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二十話 臆病者の反逆

「というかそんなことよりウィスティ、大問題なんだけど。あのさ、エンジェラ・クライン、あの子、転生者だった」

「……やっぱり」

「やっぱりって、知ってたの?」

「……エンジェラが転生者の、どこが問題?」

「質問する前に、人の質問に答えようね」


 寮の部屋に戻り。コートを脱ぎ制服から着替え、熱い紅茶を入れたりして、ひと段落してからその話を切り出すと、ソファで私の隣に座ったウィスティはたいして驚いたそぶりを見せず、逆に私が驚くことになった。

 ウィスティは紅茶を静かにすすりながら、何でもないように言う。


「わたしからは、近づいていない。なのに、彼女からよく視線を感じてた、から」

「そういうことは早く報告しようね……!」

「確証、なかったから」

「いや、そうだけどさ……」


 もう少し、心の準備ができたかもしれないじゃないか。いや、予備情報があったところで、彼女が転生者だという結論にたどり着けたかどうかは怪しいけどさ。


「……それで、エンジェラの、何が問題?」

「エンジェラ曰く、私が悪いことをしてるんだってさ」


 エンジェラが医務室に乱入してきたところから、出ていくまでのことを簡単に説明して聞かせる。しかし、ウィスティは不思議そうに首を傾げた。


「エンジェラが、何か勘違いしてるだけ……とかは?」

「勘違いしてるって何を?」

「……分からない、けど。だって、話の展開を変えただけで悪いこと、なんて、普通思わないと思う」

「原作は絶対的存在なんだよ。変えちゃいけないって思う人って、絶対大多数を占めるの。それを大胆に変えるのって、秩序を堂々とかき乱すようなもんなんだよ」

「……どうして? 原作の知識を持って生まれた時点で、原作とは既に違うのに」

「私はそう思って、私自身の希望で積極的に原作をぶっ壊してきた。でも、エンジェラは多分そう思わないんだよ。特に、エンジェラは主人公だし。主人公としての物語通りの未来をたどりたいのか、それともそれが義務だと思ってるのかは知らないけど、それがエンジェラにとっての正しいことなんだよ」

「……なんで、エンジェラがそう思ってるって思うの」

「それがテンプレなんだって」

「てんぷれ?」

「よくある流れ、ってこと。前世で、物語の世界に転生するような話はいっぱいあって、転生者が元の話の流れに固執するっていうのがよくあったの」


 ウィスティは黙って聞いていたけれど、やっぱり納得できないという風に、首を振った。


「でも。それなら、遠くから見るだけじゃなく、わたしと仲良くしようとするはず。違う?」

「わかんないけど、他に思いつかないじゃん」

「……わたしは、違うと思う」

「なにが」


 私の中で結論が出ていたことだから、そこに納得できず突っかかってくるウィスティに、段々イライラしてくる。


「『てんぷれ』だからって、決めつけるの……原作を変えることが悪、って決めつけるのと同じ。人を規定の型に押し込めるなんて、できない。ライラの方が、エンジェラに失礼だよ」

「……」


 予想外の言葉に、思わず言葉に詰まった。

 ウィスティはどうして、ここまで言ってくるのか。今まで、私の原作関係の話に反論してきたことはなかったのに。

 ウィスティなりにしばらくエンジェラを見てきて、違うと思ったから? それとも、私の話が主観的すぎて信用できないから?

 そこまで考えてから、私はため息をついた。少しばかり冷めてきたお茶を一気に飲み干し、カタンと音を立ててカップをテーブルに置く。


「分かった。この話はもうやめよ。考えても分かるはずないよ」

「ライラ」


 咎めるように、ウィスティが私の名前を呼ぶ。私は顔をそらして、強引に話を変えた。


「エンジェラの言うのが何にしろ、私たちのやることに変わりはないでしょ。それより、夕飯の前に、私湯浴みしたいんだけど。ウィスティは?」

「……夕飯の後でいい」

「じゃあ入ってくるね」


 何か言いたげなウィスティを残し、私は着替えを用意するために動き出した。


 ……確かに私は、エンジェラを勝手に私の思う『テンプレ』に押し込んでいたのかもしれない。『かもしれない』段階だったはずなのに、それを確定事項のように話したのは私が悪かった。でも、間違ってはいないと思うのだ──いや、違うな。こんな拗ねたようなことをしてるのは、そんなのじゃない。


