふぅん、とやっぱり興味がなさそうに相槌を打った。