 脱衣所に入って扉を閉めてから、私は床に座り込んで、ため息をついた。


「何腹立ててんの、私……」


 ウィスティが、私よりもエンジェラの肩を持っているような気がして、勝手に拗ねてるだけだ。こんな些細なことで。

 自分の行動が、ひどく馬鹿らしく思えた。



 ***



 数日後の昼休憩。

 ヴィクトリアが部活の用事で出かけていたので、私は一人でのんびりと食堂に行こうとしていた時だった。


「モーガンスさん、お客様ですわよ」


 まだ教室に残っていたクラスメートに声をかけられて廊下に出てみると、見覚えのある、小柄で栗毛の少年が立っている。彼は私を見ると、おどおどと話しかけてきた。


「あ、あの……リラ・モーガンス先輩、ですか」

「そうだけど」

「あの、この間助けていただいた、アイセル・コワードです! お礼を言いたくて、来ました。あ、あの……少しお話がしたいので、もしよければお昼をご一緒しても……」


 言いながら、アイセルくんはちらちらと辺りを見回している。第四学年の、しかも(リーラ)クラスの前だと、居心地が悪いのだろう。

 断る理由もなく、いいですよ、と私は頷いた。


 教室を出た後、アイセルについていくような形で食堂へと向かう。

 アイセルは何故か大きめのトートバッグを肩にかけ、やけに周りをきょろきょろと見回し不安げな顔をしていた。


 *


「あの……改めて、コワード男爵家の、アイセル・コワードといいます。あの日……あの、校舎裏で。医務室まで連れて行ってくださって、ありがとうございました。先輩の名前をクーア先生から聞いて、お礼をって……。大したものではないですけど、受け取ってくださいっ」


 食堂で提供されるお昼だけ用意して、私たちは端の方のテーブルに向かい合って座った。

 前に座った栗毛くんことアイセルが鞄から取り出して勢いよく差し出したのは、高そうな菓子包みだった。以前ヴィクトリアの部屋にお邪魔したときに、ヴィクトリアが出してくれたのと同じものだ。

 これを受け取るべきなのか、少し迷う。

 助けてくれたお礼、とは言われたけれど、私のしたことって、実質医務室まで連れて行ったことだけだ。生徒会役員の声を出していじめっ子たちを追っ払った、ということを彼は知らないし。

 それしきの事で、こんな高そうなお菓子を受け取るのは少し抵抗があった。


「……大したことはしていませんし、こんな大層なもの、受け取れません」


 とりあえず遠慮してみると、うつむき気味だったアイセルがばっと顔を上げた。ようやく真正面から顔をみて、彼が優しそうな(はしばみ)色の瞳をしているのを知る。


「いや、でもっ! ……その、僕の怪我の原因、ご存知ですか?」

「……転んだ、とかですか?」


 私のすっとぼけに、アイセルは弱々しい笑みを浮かべた。


「気遣って頂かなくて大丈夫です。今日先輩をお誘いしたのは、お礼と、口止めも兼ねていますから。僕も、これでも貴族の端くれなので、いじめられるなんていうのは立派な醜聞なんです。家族にも、知られたくないし」

「別に、心配しなくとも言いふらしなんかしませんよ」


 全然知らない人がいじめられてたなんて話を誰かにして、何が楽しいんだ。

 アイセルは、明らかにほっとした顔をした。


「怪我の具合はその後、いかがですか?」

「治癒師のクーア先生に治してもらったので、すっかり元気です」


 そう言いながらアイセルは、自信なさげに目をそらした。


「僕、第三学年の(ロート)クラスなんですけど……本当は、魔力量が少なくて、(ロート)にぎりぎりいれるくらいなんです。だから、その分クラスメートに負けないようにって思って、入学したときから魔術だけは、と思って努力してきたんですけど……それが、クラスの他の人たちには気に食わないみたいで、こういうの、よくあるんです……。いつも、暴力をふるいだしたら、あいつら、満足するまで止まらなくて……」


 説明するアイセルの声が、震えている。顔色も悪い。

 それを見ながら、こういうオドオドした態度も問題なんだろうなと思った。第三学年の中では体格も小さい方だろうし、ずっとこんな態度なら、なめられても仕方がない。


「……私は、まず貴族ですらなくて、平民なんですけどね」

「えっ! なのに(リーラ)なんですか?」

「はい。どこかの高位貴族の血でも混ざっているんだと思いますが」


 私が話し出すと、アイセルは目を丸くして私を見た。

 別に、いじめの標的にされるこの子が可哀そうだとか、励ましたいとか、そんなことは微塵も思わないけれど、もったいないなぁとは思う。男爵家出身の生徒の大半は(最下位)クラス、良くて(四番目)クラス。そんななか(三番目)クラスに所属できているんだから、素質は十分にあるのに。


「でも魔力量を抜きにしても、クラスの誰にも負けない自信があります。なぜなら、自分の魔術に絶対的な自信を持っているから」

「……それは、すごいですね……?」


 話の着地点が全く分かっていないような表情で、アイセルが相槌を打つ。


「例えばの話をしましょう。二人の魔術師が魔術決闘をしました。一人は上級貴族で魔力も多いですが、魔術に関心を持たず練習も大してしてきませんでした。対してもう一人は、魔力量は少ない平民ですが、魔力操作技術にとても優れています。コワード様は、どちらが勝つと思いますか?」

「……魔術に優れた平民の方ですか?」


 アイセルは、不思議そうに首を傾げた。まあ、質問の仕方的にそう思うよね。


「答えは、分からない、です」

「……それは、つまり何が言いたいんですか?」

「戦い方による、ということです。魔力が多い方が、どの状況においても有利なのが大前提。だから、魔力をたくさん消費して戦う方法では、いくら操作技術に優れていても、平民の方に勝ち目はありません。逆に、相手の油断に付け入ったりして、要所要所で的確な魔術を行使できれば、勝算は十分にあります。それに、魔術が洗練されればされるほど、同じ魔術で消費する魔力も少なくなる。つまり、使える魔術が増えます」


 魔力は増えるものじゃない。血筋の影響する魔力量の差は、どうしようもないものだ。たまに低い血筋から多い魔力を持って生まれる人もいるけど、そうよくあるものでもないし。

 でも強さが魔力量だけで決まるのかといえば、絶対にそんなことはないのだ。


「あなたをいじめる人たちに、あなたが絶対に勝てるかと言えば、そうじゃない。でも、絶対負けるとも限らない。あなた次第ってことです」

「僕次第……」

「そう。コワード様だって、反撃すればいいんです。でも、今あなたが暴力を振るわれたとき、あなたはどうしていますか? あきらめて受け入れるだけでしょう?」

「でも……下手に歯向かえば、家を潰されるかもしれないし……」

「口先だけですよ、あんなの。本当にそうなりそうなら、学院に訴えれば大丈夫です。仮にも身分より魔術実力重視を掲げてる学院なんですから、きっと守ってもらえます」

「……本当に、大丈夫だと思いますか?」

「コワード様に、彼ら以上の価値があるのなら、絶対に大丈夫だと思いますよ。事実、彼らはあなたよりも身分が上なのに、魔術であなたに劣っているからってちょっかいをかけてくるんでしょう?」

「……そうでしょうか」


 アイセルは、考え込むようなそぶりを見せた。私は、そうですよ、と笑みを浮かべて見せる。


「一度でいい、コワード様の実力を見せつけて、ぎゃふんと言わせてやればいいんです。そうすれば、いくら身分という盾があったとしても、あなたに手を出すのが怖くなると思いますよ」


 復讐してやれ。もう偉そうに話しかけるのも怖くなるほど、コテンパンにやっつけてやればいい。

 アイセルは私の言葉を聞いて、何かを決心したかのように頷いた。


「……ありがとうございます、モーガンス先輩。僕、きっと、やり返して見せる……!」


 いい宣言だ。強いものにも諦めずに立ち向かおうと努力する人は好きだし、決意のこもった瞳も見てて気持ちが良い。


「モーガンス先輩のおかげで、勇気が出ました。やっぱり、これ、受け取ってください」


 もう一度、菓子包みを差し出される。今度は素直に受け取りながら、伝えた。


「コワード様ならできますよ」


 同じ、反旗を翻したい下級身分として、応援しようじゃないか。


ヴィクトリアの部屋で出してもらったお菓子と同じなのは、両方アイセルがあげたから、というどうでもいい裏話。アイセルが魔道具研究会に差し入れした菓子包みの残りを、ヴィクトリアが持って帰りました。

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